決意
門の前に人だかりができているのが見えた。
騒ぎを見て集まった衛兵と野次馬だろう。
アーランドの標的も俺ではなくそちらへとシフトしていた。
「早く!! 早くその場所から離れてくれ!! 頼む!!!」
叫ぶが門の前の人の数は増える一方である。
聞こえてないのか。聞いていないのか。わからない。
わからないけど……!!
「死にたくないなら逃げろ――!!!」
何とか食い止めてはいるが確実に門へ近づいている。接触=死だぞ!!
なんで逃げないコイツらは……!!
見てみればお祭り騒ぎで浮かれ顔の人間も複数見える。
クソ……ッ!!! 避難させるのは無理。
アーランドを止めるのも無理。
……。
もう迷う暇はなかった。
門までの距離は五十メートル程。
迷うな。躊躇うな。逃げるな。確固たる決意を持って実行するんだ――ッ!!!
「ああああああああッ!!!」
――。
圧縮された数瞬の中で幾度なく繰り返される躊躇いと躊躇。
それらを振り切って――
「グッ!? ……ガァァッ!!!」
剣を通じて嫌な感触が伝わってきた。
俺の突き出した剣先はアーランドの心臓を貫いており、致命傷な事は疑うまでもない。
「はぁ……はぁ……」
激しくきれる息に肺が痛みを訴える。
汗がとまらない。震えがとまらない。
俺が殺したのだ。アーランドを……。
剣を抜く勇気がでず、刺したままで俺は唇を噛み締めていた。
「アカ……キ……」
聞こえてきたか細い声。
「!? 意識が戻ったのか!? まて、今医者に見せてやる。だから死ぬんじゃねえぞ!!!」
よかった!!
虫の息ではあるが、まだ彼は生きていた。
しかも意識が戻っている。
その安堵感からか、全身から力が抜けるのを感じていた。
「必要ねえよ……」
「何で……何でそんな事言うんだよ……!!」
視界が霞むのは涙のせい。涙がでるのは彼の言わんとする意味を理解しているのせいだろう。
魔物につけられた傷に俺が与えた致命傷。
……今すぐに治療を受けたとしても……もう。
多分アーランド自身がそれを一番わかっていたのだ。
充満する血の臭いが、死という結果を運んできているのだ。
「……すまねぇ……。こんな……ことさせて……」
遺言のようにアーランドは言葉を発していた。
「駄目だ。言うな……その先をいうな……。死ぬな。待ってくれ……生きてくれ……アーランド……ッ」
「……わりぃ……。ありがと……な……アカキ……」
やめろ……。やめてくれ……。
人一人の願いなんて儚い。俺のそんな願いも儚く散てしまう。
「――」
音を立ててアーランドの体が地面に倒れた。
受け身なんてない。
意識を手放し、生を手放し、体全体から力が抜けたというような倒れ方だった。
ぴくりとも動かない彼の体。
それを見て項垂れる俺。
ふと前を見ればアーランドの安らかな死に顔が目に入る。
もう二度と動く事のないそれ。
俺のとった行動の重さが今になり実感として襲ってきていた。
「謝るなよ……謝るなよ……。だってよ……。俺達……友達じゃねえか……」
あぁ……ちくしょう。
何でこれを本人に言えなかったんだ……。
―
魔物との戦いが終わってから一夜明け、街には平穏が訪れていた。
結局アーランドの潔白は晴れなかった。
とにかく事態を終息したかった衛兵は、アーランドこそ寄生虫の女王個体だという事にしやがった。
本当の事を解明しているとややこしくなり、時間がかかるかららしい。
死人に口無し、孤児なアーランドは全部を押し付けるには都合のいい存在だったわけだ。
そして俺はその魔物を狩った英雄――。
「何が英雄だ……。笑わせる」
一人皮肉げに呟く。
友達を殺す英雄だとよ。最高じゃねえか。
俺は今日街を経つ。
荷物をとりに宿屋まで向かうと、一人の男がそこにいた。
「やあやあアカキ君」
「ドクター……ですか。テンション高いですね」
「そりゃそうだよ。君のおかげでね」
アーランドが魔物だという事になり、本当の魔物――女王個体の死体は存在その物が無かった事になっている。
それで何故かは知らないが、ドクターに女王個体の死体の管理が一任される事となったらしい。
こうなるようにこいつが衛兵に根回ししたんじゃないだろうな。
アーランドに全部押し付けられたのはこいつのせいじゃないだろうな……。
「怖い顔しないでよ、アカキ君」
「別にしてませんよ。ドクターはこの後どうするんですか?」
「私かい? しばらくは貰った死体を弄ってるよ。君は? これからどうするの?」
「俺は――」
「待ちな」
宿をたとうとした所、女将さんに止められた。
振り返ってみると女将さんと娘さんの二人が並んで立っているのが見える。
この様はちょっとしたビフォーアフターだ。
「なんですか。金なら払ってますよ」
引き止められる言われはないはずだ。
「別に催促ってわけじゃないよ。これ、持っていきな」
行って差し出されたのは小さな小包だった。
いい匂いがする。食べ物でも入っているのだろうか。
「これは?」
「私が作ったんです」
俺の問いに答えたのは娘さん。
それを補足するように女将が言う。
「あんた、昨日から何も食べてないだろ? この娘がそれを心配してるのさ」
「そういえば……」
何も食べていなかった気がする。
そんな気分じゃなかったんだ。
そうか……。心配をかけさせてしまっていたのか。
「アカキさん……何があったかはわかりませんが……無理しないでくださいね」
「そういうことさね。男だからって我慢する事はないんだ。泣きたい時は泣く。じゃないと蓄積して、蓄積して、いつか取り返しのつかないくらい感情が爆発してしまうのさ」
「……」
お見通しってわけかよ……。
カッコ悪いなぁ……オレ。
「そう……泣けるじゃないか。それでいいんだよ」
「え……」
女将の言葉で俺は俺が泣いている事に気づいた。
一度出てしまったこれは止めようにも止まらない。頬を伝い地面におちる液体は、少ししょっぱかった。
溜め込んでいた後悔や懺悔、そういった心の負債がほんのちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけだけど軽くなったような気がしていた。
―
街外れの丘の上。
ぽつんと寂しく一つの墓標が立っていた。
アーランド安らかに。
ただその一文のみが記された質素な物だ。
「これは……お前が食べろよ。愛しい人の手作りだぜ」
娘さんがくれた小包を墓の前に供える。
ちょっと悪い気もするが、俺よりこいつの方が喜んで食べると思うんだ。
「なぁ……。アーランド」
返事はない。当然だ。
でもそれでいいんだ。
これは俺の誓いだから。
「俺は……もう迷わねえ。絶対に迷わない」
お前を、大切な友達を殺したんだ。
だから今更迷わない。
「ザンタボルトを殺す為に躊躇はしない」
そんな事で俺がこいつを殺した事実は変わらない。
……けど。せめてもの贖罪になってくれたら……。
「これ、味わって食べろよ」
小包を指さしながら、踵を返した。
さよならアーランド。
俺の最初の友達――。
二章完。




