31話 小さな力
マクレーン卿と戦闘が開始されて7日目。王女軍は劣勢に立たされていた。兵士の数も当初から2割近くも減っており現在はマクレーン軍の方が若干多いだろう。
軍議も精神論位しか発言する事が出来ない。その理由は圧倒的な力の差で、マクレーン卿の戦術に翻弄された結果であった。
このまま日にちが経過すれば確実に負けてしまうのは目に見えており、バッカスは全兵力で特攻を掛ける作戦を軍議で訴えていた。
「もうこうなれば、全兵力を上げて一気にマクレーン卿を倒すしか勝つ方法はありません!!」
「バッカスよ。そう熱くなるな。平常心を失えば増々マクレーン卿の思うツボじゃ」
「ジーク殿!! そんな呑気な考えでは我々の方が先に戦えなくなってしまいます。まだ兵力が残っている内に決戦を挑まなければ」
この戦いの主軸である。バッカスとジークは互いの意見をぶつけ合っているが、答えがでる様子は無い。素人の俺が戦場を見ていても王女軍の勝ち目は少ないと判断できる。
開戦当初はどうにか兵力差を五分の勝負に持って行けたが、マクレーン軍がこんなに強いとは俺も思ってもいなかった。
遠くの丘から見ていて感じていた事で王女軍とマクレーン軍の練度と動きが全然違っていた。相手は王女軍の急所を的確に付きながら自軍が劣勢になると周囲の隊が援護し互いを補っているが、王女軍は自分達の持ち場を守るだけで精一杯で周囲と連携が上手く取れていない。
進捗の見えない軍議を眺めていてるが、こんな状況では勝てる可能性が全く見えてこず。俺は大きくため息を吐いた。
「こりゃ、本当に負けるかもな……」
ポツリと吐いた自分自身の言葉が胸にズッシリとのしかかる。俺がけしかけた戦争で既に多くの命が失われている。普通なら責任を感じて当然だ。
その日は昨日と同じく何の作戦も決まらないまま軍議は終了となる。明日も今日と同じように兵力を減らす事になるだろう。
俺が視線を横へ向けると俺と同じ様にため息を吐くカレンの姿が目に映る。彼女も俺と同じ思いをしているに違いない。
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翌朝、戦いは昨日と同じ時間に開始された。互いの軍は陣形を保ちながら衝突を始める。
激しい衝突を何度か繰り返し、互いが陣形の弱い箇所に探りを入れる。もし陣形が崩れれば敵は容赦なく王女の命を奪いに突撃を仕掛けてくるだろう。もし陣地内部に敵が深く入って来たならば俺達の軍は2つに分散され後はマクレーン軍に包囲殲滅される運命になるかもしれない。
「こんな嫌な事を考えている時って結構本当になるんだよな……」
背中に気持ち悪い汗を流し俺は戦況を見つめる。
悪いよ感はよく当たると言うが俺の予想が的中した事はすぐに見てとれた。右翼の軍がマクレーン軍の猛攻に耐えきれず遂に分断されてしまったのだ。このままだとすぐに右翼軍は全滅させられてしまう。
もしそうなれば、何とか持ちこたえていた戦況は一気にマクレー軍に傾く筈だ。
「コウヘイ。ヤバイかも知れない。すぐに逃げれる準備をしておいてくれ」
「何言っているんだ。まだ負けたと決まった訳じゃないだろ!!」
「いやもう終わりだ。一度崩れた戦況を立て直す力は今の王女軍には残っていない」
「クソ!! ここで終わるのかよ!? みんなあんなに頑張ったのに」
「これが戦争と言うものだ。強い者が勝つ!! そこには他の要素なんて介入できない」
カレンの言葉を受けて俺は頭を垂れて強く拳を握る。どれだけ作戦を練ってお膳立てをしても最終決戦で力の差を見せつけられた。
悔しさと悲しさが交互に押し寄せてくる。最初は自分の欲望の為にこの戦いをけしかけたが、王女の国を想う気持ちや。圧政に苦しめられている国民を目の当たりにし、俺も彼等の為にこの戦いを勝ちたいと自然と願う様になっていた。
未だに戦場からは兵士達の叫び声が何百メートルも離れた俺の所まで聴こえてくる。彼等を死なせたくないと強く願う。
「あれは……」
突然、カレンの呟く声が聴こえた。その声色は困惑と言った感じだ。
俺もカレンに釣られて下げていた頭を上げて視線を戦場へと向ける。そこには黒い影が薄っすらと浮かび上がっていた。
横一列に黒い小さな影が次第に大地を覆い尽くす…… そんな風にも見える。
「あの影は一体……?」
「コウヘイ。どうやら私が間違っていたようだ。確かに戦争は強い者が勝つがどうやらそれは単なる武力だけでは無いみたいだ」
カレンは俺にそう告げると、大地を埋め尽くす大きな影を指さした。
「王女の願いを受けて集まった力無き国民達が国を取り戻す為に立ち上がったぞ。私達の行動は無意味じゃない。小さな力でも集まれば大きな力となる。私はその事を今教えられた」
大地を埋め尽くす程の国民は農機具や包丁、手製の武器を携えてマクレーン軍の横から近づいていく。
彼等はきっと俺達の後を追いかけて来たのだろう。その数は5000人は有に超えている。見る限りでは中年の男性が多く。家族の為に立ち上がった者達。彼等の進行には緩みや迷いが感じられない。きっと強い気持ちでここ迄追いかけてきてくれたに違いない。
彼等の発する声は力強く。この場所までもシッカリと聴こえてくる。
「俺達の手で国を取り戻すぞ!!」
「俺達は奴隷じゃない!!」
戦いも知らない国民は唯一つの願いを叫びながらドンドンとマクレーン軍へと近づいていく。マクレーン軍も国民達に気づき兵を分けて動き始めた。
もし訓練を受けた正規軍と単なる国民が戦えば結果は容易に予想される。瞬く間に彼等の命は無くなってしまう筈だ。
彼等の行動には意味がない…… そうボヤく人もいるかも知れない。けれど結果は違った。国民が立ち上がった現状を見た王女軍は大きな雄叫びを上げて猛攻を開始する。国民に鼓舞された王女軍の力はマクレーン軍を上回る。
その結果、王女軍は息を吹き返しマクレーン軍を押し返し始めた。
「うおおおおー」
劇的な戦況の変化に体中に鳥肌が立つ。
「さぁ、私も戦場へと赴こう。この好機に乗じて私はマクレーンの首を取る。そうすればこの戦いもおわる」
カレンはそう告げると俺に背を向けた。力のない俺が戦場に行けば足手まといになる。
それは解っている
けれど俺はそれを知りつつもカレンの肩に手を載せた。
「俺も連れて行ってくれ!!」
振り返ったカレンは笑顔であった。俺がそう言うのが解っていたみたいにも見える。
「そう言うと思っていた。お前の命は私が必ず守る。2人でこの戦いを終わらせよう!!」
「あぁ、俺達で終わらせるぞ!!」
俺はカレンの横に並び準備の為にテントに向けて歩きだした。




