6話 スクランブル
ゼロ番地の地形は迷路の様に入り組んでいる。俺とサラは一定の距離を保ちつつ4人組に気づかれない様に後を追う。この地域は建物が乱立されているだけに、身を隠しながらの追跡が可能だ。
「サラ、やはりあの4人組は此処の住人では無さそうだな」
「うん。それは間違いないと思う。さっきから見ていると時々道に迷ってるから、あれは此処に慣れていない感じだよ。地形が変わるって行ってもずっと住んでいる者にとっては迷う程じゃないからね」
「こういう奴って多いのか?」
「この地域に逃げ込んでくる奴は多いよ。弾かれた者達が集まった此処は身を隠すには最高の場所だからね。あんな奴が居たって不思議じゃない」
「確かにそうだよな。おっあの建物に入っていったぞ。近くまで行ってみよう」
一軒の古い家屋に4人は入り周囲を警戒しながらパタリとドアを閉じた。俺達は建物の近くに移動し家の周りを一回りしてみる。すると壁には窓が設置されており、丁度カーテンが少し開いていたので中の様子が少しだけ見えていた。
中を覗くとフードを被った4人組は素顔を晒し何やら話し込んでいる様子である。
「やっぱり外からじゃ中の声は聞こえないな」
「コーヘイ兄ちゃん。もう離れた方がいいよ。怪しい奴に関わると碌な事が起きないからさ」
「もうちょっとだけ、様子を見させてくれ。サラは危ないから離れて居てもいいから」
「もぅ。アタシには危ない事するなって言った癖に、自分は首を突っ込むんだな!!」
サラは俺を引っ張ってこの場から引き離そうとしているが、体格に勝る俺を動かす程では無い。声が聴こえないならメンバーの顔だけでも見ておきたい。そんな衝動に駆られて中の様子を伺っていると突然俺の身体が宙に浮き上がる。
その状況に、もの凄いデジャヴを感じる。
「やっと見つけたぞ。まだ返事を聞いていないからな。さぁ聞かせてくれ!!」
「お前はまだ俺を探し回っていたのか……」
振り返ると、片手で俺を宙吊りにしながら笑顔を向けるカレンの姿があった。額には薄っすらと汗を滲ませている。ずっと探し回っていたのだろう。
「不死身のカレンだぁぁぁ」
サラが大きな声を出して腰を抜かしている。子供に恐怖を与えるとは何て酷い女だ。
「ん。何だ小娘?」
「あわわわわ」
サラはお化けでも見つけた様子で尻もちを尽き後ずさりを始める。
「子供を泣かすとは酷いやつだ。早く俺の拘束を解きやがれ!!」
「それは駄目だ。また逃げられるかも知れないからな。私の気持ちは知っているだろう。さぁ早く結婚の日取りを決めるぞ!!」
「何で話が飛躍するんだよ」
その時、4人組が入った建物のドアが開かれ中から一人の男が飛び出してきた。
「お前達、一体何者だ!! さてはマクレーン卿の手の者か!?」
そのまま帯剣していた剣を抜き俺達に突きつけてきた。
そりゃこれだけ騒げば気づかれて当たり前だ。俺は諦めた様子でガックリと項垂れる。
「お前のせいだからな」
「なんだ私が悪いのか?」
「そりゃそうだろう。お前が騒ぐのが悪い」
「ええぃ。何をゴチャゴチャ言っている。大人しく膝を付け!!」
男が殺気を放ちながら語尾を強めた。するとカレンが俺の拘束を解きスタスタと男に近づいていく。
「貴様、私の恋路を邪魔する気か!? それなりの覚悟は出来ているんだろうな?」
「さっきから訳の解らない事を! お前達が何者か吐かせてやる覚悟するんだな」
男が剣を大きく振りかぶる。一触即発の雰囲気の中、カレンは動じる事も無く更に間合いを詰めて行く。
「小癪な。怪我しても知らんぞ!!」
振りかぶった剣をカレンの肩に向けて男が振り抜いた。その迫力は遠くにいる俺にまで届く程、そしてその太刀筋は目に見えない程に速い。
けれどカレンはスッとアッパーの様に拳を繰り出し、男が剣を握る手へ自身の拳を叩きつける。
「ぐぅぅ!!」
その結果。男の手が天に向かって吹き飛ぶ。握っていた剣は空中を舞い、大きな音を建てながら地面を転がっていた。男は片膝を尽き、無事な手で潰された手を抑えて悲痛なうめき声を上げた。
「ふむ……中々良い腕前だが、その程度じゃ私を傷つける事は出来んな」
どんだけ化物なんだよ。
俺はカレンの強さに恐怖を覚えた。もしこいつにストーキングされた日には俺のハーレム計画は確実に潰されてしまう。
カレンは何事も無かった様子で振り返ると、再び俺に笑みを浮かべた。
ハッキリ言って逃げれる気がしない。俺の運命も此処までか!!
俺がそう思っていると建物の中から3人の人影が現れる。
「ハンス、大丈夫ですか!?」
銀髪の美しい女性がカレンにやられた男の側へと駆け寄る。
「アクア様、申し訳ございません。こいつらは危険です。早くお逃げになって下さい」
「ハンスを置いて私が逃げる事はありません。彼等がマクレーン卿の手先であるならば戦うのみです」
意味が解らない事で盛り上がっている。けれどこれはチャンスだ。状況を変える為に俺は気力を振り絞り、銀髪の少女の方へと近づいていく。けれど残りの二人が立ちはだかり接触には成功には至らない。
一人は鎧を着た赤髪の女性と白髪の初老の男性、彼等も剣を抜き俺達の方へと突き立てていた。
この修羅場をどう切り抜けるか考えていると、更に状況を混乱させる自体が発生する。
それは一人の男の子がサラを見つけて駆け寄って来たからだ。少年の顔には見覚えがある。
「サラ姉ちゃん。大変だ!! リンダが人攫いに拐われた。多分犯人はグリード一味だよ。今ペドロ兄ちゃんが一味の下っ端を見つけて追いかけているけど、どうしよう……」
なんだよ。この状況は……。余りの急展開に俺の思考も付いてい行かない。
一方サラは、カレンにビビっていた事も忘れて少年に状況を聞く。
「リンダが拐われたって!!」
「うん。道具屋のグルじぃが攫われる所を見ていたんだ」
「クソー! グリードの野郎……。それでペドロ兄ちゃんは何処にいるのさ」
「兄ちゃんは、下っ端を見つけて南の方へ追いかけて行った」
「解った。私も行くから。お前は家に帰って皆を守るんだ!!」
「うん」
俺もカレンも4人の怪しい奴等も状況の目まぐるしさに呆気に取られていた。そりゃそうだろう。緊迫した状況をぶち壊す事態が目の前に起こっているんだ。呆気に取られるのも仕方ない。
俺もサラと出会って日も浅いが他人事では無い気がしていた。なので少しでも力を貸せるなら……。
その想いでサラに声を掛ける。
「サラ、助けに行くぞ! 俺も何が出来るか解らないけど手を貸してやる」
「コーヘイ兄ちゃん……」
「ちょっと待て、それなら私も行こう。但し事が終わった後で返事を聞かせて貰うからな」
これは強力な助っ人だ。カレンが居れば少々の荒事が発生しても対処してくれる。
「あぁ助かるよ」
「うむ、旦那様を助けるのが妻の務めだ。気にするな!!」
その発言はスルーするとして、俺は去る前に4人組へ声を掛けた。
「悪かったな。俺はただこのゼロ番地には似合わない奴等が居たもんだから気になっただけだ。もうちょっかいは出さないよ。けれど気をつけた方がいい。アンタ達は浮きすぎている。すぐに存在がバレてしまうぞ」
呆然と立ち尽くす4人組から背を向けて、俺達は拐われた子供を助ける為に南に向けて走り出した。