黄金の針師1
窓の光が差し込み史郎は目が覚めた。
「史郎!もう朝よ!早く起きなさい!」
この大きな声で怒鳴っているのは史郎の母である。
「ごはんを食べる時間も無くなるわよ!」
・・・もう起きてるのに。
「もう起きてるから大丈夫!」
史郎は2階から1階の母に聞こえる声で伝えた。
俺の名前は磯ヶ谷史郎。20歳の大学生である。
親は鍼灸をメインとした整体などで生計を立てている。ただし、普通の鍼灸の仕事は母が行っている。
父は一般的な治療法と違う性質をもった仕事をしている。それは針を患者に刺すことによってどんな重病も治るという特殊な力を持っているのだ。しかし重病が消える代わりに寿命が1か月になってしまうというハイリスクがあるのである。
俺はその父の仕事をとても嫌に思っている。その理由は本当はもっと長く生きられた命が1か月で終わってしまうのが不憫でならないと思うからだ。だから俺はそんな針を教えてもらうより今は医者になるための勉強をずっとしてきたのだ。
俺の想いとは違い、人はその奇跡のような力を求めてくる。重病で明日にも死にそうな人がいた場合当然1か月命が伸びるのだからそれは素晴らしいことだと思う。しかしその重病が普通に治っていたらその後もずっと生き続けれる人生が全て失われてしまう。
その父のことは周りの人に黄金の針師と呼ばれている。
周りの人たちは父の針師としての力を学びたいと日々通い詰めてる状況に今はある。
そんな当たり前ではない日常が刻々と過ぎているのだ。
「おはよう。母さん」
バタバタしてる母に声をかけた。
「おはよう。ごはん早く食べなさいよ」
と母は急かすように言い放った。
ごはんはマーガリンが塗ってあるだけの食パンにコーンポタージュだ。それを食べていると後ろから声がかかった。
「史郎君おはよう。いつもギリギリだね。お母さんを困らせたらだめよ」
と笑いながら声をかけてきたのは父が雇っている助手の姫野由衣さんである。とても奇麗な人で姫野さん目当てで来るお客さんも少なからずいるようだ。俺のタイプではないけれど・・・。
「姫野さんおはようございます。準備は前の日にしっかりしてるので全然大丈夫ですよ」
と少しだけ余裕を見せてみる。全然準備なんてしてないけど。
「いつもそういうことなら問題ないわね」
と母があきれた顔で言ってきた。いつも準備してないことはバレているようだ。
ごはんを一気に食べてその場を去る準備をした。
「史郎君。いつになったらお父様のお仕事を継ぐ気になるの?」
姫野さんはいつもそれを気にしている。俺は継ぐ気は一切ないのに。
「いつも言ってますが、父の仕事を教わる気もそれを使用する気もありません」
「またそんなこと言って。お父様のお仕事を教われば将来安泰なのに」
残念そうな顔で俺に言ってくる。実際お客さんは絶えず来ている。お金の心配も一度もしたことはない。小遣いも他の友達に比べたら多いだろうし、今の大学には入れてるのも父のおかげではある。しかし、その仕事をしたいかしたくないかとはまた別の話なのだ。
「姫野さんが仕事を教わっているんだからそのまま続ければいいじゃないか!」
ちょっと強く言ってしまった。
「それは・・・。私だってそうできるならしたいわよ。でもだめなの」
「それはなんでなの?」
「あなたのお父様は史郎君を跡継ぎにするって決め込んでるのよ」
そんな話初めて知った。
「そんな事言われたの初めてだよ。姫野さんが勝手に言ってるんじゃないの?」
「史郎君もわかってるはずよ。絶えずあなたのお父様に対して大金を持って技術をもらおうって業者の人がたくさん来てることを。それをすべて断ってるのよ」
そんなことは知ってた。知ってたけど知らないふりをしてた。けど俺に跡を継ぐなんて一言もいってなかったのに。
「史郎。姫野さんが言ってることは本当よ」
と母が横から声をかけた。
「いきなりそんなこと言われても無理なものは無理だよ!」
と言いながら立ち上がって家を出た。
なんで今なんだろう。
医者になるために大事な時期っていうのに。
黄金の針師になりたいと思ったことは一度もない。
そんな奇跡みたいな力より医者になって患者を助けたい。
なんで今・・・。