夢
「結城」
俺を呼ぶ声がした。
優しげな、でもどこか厳しいような声。
視線を向けると中年の男立っていた。
「……親父……?」
その顔を見て、何となくそんな気がした。
そんな気がする、というのも俺は親父の顔を知らない。
俺が二歳の頃から行方不明になっているらしいのだ。
家に写真も無かったし、二歳の時の事なんて覚えてもいない。だから親父の顔は知らない。
筈なのだが、なぜか目の前の彼を父親だと思ってしまっていた。
「結城は将来何をしたい?」
「おとうさんみたいになる!」
俺の意思とは関係なく、俺の口からそんな言葉が出ていた。
これは記憶……?
追体験しているのか?
場所は家のリビングにあるソファーの上。見覚えのある場所だ。
まあ俺の家だし当然なんだが。
「俺みたい……か。あぁ、結城ならなれるよ。お前は特別なんだ。お前だけが母さんではなく俺に似てしまった」
「? ぼくおかーさんに目元が似てるっていわれるよ?」
「見た目の話じゃないんだ。お前だけが俺の――」
「――ッ!?」
ビクン。
と大きな痙攣を味わいながら目を覚ます。
差し込む朝日が意識の覚醒を手助けしていた。
枕にしていた右腕の感覚がない。
頭の重みのせいで血がうまく通っていなかったらしい。
「あー……クソ。最悪の目覚めだな……」
血の巡りを示す手の痺れを味わいながら、気付けば大きなあくびを出していた。
……そういえば、何か夢を見ていたような気がするが……。
いや、無理に思い出そうとして思い出せるものでもないか。
夢なんて起きたらすぐ忘れるもんだし。
そんな事よりも今日やるべき事を確認しなければならないだろう。
まず朝食をとり、その後闇ギルドの支部へ向かう。
とりあえず決まっているスケジュールはこれだけだ。
闇ギルドがどんなもんかわからないからこれ以上スケジュールを決めようがない。
「とりあえず、朝飯からだな」
俺の泊まるこの宿は飯の旨さが自慢らしい。
昨日はチェックインしてから疲れてたのもあって何も食べてないからな。
楽しみだ。
少し軽い足取りで、食堂へと向かった。
―
ここはカイン共和国の首都ゲルムンバグである。
位置的にはアーランド達のいたハジの街から馬車で半日程行った場所にあった。
首都の中に堂々と闇ギルドが存在してるとか、凄えよな。ビビるぜ。
「何がうまい飯だよ……」
なんと言うか味が薄かった。
素材の味って奴だろうか。
クソが……。素材の味より調味料の味のがうまいだろうが……。
サラダなんかドレッシング味わう為のもんだろ……草だけ出してくんなよ……。
大人の味と言うやつだろうか。
まだ微妙に子供の俺にはわからん。
街の中を歩いていると当然のように奴隷を取り扱う店が目に入る。
ハジの街では見られなかった光景だ。
そんな表通りを抜け、裏道に。
少し進めばスラムが見えてきた。
無気力で座り込む老人や物乞いのような目でこちらを見てくる人々。
無邪気に遊ぶ子供達もいれば、遊ぶ体力すらなく倒れ込む子供もいた。
悲惨と呼べる光景を抜け、スラムの中に存在するバーの扉をくぐった。
「いらっしゃい」
バーテンダーの男がカウンターテーブル越しに言う。
全体的に暗めの落ち着いた雰囲気の内装の店だ。
店内を見回しても他に客の姿は見えない。
いやまあこんなスラムの中にある店に誰が来るんだって話だが。
「マスターと話したい」
「マスターは私です」
俺の問いに淡々と答える男。
「店のじゃない。別のマスターだ」
「――」
と言えば目つきが変わった。
値定めするような、あまり心地よくはない物である。
「あちらへ」
男がさした方向に視線をやる。
階段があった。
登れということか。
「どうも」
一言礼を行って俺はその、古臭くて軋む階段を登る。
登りきった先に一つだけ扉があった。
ノックしてみると「どうぞ」と帰ってきたため遠慮なく戸を開け、中に入る。
「して、何の用かね」
いたのは老人だった。
彼は椅子に座ってこちらを見ていた。
皺の刻まれた顔と鋭い目付き。
座っているというのに俺の目元までありそうな高さ。
それらが合わさってかなりの威圧感を放っている。
彼が闇ギルドのマスターだろう。
「これを」
言って俺はハジの街の酒場で受け取った推薦状と、今さっき、ここにくる少し前、とある民家(に扮した所)から受け取った推薦状の二つを取り出した。
「確かに……うちのギルドの物のようだな」
それをまじまじと見る老人。
「最初は民家って聞いてたのに……それもフェイクだったんですね」
俺は最初民家に扮した闇ギルドがあると聞いていた。
だからここに来る前にそこへ向かったのである。
でもそれはフェイクでその民家にいる闇ギルドのギルド員がまあ、面接官みたいな感じだったらしい。
そこで認められて初めてギルドの場所を教えてもらい、ここに来れるんだそうだ。
回りくどい事させやがる……。
「それはすまなかった。こちらも都合があるのだよ。……で。お前さんの目的は? なぜうちのギルドに登録したい?」
「ザンタボルトを殺す。そのためなら何でもする。それだけです」
親父さん。お袋さん。トクさん。それに俺の一番大切なルリー。
皆の仇をとるんだ。
「その目……いいねぇ。若い子らはやっぱそれくらいギラギラしてねえよなぁ」
俺の顔を見ながら言った老人は一度切って、そしてまた言葉を続ける。
「いいぜ。お前さんの登録を認めてやるよ、一つ条件があるがな」
「条件?」
俺は問いかけた。
「あぁ。この街から少し離れた所にある採掘場の近くに近々ウルアン王国――お前さんのいうザンタボルトのいる国だな。その国の小隊が演習にくるらしい」
「殺せと?」
「話が早くて助かるな。ちょっとその採掘場で色々あるもんで、兵隊にいられると困るのよ。だから採掘場に来る前に撃退して、そうだな。隊長の首を持ってきてくれ。そうしたらお前さんの登録を認める」
色々ある、か。
聞いてもそれが何かは教えてくれないんだろうな。
「わかりました。やりますよ」
断る選択肢は無い。
人を殺す事に今更躊躇いなんて無い。
相手が軍人なら尚更。
「即答か、頼もしいねえ……。じゃあ頼むぜ」
静かな老人の言葉が室内に響いて消えていった。
非合法。それは地獄への道かもしれない。
でもそれしかないのなら。
そんな道しか目の前にないのなら、俺はそれを進むしかないんだ。
――
彼女の名前はアイレット=タオナ。
ウルアン王国直属第六部隊副隊長という役職を与えられていた。
「また……か」
部屋にある机の上にて、手紙を読んでいたアイレットは肩をおとす。
それは両親からの手紙だった。
要約すると『早く結婚しなさい。相手がいないならお見合いくらい組んでやる』という内容だった。
今年二十八の彼女は、この世界では売れ残った女性に分類される。
アカキのいた世界では、若さと、少し落ち着いてきた精神を持ち合わせた一番魅力的な年齢だと思うのだが、価値観とはなんと統一性の無いものだろうか。
……というわけで、両親から結婚を急かされているのである。
(カイン共和国、首都近辺の採掘場への演習も行かねばならないし、そんなお見合いなんて暇はないんだけどな)
と、断りの手紙を書いていた。
勿論この理由に嘘はないが、嘘はないのだが、本当の理由ではなかった。
忙しいからお見合いをしたくないのではない。
意中の相手がいるからしたくないのだ。
……しかしそれは叶わぬ恋。
初恋を拗らせた彼女の断ち切れぬ思いだった。
「ユウイチロウ……。もう一度、貴方に会いたいよ……」




