32話 反撃
俺とカレンは国民達で結成された義勇軍が現れた後に司令本部のテントへと訪れた。
そこで俺が聞いた情報によると右翼を叩き潰した敵左翼にマクレーン本人がいるとの事。自らが指揮をとり王女軍の右翼を叩き潰したみたいだった。
俺が丘の上から見ていた圧倒的な破壊力を持っていた騎馬で構成された一団はマクレーン軍の本隊だとその時に初めて知る。流石は武功で成り上がったマクレーンの本隊は他の部隊とは戦闘力が違うみたいだ。
あの隊が相手では普通の隊では歯が立たない事は一目瞭然で、テントの中でも騎馬隊を如何に抑えれば良いのかを此処に残された士官達が議論していた。
だがその事実を知り俺が提案したのがマクレーン卿、本人への奇襲だ。
マクレーン本人が倒されれば敵の兵士も武器を捨てこの戦いは終わる。至って簡単な話だが実行に移すのは至極不可能に近い。
当然、周りにいた者達からは大反対を受ける。誰もがそんな無謀な作戦など成功しない。命を無駄に無くすだけだと声を荒げていた。
確かに問題は山積みだと言える。
まずは戦場をくぐり抜けて数千の兵士が入り目まぐるしく動きが変わる戦場の中でどうやってマクレーン本人の元に辿りつけるのか？
もしも遭遇出来たとして武功で名を馳せているマクレーン卿を倒す事が可能なのか？
他にも上げればキリが無い。
だがいくら説得されても俺の決意は変わらない。
何故なら今の好機が今日限りの物だからだ。
理由は援軍に駆けつけてくれた国民義勇軍の存在。今は彼等の登場によりマクレーン軍がパニックを起こした状況で互いに上手く連携が取れていないだけ。このまま今日の戦いを終えれば体勢を整えて昨日までと同じ様に王女軍はジリ貧となり敗れ去るだろう。
普通に考えれば幾ら兵が増えたからと言っても所詮は一般人で戦争には殆ど役に立てるとも思えない。
逆に彼等に食糧を分け与えなければならないので、こちらの負担が増すばかりだ。
その事は誰でも容易に考え付くので、わざわざ俺が言わなくても分かっている。
けれど俺が余りにも無謀な事を言うものだがら必死にとめてくれている感じだろう。
「止めても無駄だ。なに心配するなって俺も命を捨てに行く訳じゃない。必ずマクレーンを倒してこの戦いを終わらせてやる。兵士は傭兵団の中から報奨を約束し志願者を集めるから迷惑は掛けないって！！」
それだけを伝えると俺はカレンと共にテントの出入口に向けて歩き始めた。
「コウヘイ様待って下さい」
そこで聞き覚えるある声に呼び止められ振り返る。
「王女様！ 悪いなアンタが止めったって無駄だぜ。このままじゃ俺達が負けてしまうのは火を見るよりも明らかだからな」
「それは理解しております。けれどその大役を貴方が請け負う必要があるのでしょうか？ ここまでたどり着けたのも全てコウヘイ様のお陰です。もうこれ以上コウヘイ様に迷惑を掛けるのは……」
王女はそう言葉を発しながら力なく頭を垂れる。自分自身の不甲斐なさに力を無くしている感じだ。
俺は王女の頑張りをずっと見てきた。だから本気で言える決して彼女は無力では無いと。
実際、彼女の頑張りがあって今の好機が産まれているのだから！
「俺は俺の為に戦うだけだ。このまま負けてしまったら報酬も何も貰えないからな。だから俺は俺の出来る事を精一杯やる。王女様も自分が出来る事をやればきっと結果はついてくると思うぞ」
俺の言葉を受け長い沈黙が流れた後、王女はゆっくりと頭を上げる。驚いた事に王女の瞳には強い意志が浮かび上がっていた。
「……わかりました。私も私が出来る事をやります」
「元気が戻ったみたいだな。でも余り無茶はやるなよ」
「ふふっ私はその言葉をコウヘイ様にお返ししたいです。そこで提案なのですがマクレーン卿をおびき出す為に私が囮になります」
「えっ囮だって！？」
「えぇ、私が残っている兵達を集めて戦場へと向かいます。もしマクレーン卿がそれを発見したならばきっと自分の手で私を倒そうとする筈です。なのでコウヘイ様はその隙を狙って下さい」
「危険過ぎる。俺と違って王女様が倒れたら俺達の負けになるんだぞ！！」
「私は決めたのです。今まで多くの兵士達が私の為に、国の為に命を散らしました。もうこれ以上無駄に命を落とさせる訳には行きません。でも私は死ぬ為に戦場へ出るのではありません。この戦いを終わらせる為に向うのです」
力強い言葉と瞳を向けられて俺も覚悟を決める他なかった。
「はぁ仕方ねーな。どうなっても知らねぇからな！！」
「信じていますよコウヘイ様」
互いに笑みを浮かべ合うと俺はカレンが待つ出口へと向う。もう後戻りは出来ない。
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血しぶきが強風で巻き起こる粉塵と混ざり合い頬を朱色に染める。首を周囲に向けて見れば決死の形相で敵に剣を振るう屈強な兵士達の姿しか見えない。ここが死地と聞かされればその通りだと感じるだろう。
誰もが自身が生き残る為に本気で相手を殺しに掛かるその光景は近くで見ると身体の底から恐怖が浮かび上がってくる。
「こえぇぇな！！ もしも襲われたら一瞬であの世行きだぞ」
身震いをしながら俺は両腕をギュッと縮こまらせて身を固めていた。
「心配するな。コウヘイの命は私が守ると言っておるだろう。だから私から決して離れるんじゃないぞ！！」
「あぁ、離れる気はこれっぽちも湧き上がらねぇよ。この場所にいる限りしがみついてでも離れる気はない」
「なら安心だ」
カレンはそう告げると視線を前方に戻し周囲に注意を払う。
義勇軍の出現のお陰で戦場は混戦となり、今は敵味方が入り乱れての大乱闘となっていた。
俺達の編成を説明すると20名で構成された独立部隊で全てが傭兵達である。
戦闘がいつ起こっても対処出来る様にカレンを除けば一番戦闘力が高い者達を集めている。
俺は傭兵達の真ん中で全員から守られる場所だ。こうでもしてもらわなければ空から降ってくる矢一つ躱せない俺は一瞬であの世行きだろう。
次に俺達は戦場の一角にある大きな岩陰に身を潜めている。ここは王女が現れる場所に最短で近づくなら必ず通る場所だ。その場所は王女軍が大勢居る場所の為、比較的に安全だと言えるがもしもマクレーン軍に襲われれば十分死に繋がる。全員が命を掛けてこの作戦に挑んでいた。
心音がいつも以上の大きく聴こえる。緊張で体中から汗が滲みだすが、それさえも忘れて俺は戦況を見つめていた。
「予定通りに王女様が動いてくれた。後はみんな手はず通りに行動してくれ！」
「おう！！」
これで賽は投げられ後は天運に祈るばかりだ。
