1話 異世界成り上がり
商業国家シュリオンの北にある港町。町の文化レベルは中世のヨーロッパに近い。
小さな町だと言っても朝早くから多くの人達が働きだし町は活気にあふれている。
多くの人が行き交う道を接触しない様に避けながら進む。この世界では下手をすると肩がぶつかっただけで命のやり取りに発展する事があるので注意が必要だ。
俺の目的は朝食を食べる事。
目的の場所は朝早くから開いている市場で、新鮮な野菜や処理したばかりの肉、更には衣服などの商品が威勢の良い声を出して取引されている。
そんなセリを横目に流し、向かったのは市場の中にある小さな串肉の店。
店主は筋肉隆々の身体をして強面だが人情味あふれる男だった。
「おっちゃん。また来たけど……どうかな?」
申し訳なさそうに頭を下げると、店主は事前に用意していた。串肉を何も言わずに手渡してくれた。
「2本だけだぞ」
「いつもありがとー。 旨ぇぇー。やっぱおっちゃんの串肉は最高だ」
串肉を手に取り口へと頬張る。串肉とはこの世界に生息している動物の肉を串に挿して焼いた料理。
串肉は牛肉に近い味で、特製のタレを付けてこんがりと焼かれた肉は口の中で溶ける様に消えていく。
俺の様子を見た店主は強面の表情を一瞬だけ砕けさせトロンとした目を見せる。
「おう! 仕事の邪魔だもう帰れ。それとまた明日も来いよ。味見で作る分を残しておいてやるからな」
「ありがとう。明日も来るよ」
腹を満たした次は飲み物を売っている店に顔を出す。肉だけじゃ喉が乾くので潤しておきたい。
「あらいらっしゃい。今日も来たのね。ちょっと待ってなさい」
店舗に顔を出すなり、店員のおばちゃんは一杯の果実水を手渡してくれた。
ゴクゴクゴク。
「プハーッ。旨い! お姉さん。いつもありがと」
「あら、お姉さんだなんて、嬉しいこと言ってくれちゃって、また何時でも来なさい」
先程の店主同様にほんのり頬を染めて店員の女性もタダで飲み物をくれた。
只で食事を与えてくれるなんて普通では有り得ない。しかしそれにはちゃんとした理由がある。
これらは全て俺が持っている【中毒】と言うスキルの力。
俺は林航平。日本に住む23歳のどこにでもいる普通のサラリーマンだった。馴染みの焼肉屋で秘密の裏メニューだった生レバーを食べて食中毒になり死亡してしまう。けれど神によって【中毒】と言うスキルを与えられ異世界に飛ばされる事になった不幸な男だ。
この【中毒】と言うスキルを実際に使ってみてると意外と面白い事が解った。
今解っている事を説明すると。
スキルの発動条件は俺が直接相手に触った時と、直接相手の行動を目視した時にのみ発動する。その時に対象者が取った行動に快感を強制的に植え付ける事が出来る。勿論、直接触ってスキルを掛けた方が効果は高い。
次に中毒のスキルに掛かっている人には俺にだけ中毒衝動が文字となって顔や手足に浮かび上がる。要するに今考えている事が見えると言う事だ。
俺はこのスキルを利用し、人の命の価値が極端に低い危険な異世界で自分の安全は確保しながら、成り上がる事を決めた。
最初は自分で店を開いたら【中毒】のスキルで客を呼び寄せて儲かるかも知れないとも考えたが、強制的にこんな危険な異世界に飛ばされたんだ。
日本に居た時に思い描いていた小さな欲望を叶える位はいいだろう。
だから俺は働かなくても適度な金が入り、超絶美少女を3人位囲ったプチハーレムを目指す事を決めた!
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寝床は宿屋の物置として使われていた中庭に作られた小さな小屋。頼み込んで一晩だけ泊めさせて貰った時にスキルを使用し、その後は毎日使わせて貰っている。
このスキルの特徴として最初の一回は自分の力で結果を勝ち取らねばならない。
苦労の末、今ではレベルは低いが三食昼寝付という夢の様な毎日が約束されている。
「やっとここまで来たな~」
小屋の中で異世界に来てからの辛い日々を思い返すと涙が溢れてきた。金や力も無ければ、当然知人も居ない。そんな俺には頭を下げて恵んで貰う以外に物資を手に入れる方法が無かったからだ。
暴言を吐かれた事や殴られた事も何度もあった。異世界は厳しい世界で生きてきている事もあり、働かない者には厳しい。悔し涙が頬を伝い袖でゴシゴシと擦りつけ大げさに拭う。
「くぅぅー。思い出しても惨めな日々だったぜ。でも今日からは違う! やっとだ……やっと最低限度の生活基盤は手に入れた。これからの俺には成り上がりの未来しか無い!!」
バッと立ち上がり強く握りしめた両手を突き上げて大きく雄叫びをあげた。
「俺はやるぞぉぉぉーー! 絶対にこの野望は達成してやる。フハハハハーッ」
大衆宿の中庭の角、ボロ小屋の中からは俺の不気味な笑い声がずっと流れだしていた。
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翌朝、早速作戦を開始する。異世界に来てから俺もただ単にニートをしていた訳じゃない。
生活基盤を整えると共に、俺のスキルの有効的な使い方などを日夜研究してきた。如何に怪しまれずにスキルを使えばいいのか? 使う相手の性別は? 職種は? などシュミレーションには余念が無い。
これも日本人特有の危険予知行動と言えよう。
シュミレーションの結果、俺が導き出した今回の作戦はこうだ。
町に出て、兎に角困っている人を探す。そしてターゲットを人を助けて、お礼の代わりにその人の家に一泊だけ泊めさせてもらう。
その時にスキルを発動する事で、その人物は俺を泊めると言う行為に対して中毒になる。
中毒は同じ行動に対してスキルを使えば使う程に強さを増す。
なので、2泊以上泊めて貰えればもうその人は俺を泊める事に快感を覚えて止めれなくなる訳だ。
これで生活基盤がワンランクアップする。
「ふふふ。正にわらしべ長者作戦!! この完璧な作戦に穴など存在せぬわ。ふははははーっ」
自分の作戦の完璧さにテンションはマックスに駆け上がる。俺はスキップしながら意気揚々と町に向かった。
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「おかしいな? こんな筈じゃ無いんだけど……」
その日の夕方、川沿いの丘の上で、膝を抱えて川に意思を投げている俺の姿は捨てられた子犬のようだろう。
朝はあんなに威勢よく飛び出したのに、町中を夕方まで歩き回ってみたが困っている人など一人も見つけられない。この世界の人達は本当に逞しく生きていた。
重そうな荷物を持つ白髪の老人を手助けしようと声を掛けたが、老人からは泥棒と叫ばれて殴られる。
次にウロウロしている子供がいたので迷子になっているのかと思い、声を掛ければ見れば人攫いと勘違いされて逃げ出し、無尽蔵な体力で10km程走り続ける。
「助けを求める人が居ないなんて!? まさかこんな盲点が在ったとは……。クッソ仕方ない、まだ初日だ。諦めるな!!」
長くクヨクヨしないのが、俺の長所で会社の先輩にも褒められた部分だ。まだ野望は始まったばかり、気持ちを切り替えて再度挑戦だ。