16話 休息
俺達が行動を開始して1ヶ月が経過していた。毎日、2~3カ所の村をまわり有志を募っていく。アクア王女は全ての村でずっと大きな声を出し続けている為に、女王には似合わないしゃがれたと変わっている。
けれど王女は声が出ないなら聴こえる位に近づいて話せばいいと、一度も休憩する事は無かった。
村を全てまわり終えた俺達は本拠地であるグロッグの街へと戻っていた。今はメンバーを集めて明日のミーティングを行っている。
今まで訪れていた村には兵士がいない為、堂々と演説を行い俺がスキルを掛ける事も出来た。けれど明日からは時間との勝負になる。兵士が駆けつける前に街から逃げ出さねばならない。
もし戦闘にでもなれば多少なりとも被害が発生するかもしれない。こちらの戦力はまだまだ少なく、少しの被害でも進捗に大きな遅れを発生させる要因になる。
「よし、今日で国中の村は全てまわる事が出来た。明日からはいよいよ兵士が駐在している街へ行く予定だ。今までの様に呑気に構えているとすぐに捕まるかもしれないから、作戦通り迅速に行動するぞ」
「おうっ!!!」
「はい……頑張ります」
傭兵達は威勢の良い声を出し、王女は殆ど聴こえない程の小さくしゃがれた声で返事を返していた。
「コウヘイ殿、少しいいか?」
俺に声を掛けてきたのは、王女の護衛で元騎士団に居たバッカス。以前カレンに一撃でやられた男だ。
「あぁ、何か質問があるなら言ってくれ。解らないままで動かれたら、失敗の原因となるからな」
「質問では無いのだが……。どうだろう? 一日、休息をとる訳にはいかないか? 勿論、我々には時間が無いと言う事は理解している。けれどこの一ヶ月間、一日も休まずに動き続けている。皆も疲れが溜まっているのでは無いか?」
そう言いながら、バッカスはチラっと王女の方へ視線を向けていた。
確かに俺の目から見ても、王女には疲労が溜まっていると思う。本人に休むか? と何度か聞いた事はあるのだが、自分の事は気にしないでくれと丁寧に断られていた。
使命感が強い王女の事だ。弱音を吐きたくは無かったのだろう。その性格を知っているバッカスは遠巻きにそれを伝えて来た訳である。
まぁ、仕方ないな。もし大事な場面で倒れられても困る。
「そうだな。それじゃ明日は休息としよう。各自ゆっくりと疲れを癒やしてくれ」
「よっしゃー!! やっと休みだ。今日は飲むぞーーー!」
「俺、旨い店見つけたんだぜ。飯食いに行こうぜ!!」
傭兵達は浮かれ、はしゃいでいた。バッカスはホッと息を吐き安堵している様子だ。王女は一人だけ俯きギュッと手に力を入れて握っているのが気になった。
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俺達はスミスさん所有の宿で寝泊まりさせて貰っている。勿論貸し切り状態で、他の客は一人として居ない。なのでこの宿の中では、気を休めリラックス出来る様になっていた。
俺は食事を取り、自室へと向う。傭兵達は酒場へ酒を飲みに行っている。カレンも友人の女傭兵と女子会を開くと言って何処かへ消えている。
俺は自室で明日から再開される演説の行動予定を洗い直す予定だ。
今はダラけるよりも頑張る時!! 仕事が出来る俺はメリハリの達人であるのだ。
自分でドヤ顔を決めていると、正面からバッカスとジークが小走りで近づいてきた。
「コウヘイ殿、王女様を見かけなかったか?」
「いや……見ていないが、王女がどうかしたのか?」
嫌な予感がした。
仕事と言うものは最初に一度つまづくと。最後まで厄介事が続く時がある。
俺は肩を大きく震わせながら息を切らしているバッカスに視線を注ぐ。
「王女様の姿が見当たらないんだ! 今は3人で探しているが見つからない」
「何だって!? クソッ!! 解った。俺も探してみる。誰か一人は連絡掛かりとして宿に残っていてくれ」
嫌な予感が的中した事に大きくため息をついたが、大事になる前に王女を見つけ出さ無ければいけない。
すぐにフードを着込むと俺は夜の街へと飛び出した。この世界の夜は本当に暗い。普段の日なら、ランプが無ければ20mも歩けないだろう。
もっとも街灯も無いこの世界では当然なのだが、幸いな事に今日は満月である程度の視界は確保されている。けれどもしこんな状況に王女が攫われたりしたらお手上げだろう。見つけ出し救い出せる確率は皆無に等しい。
だが俺の不安は余所に王女は直ぐに見つける事が出来た。場所は俺達が何時もミーティングを行っている。スミスさん所有の資材倉庫。
俺が側を通りかかった時に、建物の中からランプの光がこぼれていたのが理由だ。中を覗くと王女はテーブルの上に広げた地図をずっと眺めていた。
「おいおい。勝手に居なくなるなよ。バッカス達が心配して探し回っているぞ」
「えっ!?」
突然、背後から声が聴こえた為だろう。王女は身体をビクンと反応させて驚いていた。
「コウヘイ様でしたか。皆に心配掛ける訳にも行きませんね。申し訳ございません。直ぐに戻ります」
王女は地図から目を離すと、ランプを持って俺に近づいてくる。近くで見ると目の下にはクマが出来ている。相当疲れが溜まっているんだろう。
「一体、こんな所で何をしていたんだ?」
「はい。今までまわった村の事を思い出していました。彼等をあの様な暮らしにさせてしまったのは私達です……それが申し訳無くて」
悲しそうに女王はそう呟いた。
けれど俺から言わせればそれは仕方ない事だ。俺が住んでいた日本でも同じ、一年で何千万円も給料を貰う人も居れば、一生懸命働いたとしてもギリギリの生活をしている人達がいる。その現実を無くす方法なんて誰も知らない。
けれど日本では声を上げて訴える事は出来る。労働条件の改善や給料のアップ。それを成し遂げるには時間や労力も必要。だがこの世界にはそれが出来ない。反抗すれば簡単に殺されてしまうからだ。
何だか無性に腹が立つ。こんな理不尽な世界……割り切っているつもりだったが、まだまだ割り切れていないみたいだ。
「確かに、村の人達の暮らしはキツい。けれど王女はそれを知る事が出来た。もし国を取り戻せたなら彼等の生活が少しでも楽になる様に考えてやればいい」
「はい……その通りですね。ありがとうございます」
王女がそう言いながら頭を下げた瞬間、バランスを崩し俺に寄りかかってくる。
「やっぱり疲れているみたいだな。明日は休みだ。今日は早く寝たほうがいいよ」
「いえ、私には時間がありません。明後日からは今まで以上に多くの国民の前で訴えるのですから、演説内容も考えておかないと」
気丈に振る舞う王女であったが、やはり足元は覚束ない。これは本気で休ませた方がいいみたいだ。俺は仕方なくスキルを使う事を決めた。
彼女はスキルで本音を確かめる事も無い程に疲れている。本当は眠りたくて仕方ない筈だ。今は気持ちを奮起させているだけ。そんな状況では今の頑張りも長続きしない。
「王女様、わりーな」
俺はそう告げながら王女にスキルを掛ける。事前にお膳立てしいなくても掛かる中毒の効果は予想できる。
女王は俺の予想通り、まぶたが重くなって瞑ろうとしていた。必死に耐えているが長くは持たない筈だ。
「急に眠気が……」
「あぁ、疲れているんだろう。アンタの事は俺が見ておいてやるから、今はゆっくりと眠るといい」
王女は俺の胸に倒れ込み、スヤスヤと寝息をたて始めた。スキルは解除せずに明日一日は眠っていてもらおう。
しかし王女を此処で一人にさせる訳には行かない。俺が誰かに助けを呼びに行けば、女王は一人になってしまう。それはそれで危険が伴う為、迂闊に助けを呼びに行く事も出来ず。仕方なく俺は王女をお姫様抱っこしながら宿の方へと歩いていく。
「はぁ、こりゃ身体を鍛えた方がいいかもな。こんな細い女性を持ち上げるだけで腕が限界だとは思わなかったぞ」
自分の力なの無さを痛感しながら、フラフラと千鳥足で俺は王女を宿へと連れて帰っていく。
明後日からは、いよいよ街に向う。今までの様に行かないのは覚悟の上だ。それなりの作戦も考えている。後は相手がどう動いてくるか見ものである!!