独房
一生とは膨大だ。
俺が経験してした事、出会った者、それを全部含めて二十年にも満たない。
六十年生きるとしても、三倍はある。
優しかった親、ちょっと冷たい妹、寂しかった学校生活。
異世界で出会った女の子。
そいつと話していると俺にも居場所ができたんじゃと思えた事。
剣術の師匠もいた。
語り尽くす事なんてできない。
ぼっちだった俺ですらそうなんだ。
世にいうリア充という奴らはその比ではないだろう。
俺の人生。
俺の辿って来た道。
俺が殺した無関係な人達は、どんな人生を歩んでいたのだろうか。歩む予定だったのだろうか。
「……」
でもさ。
仕方ないじゃないか。
俺は悪くない。
それはわかってる。
理解しているんだ。
でも根底にある植えつけられた倫理感がそれを許さない。
こうあれと、こういう大人であれと、そういった理想像が蝕んでくるのである。
悪くない人を殺すのは悪い事だ。
人殺しは最低であると。
「……」
ザンタボルトを殺す。
仮にも英雄と呼ばれた男だ。
手段なんて選ぶ暇はないだろう。
だというのに、それだというのに俺は……。
「糞が……」
迫りくる自己嫌悪から逃げるように呟いた。
俺にとって復讐っていうのはその程度の物なのかよ。
ルリーの仇っていうのは、人一人殺すのを躊躇ってしまう程小さいのかよ。
弱い自分が嫌だ。
迷うな。躊躇うな。
グロータル村の皆は俺のせいで死んだようなものなんだ。
俺に躊躇う権利なんてない。
それだけ沢山の人を死なせておいて、今更躊躇うなんて、そんなのは死んでいった彼等に顔向けが出来ない。
何を差し置いてでも復讐を遂げねばならないのだから。
「……あちい」
無関係な人を殺したある俺は独房へ入れられていた。
地下に作られたこの場所では、声が良く響いていた。
「――やあ」
聞こえてきたのはドクターの声。
鉄格子越しに彼の姿が見える。
「……笑いにきたんですか?」
魔物だ。
と言って一般人殺してたとか笑い物だろうしな。
「いーや? 別に。ただ伝えたい事があってきただけさ」
「何ですか話って……」
別に俺はドクターと話すことなんて無い。
今は一人にして欲しい。帰ってくれないだろうか。
「君が殺した二名の女性だけどね」
「――」
胸が痛い。
それは俺の心の弱さの証。
覚悟の無さの証拠だった。
「片方――幼女だね。君が魔物だといった女性では無い方」
「はい」
女を庇って体が二つに裂けた女の子の事であろう。
「彼女の脳内から寄生虫が検出された。獣の脳内にいたのと同じ物だよ」
「――」
「それだけじゃないんだよ。最近通り魔事件が起きたのを知ってるかな?」
「……まあ、耳にははさみましたけど……」
「その犯人からも寄生虫が検出されているんだ」
「ドクターの言った仮説通りに……」
「そう。寄生虫が人に乗りうつってたんだよ」
確かに怖い話ではあるが、それを言うためにわざわざ来てくれたのか?
何て思っていると、顔に出ていたらしい。
ドクターが半笑いで言葉を続けた。
「本題はここからだよ。君が魔物と言った女性だけどね」
「寄生虫がいたんですか?」
「いや? 居ないよ。でも穴があった」
穴? マ●コか? 女なら誰にでもあるだろ。
あのルリーにすらあったぞ。
「穴ですか」
「うん。脳に穴があったんだ」
「脳にですか……」
「? そうだけど? まるで何かが入っていたかのように開けられた穴だ。何が入っていたんだろうね」
「勿体ぶらないでください」
ドクターの顔は楽しげだ。
きっと彼の中では答えが出ているのだろう。
だから俺は急かした。
「僕はね。寄生虫がいたのでは? と思ってる。普通の寄生虫だと、小さいから穴なんて開かない。でもそれが空いてしまうほどの大きな寄生虫」
「?」
「わからないかい? 他の寄生虫を統括する女王個体がその脳内にいたのではないか? と思っているんだ」
「女王個体……」
「そして、その女王個体こそ魔物なのだと僕は考えたんだよ!」
確かに蟻とかの女王はでかい。
しかしドクター、ほんと楽しそうだな。長年追ってきた魔物の尻尾が掴めそうなんだ。無理もないか。
「じゃあ、俺が戦ったのは……」
彼に問いかける。
「うん、魔物だね。逃げられたけど」
「そうですか……」
だからといって俺が人を殺したという事実は変わらない
結局操られていただけの一般人を殺したんだ俺は。
「お手柄だよアカキ君。あ、あとそれと、君は魔物と戦ってたわけだし。この独房処置はもうこれで終わりだから。出ていいよ」
そう言ってドクターは踵を返した。
足音は次第に遠くなり、小さくなる。
そしてついには聞こえなくなっていた。
「……」
……。
…………。
……?
え?
何これ。
出ていいよって言ってから放置って。
自力で出ろって事……?
いや……無理だろ。
――
あの後、独房勤務の衛兵が鍵を持って来てくれた。
そして俺は自由の身になったのである。
「……」
街を歩く。
勿論スキルを使ってである。
魔物が脳内にいた痕跡があるのに魔物がいない。
その事実が指すのは魔物が別の人間に乗り移っているという可能性。
いち早く気付けるようにスキルを使っているのである。
スキル使って普通に歩くのって結構疲れるんだぜ。
速度が強化されているから、どうしても早歩きになってしまう。
まあ、とりあえず宿へ向かおう。
「おつとめご苦労さまです」
「……娘さんもそんな冗談言うんですね」
珍しい事に食堂の一席に娘さんの姿があった。
どうやら体の調子がよいらしく、軽く外に出てみているそう。
「意外でした?」
てへっ。
と舌を出す娘さん。
可愛らしい顔だ。
食堂の奥、料理を作っている女将の顔を見る。
老けてるおばはんの顔だ。
同じDNAとは思えねえな。
生命の神秘ってやつだろうね。
「聞いてますよ。アカキさんは悪い事なんてしてなかったって。大変でしたね」
「……まあ規則的にはしてないですね」
「? 何はともあれ無事に釈放されてよかったです」
心配そうな表情の彼女に、思わずドキリとしてしまう。
まあ、惚れはしないけどね。
だってルリーのが可愛いもん。ブスだけど。
「俺も何かたべ――」
ようかな。
そう言いかけた時だった。
「アカキ。招集だぜ」
声の方を見てみれば、食堂の入り口にアーランドがいた。
彼は娘さんに気付いて表情を赤く強張らせるが、それも一瞬。
素の顔に戻り言葉を紡ぐ。
「アカキは独房にいたから知らねえだろうけど。これから冒険者総出で、街の中に侵入した魔物の捜索だってよ」
「マジかよ」
アーランドの言葉に驚きがでてしまう。
話はそこまで進んでいたのか。
早いな。
それだけ急を要する事態という事だろうか。
「わかった。行く」
行かないわけにも行かない。
人を操り、人に寄生する魔物。
決戦が始まろうとしていた。




