5話 ゼロ番地
東地区の一角にはスラム街が広がっていた。この場所は戦争孤児や犯罪者など、普通の人達から弾かれた者達が自然と集まり住んでいるみたいで、家屋の乱築による巨大な迷路となっており初めて入った者を惑わす造りとなっていた。
なのでカレンが俺を見失うのも当然の結果だろう。
サラに先導されて歩いていると、炉端に座り込んだ男や妖艶な女性が道行く男に声を掛けて路地裏へと誘っている。顔や腕に切り傷を付けた奴も多く、まさに逸れ者達が集まる場所と言えた。
その風景を見て俺は宿屋の食堂で聞いた話を思い出す。ならず者や逸れもの達が集まるこの街一番の危険な場所があると……。
直ぐにその場所に俺が今いるのだと理解する。ちなみにこの場所は国が認めている場所ではない。なので番地など存在せず、番地が無いという意味で【ゼロ番地】と呼ばれていた。
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サラに案内されて10分程度歩くと目的の場所にたどり付いた。
「兄ちゃん、ここだ。此処が私達の家だ!」
案内されたのはレンガで建てられた2階建ての家。築100年は経過している雰囲気がある。ゼロ番では昔から建てられている建物と、日々増築さたり壊されたりする簡易建物の影響で構造を変え続けていた。
「私だ。ドアを開けてくれよ」
入口のドアをノックしたサラがそう言うと、家の中から子供の声が聴こえてくる。
「サラねーちゃんが帰ってきたぞ」
その後、ガチャリと鍵が解除される音が響きドアがゆっくりと開いていく。
ドアの向うには3人の姿があった。男の子一人と女の子が二人。見た目はサラより三歳位幼く見える。
「サラねーちゃん。その大人は誰?」
「あぁ、この兄ちゃんは私を助けてくれた人だ。怖い人じゃないから大丈夫だよ」
子供達は俺の周囲をグルグルと周り頭から足まで、ジロジロと観察していた。
「兄ちゃん、早く入れよ。ドアが閉めれないしエイミ姉ちゃんにも紹介したいからさ」
サラが姉ちゃんと呼ぶ人物が中に居る様だ。どの様な人かは解らないが、此処はサラリーマン時代に培った営業的な挨拶を披露してやろう。
建物のドアが閉められると、厳重に内側から鍵が掛けられる。それだけこの地域が危ないと言う事だ。家屋の中にはお迎えした3人の子供以外にも小さな子どもがチラホラと見受けられる。10歳前後の子供が多いが、全員数えると10人位はいるかも知れない。
最初に案内されたのは、1階にある広いリビング。台所が併設されているので、ダイニングキッチン的な場所だろう。その台所で金髪の女性が料理を作っていた。見た感じでは18歳前後。優しい顔つきで可愛らしい雰囲気を持つ。サラや子供達ばかり見てきた中では一番高年齢だと思える。
さっきサラがエイミ姉ちゃんと言っていたのは、きっと彼女の事だろう。
彼女はサラと隣に居た俺に気付き声を掛けてくる。
「サラ、帰って来ていたのね。お茶を入れるから飲みなさい。お連れお方も一緒にどうぞ」
「エイミ姉ちゃん。体調はどう?」
「ありがとう。今日は凄く体調がいいのよ。最近は皆に心配掛けちゃったから、今日からは頑張るわ」
「薬が切れそうなら言ってくれよ。姉ちゃんが寝込んだらペドロ兄ちゃんの機嫌が悪くなるんだからさ」
「ふふ。あの人ったら心配性で嘘が付けない性格だから、困ったものね」
長テーブルに備え付けられている椅子に座ると、エイミさんがお茶を入れてくれた。一口含み熱いお茶で少し前まで全力で走って、カラカラになっていた喉を潤す。
「美味しいです。有難うございます」
「ふふっどういたしまして。所で貴方はサラとどのような……」
笑みを返してくれていたが、サラの事が心配なのだろう。
「エイミ姉ちゃんに、話しただろ? あたしが攫われそうになっていた所を助けてくれた奴がいたって!
この兄ちゃんがそうなんだよ」
「あぁ、あの話の……。サラが助けて頂いたみたいで有難うございます」
「いえ、偶々居合わせただけで、それに今日は逆に助けられましたから……」
「へっへっへ。 この兄ちゃん。さっき、あの【不死身のカレン】に追われていたんだ。捕まっていたら多分、命は無かったね」
「まあ、あの有名な人に……」
この人もカレンの事を知っているのか? これだとサラが言っていた国中の人が知っているって言うのも大袈裟では無いかも知れない。
「帰ったぞ」
その時、一人の男性が部屋に入っていた。短髪で茶髪の男性で肉体は鍛え上げられ引き締まっている。見た感じだと俺より少し年下だろう。
男は俺を見るなり大声を張り出す。
「おい!! どうして家に大人の男がいるんだ!?」
「ペドロ兄ちゃん。コイツはあたしを助けてくれた人だよ。前に話しただろ? 今日は追われていた所を助けてやったんだよ」
「追われている所だと? サラ……この家には病弱のエイミと子供しか居ないんだぞ。もしもこの大人が変な気を起こしたら誰が止められると言うんだ。それに追われているなら、ここにそいつらが入って来るかもしれないだろ!!」
酷い言われようである。けれど彼が言っている事は間違ってはいない。もの凄い剣幕で怒鳴るペドロは言い換えれると、それ程この家にいる者達を心配しているとも取れる。
「サラの恩人のアンタには悪いが、さっさと出ていってくれ」
ペドロの言葉に俺も素直に頷く、彼が言っている事は筋が通っている。こんな女子供が多い場所で見知らぬ大人が居れば警戒するのが普通だろう。
「そうだな。その方が良さそうだ……もうあの傭兵女も遠くへ行っているだろうし、俺はこれで帰るよ」
そう言うと、椅子から立ち上がり部屋を出て行く。俺の後をサラが追いかけてきた、その顔は今にも泣きそうで悪い事をさせてしまったようだ。
家から出るとサラが歩く俺に並走しながら語りかけてくる。
「兄ちゃん、ゴメンよ。ペドロ兄貴も悪い奴じゃないんだ。私達みたいな行き場を無くした子供達を必死で面倒みてくれている。だから私も力になりたくてさ……」
「それでスリをしているって訳か……。生きていく為には仕方ないかも知れないが、危険な事は解っているんだろ?」
「私だって、本当は人の物は盗りたくはないよ。だけど姉ちゃんの病気の薬代も掛かるし……」
人それぞれ、何かしら理由を持って行動している。理由が良い事でやっている事が悪い事とは、胸が締め付けられる感じだ。
だけど俺は医者でもなければ金持ちでもない。エイミさんに何の手助けも出来ないのは解っている。ならばサラを止める事は筋違いだろう。
「まぁ今日は助かったよ。スリを辞めろとは言えないが、余り危ない事はするなよ」
「へっへっへ。解ってるって! 兄ちゃんも気をつけなよ」
「ふんっお互い様だな」
「そう言えば、兄ちゃんの名前なんて言うのさ?」
「俺か? 俺の名前は林航平。こうへいって呼べばいいよ」
「コーヘイかぁ。変わった名前だな」
「うるさい!!」
俺はサラに案内されながら、ゼロ番地の出口に向かっていると怪しげな団体を目にする。人数は4人。男性2人女性が2人。フード付きのマントを着込み、顔は隠しているが歩く弾みで一瞬だけ顔を見る事ができた。
「サラ、あの人達は?」
「ん? さぁ余り見かけない奴等だな。ゼロ番地の中は入れ替わりが激しいからな。知らない奴も一杯いるさ」
俺が怪しいと思った理由は、ここには無い雰囲気を感じたからだ。
例えるならば、学校の生徒の中で一人だけ違う学校の生徒が紛れ込んでいる感じだろうか?
彼等はゼロ番地の誰とも接触する様子は無く、逆に避けようとしていた。
日本で生活していた時は営業で様々な人達と出会っている。会社を騙そうとした奴、大成功を収めた社長。様々な人達と接してきた。その経験が彼等は此処にいる者じゃないと感じさせた。
俺は何故か彼等に興味を持ってしまう。その理由として彼等の瞳には力が灯っていたからだ。
ここの住民には無い。その力強い瞳に何かあると確信する。
「サラ、ちょっと悪いが、俺はアイツ達の後を追うよ」
「えっ? 帰らなくていいのかよ?」
「帰りは自分で何とかするさ。今日はありがとうな」
「ちょっと待てよ。コーヘイだけじゃ危ないって。アタシも行くっての!」
俺とサラは少し距離を置いたまま、4人組の後を追いかけていく。