14話 潜入
周囲は暖かな日差しに照らされ、高い山脈が青く輝いている。麓の盆地には草木が生い茂り、温かい気候に乗って爽やかな風が吹いている。半年前に国を乗っ取るクーデターが起こった場所とは思えないのどかな風景。
俺達は商人達が使っている数台の馬車に乗り込み、最初の目的地であるグロッグの街へ向かう街道を進んでいる。既に先発組は街に侵入済みで、残るは俺達だけだ。
最初に傭兵達を入国させてみると商人の護衛役や付き人と言う建前なら検問を通りやすく、今までは大きなトラブルは起こっていない。
けれど今回はアクア王女と側付である赤髪のリリィ、騎士団にいたガタイの良いバッカス。そして元将軍だったジーグがいる。王女や彼等は顔も割れているので、可哀相だが今回は荷物に紛れ込ませた大きな木箱の中に隠れて貰っていた。
「コウヘイさん。前に見えるのが検問所です。あれを抜けるとプリースト領土となっています」
御者の青年が隣に座る俺に声を掛ける。
「此処を通れば、もう後には引けないって訳だ」
もし失敗すれば死ぬだろう。本当の事を言うと正直怖い。しかし何故か俺の口角は自然と釣り上がっていた。確かに恐怖心も大きいが、それ以上に興奮している自分がいる。
自分で企画し立ち上げたこの大事業の一歩目。ここを怖がっている程度なら目的は達成する事は出来ない。
ゴクリを息を飲み込み、俺達は検問所の中へと馬車を進めた。
「おーし! 此処で止まれ!!」
兵士に誘導されて指定の場所で馬車を停止させる。馬にはロープが付けられ、勝手に逃げ出さない様に固定されていた。御者の少年は積荷が書いてあるリストを兵士に手渡して雑談を始める。
本当の事を言うと、この少年は王女が乗っている事を知らない。今回の作戦を知っている者は少数だけで、俺もスミスさんの知り合いで、街まで乗せていって貰うと言う事になっていた。
後続の馬車にはサラとペドロ、王女の護衛と付き従っていたバッカスとジークも他の馬車に乗っている。それぞれが検問を受けるが、サラとペドロは付き人として同乗し、顔がバレる可能性のある2人は積荷へと身を潜めていた。
「今回は衣類と、雑貨、陶器もあるのか? 全部合わせると中々の量だな。この量だと10,000ココル必要だ」
「解りました。それじゃお受け取り下さい」
兵士は積荷の量で決められた金額を徴収している。ココルとは共通通貨の事で、シュリオンや周辺国は硬化を統一させていた。もし国を無事に取り返す事が出来れば、今後はこの徴収金が減額され、国民にとってはその分安く商品が買える様になる筈だ。
「それじゃ、積荷の中身を確認させて貰うぞ」
「解りました。お願いします」
ドクンと俺の心音が高鳴る。一応、王女は一番奥の木箱に入って貰っているが、もし見つかれば検問所で戦闘が起きる。そうなると今後の動きが取れなくなる事も考えられた。
少し様子を見ていると、兵士は馬車の荷台に上がり、袋の口を開き中身を確認したり、バールの用な物で木箱の蓋を空けたりしている。
次第に王女が隠れる大型の箱へと兵士が進んでいく、そこで俺は兵士に向けて声を掛けた。
「いつもお世話になっております。ご苦労様です」
「あぁ? 何だ?」
歩みを止めて、俺の方を振り返る。
「いえ日頃からお世話になっているので、旦那様からこれを……」
俺は兵士に近づくと手の上にお金が入った小さな袋を載せた。正直に言えば賄賂である。賄賂はいつの時代にもあり、賄賂が兵士たちの小遣いとなっている。
残念な話しだが、金銭を渡す者と渡さない者では審査の厳しさにも影響が出ていた。
更に安全を期す為に俺は兵士にスキルを掛ける。
「これで検査は終わりと言う事で宜しいでしょうか? 我々も早く納品したいので……」
「まぁ、幾つか見たからな……」
実際に兵士の手を触りながら、スキルを使うと兵士の顔に【賄賂がもっと欲しい】と文字として現れた。思惑通り、この兵士は賄賂の事を考えたいたようだ。
中毒スキルは相手が意識している事に対して【中毒】状態に持っていく事が可能。
それなら方法は違うが結果が同じになる様に、中毒に持って行けばいいだけの話だ。
「ふんっ。お前、解っているじゃないか!? あぁもう良いぞ! 俺はは忙しいから、悪いが蓋が開いて在る木箱はそっちで閉めて置いてくれよ」
「解りましたーー!」
「それじゃ、俺はあっちの馬車を見てくる。通って良し!!」
兵士は少しでも早く後ろの馬車からも賄賂を貰う為に、急ぎ足でペドロの馬車へと向かう。
事前に打ち合わせていた通り、ペドロ達は賄賂を渡しただけでロクに検査される事無く通された。そして全ての馬車が連なって去っていく間際に俺は視界に入っていた兵士のスキルをそっと解除する。
最初は冷や汗を掻いたが、何とか検問も無事抜ける事ができ、俺達はプリースト国へと入国を果たす。
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グロッグは検問所から2日程度離れた中規模な街。ここを選んだ理由はスミス商会の倉庫と店舗があるからだ。そして複数ある倉庫の一つを貸して貰っている。此処を拠点として俺達のゲリラ戦が開始される。
今は倉庫の中にゲリラ戦に参加するメンバー、総勢30人が揃っていた。
アクア王女が集まった者達に激励と感謝を述べる。
此処にいる者達はカレンが選別を行った者で皆口が固く腕が立つ者ばかり。カレンが言うには報酬もそれなりに必要だから覚悟しておけとの事だった。
因みに初めて彼等を見た時に屈強な身体から放たれる威圧感を受けて、密かに縮み上がっていたのは秘密にしておく。
俺が王女を見ていると背後から視線を感じる。俺が振り返ると、一人の傭兵達が何故か俺を見ている。
普通なら王女を見たりする筈なんだが、一体どう言う事なのだろう?
「おい、アンタがコウヘイって奴か?」
短髪の男性の傭兵が声を掛けてきた。見た目の歳は40台前半、頬には長い切り傷が残っている。カレンが渡してくれた名簿を思い出すと名前は確かダン。人望も厚くリーダー的な存在の男で今回も一つの隊をまとめて貰う予定の人物だ。
ダンはニヤニヤとした表情を浮かべている。それを踏まえると敵対している訳じゃ無いようだ。
「あぁ、俺が航平だけど?」
「そうかぁ、お前さんがねぇ……」
ニヤつく表情が一層崩れる。
「何だよ、一体!! 説明しろよ」
するとダンは太い腕を俺の首に回してロックを掛けてきた。そして開いている左手の親指を立てて、離れて他の傭兵と話しているカレンを指す。よく見ると話しているのは、カレンの部屋を出た所で出会った女性の傭兵だった。
「お前さん、カレンの男だろ!?」
ダンはサムズアップの仕草をしている。そして首に回している腕の力を強めた。
「違う! 違うぞ!! 俺達はそんなんじゃないって」
「俺には隠さなくてもいい。カレンは傭兵達の中じゃ高値の花だからな、嫉妬で突然背後から斬り殺される可能性も十分ある。それで認めない事も解る……。けれどなぁ俺はカレンが小さい時から知っている。言わば半分親みたいなもんだ……」
その瞬間、周囲の温度が下がった気がした。ゆっくりとダンと目を合わせると今にも殺しかねない眼光を俺に注いでいた。
「だからなぁ、カレンを泣かした暁には命は無いと思えよ……」
チビりそうだった。いや首を締められて首から下の感覚が少し鈍っているので、既にチビっているのか? 判断がつかない。
「……気をつけます」
「そうか。そうか! なら安心だ。幸せにしてやってくれ。約束したからな?」
「……はい」
蛇に睨まれたカエルの様だ。チクショー知らない内に外堀を埋められている感じがする。
カレンは感情で動く女性で、性格から言っても外堀を埋めたりはしないだろう。
「まさか……あの女か!!!」
俺はカレンと楽しく話す女の傭兵に視線を向けると。手を振って返してくる。その表情は笑顔ではなくニシシと言う感じだ。あのドヤ顔を見ていると、あの女が噂を広めていると確信する。
チッ。いつか仕返しをする必要があるようだ。
実際、俺としてもここ迄尽くしてくれるカレンを可愛らしく思う所もある。半分位は仕方ないかと諦めていた。だけど全てはこの戦いに勝った後の事。
そして俺の希望は飽く迄ハーレム。一人目はカレンだとしても、残りは清楚で可愛らしい美少女をゲットしてみせるぞぉぉ!!