街の異変
「……」
行動を操り、人に寄生しうる虫……か。
そのことを考えながら食事をしていると、口に運んだ豆が虫に思えて吐き気がしてきた。
こんなに美味しい料理なのに勿体無い。
今はそんな事を置いておいて食事に専念しよう。
ここは宿屋の食堂である。
護衛の任務を無事に終えた俺は遅めの昼食をとっていた。
「どうしたんだい? 苦虫を噛み潰したような顔をしてるけど」
厨房から出てきた女将が眉を潜め、あたしの飯がまずいってか? といいたげな顔を展開しています。怖いです。
「苦虫を噛んだ気がしただけですよ。すげえ美味しいご飯です」
ご機嫌を良くしたらしい女将がおかずを一品増やしてくれた。
流石だぜ。
なんて喜んでいると、女将が口を耳元へ寄せてきた。
キスだろうか。
やめてほしい。本当に、切実に。
「あんた、知ってるかい? 通り魔事件だってさ」
「……通り魔ですか」
俺の思い違いだったようだ。
本当にヨカッタヨ。
「女の人が一人殺されたみたい。犯人は捕まったんだけど、意味不明というか、話の通じない頭のおかしい奴みたいだよ」
「……そりゃまた、気の毒な……」
基地外に絡まれて命を落とすとか本当に可愛そうだな……。
何でも衛兵が尋問しても「あー」だとか「うー」だとかしか答えず、根本的に話せないらしい。
「騒がしいなぁ……この街は」
スリがあったろ? 獣の襲撃だろ? 通り魔殺人。
……俺のいた世界じゃ通り魔なんてあったら大ニュースだけど、この世界だとそうでもないらしい。
話題にしているのは噂好きの女将くらいで、他の人間は日常をそのまま送っている。
治安が悪いのだろうか。
異世界怖いなぁ……。
「どうしたんだい?」
「いやあ……、怖いなあって……」
「私の顔が怖いってか!?」
「なんでそうなるんですか……!!!」
冗談のつもりだったらしく、女将はがはがはと笑っている。
くしゃっと顔を歪めた豪快な笑みだ。
……いじられてるのか俺……。
いじられキャラって結局最終的にいじめられっ子になるから怖いんだよな……。
ソースは俺。
なんて馬鹿げたことを考えながら、俺の昼食は進んでいった。
――
「どうしたよ」
ギルドの椅子に座って呆けていると、アホ面さげたアーランドがやってきた。
「なぁ……寄生虫に寄生されるとどんな気分なのかな」
気になったのである。
寄生された獣達に意識はあったのだろうか。
それとも完全に意識はなかったのだろうか。
ただのちょっとした好奇心。
「そういう性癖はよくないぞ」
「殺すぞお前」
それがアーランドには別の意味にうつったらしい。
ストーカーが何言っても説得力ねえんだよ。
「そう、言い忘れてたけど、俺近いうちにこの街出るから」
言い忘れていたことに気づいた。
まあ別に言う必要も無い気もするけど、それは流石に酷いしね。
「え、マジ? やっ――残念だ」
「やったって言いかけたろお前」
「冗談だよ。怒んなって」
ん。
ふと視界の端に一人の男を見つける。
ドクターその人だ。
「お……おい、黙り込むなよ。怒ったのなら謝るからさ」
アーランドがなんか言ってるがとりあえず無視だ。
やけにテンションの高いドクター、彼は何をしにこのギルドに来たのだろうか。
襲撃の原因でもわかったのだろうか。
「ドクター」
本人に聞くのが一番早いであろう。
席から立ち上がってドクターの元へ向かう。
「ん? 誰?」
こいつ……。
何? じゃなくて誰? って言いやがったぞ……。
はや忘れたのか。
「……冗談はそれくらいにしてくださいよ。例の事がわかったんですか?」
「あ、バレた? あぁちょっと発見があってね、ギルド長に報告にきたのさ」
何それ気になる。
しかし内容を聞く前に彼は受付嬢に呼ばれ、奥の方へと消えていってしまった。
内容を聞けなかったのである。
……歯がゆい。
「どうした?」
「なんでもねえよ」
俺はアーランドにそう答えて、元の席へと戻った。
――
この街の喧騒さをみていると、グロータル村の静かさが嘘みたいだ。
地面も舗装されていて馬車もすいすい通れる仕様。土丸だしの村とはてんで違う。
何より人が多いのである。
出会いも多い。
その出会いは、良いものもあり、悪いものもある。
果たして自分自身に訪れる出会いがどの類かは、その時までわかりはしないだろう。
「……」
アーランドと別れ、街を歩いていた俺は、やや外れた裏路地にて一人の女と向き合っていた。
美しい女だ。
髪はピンクとやや派手であるが、服装は質素な麻服。
「……何かしら?」
彼女とは初対面。話したことも無ければ会ったこともない。
そもそも今、この道ですれ違っただけ。
普通に考えればただそれだけの存在なんだ。
そんな場面で、急に振り返り視線を向けたのだから、その整った顔には疑問が浮かんでいた。
「……」
「そんなに見られると困るのだけれど……」
俺の視線に怯えた表情を見せる。
それはまるで暴漢に怯える女の子のようで……。
襲撃、寄生虫、そして通り魔。
更には目の前の女。
わけがわからない。
一体この街で何が起こっているのだろうか。
わけがわからない事だらけである。
しかし、これだけは言える。
「しらばっくれんじゃねえ。魔物だろ、あんた」
「――」
俺の言葉を受けた彼女の瞳は、冷たく敵意を漏れ出させていた。
少なくとも、俺の出会いは最悪の類だったようだ。




