全力
「オラァ!!!」
振り回されるアーランドの腕は凄まじい破壊力を持っていた。
スキル《魔物化》によって変質したそれは常人ならば、その体を一瞬で粉砕する。
――が。
「鬱陶しい」
あくまでも人間の範囲でである。
簡単に受け止めてしまった女は虫を払いのけるようにアーランドを投げ飛ばす。
「かは――ッ!」
受け身もとれず背中から落下し、息が大きく漏れ出ていた。
圧倒的的な実力差。
両者の間には天と地程の差が存在していた。
「クソがクソがァァ!!」
右、左、右左、右左右左右左。
態勢を整えたアーランドから繰り出される強烈なラッシュ。
当然のように全て防がれ、女にダメージを与えるには至らない。
「だから邪魔なの」
繰り出されたのは蹴り。
アーランドの脇腹目掛けて放たれた女の攻撃。
「グぅぅぅぅ!?」
肋骨の折れる音、肉の潰れる音。生理的嫌悪感を覚える音を出しながら吹き飛ぶ彼。
それは蹴りの威力を物語っていた。
彼がそれを蹴りと認識出来たのもこの時の事である。
「は……はははは……。魔物ってのは化物……だな……。歯がたたねえや……」
地面に叩きつけられるように落下したアーランドは、理不尽なまでの力を前にして笑うしかなかった。
攻撃が届かない。全身が痛い。攻撃を防ぐ手立てもない。
もう、どうしようもない。
(自惚れてたな……。アカキが倒したから、俺も勝機くらいあるはずだって……。こんなに差があるもんなんだな)
やれることはやった。
そんな諦めにも似た感情を抱く。
「……いや。まだだ。やれる事、あんだろうが」
まだ、一つ、一つだけやっていない事がある。死ぬにしても、それをしてからじゃないと死にきれない……。
痛む体に鞭打って立ち上がる彼に突き刺さるのは、冷ややかな女の視線である。
「……まだやるの? 諦めたらどうかしら? 今なら楽に殺してあげれるけど」
「こちとら馬鹿なもんでさ。後先考えれねえんだよ。――だからよ」
「――ッ!?」
アーランドの魔力が膨れあがった。
荒れ狂わんばかりに増大されたそれは彼の体を変貌させる。
口は裂け、牙が飛び出し、まるで狼のような顔となった。
それだけではない。
全身から真っ黒な体毛が伸びて体を包みこむ。
「ここまで……スキルを使った事はねえからな……。こっから先……どうなるかはわかん……ねえぜ」
二足をやめ四足へ。人をやめ魔物へ。
「……あの男と言い貴方といい……。この街の人間はどうなっているのかしら……」
彼女の顔には確かに焦りが伺えた。
圧倒的的な力を感じさせる今の彼を見て人間だと思う者はいないだろう。
どう見ても、正真正銘、――魔物そのものだった。
「ガアアァァァァッ!!!」
そして、その魔物は駆ける。
街を守る為、愛する人を守る為、目の前の女へ向かって敵意を向けていた。
―
ふう……。
今斬ったので十二人目。
操られている人達はもうこの付近にはいないみたいだ。
……もう俺にできる事はないな。
時間経過で事態は収束するし。
とりあえず次にしないといけないのは魔物討伐の報告だ。
ドクターを探そう。
きっと彼に言うのが一番早い。
いつも通り騒がしい街中を抜けてギルドへ向かうと、入り口の前にドクターが立っていた。
「待ってたよ、アカキくん。おっと、安心してくれ。衛兵はこの近くにいない。君達を捕まえようとして待ってたわけじゃないんだ」
「それはわかってます」
きっと魔物の事だろう。
「で、アーランド君は本当に魔物なのかい?」
「違います。本当の魔物は俺が殺しました」
「……へえ。それは是非死体を研究させてほし――」
ガアアァァァァァァ!!!
「!?」
ドクターの声を遮り聞こえてきた叫び声。
まるで獣のようなそれ。
何故かはわからない。
でも俺はその叫び声が――
「アーランド……!?」
あいつの物だと思ってしまった。
いやそういう確信があった。
スキルを発動させ足に力を込め踏み込む。
全力のダッシュでアーランドの元へ走り始めた。
「え、ちょ、何さ!」
そんなドクターの困惑は俺には届かなかった。
―
「こいつ……!!」
「ガアアアァァッ!!」
振るわれるアーランドの腕。
今度のそれは先程とはうってかわり、魔物だろうとただではすまない威力を持っている。
だから女は必死にこうして避けるしかないのだ。
(攻撃力なら私より上……!? 何なのこいつ……!!)
彼女の防戦一方は続く。
しかし無限な物などなにもないのだ。
隙は確実に訪れる。
そしてそれは今、攻撃の合間、ほんの刹那ではあるがアーランドに隙が生まれた。
「死になさい!!」
指を引っ付けた状態で伸ばし、手を剣に見立てて突き出す。
魔物の力によって高速で射出されたそれは他安く彼の右肩を貫いた。
「ウゥゥゥゥゥッ!?」
怯むアーランド。
そしてその隙に左肩にも手が突き出され、見事貫通する。
バランスを崩した彼は尻もちをつき、苦痛から逃れるためか転がりながら大きな声をあげ悶始めた。
しかしそれは彼女の気分を高めるだけである。
「あはははは! 良いざまね。人間は魔物には勝てないの。早々例外があってたまるものですか」
油断。
両手の機能を失い転げ回るさまを見て勝ちを確信してしまった怠慢。
そのツケは余りにも大きかった。
「ガアアァァァァッ!!!」
「え――」
腕は使えなくとも牙がある。油断していた彼女の体はアーランドの攻撃に反応できないでいた。
いや、そうでなくとも、全身をバネのように使い凄まじい勢いで噛み付きに来ているのだ。回避は難しいだろう。
ゴリッ。
骨が砕ける乾いた音が響く。
それは彼の牙が女の頭蓋骨に噛み付いた音だった。
「え……あ……うそ……」
ビクンビクンと体を痙攣させながら、驚愕の声をあげる女。
アーランドの長い牙は脳の奥底まで届き、脳内にいる彼女の本体を確かに貫いていた。
「い、いや……。これで終わりなんてい――」
「グガアアァッ!!!」
そして噛み砕いた。
一際大きく体が跳ね、そして動かなくなる。
そこで女の彼女の意識は永遠に終了した。
アーランドは噛み砕いた際に口内に入った頭部の一部を吐き出していた。
……それが殺意を向けていた対象はいなくなった。けど収まらない。胸の奥底から溢れ出るこの衝動を抑える事ができない。
「な、何だよこれは……」
息をきらし、困惑な顔をするのは駆けつけたアカキだ。
収まらない。
そんな膨大な殺意。
それは――
「ガルアァァァァ!!!」
今確かに、アカキへと向けられた。




