19話 カレン
ここはこの地方で3番めに大きな街。俺達はこの街に辿り着くまでに2つの街で演説を成功させていた。
ゲリラ戦を仕掛ける前には調査の為に街へ潜入し、下調べをしている。
この街では何処を歩いても王女の噂が囁かれていた。誰に聞いたのか分からないが王女が現れた事を知っている様子だ。
俺はフードを深く被り直し、口角を釣り上げた。噂が広まれば広まるほど俺にとって条件は良くなって行く。
人は弱者を応援する性質を持っている。弱い者が強い者を倒す物語が人気なのも原理は同じ。
これから国民達はたった一人でマクレーン卿に立ち向かう王女を心から応援するだろう。人々が強く意識すれば俺のスキルは更に威力を高めてくれる。
潜入して気付いた事と言えば、他の街より多くの兵士が配置されている。いつ王女が現れても対応出来る様にしているのだろう。それに兵士が首に掛けているのは笛の様に見える。誰かが王女を見つければ、笛を合図に周りの者達を集めるつもりか?
更に職務質問に似た事もやっている。顔を隠した者は兵士が呼び止め素顔を確認している。
「なるほどね。領主も本気だって事かぁ! これじゃぁ簡単には行かないようだな」
「逃げる手順を用意した方がいいな。コウヘイには考えがあるのか?」
声を掛けて来たのは、俺の護衛として付いてきたカレンである。彼女は俺に寄り添う様に歩調を合わせていた。
「その方法はこれから考えるとするよ。まずは兵士の配置場所と人数を細かく地図に落としていくぞ。今日はかなり歩くけど良いよな?」
「その言葉はそっくり変えさせて貰うぞ。私はコウヘイの方が心配だ。コウヘイこそ大丈夫なのか? いざ本番で動けないとか言うんじゃないだろうな?」
「へへへ。そうなったらお前に全部任せるよ。俺の仕事は飽く迄、準備までだからな。戦う力も無い俺が戦場にいる事自体が変なんだよ!!」
カレンや他のメンバーにはスキルの事を話していない。適当に話を合わせて、気付かれない様にしないと話がややこしくなる。
それにしてもこの街は広い。今日は終わらないだろうから、明日はペドロ達にも手伝って貰った方が良いかもしれない。
俺達は兵士に気付かれない様に人混みに紛れ静かにその場から姿を消す。
その後も街中を歩き回り、夕方前にはアジトへと戻り始める。
俺達が隠れているのは協力してくれる商人が所有している建物。大きな街になると必ずシュリオンの商人が店を出しているので都合が良い。
隠れ家に戻ると、メンバーが俺の帰りを待っていた。俺は今日見てきた内容をメモを書き込んだ地図を見せながら話し、全員で今回の作戦を練っていく。明日は調査の人数を増やす事を決めて今日は休む事となった。
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深夜、俺は簡易で作った寝床から静かに起き上がると、他の者を起こさない様に音を立てずに建物の外へと出ていく。グロッグの時とは違い、街を周りだしてからは全員が一つの場所で固まって眠っている。これは仕方ない事なので諦める他ない。
「俺みたいに上品な奴にとっては急ごしらえの寝床は寝付きが悪いんだよな」
今まで、宿屋のボロ倉庫で眠っていた奴がよく言えたものだが、不思議と今日は目が冴えてしまっていた。
余り目立つ事は出来ないので、建物の影で腰を降ろしてボンヤリと空に浮かぶ星を眺める。
「どうしたんだ? 眠れないのか?」
急に声が聴こえ、俺はバッと背後を振り返る。そこにはシーツを身体に巻いた状態でカレンが立っていた。
「何だよカレンか!? 驚かすなよ。寿命が1年縮まったわ」
「コウヘイが一人で出ていく所を見かけてな。建物を出た所で止まったのを確認したからシーツも持ってきてやったぞ。寒いだろ?」
「俺が女だったら、お前に惚れてる所だよ」
「何だそれは? 私がコウヘイに惚れているから同じ意味じゃないのか?」
カレンは堂々と、惚れていると宣言してくる。その言葉は何度聞いても胸に刺さる。それは俺に負い目があるからだろう。
カレンは俺の横に座るとシーツを肩に掛けてくれた。今は2人で一つのシーツに包まっている状態。カレンの体温が伝わり俺の冷えた身体を温めて行く。
「お前は勘違いしているだけだ。俺はお前に惚れられる様な男じゃない」
「そんな事は無いぞ。私は見る目がある女だ。コウヘイには他の者には無い人を惹きつける魅力がある。それに出会ってから今日までずっと見てきたが、コウヘイは勇気だって持っている。覚えているか? 拐われた少女を助けに言行った時の事を?」
「あぁ、覚えている。カレンが居たから言えた言葉だな」
「ふっ、そんな事はない。きっと私が居なくて、一人だったとしてもコウヘイは助けに行った筈だ。私には解る」
とんだ買いかぶり過ぎだ。どう解釈すればそんな事が言えるのか解らなかった。
「きっと。この戦いも上手くいく。コウヘイがいるからな!!」
「俺だって負けるつもりはないさ。俺はハーレムを築く為に、今を頑張っているんだ。カレンに言われなくても成功させてみせる」
カレンはジッと俺の方を見つめていた。
「そのハーレムとやらには、私も入っているのだろ?」
「……まぁな。お前が嫌じゃなければな」
カレンに追い回され続け、半分諦めている為なのだろうか? 普通なら恥ずかしくて言えない言葉が自然とこぼれていた。
「では今からやるのは手付だ。私はお前の中で一番で居たいからな」
そのまま、カレンは俺の唇に自分の唇を重ねていた。突然の事で避ける事も出来ない。
カレンの唇は柔らかく首元から甘い香りが鼻孔を擽り思考が麻痺してくる。
数十秒の口づけを重ね合わせ、カレンはスッと立ち上がった。
「言っておくが、私は初めてだからな。この責任は絶対に取って貰うぞ」
「お前からしてきたんじゃねーか」
「煩い、煩い!! 私にはもうコウヘイしか居ない。それを忘れるな」
それだけ言うとカレンは建物の中へと戻っていった。一人でそのまま座りつづけ。今日までの事を思い返す。
肉を喰って死んで、神から笑われながら【中毒】のスキルを貰った。飛ばされた異世界では惨めな思いばかりしてきた。けれどそんな事はさっきの出来事で帳消しになったかもしれない。
俺は自分の両手で頬を思いっきり叩き、気合を入れ直した。
「よっしゃー!! いっちょう暴れてやるしかないよな」
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翌日、俺達は街の警備状況と粗方の兵士数を把握し作戦を決めた。これでいよいよこの街でのゲリラ線を開始できる。