葛藤
ピリついた空気で肌が痛みを感じる。
それくらい目の前の、黒い獣の纏う魔力と殺意は凄まじいものだった。
あれは……。
あれが、アーランドだとでもいうのか?
なぜその足元に女の死体が転がってる?
それにあの負傷は何だ。完全に両肩を貫かれている、早く治療しないと命が危ない。
「何が……あったんだよ」
彼に問いかけた。
しかし返されたのは言葉でなく、
「ガアアァァァァッ!!!」
俺の命を屠らんと繰り出された攻撃だった。
剣の腹でそれを防ぎ――
けたたましい音と衝撃が巻き起こった。
反動で手が痛い。
この攻撃力……。
今まで見てきた魔物を凌駕してやがる。
「暴走……か」
ぽつりと、無意識に呟いていた。
――スキルを解放させすぎると、最終的には意識も魔物になる。
そういえば、いつだったかそんな事を言っていたような気がする。
「……」
そういう、事かよ。
アーランドの現状と場の状況。
それらを鑑みれば嫌でもわかる。
魔物女と戦闘になり、倒したものの、スキルが暴走ってところだろう。
……俺が倒しきれていなかったのか。
また……俺だ。……俺のせいで誰かが……。
「目を覚ましてくれ……アーランド……ッ!」
理性の見えない姿で荒れ狂う彼。
殺意の塊であり敵意の塊であり、どこか傷ましさすら感じるそれは、俺が生み出したものなんだ。
逃げ出したくなる気持ちをぐっとこらえ、唇を噛む。
……逃げ出すな。目を背けるな、この光景から……。
どうすれば暴走は終わる……?
わからない。
わからないけど……!!
右手を握りしめ彼のみぞおちに叩き込んだ。
「――グッ!!」
防御はされない。
されない速度で叩き込んだから。
どさりと音をたててて地面に倒れ込む。
……とりあえずこれで意識は奪った。
時間を稼げば暴走も収まるだろう……。
「……嘘だろ」
なんて安心はできないらしい。
モロに入ったはず、意識を刈り取ったはず……。なのに……!
「ガ……アァァ……ッ!!」
まさしく執念。
刈り取った意識の穴を埋めるように、殺意が体を動かしていた。
狂気を感じる有様だ。
「頼む……頼むよアーランド……。頼むから目を覚ましてくれ……ッ!!」
俺はただ願いを叫ぶ事しか――
―
「アカキさんは無事かしら……」
街の中にある宿。自室に戻った彼女は窓の外を見ながら物思いにふけていた。
宿屋の娘である彼女、名前はニーアと言う。
図太い女の声がそんなニーアを安心させるように聞こえ来る。
「あれも冒険者の端くれだろう? なら大丈夫さ。帰ってきたらうまい飯をたらふく食わせてあげようじゃないか」
声の主は女将である。
「アカキさんもそうだけど……そのお友達も心配なの……」
「友達……? あの子に友達なんていたのかい?」
「本人は否定してたけど……多分お友達なんだと思う。……だってあんなに楽しそうに話してたし」
女将が持ってきた紅茶をすすりその味を味わいながら二人の会話は続く。
「そうなのかい? あの子に友達ねぇ……。意外だねぇ……」
と女将。
「もしお友達に何かあったらアカキさん、多分とても悲しむと思うの」
「まぁ。そりゃあそうだね。でも聞くよ、なんでだい?」
「だって、アカキさん……。そのお友達の事が――」
――
――大好きなんだと思うから。
「クソッ! クソ……ッ!! どうすれば……どうすればいい!?!?」
何度も攻撃した、何度も意識を刈り取った……でも、でもこいつは、アーランドは立ち上がってきやがる……!!!
「グ……ガァ……ア……ガァァァ!!!」
そして確実に、戦いながらも俺達は街へと近づいていた。
本能で人の多い場所へ向かっているのだろう。
もし街へ着いてしまえば、人と出会ってしまえば、間違いなく死者がでる。
何としても街へ着くまえに決着をつけなければ……!!
「ギャアァァァッ!!」
手の使えない彼は足によって攻撃を繰り出してきていた。
左足を軸にして繰り出される高速の連撃。
それを剣でいなし、隙をみて今度は顎を殴り脳を揺らす。
しかしまた駄目だった。
アーランドの勢いが止まる気配はない。
まだ彼は止まってくれない。
「チッ……!!」
いつしかタイムリミットは迫り、俺達は街の門の前へと近づいていた。
「な、何だ!!」
「おい、そこの剣士! 今助けてやるからな!」
と門の方から強張った声が聞こえてくる。門番の物だろう。
「来るんじゃねえ!!!!」
それを大声で威圧するように静止し、戦闘を続けた。
並の人間が来ても今のアーランドの前ではただの的。
こいつに誰かを殺させるわけにはいかないんだよ……!!
「止まれ、止まれ、止まれよ!! 止まるんだよ!!!」
街はすぐそこ、時間はもうない。
頼むから……頼むから目を覚まして止まってくれよ……。
お願いだから……。
「ガアァァァァッ!!」
「アーランド……ッ!!」
――殺してしまえ。
そんな考えが頭をよぎった。
このまま街へ突入してしまえば大惨事だ。多くの命が失われる。
一人の命と多数の命。
どちらが重いかなんて考えるまでもない。
それに何より、自分が罪の無い人々を虐殺するなんて、アーランドが望むだろうか。
望まない。
その死ぬ人の中に娘さんが入っているかもしれないし。何よりこいつは良い奴だ。
だから……ッ。
――殺してやれ。
罪を重ねる前に、アーランドを苦しめる前に、楽にしてやれ。
そうだ……。そうだよ。
何が正しいかなんて少し考えればわかる。
「なのに何で俺は迷っちまってるんだ!!!」
涙が出ていた。
情けなくも止まらない。
最善だと思った事の為にはもう迷わないじゃなかったのかよ。躊躇わないじゃなかったのかよ……!!
あの女にあんなカッコつけて言ってたじゃないか俺は!!
なのに何で今更迷う。
殺せ。殺せ。
手が震えているのがわかった。
口がガタガタと音を立てていた。
殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!
「俺は――ッ!!!」




