第一話 戦場の幼女
総員傾注せよ。
この小説には以下の要素が含まれる。
一つでも肌に合わぬものがあれば、即時退去することを強く勧める。
一つ、この小説には残酷な描写が含まれる。だが、臆することはない。たかだか肉片が飛び交い、腸が零れ落ちる程度だ。心配するまでもあるまい?
一つ、この小説には決定的に欠如したものがある。それは作者の語彙、表現力、創造力、物書きとして致命的な欠点がこれでもかというほど散りばめられている。踏み出せば割れたガラスの欠片の如く、お前たちの軟な足裏に突き刺さること間違いなしだ。
一つ、作者はロシナンテの如き駄作者であり、遅筆だ。本人は自慢げだが、読み手としてはこれ以上にないほど読みづらい言い回しが出てくる可能性が十二分にある。特に、数字については基本的に漢数字を用いる。本人曰く「漢数字の方が格好いい」そうだ。救いようのない木偶である。また、強行軍など願うべくもない。たとえ備蓄があろうとなかろうと、その歩みはとある十字軍の如き遅さだ。むしろ、補給線を強化するために行軍速度は目も当てられぬものとなるだろう。ここから先に進もうという者たちにはそれ相応の忍耐が求められる。
一つ、駄作者は新しい玩具を自慢する餓鬼のように人間だ。故に、半可通な知識をひけらかすだろう。特に、この小説は多分な軍事要素を含んでいる。その筋に詳しい者からは一度ならず二度、脇腹から心臓に鋭い一撃が入るような描写をするに違いない。置物の如き頭では限界も知れている。使えない頭ならば、代わりに花瓶でも載せておくべきなのだが、あいにく調度品とするにはあまりに不格好だ。人間動物園にでも売り払えば客寄せ程度にはなるだろうがな。
他にも警告せねばならないことは山ほどあるわけだが、如何せん尺が足りない。大演説をするならばそれなりの舞台というものも必要だ。故に、今のところは以上で留めておくことにする。
さて、それでもなおこの先に進もうとする者よ。おめでとう、地獄の一丁目はすぐそこだ。諸君が飽きるまで精々この駄作者を踊らせねばならない。無様な醜い家鴨がもがき苦しむ様子を共に楽しもうじゃないか。
私は特等席でそれを眺めることにする。
私か?
嗚呼、まだ名乗っていなかったな。
私の名は――――――
遠雷のような砲声。
足元から伝わってくる地鳴り。あの音がする度に、どこかで数人或いは数十人の命が肉片となっていったであろうことを想像して新兵が震えあがる。次の瞬間には自分たちの頭の上に七十五ミリから百五十ミリ程度の砲弾が降り注ぐかもしれないと言う時に、なんとも呑気な連中だ。
どれだけ塹壕を深く掘ろうとも、斜め上から降り注ぐ敵砲兵隊からの攻撃は防ぎようがない。中にはどうせ死ぬなら一息に殺してほしいと願う者もいるだろう。幸い、砲兵隊の大口径砲ならば死は一瞬だ。あっという間に地に還り、輪廻の輪を進むことになれば、死者も自らの死を認識するまでわずかばかり目を丸くするのではないか。
弾着の衝撃と轟音が先ほどよりも近場からやってくる。防衛ラインを薄く撫でるように、広く浅くまき散らされる攻撃準備射撃が至る所で塹壕を寸断し、折角ジグザグに作った区画を丸ごと吹き飛ばしてしまう。
轟音に混じって、その音よりも軽快なエンジン音が聞こえる。ヘルメットの縁をわずかに持ち上げ空を見上げれば、黒煙を縫うように単葉の航空機が旋回を繰り返している。我が方の対空砲火はこれまでの戦闘で消耗し、なけなしの対空砲が火を噴いているが、敵機は我が物顔で友軍の防衛線上空で着弾観測をしている。恒常的な航空優勢確保とまではいかないが故に、敵軍は此方の戦闘機がいなくなるのに合わせて攻勢に出てきた。
憎たらしい敵機だ。もう少し低空に降りてきてくれればその鼻っ面に一発お見舞いしてやるところだというのに、こちらが手も足も出ないことを良いことにそれはもう嫌味なほど丁寧に観測してくれている。雑音だらけの無線機からは悲鳴と救援要請しか聞こえてこない。これからまだ歩兵の突撃が待っていると言うのに、此方の戦意喪失は著しい。砲兵は戦場の女神だと言うが、確かに敵からしたらこれほど頼もしい味方はいないに違いない。無論、友軍の砲兵隊も敵の攻勢に合わせて突撃破砕射撃を行う手筈だが、いかんせん手数が足りない。部分的に突撃を断念させることはできるだろうが、残りはこの塹壕線まで到達し得る。それに備えた機関銃はこの砲撃で多数吹き飛ばされているのだ。この手に握る銃の先に取り付けられた銃剣が、その出番を今か今かと待ち望んでいるように思えて仕方がない。実際のところ、スコップの方が役に立ちそうだが。
この身は観測手、その任務を全うするためには眺めの良い高台からでも双眼鏡を覗き込みたいものだが、あいにくいくら修正座標を送ろうともそれを受け取る相手がいない。実弾を込めた砲兵隊は残っているが、配属された部隊は早々に後方へ下がってしまったのだ。まったくもって仕事のし甲斐のない連中である。
その結果、最前線に取り残された観測手は他の兵士たちと同じようにその場しのぎの配置転換を受け、臨時の指揮官に臨時の同僚、仮初の役目を得て天井のない穴倉に身を潜めているわけだ。兵士たちの口から漏れ聞こえる雑音を右から左に聞き流しながらも重要な情報は聞き逃さぬようにするという頭が痛くなるような作業を延々と続けていると悪態の一つも呟きたくなるものだが、どこに誰の耳があるとも知れない以上、滅多なことは呟けない。混線している無線の先で上官が聞いていようものなら目も当てられない。
「伏せぇッ!」
どこからか聞こえてきたのは知らない声だ。
だが、従わない理由はない。おそらく、風切り音で間近に着弾すると直感したのだろう。周りにいた兵士たちと共に塹壕の底に蹲り、ヘルメットを押さえると、数秒とかからず凄まじい爆音が鼓膜を突き抜けてくる。スコップで掘ったら何時間かかるかも知れない量の土が頭上から降り注ぎ、生き埋めにしようとしてくる。時折、鉄条網やら、木片がヘルメットに当たって甲高い音を立てる中、一部の兵士たちは安全な場所を求めて塹壕内を走り出す。
バカな連中だ。敵が照準を移しながら此方の塹壕を手広く痛めつけているのだから、同じ座標に何度も弾は飛んでこない。むしろ、まだ弾が飛んできてない所の方が危険だ。シェル・ショックで冷静な判断力を失ったのか、はたまた最初からそんな事を考えていないのか、愚かな兵士が塹壕内を駆けだすのを視界の端に移すが、あえてそれに向かって何か言う気もない。今は何もせず、ジッとしているのが吉だ。
砲弾の弾着は左から来て、右へと移っていく。そして一しきり弾を撃ち込むと、遠くでラッパが鳴る。この前線に来て何度も聞いたリズム、突撃を指示するメロディは短い旋律を何度も繰り返し、それに呼応して地面から特徴的な兜を被った敵兵がゾンビのように這い出てくる。
同じ兜、同じ軍服、同じ銃、同じ形相。
身を隠す物がない場所に身を乗り出した彼らを出迎えるのは此方の銃弾、そして背後の砲兵隊だ。既に砲弾を撃ち込むべき座標は決められている。後はタイミングを合わせて突撃破砕射撃をお見舞いするだけだ。それを運よく潜り抜けた連中を機関銃と小銃で出迎える。
味方砲兵隊の攻撃が始まるや否や、敵の砲撃隊も撃ち返す。今度は背後の味方砲兵隊を狙った突撃支援射撃だ。観測射撃をしている以上、敵砲兵隊の精度は高い。砲兵隊で減らせる敵兵など高が知れている。
「構えい!」
号令がかかる。
塹壕から頭と銃だけ出し、狙いを定める。一人、二人、三人と視界に映る敵兵は数を増やしていくが、この持ち場にいるのは自分を含めて三名、しかも一人は既にこと切れている。逃げ出した二名が戻ってくるわけがなく、死を覚悟したのか隣の兵士がブツブツと神に祈りを捧げ始める。
「主よ、罪深き私をお守りください」とか、「神のご加護を」とか、下らない事を呟いているのを聞くと耳栓を持ってくれば良かったかとも思うが、それで砲声や号令を聞き逃しては目も当てられない。ここはグッと堪える時間だ、と頭の中で耳に蓋をして、目の前の敵兵に意識を集中させる。
鉄条網に達した敵兵はペンチでそれを切り、這いながら少しずつ前進してくる。そして鉄条網を突破し、わずかばかりに姿勢が高くなったところを見計らって攻撃命令が下された。
そこからは一方的だ。敵歩兵のほとんどは塹壕からわずかばかり身を出した程度の此方の歩兵を捉えきれていない。よしんば見つけることが出来ても、照準を合わせ、引き金を引くまでの間に弾を喰らう。ヘルメットが弾を弾いたと思ったら、砲兵の弾の破片が容易くヘルメットを貫通する。四肢のいずれかを失い、衛生兵を呼ぶ敵兵は放置し、助けに向かう健常な兵士を狙う。狙撃兵がよく使うやり方だが、塹壕戦でも散見される光景だ。
そのうち、背後から友軍戦闘機が燃料と弾薬を満載して飛んでくる。鈍重な敵の観測機を一斉射で撃ち落とすと、砲兵隊の弾に比べれば微々たる威力ではあるが、敵を後退させるには十分な数を誇る爆弾を雨霰のように落としていく。更に、敵陣深くに飛んでいくと敵の砲兵隊にも同様に攻撃を加えていく。当然、一部は敵戦闘機との巴戦にもつれ込み、敵味方問わず、至る所で機体が火を噴き、落ちてくる。
落ちる場所くらい考えろ、と言いたい。なぜよりにもよって自陣に向かって落ちてくるのか。確かに、自陣近くに落ちた方が救助の可能性もあるし、脱出した際に助かる公算は高まる。だが、地面にいる方はたまったものではない。少しでも操縦を誤れば自分たちの頭の上に落ちてくるのだ。砲弾の雨を潜り抜けたというのに、味方航空機の墜落に巻き込まれるなんて笑い話にもならない。死ぬなら他所で死ね。落ちるなら味方のいない所に落ちろ。飛行機乗りの意地と誇りに賭けて味方兵士を巻き込むな。
空で戦闘機同士が格闘戦を繰り広げ、地上の事を蔑ろにしている間に敵兵の一部は後退、一部はさらに前進してくる。敵砲兵隊の攻撃で被害を受けた場所では碌な抵抗が出来ず、塹壕内に敵兵が飛び込んできている。
拙い、非常に拙い。被害を軽減するために造られたジグザグの塹壕はやたらと視界が悪い。出会い頭に敵の銃剣とランデブーなんてのは御免だ。手りゅう弾を放り投げて自分の目の前の敵をあらかた排除すると、塹壕に戻って周囲を警戒する。
あらゆる方向から砲声、爆音、怒声、悲鳴が聞こえてくる中で塹壕の中を走る者の気配を感じ取るなんて無理難題には挑戦しない。今やるべきなのは視界に入った人間が敵か味方かを相手よりも早く判断し、引き金を引くか引かないかを判断することだ。未だに塹壕から身を乗り出して射撃を続ける兵士の脇に背中を預け、背後からの奇襲に対する盾にしつつ、先ほど敵兵が飛び込んでいった方に銃口を向ける。
頭の中で思い浮かべるのは敵歩兵が使う小銃と銃剣の形。塹壕の物陰からまず最初に姿を現すであろうそれが敵のそれか、味方のそれかを瞬時に判断することで人の姿を見るよりも早く相手を識別できるはずだ。
「弾を寄越せ!!」
「隣にいるんだから怒鳴らなくとも聞こえてます」
ヘルメットに空の弾倉がぶつかり、視界の端に転がっていく。調子に乗ってバカスカ撃つから弾切れを起こすのだ。とはいえ、彼が死ねばこの持ち場は自分一人になってしまう。後退するにしても、一人で逃げるよりは二人の方が良いに決まっている。敵の射撃が分散すれば痛い思いをせずにする確率も多少は下がるというものだ。
「そこの上等兵から貰ってください。敵が塹壕に侵入していますので」
悪態をつかれたが無視する。足元に転がっている仲間の銃を引っ掴み、男は再び塹壕から身を乗り出す。
そのタイミングで視界の端に光を反射する物体がヌルリと姿を見せた。それが銃剣の切っ先であることを頭が理解するのと敵味方識別を開始したのはほぼ同時、次の瞬間にはその銃剣が味方のものであることに気が付き、あと少し力を入れれば銃口が火を噴くと言うところでわずかに脱力した。
だがこのご時世、警戒すべきは敵だけではなかった。
姿を現したのは先ほど持ち場を捨てて逃げ出した馬鹿の片割れだった。ヘルメットをどこかで落としてきたのか、土と血を髪の毛にこびり付かせ、血走った目つきで現れたそれは、よりにもよって此方に銃口を向けた。そこまでならまだ許せた。こちらも銃口こそ下ろしかけていたが、焦点が合う直前であれば狙われていると思われても仕方のない態勢にあった。しかし、明らかに目が合ったにも関わらず、奴は銃を下ろさない。それどころか、一呼吸も置かずに引き金を引いた。
シェル・ショックによる判断能力の喪失、何処に敵兵がいるかも分からないという不安感、兵士にあるまじき醜態を晒し、なお味方に向かって発砲するという愚か者を生かしておく理由はない。何より、放置すれば同じことを繰り返しかねない。敵弾に倒れるならば納得できる者もいるだろうが、正気を失いかけている味方に殺されることを容認できるものがいるとすればそれは真正の大馬鹿者だ。
幸い、この身はその大馬鹿者ではない。
その新兵が此方を味方と正しく認識できていないと判断した時点で塹壕の壁を蹴って横に跳んだ。刹那、新兵の銃が火を噴き、その弾は盾にしていた兵士の横っ腹に突き刺さった。
「愚か者ッ!!」
声を張り上げるが、新兵に届いている様子はない。それどころか、未だに此方を敵と認識している。
「誤射をした程度で死刑にはなるまい。だが、今この状況でお前を放置することは更なる犠牲を出すということに他ならない。故に、私は仲間を守るため、独断でお前を撃つ。良いな!」
最後の警告。
だが、足取りの覚束ない新兵がそれに応える様子はない。一瞬の瞑目の後、躊躇なく引き金を引いた。
これだけ騒がしい戦場だというのに、その時の発砲音は嫌に大きく聞こえた。新兵がもんどりうって倒れ、その手から銃が零れ落ちるのを確認すると呻き声を上げる兵士に駆け寄り、怪我の具合を確認するため、服を破く。
「す、すまん。お前を誤解していた」
無駄口を叩いている暇があったら銃を拾って私の背後を見ていろ、と言いたい。死んだか確認もしていないし、今度は本物の敵兵が来るかもしれない。
それに何をどう誤解していたかなど、知りたくもない。
「仲間の為に仲間を撃つ、そんなことができる奴は、そういない」
そう思うのならそういうことにしておこう。どうにもこの男、頭に上っていた血が体外に流れ出したのか、随分と大人しくなっている。
それに、彼のために撃ったわけでもない。痛い目に遭うのは御免だったし、後退時の囮がいなくなるのも困りものだ。とはいえ、もしこいつが生き残れば戦闘後、味方を撃った時の状況説明にも役立ってくれるし、同情を集めやすい。たとえあの新兵が「精神錯乱を起こしたのではなく、神の声に従って私を無力化しにきていて」、「私が彼に対して明確な憎しみと殺意を抱いていた」としても戦闘中のやむを得ない対処として不問に付される事だろう。
おっと、囮にそこまで期待するのは贅沢というものだった。眉間に一発なら死体を収容した時に謀殺を疑われるだろうが、胴に数発なら戦死と認識されるだろう。だから、たとえ目の前に横たわった役立たずが死のうとこの一件で自分が呼び出しを喰らうなんてことはまずない。だが、保険をかけておくに越したことはない。
ここは戦場、何が起こるかは誰にも分からないのだから。
「弾が中に残っています。傷口を押さえて」
戦場の霧、とはよく言ったものだ。
無線機に手をかけ、救援を要請しようとするが、混線していて碌な反応がない。ただ、一部では独断での後退が始まっているらしい。馬鹿正直にここを死守するのも一興だが、捕虜になる気は毛頭ない。どうせ聞こえていないだろうが、此方も周りに合わせて後退する旨を伝えた後、負傷兵を無理やり立ち上がらせる。
男は腹部に銃創を負っていて、腹に力を入れると傷口を押さえる指の隙間からどす黒い血が溢れだす。仮に後方の野戦病院に辿り着くことが出来ても果たして助かるかどうか怪しいところだ。
本来なら、この辺りで仲間想いなところを印象付けるために肩の一つも貸してやるべきところなのだろうが、あいにく男は自分の二倍程度の身長がある。彼が巨人なのではない。私が小さいだけだ。
「子供に地面を引きずられたくはないでしょう。自力で歩いてください」
というか、引きずってる最中に撃たれる事必至なので御免蒙りたい。
それを男は自分なりの叱咤激励だと受け取ったようで、震えながらも頷くと自分の足で立ち上がった。そして迷路のように入り組んだ塹壕を進み、後方の塹壕に通じる通路を見つけ出すために歩き出す。
その道中は今攻勢における此方の敗北を印象付けるものだ。至る所に彼我の兵士の死体が転がり、先日降った雨でできた水たまりに顔を半分だけ出しているものもある。腐敗が進み、香しい死臭がこの塹壕を埋め尽くすのに数日もかかるまい。足の踏み場がない時は、なるべく敵兵を踏みつけながら進むが、塹壕は至る所で寸断されており、先に進むために塹壕の外に身を出さなければならなくなる。
ある程度戦線が落ち着いているおかげで、今は狙撃兵にとってはボーナスステージと化している。警戒も兼ねて銃剣の先にヘルメットをぶら下げ、塹壕の上に出してみると数秒とせずに弾丸が飛んでくる。観測機が生きている間に此方の後方へのルートを地上に知らせていたのだろう。逃げる此方の兵士が通るであろう場所に照準を合わせ、舌なめずりして待ち構えていたのだ。
面倒だが、仕方がない。今からスコップで塹壕を掘り直している暇があったら三度は死ねる。おまけに後ろの負傷兵が母鳥を見る雛の様な目でこっちを見ている。そんな目でこっちを見るな。手に持ってる銃で後ろを見張っていろ。
こういう時ばかりは自分がただの歩兵でないことに素直に感謝だ。
マガジンを取り換え、赤いテープを巻いた弾倉にして初弾を薬室に送り込む。この体のおかげで威力を下げざるを得なかった弱装弾に用はない。今必要なのは狙撃手の目つぶしができる弾だ。手りゅう弾はさっき使ってしまったから、あるのはこれだけ。
「伏せろ!」
背後の兵士に分かるよう少し声を張り上げるが、それに男が反応したかまでは確認していられない。撃って、どこかにすっ飛んでいくよりも早く、自分と狙撃手との間に弾があるうちに、弾丸を破裂させるのだ。コンマ数秒という短い時間を確認のために失えない。
直後、弾が爆発、手りゅう弾のそれよりもはるかに広範囲で、高威力の爆発が起こって黒煙と土煙がない交ぜになった煙が立ち上る。幸い風は強くない。この煙が晴れないうちに後退しなければ。
「お、お前何モンだ……」
「魔術大隊観測班ミア・モハーヴィ伍長。覚えなくていいのでさっさと行きますよ」
名前も所属も同じ持ち場になった時に伝えたはずだというのに、やはり覚えられてはいなかったようだ。階級こそさして変わらないが、人生の先達相手にこの外見年齢の人間が上から目線で話すのも問題だろう。丁寧に答えるが、できることなら泥に頭を押し込んででも先ほど言った名前を思い出させてやろうと思ってしまう。ただ、この見た目ではいくら軍服を着ていても勘定に入っていないことはままあった。その点だけで彼を責める気にはならない。聞かれたからには答えてやろう。泥水の中を同じように這い回る同志なのだからな。
嗚呼、お前は名乗らなくてもいい。死んだ時にでも認識票を確認させてもらうとする。
呆然とする男を置いて先に進むと、後方へ下がる他の兵士たちと合流できた。誰も彼もが我先にと狭い塹壕を押し合いへし合い進んでいる。そんなことをすれば余計遅くなるというのに、感情任せに怒鳴るという非生産的な事を繰り返している。これではいつまで経っても後方に下がれないではないか。
唯一の朗報は、衛生兵に出会えたことだ。目の前で負傷された手前、助けなければならない状況に陥りはしたが、衛生兵に押し付ければ自分一人でもさっさと後方に下がる方法はある。泥だらけの衛生兵に近づくと、周りの雑音に負けないよう腹に力を入れる。
「ミア・モハーヴィ伍長であります! 負傷兵一名!」
衛生兵は一瞬こちらを見失い、すぐに見下ろして目を丸くした。しかし、その直後背後の負傷兵に気が付き、「ご苦労」とだけ言って男に肩を貸しつつ、手が空いている兵士を呼んで反対側からも支えてやった。負傷兵は此方に向かって口をパクパク動かしている。大方、感謝の言葉でも述べているのだろう。感謝されるのは悪い気分ではない。衛生兵にこの時点で出会えたことによって男の生還率は多少なりとも上がったことだし、戦闘後は大人しく事実を報告する方針にしておこう。あれが私の沈黙に気が付いたら頼れる証人から検察官に早変わりしてしまいかねない。
兎にも角にも、とっととこの大渋滞を抜け出して――――――。
「敵機来襲ッ!」
誰が最初に気が付いたかは分からない。
だがまったくもって最高最悪のタイミングだ。これだけ人が詰まっていれば身動き一つ取れない。周囲の兵士が一斉に空を見上げると、そこには数発の爆弾を抱えた敵機が此方に機首を向けていた。
嗚呼、ありゃダメだ。
友軍機は間に合わない。対空砲は死んでいる。
風切り音、甲高いエンジン音、金魚の糞のようにぶら下がった爆弾が機体の腹から投下され、真っ直ぐ此方に落ちてくる。時間にして一秒もかからなかった。黒い点が大きくなり、先端についた信管がはっきりと見て取れた、ような気がする。そこまで動体視力は良くなかったと思うが、一瞬それが見えたように感じられた。
仕方ない。痛い目を見るのは嫌だが、これはどうしようもない。
せいぜい気を失わないよう気張らねば、と覚悟を決める。何しろ気を失っている間に敵に捕まらないとも限らない。なあに、手足の一本や二本や三本、どうってことはない。
嗚呼、でも頭は勘弁してもらいたい。視覚と聴覚辺りを失うのは後々が面倒だし、言葉を発せられなくなるのは困る。死体袋に詰められても文句の一つも言えなくなるのは回避したい。
直後、目と鼻の先に黒い物体が降ってきた。
何もご丁寧に私目がけてこなくともいいのに。
初めましての方は初めまして。
それ以外の方はこんにちは、またお会いしましたね。
作者のハモニカです。
この度は拙作「その幼女、化け物につき」にお越しいただきありがとうございます。
はい、おそらくお読みになった大半の方が感じたのではないかと思いますが、バリバリ影響を受けています。それはもう、これが世に出るきっかけになったのは某小説であり、某アニメです。
やりたかったことが実際に形になっているのを見てしまったら、止まらなくなったわけですよ。
さて、ざっと小説の簡単な説明をしていきますよ。
あらすじも前書きも何者かに乗っ取られているようなので。
この小説は幼女を主人公にしています。労基法がなんぼのもんじゃい、とバリバリ引き金を引いていますが、細かい所を気にしたら塹壕暮らしが待っています。
舞台はどこかの世界、近代戦争真っ只中ですが、何やらその背後には怪しい影が。人間を再生可能エネルギー程度にしか考えていない奴らが雁首そろえて待ち構えています。
そんなわけで近代戦争のドロッドロな沼に足を取られつつも野郎オブクラッシャー目指して頑張る幼女の姿を描いた物語です。普段某バンブー漫画のように、小説内の男には厳しく、女の子には優しい作者を心掛けているつもりなんですけど、今回ばかりは男にも優しくしないといけませんね。
え、女の子にも優しくないって? HA-HA-HA-、またまた御冗談を。
また、本編であまり遊べない都合上、前書きや後書きではっちゃけるかもしれません。
兎にも角にも、この作品は駄作者の自己満足の塊ですので、なにとぞご容赦ください。
さらに、第一話でばっちり戦争してますが、主人公である彼女があそこにたどり着くまでには時間がかかります。
ええ、実際には二十話くらいかかると思います。
莫迦ですね、駄文が多すぎるんですな。
それでは、また次回があればお会いしましょう。いや、あると思いますけどね。
「その幼女、化け物につき」はじまりはじまり~。