表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その幼女、化け物につき  作者: ハモニカ
5/7

第五話 レジスタンス

 諸君、一か月ぶりだな。


 あいにく駄作者が繁忙期に入りストレス太りした白豚となり果てていてな。


 期待はしていないだろうが、今回後書きはなしだ。


 また次回、会うとしよう。

 自分たちの住む世界を「魔界」と自称するようになったは一体いつからだろう。


 人間界、さらには天使を自称する連中が自らとの対比のために名付けたそれを追認し、あまつさえ自らを「悪魔」と名乗る者たちには、当初嫌悪感しか抱かなかった。自称天使―――魔界の者たちは侮蔑を込めて「羽付き」と呼ぶ者たち、が人間界での影響力拡大を狙って布教を始めた時、悪魔は忌むべき存在であり、人間を堕落させる悪の権化のように描かれた。そして彼らの住む魔界という世界は罪を犯した者が落とされる地獄と同義であり、永遠とも言える時間を苦しみ続けることになる、と言いふらした。


 確かに、あそこは土地が貧しく、とてもじゃないが楽園と呼ぶことはできない世界だ。今日明日を生き延びるため、隣人を殺し、その血肉を奪い合ってまた誰かを殺す、その連鎖がどこまでも続く、腐った世界であった。しかし、わざわざ羽付きの呼称を使う必要はなかったはずだ。別に人間を誑かして悪事に走らせるなんてことはしない。美味そうだから、と言って食う連中は大勢いるが、「魂と引き換えに望みを叶える」なんて大それたことができる者はいない。悪魔と言っても、姿かたちとできる事が若干異なるだけで本質的には人間と大差ない、私はそう考えている。あの羽付き共にしても、翼が生えてて、やたらと綺麗好きなのが目に付くだけで、それを除けば私たちと何が違うだろうか。勝手に世界の上下関係を作り出し、天界の下に人間界、その下に魔界という図を人間界に流布してくれたおかげでどれほど魔界連中が怒りに震えた事か。


 おかげでその時代には魔界と天界が直接的に武力衝突することが日常茶飯事だった。お互いに相手を化け物と認識しているのだ、血を血で洗う戦争になることは必然である。双方の人口が三分の一ほどに減るまで、殺し合いを止めなかったと言い伝えられているほどだ。


 そんな時、どこからともなく『システム』なる物が出現したのだ。あれ・・の修正・廃止に尽力するにあたり、当然のことではあるがその過去を徹底的に調べ上げた。


『システム』が三つの世界に跨って確立されたのは魔界や天界の大長老たちが数千回の転生をするよりも以前だったという。その頃はまだ「死んだら終わり」が当たり前の時代で、自分たちの住む世界とは異なる別世界がすぐ隣に存在するなど知る由もなかった。『システム』の作成者が何者で、何を目的にそれを作り出したのかは分からないが、結果として魔界と天界は「『人間の魂の中にあるもの』を燃料にする」技術を手に入れた。ある者はそれこそが魂だ、と言い、ある者はそれを「価値」と表現したが、いずれにしても魔界に住む者にとってそれはいるはずもない神に感謝を捧げるほどの衝撃を与えた。


 天界にしても、反応はどっこいどっこいだったのだろう。あれほどいがみ合い、憎しみ合い、殺し合っていた悪魔と天使は『システム』に基づき資源協定なる約束事をした。それは、燃料となる人間の魂を基本的には折半、状況に応じて融通し合うというものだった。搾取される人間に意義を申し立てる場は存在しない。家畜がいくら苦情を言ったところで牧場主の生活が懸かっているのだから当然だ。


 人間界での魂の収穫はお互いに自由に行うが、最終的には決められた量が割り振られる。ただ、そうなると問題がある。勝手気ままに魂を回収し合っては人間がいなくなる。幾ら空になった魂を再び人間界に戻すと言っても、育ち切る前に収穫しては元の木阿弥だ。要するに、漁獲規制をかけたのだ。未成魚の漁獲を禁止するように、充分育っていない魂の収穫をお互いに規制し、人間が必要以上に減少、最悪絶滅することを防止することとなった。


 そうなると、総人口が数十億に上る人間の中からいちいち魂をより分けなければならなくなった。これが思った以上にハードワークで、最末端の悪魔が大勢過労でぶっ倒れるという事態に陥ったのだ。明らかに効率の悪い手法だった。


 そこで「ある程度生育した人間が一堂に会し、大勢死ぬ」状況を意図的に生み出すことにした。


 それが、戦争である。


 基本的に考えて戦争に参加するのは人間の成人か、それに準ずる年齢の者たちだ。このやり方は思いのほか上手くいき、何時しか定期的に戦争を起こす事が習わしのようになっていった。何らかの理由で臨時収穫が必要になれば、大飢饉で当面の間の燃料を確保する。


 だが、このやり方には一つの懸念がこの時から内包されていた。


 果たして、家畜が家畜のままいつまでも大人しくしているだろうか、という問題だ。愚かにも魔界と天界の支配者はより多くの人間を、より短時間で殺すため、人間に知恵をつけてしまった。その時点で人間を過小評価している感はどうしても否めない。


 人間は学習する生き物だ。悪魔や天使と同じように試行錯誤し、より良いものを考案する力の持ち主だったのだ。何時しか科学技術が悪魔と天使の予想をはるかに超えて発達した。


 それに脅威を抱いたのが私一人というのは、もはや笑うしかない。支配者たちはもっとたくさん殺せる、もっとたくさん魂を収穫するのが楽になる、その事しか頭になかった。しかし、それはあくまでも人間が魔界と天界の存在を認識せず、これからも家畜としての運命を甘受するという前提があるからである。私はそうは思わない。彼らはいつか必ずこの『システム』に気が付く。そしてそれを破壊し、自立するだけの力をつける。そうなった時、魔界と天界はどうなるか。簡単だ、燃料供給を止められた機械が二度と停止するかの如く、なんの感動もなく、ただ止まる。


 だから救おうとした。生まれ育った世界だ。失うには惜しかったし、自分を形作る全てが世界諸共に失われるのは我慢ならなかった。何故、どこの馬の骨が作ったとも知れぬ得体の知れない『システム』を崇め奉り、あまつさえそれに殉じなければならないのか。あれは所詮『システム』だ。『システム』は使うものであって、使われる・・・・ものではないはずだ。だが、現実には『システム』を『世界の理』と呼び、絶対視している連中が大多数を占めている。だからこそ、私は出すぎた釘として引き抜かれ、捨てられた。


『システム』、それを破壊し、私を否定した全てのゴミに現実を受け入れさせる。


 そのためであれば何だって利用するし、この身を捧げよう。どうせやるなら、徹底的に、雑草一本残さず、更地にしてやる。奴らも必死で抵抗してくるに違いないが、「死は通過点」という『システム』が定めた理を曲げることはできない。だからこそ、不思議でならないのは魔界の支配者たちがどのようにして「死を禁止」したのか、と言うことだ。私は死ねない体にされた。それは彼らが輪廻と呼ぶサイクルから一人追放されたということであるが、彼らが絶対視する理に背く行為のはずだ。


 矛盾している。ルールを守るために、ルールを破る。そんなことができるものなのだろうか。


 それとも私が知らないだけで『システム』には抜け道があるのか。だとすると、これからもあの手この手で私の行く手を遮ってくる可能性が高い。


 来るなら来い、全て噛み砕いてやる。



☆☆☆



 図らずも不死の肉体を手に入れてしまったわけだが、痛みは人並みに感じる。願わくば、あんな思いをするのは金輪際願い下げであるが、このご時世それを願うのは贅沢というものなのか。


 ジープの下敷きとなり、若干下半身が平べったくなったような気がしないでもないが、何とか生きている事を認識したミアは、次に自分が今居る場所がどこなのか、辺りをキョロキョロと見渡して調べ始めた。意識を失う前までの激痛は消え失せたが、筋肉にわずかな力を入れるだけでも四肢、特に両足が悲鳴を上げる。まだ完全には治癒していないのだろうが、人間としてこの回復速度は普通なのかどうか、一抹の不安を感じずにはいられない。頭のおかしい医者に見つかり、生体実験とかされた日には彼岸と此方を何度往復する羽目になるか分かったものではない。


 そういえば、魔界にも解剖やら解体やらが大好きな変態がいたな。骨を引っ張り出して軒並み軟体動物にしたがる精神破綻者、あいつも私の追放には同意したのだろうか。お世辞も社交辞令もしなかったからなぁ、今度会ったら頭を掴まれて脊髄を引きずり出されそうだ。その状態で蘇生したら、一体どうなるんだろうか。これが本当の「手も足も出ない」という状況か。いや、「手も足もない」が正しいか。


 そんなことを考えながら視線を右から左へと動かしている間にも様々な情報が手に入る。


 まず、ここは地下室だ。壁に窓は一つもなく、裸電球が一つ部屋を照らしているだけ。壁を軽く小突いてみた感触からも、その向こうに空間がないことを示している。そのくせ壁は木製で、このご時世地上構造物の建設に使用するのは控えた方が良さげな材料であった。床は少々湿気があり、お世辞にも怪我人を収容するには適切とは言えない。


 さらに、扉のすぐ近くには銃が立てかけてある。軍用と言うよりは猟銃だろうか。いずれにしても戦うための武器があるということから考えるに、私は武装組織に拾われたようだ。折角なのでその銃を手に取ってみたいところだが、距離があって届かない。というより、いくら怪我をした幼女しかいないからと言って、武器を放置して離席するとは危機感のない人間もいたものだ。一度手元を離れたら二度とその手に戻ってくることはないと思った方が戦場では生き残る確率が少しは上がる。死んでも銃を離しませんでした、と後世に言い継がれるくらいが丁度いい。


 考え事をしていると落ち着く。混濁していた思考が徐々に整理されていき、スーッと気持ちが楽になる。そうでもしないと、この体たらくに我慢できず、怒りに震えて激痛に悩まされる気がしてならない。


 怒りの原因はミアがかつて悪魔であったことがある。無論、悪魔を自称するにはいろいろ思うところはあるが、もはやそれで長い事通してきた。違和感はあってもあの異形の体を客観的に表現するならば、やはり悪魔という呼び名がしっくりくる。曲がりなりにも爵位を得るには頭だけが良ければいいというものではない。単純な強さ、個人としての力も試される。かつての自分であればあんな鉄塊、片腕で弾き返せるというのに、この体は甘んじてその全重量を受け、潰されるしかなかった。力を失うと言うのは、これほどの無力感を伴うものなのか、と愕然としてしまう。そう言う意味では、確かにこの罰はミアに少なからぬショックを与えていた。


(しかし、いい加減誰か来ないものだろうか。気が利かん連中だ)


 そう、ジワリと下半身に生温かいものを感じ、若干嫌な予感がしているのだ。よもや、レディ・フェリーノと呼ばれ、男爵ながらに肩で風を切っていたこの私が、粗相をしたわけではあるまいな。いや、この体なら十分にあり得る。ならば、一刻も早く状況を確認し、プライドが音を立てて奈落の底に落ちる前に何とか崖っぷちにしがみ付かなければならない。


 頼む。今だけは助けてくださいと懇願するしかかない。私がこんな泣き言を言う機会はそうそうないぞ、喜べ人間共。泣いて喜んでもいいところだぞ。だから頼む。早く来てくれ。


 その想いが届いたのかどうかは分からないが、扉の向こうから階段を降りてくる足音が聞こえ、数秒とせずに扉が開いた。


 現れたのは人間三人。男が二人に女が一人だ。全員がボロボロの服にボロボロの髪、元々白に近かったであろう肌は煤や埃で汚れきっている。三人はミアが目を覚ましている事に気が付き、安堵したかのように笑みを浮かべ、ベッドの横に駆け寄ってきた。ベッドには座らないでくれ、傷に障る。


「良かった、気が付いたぞ」


「見りゃ分かるって、コリン」


 コリン、と呼ばれた男は本当に嬉しそうな顔をしている。心なしか目が潤み、涙腺が決壊しそうな気がする。どうやら彼らが私を助け出してくれたことには間違いないようだ。とはいえ、あんな所にワイヤーを張って首狩り族の真似事などしていなければ、一回死ぬ羽目にもならなかったのだが。


「トーシャ、見ろよ。生きてる、本当に生きてるぞ」


「はいはい、見れば分かるわよ。私もあのままその子が死んだら夢見が悪かったからね。無事で何よりよ」


 いや、一回死んでるんだなぁ、それが。


「医者の話じゃ、生きてるのが不思議なくらいの出血量だったって話だ。嬢ちゃんは運が良いな」


 むしろ、不幸なこと極まりない。あと、そこの名無しの権瓶、むさ苦しい顔を近づけてくるな。このコリンと言う男はまだマシだが、お前は暑苦しい。どうせならそっちのトーシャとかいう女の方が良い。


 別段、彼女に母性のようなものを感じたわけでもないし、断じて異性より同性の方が好きというわけでもない。ただ、悪魔時代の恰好が恰好なだけに、武骨な連中よりは、美しいと呼べる者の方が良いだけだ。選べるなら、そっちの方が良いに決まっている。


 ミアの心境を知ってか知らずか、女―――トーシャは男二人からは少し引いた場所から包帯でグルグル巻きになった幼女を眺めている。


「でも、なんだってあいつら、こんな子供をジープに? あいつら、侵略者の上に『上は老婆、下は幼女まで』なんて歪んだ連中だったのか?」


「分からん。手足を縛られていた様子もなかったし……。なあ、おじさんの事、分かるか?」


 ここで「お兄さん」なんて言ったら大爆笑していたところだ。よく自分に正直になれたな、コリンとやら。


「ん」


 横隔膜に力を入れたくないので、ほんの少しだけ頷く。


「俺はコリン。君の名前は?」


 だから喋りたくともその気になれない状況だと言っておろうが。何とかその気持ちを伝えないと記憶障害とか人間不信とか妙なレッテルを張られる気がしないでもない。


「あー、ウァー」


 口をパクパクさせて、喋りたくとも喋れないということを必死に訴える。頼む、分かってくれ。


「もしかして、上手く喋れないんじゃないか? 怪我は治り切ってないし……」


 よく言った、名無しの権瓶。褒美に近寄ることを許そう。


 指摘を受けたコリンは「そうなのか?」という表情を浮かべてミアの顔を見つめた。可能な限り大きく、ハッキリと頷くと、彼もそれを理解してくれたようで頭を軽く撫でてくる。いや、本当に分かってくれたのか?


「トーシャ、しばらくここにいてくれ。俺たちはこの事を皆に伝えてくる。何かあったらすぐ知らせてくれ」


「分かったわ。それじゃルドー、見張りよろしく」


 名無しの権瓶の名はルドーと言うらしい。そしてどうやら銃をここに置き忘れたのも彼のようだ。部屋を出る際に扉の脇に置いてあった銃を手に取り、出ていった。


 嗚呼、むさ苦しい男共が消えて、ようやく女だけの空間になった。しかし、人間の女というのは魔界のそれよりも気立てが良いと言うか、優しいとは常々聞いていたが、どうも万人がそうと言うわけではないようだ。トーシャは良妻というイメージよりは、しっかり者で、場合によっては夫だろうとコテンパンに説教するタイプに思える。


 だが、そうなったのも当然かもしれない。彼女もまた銃を腰に下げているのだから。男どものそれに比べればよっぽど小さく、非力に思えるが、それでも、武器を持っている以上彼女も兵士か、似たようなことをしているのだろう。時代、場所を考えれば、彼女たちはオルゴワ王国の占領軍に対抗するシャウレアーン王国国民といったところか。占領軍のキャンプや無力な者たちが押し合いへし合いしている場所に放り出されるよりはよっぽどマシな者たちに拾われたようだ。


 彼女の眼は魔界でよく見たそれと同じ色を湛えている。淀んだ色、少なからず人を殺した者が本人の意志に関わらず、するような目。それが分かるのは同じ目をしている者同士だけだろうが、彼女がミアのそれに気が付くことはなかった。


「何か、してほしいことは?」


 ふと、トーシャは枕元に顔を近づけながら柔和な笑みを浮かべる。それはまるで我が子を慈しむ母のそれのような温もりを感じさせるものであり、そんな眼差しを向けられることには若干の抵抗があったが、それでも今は有難かった。


 とりあえず、この洪水の正体を調べてください。お願いします。そして願わくば、尊厳を失わぬよう処理してください。



☆☆☆



 コリンとルドーは仲間たちに二日前助け出した幼女が目を覚ましたことを伝えてから見張りにつくことにした。一同、その無事に頬を緩ませ、ほんのわずかな時間ではあったが、数カ月ぶりかと言う笑顔をお互いに見せあった気がする。


 オルゴワ王国が宣戦布告し、真っ先に占領された国境の街はその多くが破壊され、残されたわずかな街はシャウレアーン王国民を一括管理する収容所にされてしまっている。二人と仲間たちはかろうじて難を逃れ、占領軍と戦うレジスタンス、「ヴェルーゴ」のメンバーだ。


 二日前は長距離を移動する際の足を手に入れる目的で、普段占領軍が後方との連絡に使っている道路に罠を張り、通りすがるのを虎視眈々と待ち構えていた。丁度運転手の首当たりの高さにワイヤーを張り、ジープは極力無傷で確保すると言う作戦であったが、結果から言えば場所を間違えてしまったと言わざるを得ない。


 通りがかった占領軍のジープは運転手が即死した時点で明後日の方角にハンドルを切っており、何かに引っかかって大回転した。周囲に伏せていたコリンたちがその後席に少女―――いや、もっと正確に言えば幼女と言った方が適切な子が乗せられていることに気が付いたのは、彼女が回転するジープから放り出されたのを目撃してからだった。刹那、幼女は地面に叩きつけられ、そこに無慈悲にもジープが落ちてきた。


 誰の目から見ても即死と判断して差し支えない状況。車体の下敷きになった幼女を見た時、とんでもないことをしてしまったと頭を抱え、神に許しを請いたくなった。自分たちの正義のためとはいえ、こんな年端もいかない幼女を犠牲にしてしまうなんて、許されることではないと思ったのだ。


 ところが、奇跡というものは確かに存在した。かろうじて意識があったのだ。焦点の合わない瞳は虚空を見上げるだけであったが、確かに息をしていた。すぐさま彼女を抱えてレジスタンスの拠点に戻り、あってないような治療を施した。医者―――といっても研修未了の大学生だが、彼が言うには「生きているのが不思議」だと言う。彼の医療知識からすれば、生きているわけがない怪我をしているのに、何故か生きているというのだ。


 コリンたちにとって、生きている理由は何でもよかった。今生きているという事実が、わずかばかり彼女に対する罪悪感を軽くしてくれたのだった。


「しかし、面倒事を背負い込んだかもしれん」


 そう言ったのはヴェルーゴのリーダーである男。


 彼の言うことは至極全うである。いつ占領軍の連中が襲撃してくるかも分からない状況では、拠点を転々とし、一カ所に留まらぬようにするのが鉄則だ。だから彼はあの少女を抱えたことで動きが鈍る事を危惧したのだ。とはいえ、それでは見捨てろというのか、と言うと彼は黙り込むしかなかった。占領軍に出血を強いるためなら何でもやるのがモットーだが、幼女を見殺しにすることはその範疇に入っていないはずだ。結果、リーダーは彼女を匿う事を承諾した。これに喜んだのは、何もコリンだけではなかった。


 殺し殺される日々が続いて来た中で、久しぶりに人間らしい事をしたという気持ちになれたのだ。その原因を作ったのが自分たちであったとしても、だ。人間、そこまで立派にはできていない。


「……うん?」


 思索に耽っていたコリンの肩をルドーが突いた。


 見れば双眼鏡を片手に見ている先を指差している。


「誰か歩いてくる。一人だ」


「占領軍か?」


 にわかに緊張が高まる。


 斥候ならば、居場所を突き止められる前に殺すか、やり過ごすか決めなければならない。階下にいる仲間にそれを伝えようと梯子の手すりに手をかけた時、ルドーがそれを手で制した。


「ありゃあ、兵士じゃねえ」


「こんなところを歩いてる奴なんて、敵じゃなかったら誰だ?」


 その問いにルドーは双眼鏡から目を離し、呆れたような表情を浮かべた。その呆れは、コリンに対してではなく、別の人物に対するものだ。


「聞いて驚くな、神父さんだよ」


 瓦礫が転がる通りを歩いているのは、真黒な衣装に身を包んだ聖職者であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ