2話 傭兵
成り上がり作戦の初日に躓いた俺は、取り敢えず夕食を食べる為に行きつけの酒場へと向う。この店の店長もスキルを使って料理をタダで食べさせてくれる様になったありがたい人。店に入り目立たない様にカウンターの一番端っこの席に座った。
店内はほぼ満席状態。今日はいつもより団体客が多い気がする。
「店長。今日もお願いしまーす」
「チッ仕方ねーな。今日は団体連れが来ているから材料が少ない。賄い食でもいいだろ?」
「何でも良いって! 店長の料理を食べれれば文句は言わないよ」
白髪のベテラン店長の顔には、【テレるじゃねーか!? ちょっとばかしいい材料でも使ってやるか!】と書かれていた。
「店長。お酒も一杯だけどうかな?」
「あぁっ!? お前どれだけ図々しいんだよ」
【酒かぁ~。この前仕入れた。秘蔵のやつ残ってたか?】
言ってる事と思っている事がぜんぜん違う。これもこのスキルの面白い所。
この店長も俺に料理を振る舞う事に対して中毒になっている。その症状に関する事に限り、考えいる事が見える場所に書かれる。
店長は俺の為にいい材料を使い、美味しそうな炒め物を作ってくれた。香ばしい香りが鼻孔をくすぐり俺の胃袋が大いに反応している。
「おう、早く食べてさっさと帰りな! 今日は傭兵の団体が入っているんだ。いざこざに巻き込まれても知らねーぞ」
【腕によりをかけた一品だ。早く感想聞かせろよ!】
料理を盛り付けた皿を俺に差し出した店長の顔にはしっかりと心の声が書かれている。
俺は文字を読んでクスリと笑みを浮かべた。
後ろを振り返ると鎧を身に付けた屈強な男達が酒を飲み大いに騒いでいる。
この世界には傭兵と言う職業が存在していた。傭兵は各国の要請で戦時の応援や国内で発生する事件で命を掛けて戦う武力集団の事だ。数多くの傭兵団が結成されており、ランクによって依頼金額に差がある。
兎に角、安寧を願う俺にとっては最も対局に位置する者達と言った所だろう。
その屈強な男達の中に少数だが女性の姿も見て取れる。鎧は軽装で露出の多い装備を身に着けていた。彼女達は引き締まった筋肉美を持ちスタイルも良い。
少しだけ女傭兵達に視線を向けたが、藪蛇を突く訳には行かない。すぐに視線を反らし俺は店長が差し出した料理を受け取る為に手を延ばす。
「店長殿。頼んでいた料理はこれか? いやー実に美味そうだ! 私が持っていくから遠慮するな」
けれど突然、背後から女性の傭兵が現れ店長が、俺に差し出した料理を横から奪い去る。
そのまま片手に持っていたフォークを使いガツガツと食べだした。
「あぁぁ。俺の夜飯が……」
腹は空腹でサイレンがグーグーと鳴り響き、俺は食べれなかった怒りでプルプルと身体を震わせ始める。
女性は俺の事など気にせずに、そのまま着席しようと背中を見せた。
一方、俺の異変に気が付いた店長が声を掛けて落ち着かせようと試みる。
「おい止めとけ……あの女傭兵はマズイ。幾千の戦場を渡り歩いている【不死身】の異名を持つカレンだ。飯ならもう一度作ってやるからな! おいっ聞こえているのか??」
これほど怒ったのはいつの時だろうか? 俺は衝動的に背を向けて自分のテーブルに向かう女傭兵の露出されたプリプリとしたケツを平手でしばき上げた。
「こおのぉクソアマがぁぁぁ」
ビィシィィィー!!
「はうっ……」
女傭兵は皿を床に落とし、そのまま膝がガクガクと震えて身体が崩れる。そして両手を床に付けて四つん這いの状態で固まっていた。目は虚ろで身体は少し痙攣し、口からはほんの少しだけ涎が流れている。
「カレンどうした!? お前、カレンに何をやった!!」
テーブルの男達が一斉に立ち上がり、剣を抜き去る。彼等の表情は仲間をやられた事で怒りに満ち溢れていた。その般若の様な顔をみて俺はやっと正気を取り戻し、そして死を覚悟する。
(やっべーー!! 殺される)
店長の方に視線を向けると、顔を片手で隠し頭をふって観念しなさいと言っている素振りで返していた。
俺は剣を持った傭兵4人に囲まれて逃げる事も出来ない状況だ。
「お前、俺達の仲間に何をやりやがった! 覚悟は出来ているんだろうな?」
「いや……俺は……」
こんな所で俺の野望が終わるのか!? 迂闊な行動に後悔を覚えたが、今更どうする事も出来ない。
傭兵達は酒も入っているので、冷静に話を聞いてくれそうにも無く。突きつけた剣を大きく振りかぶり俺に振りかざしてくる。
「もう駄目だ!!」
俺は咄嗟に目をつぶる。
するとガキンと言う大きな音が鳴り、辺りは沈黙に包まれた。俺も斬られた様子もなく不思議に思い目を開けると俺の前には【不死身のカレン】が立ちはだかり、自身の剣で傭兵の剣を受けとめていた。
「何で……?」
俺は意味が解らず呆然と立ち尽くしていると、カレンは俺の首袖を掴み上げいきなり身体を持ち上げる。
それはまるで猫の首根っこを掴んで持ち上げた状態と同じ。
「みんなには悪いが、こいつとは直接話しをさせてくれ」
「それは構わないが、カレン大丈夫なのか? さっきの様子じゃただ事では無い感じだったぞ」
カレンは乱れた長い金髪を手で拭う。額からは汗が流れている。その時初めて間近でカレンの横顔を見つめた。大きな瞳と整った顔立ち凛とした雰囲気を持つカレンは紛れも無く美しい女性だった。
「あぁ心配かけたな。もう大丈夫だ。こいつは私が連れて行くぞ」
俺を持ち上げたまま、カレンは店の外へと歩き出した。店中の者達から俺は死んだな。と後ろ指を刺される。取り囲んでいた傭兵達も俺のこの先の未来を想像してかニヤニヤとした表情を浮かべていた。
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「グヘッ。ゲボゲボッ。死ぬかと思った~」
店の裏側の人通りの少ない場所で俺はカレンに放り投げられる。店の窓からランプの光が差し込み俺達の周りは明るかった。
俺は投げられた拍子につい情けない声を出してしまう、だけど命があっただけでも儲けものだ。
正面にはカレンが凄い威圧感を出しながら仁王立ちしている。物凄い形相で俺を睨みつけ、正直に怖い。けれどカレンは何をするでも無く俺をずっと見つめていた。
どうして良いか解らずにじっと見つめる。その時、店内では見えなかった方の頬に文字が浮かび上がっている事に気付く。
【ケツを叩いて欲しいよぉ】
顔にはしっかりとそう書かれていた。
「はぁ?」
俺は地べたに座ったままの状態でさっきの様子を思い返す。
「確か……料理を横取りされて、キレてから怒りに任せたままケツを叩いた……そうか感情が爆発したからスキルが知らない内に発動したって事か?」
これは好機と見るべきだ。もう一度カレンに視線を向けると何かモジモジしだしている。
【あぁもぅ……我慢できない。早く私のケツを思いっきり叩いてくれ!!】
これは重度な中毒症状で、感情の起伏でスキルの強さも変わるようだった。
このカレンと言う女は今はケツを叩いて貰いたいたくて仕方ないみたいだ。
相手が中毒に掛かった事を知り、命の安全が保証された俺の方も余裕がうまれた。
(さてどうする。この場はケツを叩けば逃して貰えるとは思うが……聞けばこの女、相当腕の立つ傭兵の様だし、このまま中毒状態にして置けば色々便利かも……それにこれだけの美女だしエロい事だって)
俺の頭の中は欲望で埋め尽くされようとしていた。ブルブルと頭を左右に振って一度煩悩を頭から追い出す。
「突然こんな事言って変だと思うかもしれないが、私の……お尻……叩いて……くれないか?」
意を決意したカレンは恥じらいながらケツを叩けと言ってきた。聞き取れない程小さな声で。
俺は優位に立った事で少し調子に乗ってしまった。
「聴こえないよ。大きな声でもう一度言ってくれないか?」
カレンはプルプルと身体を震わせ頬を紅潮させる。けれど顔にはしっかりと欲望が書かれている。
「私のお尻を……叩いて」
「聞こえなーい」
「ぐぬぬぬ!!」
カレンは悔しそうな表情を浮かべると、そのまま腰の剣を抜き去り俺の正面で大きく振りかぶる。
「早く叩かぬか!! 私のケツをぉぉぉ」
目に負えない程の速度で俺の直ぐ側を剣が通り過ぎ、地面に小さなクレーターを作り上げていた。
(キレた。ヤバイ!! こいつマジでヤバイ奴だ)
俺の座る周辺ではカレンが剣を振り回す度にクレーターが増えていく。
「解ったから。ケツを叩くから剣を振り回すな!!」
「本当か!? 嘘だった時は斬るぞ」
「あぁ、本当だ。だから大人しくしてくれ」
やっと大人しくなったカレンの背後に回ると俺は思いっきりケツを引っ叩く。
「あっ……はふぅぅっ」
カレンは先程と同様に恍惚とした表情を浮かべて倒れ込む。俺はそのスキに彼女に掛けられているスキルを解除する。そして二度と関わりたく無いと願いながらその場から逃げ出していった。
「アイツはヤバすぎる。キレると何するか解らない系だ。二度と関わりたくない……クソー俺の晩飯がぁぁぁ」
逃げ出した俺は鳴り止まない腹を抱えて眠る事になる。




