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3話 孤児の少女

 作戦を開始してからは毎日、町中を歩き続けているが、これと言った成果が出ないまま日数だけが過ぎていた。

 そこで行動範囲を広げて、今まで行った事の無い地域に行く事を決める。


 今までの活動範囲は町の中心部。港町と言っても町の面積は広く、徒歩だと町の端から端まで移動するのにも数日を必要とする位だ。まだ異世界に来て数ヶ月程度で、今まではその日を生きることだけで精一杯だった。なので訪れた事の無い場所の方が多いと言える。


 まず最初は町の西側にある地域を選んだ。ここは裕福な者達が済んでいる。西地区にある店は高級な物を扱っている店ばかりで、西地区は高級感漂う静かな雰囲気を持っていた。


「へ~。此処が西地区か……。やっぱり、なんかオシャレな感じだな」


 店舗が並ぶ街道を歩きながら、感想を述べる。中央地区なら人がごった返しているので、馬車での移動には時間が掛かる。けれど西地区なら話は違う。高級店は一般の者達には手が届き辛い為に客の数は少なく街道は空いているので、店の前に直接馬車を停める事もできる。


 そんな人が少ない道を歩いていると、一人の少女が視界に入る。使い込まれた古びたマントで全身を包み周囲をキョロキョロと見渡していた。髪と目の色は綺麗な水色。顔つきから見て12、13歳前後位か? 見た感じで言えば小学生の後半位に見える。


「なんだ? あの女の子……この場所には合わない服を着ているよな」


 自分の事は棚に置き、少女の服装は誰が見ても綺麗とは言い難い。顔も土ホコリで黒く汚れている。

 興味で少女の行動を目で追っていると、突然少女は近くを歩く高価な衣装を着た二人の女性の方へと移動を始める。

 二人連れの女性は話に夢中で、向かってくる少女に気付いた様子はない。


「まさか、あいつ……」


 俺の予想通り少女は片方の少女と軽く接触した後、そのまま小走りで走り去って行く。

 一方当てられた方の女性は洋服が汚れたと騒いでいたが、直ぐに手首にぶら下げていた小袋がスラれたと騒ぎ出していた。


「スリの女の子か……この世界には孤児が多いからな。まっ俺には関係ないけど」


 この異世界には戦争で両親や親族が死んでしまった子供達が大勢いる。日本なら国が保護し施設に入れてくれるだろうが、ここでは炉端のゴミの様な扱いを受けている。なので子供たちの多くは自分達が生きる為に、悪事を働く事が多い。


 またそんな子供達を攫って売る奴等がいるとも聞く。人身売買なんて関係の無い安全な日本に住んでいた俺にとっては、吐き気がする話である。


 走り去る子供が見えなくなった後、再び俺は困っている人探しをはじめた。


-----------------------------


「はぁ……この作戦で本当にいいのか? 何か不安になってきたぞ」


 その日の夕方、昨日と同じ様に夕日を眺めながらポツンと建物の木陰に座り込んでいた。

 今日一日、西地区を歩きまわってみたが、西地区にいる人達は殆どが金持ちで、執事やボディーガード的な者を連れた者達ばかりであった。

 俺が助ける間もなく、連れの者が主人に手を貸していく。ハッキリ言って俺の出番は一度として訪れない。


「しゃーない。これで今日は帰るか……」


 重い腰を上げて立ち上がり、いつもの宿屋に帰ろうとした時、俺は朝見かけた水色の髪の少女を見かけた。朝と同じく周囲に視線を配り、どうやら獲物を探しているみたいだった。


「あの娘、まだこの辺りに居たのかよ……」


 何となく気になって遠くから見ていると、すぐに少女は新しい獲物を見つける。

 獲物は二人連れの男で、高級な服を纏った恰幅の良い髭を生やしたおっさんと大柄の男だ。

 大柄の男は腰に剣を吊るしているので、ボディーガードと言った所だろう。


 少女はペロリと唇を舐めると主人の横を通り過ぎながら、腰に吊るしている小袋に手を伸ばす。

 だが今回はボディーガードの男が気づいていたらしく、伸ばした手を掴み取られていた。少女はそのまま宙に持ち上げられバタバタと足を動かしていた。


「ほほぅ。私の財布に手を出すとは困ったお子さんですね」


「どうしますか?」


「見た所、孤児の様ですし連れて帰っても問題ないでしょう。よく見れば器量は良さそうです。幼女趣味の人達には高値で売れるかもしれませんね」


 バタバタと足掻く少女を値踏みしながら、男達は周囲を気にする事無く大声で話していた。


「おい、離せよ! 離せって!!」


 少女も必死で抵抗しているが、身体が宙に浮かされている為に何も出来ないでいる。ボディーガードが握る力を強めると少女の表情が険しく歪む。


「痛っ。誰か……助けて……」


 それを見て俺は片手で顔を覆った。


「クソが。何で捕まるんだよ!! クソッ、このまま放っていたら。あの女の子は確実に売られるぞ」


 俺はこの世界をある程度は理解しているつもりだ。人の命が極端に軽い。なのでずっと被害が俺自身に無ければ、良いと考えていた。

 だけど目の前で子供が捕まり確実に売られる状況に陥っている。


 日本で長く住んでいたからだろうか? 人身売買で子供を捕まえる。そんな考えられない状況に出くわした時、自分もビックリしたが自身の身を守る事より、無意識の内に少女を助ける為の一歩を踏み出していた。


「ええぃ。くそったれ! なるようになりやがれ!!」


 勢いに任せて走り出す。


「おっさん。どけよ!!」


「何だこいつは? 仲間か!?」


 恰幅の良い主人の横を通り過ぎ、ボディーガードに持ち上げられた少女の腰を両手で抱きしめる。そのままの勢いで引っ張ると拘束から少女を救い出す事に成功する。


「このまま走るぞ!」


「えっ? 助けてくれるのか!?」


 数m程先で降ろして、その場から走り出した。


「すぐに追いかけて捕まえなさい! 邪魔した男も売り飛ばします」


 後ろからは、俺達を捕まえる指示が飛び出している。これはすぐに逃げないといけない。

 俺が持つスキルは特殊で強力だが、肉体的強化とかは出来ないので、極力戦闘は避けたい所。


 全力で走る数m後をボディーガードが追いかけて来ている。この世界の子供達は無尽蔵の体力を持っているから逃げ切れるかも知れないが、ハッキリ言って俺には無理だ。


「おい。お前だけなら逃げ切れるだろ? さっさと先に行けよ」


「えっ? それじゃ、兄ちゃんはどうするのさ?」


「心配するな。逃げる方法はちゃんと考えている。如何なる状況でも華麗に対応出来るのがサラリーマンだからな!」


「良くわかんねーけど。有り難うな、兄ちゃん。今回の礼はちゃんとすっからよ」


 少女はそう言うとスピードを一段階上げる。すぐに俺と一定の距離が出来ると一度だけ振り返り手を振ふる。


「あたしの名前はサラってんだ。またなー!!」


 そしてそのまま路地を曲がり姿を消した。少女が助かった事に一先ず安堵する。


「さて、次は俺の番だな。んじゃあの作戦で行こうか」


 後ろを振り返ると俺と同じ速度でボディーガードが追走している。俺も全力に近い速度を出しているので、これ以上の速度は出せない。


「待てぇぇーー!」


「そんな定番な事を叫ばれても待つ訳ねーじゃんかよ!! アンタもう追いかけてくるな!」


 俺は建物が密集している所で右に曲がる。


「右だ!」


 そして次の角でまた右に曲がり、更に次の角でも右に曲がる。今の状況を上から見ると一つの建物を右回りでグルグルと回っている感じだ。

 そして曲がる度に俺は背後を振り向きスキルを重ね掛けして行く。


「ぜぇぜぇ、もう体力が限界だ……。これ以上は走れねぇ。でも最後にもう一回だけ」


 気力を振り絞り再度スキルを重ねると、角を左へと曲がりその場で座り込む。

 ボディーガードの男も俺の姿は見えているのだろうが、立ち止まる事無く角を右に曲がり走り続けていた。


「へっへっへ。上手く行ったな。この作戦は他でも使えるってのがこれで解った」


 俺はボディーガードの男に角を右に曲がると言う行動に対してスキルを掛け続けた。その結果、男は角を右に曲がる事により強烈な快感を得る。もう俺の事など眼中に無く、その後も男は右に曲がり続けていた。


 そして体力を回復させた後、姿を潜めて遠くから男に掛けていた中毒を解除する。スキルが解かれた途端、男はその場に座り込み暫く呆然としていた。もしあのまま放って置いたら、このボディーガードは死ぬまで走り続けているかも知れない。そんな面倒な事は真っ平御免だ。


「やっぱり使い方だよな。このスキルは人の行動を誘導できる。これは大きな利点だな」


 ハーレム作戦は全く前進していないが、作戦はまだ始まったばかりで焦る必要はない。

 今日は、いけ好かない男から女の子を助ける事もできた。

 それはそれで良いじゃないか、と考えを改めて家路に向かう。

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