10話 動き出す歯車
目が覚めたのは見知らぬベッドの上。昨日飲み過ぎたせいで二日酔いで頭痛が凄い。
驚いた事に、俺の横ではカレンが肌着姿でスヤスヤと眠っている。上半身を起こし、二日酔いの痛みが走る頭を手で抑えた。視線を左右に振り、何故こんな状況になったのかを思い出そうと記憶を探ってみたが全く思い出せない。
「えっと……昨日はペドロの家に子供達を連れて行ってから……感謝されて酒をご馳走になってだな。でもカレンは拐われた子供達を役人の所へ連れて行った筈なんだが、どうして俺の横で寝ているんだ? この状況……もしかして俺達ヤッちまったのか?」
何て恐ろしい事をしてしまったのだ!! 恐怖で身体がガタガタと震え出す。
カレンに既成事実を与えてしまえば、俺はこの戦闘狂から逃げ出せないじゃないか!?
二日酔いの痛みと、この先起こるであろう苦労を考えて、痛みが更に2段階増す。
「それにしても、眠っている顔だけ見るとコイツって本当に美人だよな……」
朝日を浴びて金色に輝く長い髪。長いまつ毛と整った造形。傭兵だけに身体も引き締まっているが、肌着の隙間から見える胸は大きい。外見だけはパーフェクトだった。
「だけど……コエーんだよコイツは!!」
初めて出会った時から今日までの出来事を思い返し、俺は大きくため息を吐く。
「ん……んん……」
するとカレンの目が薄っすらと開く。そして俺と目が合い。顔を真赤にさせてバッと毛布で顔を隠す。
俺もどう接すれば良いか解らずに、頬を指で掻いて誤魔化していた。
「おう……起きたか?」
「あぁ……全く……寝顔を見るなんて……卑怯だぞ」
可愛い事を小さな声で言っている。けれど今は確認したいのは、致したのか? 致していないのか? その一点だけ。
「俺……酒の飲み過ぎで昨日の事を余り覚えていないんだが。やっぱり……こうして一緒のベッドに寝ているって事は……そういう事だよな?」
「そういう事とは……? はっ!? 違う! 違うぞ!!」
俺が聞きたい意図を察したカレンは飛び起きて、昨日の出来事を話し出した。
話に拠ればカレンが役人の所に子供を預けて戻ってくると、既に俺とペドロは酒に酔い出来上がっていた。カレンも少し酒に付き合ってはいたのだが、帰り際にお礼を返すと俺が突然言い出し、カレンの家に上がってきたらしい。
話を聞くだけでは俺が全て悪いじゃないか!? 更に俺の暴挙はそれだけではなかった。
カレンの顔をよく見ると、文字が浮かび上がっている。俺はスキルまで使っていたのか……。
「昨日は、凄かった……。ハッキリ言って私が今まで生きてきた中で一番、幸せを感じた日だったぞ」
恥じらいならがカレンはそう告げる。
けれど顔には【あぁ、また昨日の様に激しく尻を叩かれたい!!】と書いていた。
ド外道が大嫌いな俺だが、どうやら自分自身が外道へと成り下がっていたみたいだ。幸い、俺も尻を叩いただけで本番していないみたいで、まだギリギリセーフだと言っておこう。
ナイス俺!! どんなに酔っていても自制心が残っていたみたいで助かった。
俺はすぐにカレンに掛かっているスキルを解除し、急いで家から出る準備を始める。
「コーヘイはもう帰るのか?」
「当然だろ? 男が女の家にずっと居る訳にはいかないじゃないか」
「本当はもっといて欲しいのだが……仕方ない外まで送ろう」
カレンがドアを開き二人で外に出ると廊下が広がっていた。横には別のドアがあり、この家は結構大きな造りをしているみたいだ。
俺達が歩き出した時、隣部屋のドアが開き、鎧をまとった一人の女性が現れた。
「おはよ。カレン、出て行くの?」
「あぁ彼を見送りにな……」
「ははぁーん。後ろの人がカレンが前に相談してきた人ね。ふーん。余り強そうには見えないけど可愛い顔してるじゃないの。それにしてもついに、あの難攻不落のカレンが落とされる日が来るとはねぇ。昨日は私の部屋まで甘い声が聴こえて来たわよ。お盛んなのは良いけど、もう少し抑えなさいね」
軽く俺にウインクを見せ。女傭兵はスタスタと廊下を歩き離れていった。カレンは真っ赤な顔のまま固まりピクリともしない。
尻を叩いただけの筈なんだが、一体どんな声を出していたんだよ!?
動かなくなったカレンに気付き俺は肩を揺すって声を掛けた。
「おい!! 大丈夫か!?」
「うわ~ん。私はどうすればいいんだぁぁぁ」
突如、カレンは涙を流し大声で泣き出すと恥ずかしそうに部屋の中へと飛び込んでいった。
「まぁ、確かに知人にあんな事を言われたら仕方ないよな。それじゃ俺は一人で戻るとしますかね」
どうやらカレンは町宿を借りている様で、1階にはフロントや食堂があった。外に出てみると場所は中央区。俺が日頃泊まらせて貰っている宿とそんなに離れてはいない。
頭の痛みも引かないので、今日は帰ってもう一眠りしようと家路を急いでいると、背後から誰かに肩を掴まれる。
「ん??」
俺が背後を振り返るとマントを着込んだ男が俺の肩をしっかりと掴んでいる。顔はフードに隠れて見え辛いが、俺は一瞬で誰だが理解する。
「何だよ。昨日の事は謝ったじゃねーか。まだ何か文句あるのか?」
「貴方に聞きたい事がある。少し付き合って貰いたい」
「俺に話しだと?」
「いや……正直に話すと、【不死身のカレン】殿を探していたんだが居所が解らなくてな……。困っていた時に貴方を見つけたので呼び止めた訳だ」
「あーっ。カレンね……」
きっとカレンは部屋で恥ずかしさの余り泣いている。どれだけタイミングの悪い奴等だと思う。
俺は昨日、4人組とやり取りを思い出す。その時、彼達は気になる事をチラホラと話していた。
「カレンの居場所を教える訳には行かないが、用件なら聞いてもいいぞ。俺がカレンに伝えてもいいと思える内容なら、必ず伝えてやるよ」
少し興味が湧いた俺は、カレンの代わりに用件を聞いてみる事に決める。
「……それでも構わない。けれど約束してくれ、私が話す事は他言無用だと!!」
男は暫く迷っていたが、何かに焦っている様子で最後は俺の提案を受け入れる。
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俺が案内されたのは昨日尾行した彼達のアジト。一人で来た事を少々後悔しながら、中へ入ると4人のメンバーが全員揃っていた。
最初に丸型のテーブルに案内され、全員が円卓に席を付く。
俺の右側には昨日カレンに負け、今日は俺を連れてきた男だ。体格は大きく、腕を見ただけだが物凄い筋肉質で怪力の持ち主と言う感じだ。髪は短髪で歳は30歳を越えた位か?
次に左側には初老の男。髪は全部白髪だが眼光は鋭い。見た目で言えば60歳を超えているだろう。
その横には赤髪のショートヘアーの女性。キリッとした顔立ちでスマートな性格をしている感じだ。
そして最後に銀髪ロングヘアーの女の子、彼女は優し顔立ちで歳は俺より少し下位に見えた。
ここで襲われたらどうする事も出来ないな……。一瞬そう考えたが、それなら家に入った瞬間に捕まっている筈。ならば相手は本気で話を聞いて貰いたいと言う事になる。
相手の心理状況を把握するのも、商談の場では重要な要素。俺は4人の表情の動きに注目しながら第一声を放った。
「それじゃ。話を聞かせて貰おうか」
相手は俺にお願いして来て貰っている立場。ならば此処は上から目線で行くべきだ。
「話は私が致します。先ずは昨日の無礼をお詫びさせて頂きたい」
銀髪の女性が立ち上がると、頭を下げる。普通に考えれば切っ掛けを作ったのは俺なのだが、此方が下手に出る理由も無かった。
「あぁ、気にしないで良い。そこのお兄さん。怪我は大丈夫なのか? 何せ相手があの【不死身のカレン】だったからな」
「確かに拳は痛めているが、骨に異常はない。気にしないでくれ」
「それで私達の用件は【不死身のカレン】さんを雇い入れたいのです」
「雇うだって?」
「はい、私達には目的がございます。その目的を達成する為にはカレンさんの様な強い力が必要なのです」
この4人が何を企んでいるのか? これ以上、深く話を聞くべきか? 一瞬だけ考える。たった4人の人数そしてゼロ番地と言う犯罪者達が身を隠す場所。普通に考えたら碌な目的じゃない。
けれど、俺にとっては長い期間探し求めていた困っている人が目の前に居る可能性もある。このまま町を彷徨っても、計画がいつ前進するか解らない。ならばプチハーレムの為に一歩踏み込むべきだと決めた。
「その目的とやらを聞いてもいいか? アンタ達がカレンに一体何をさせたいのか? 傭兵を雇いたいと言うんだ、どうせ碌な目的じゃないんだろ?」
「禄な目的とは何だ!!」
赤髪の女性が立ち上がり、語尾を強める。だがそれは銀髪の女性によって静止された。
「まだ、名前を教えていませんでしたね。私の名は、アクア・プリースト」
「プリースト……」
何処かで聞いた事がある名字だった。
「商業国家シュリオンの隣にあるプリースト国の第1王女です。プリースト国は3月前に最大貴族マクレーン卿の反乱によって乗っ取られてしましました。私は此処にいる者達に助けられシュリオンへと逃げる事ができましたが、父達の行方は解っていません。だから私は父の無念を晴らすためにも……憎きマクレーン卿から国を取り戻したいのです!!」