第03話 「見参!ロケット奉行!!」
有紗達がキャーキャードタバタと大騒ぎをしながら第三校舎へと急いで向かって行ったのとほぼ同時刻。
阪急苦楽園口駅から北の方角へと住宅街の坂道を突っ走る一台の巨大なというのが相応しい大きなオートバイに先導された車、ロールスロイス・ゴールデン・ヴァンパイアがあった。
ロールスロイス・ゴールデン・ヴァンパイアという自動車は英国はロールスロイス社が特殊な顧客向けに最新の技術を結集して開発製造した特注品でアラブ某国の石油で設けた大富豪ですらなかなか手に入れることができない超高級超高性能車である。
その9リットルV型16気筒エンジンの奏でるエレガントでそれでいて力強いエンジン音に急いで避難所へ向かう人々であろうか歩道を歩く大勢の人がその後ろ姿を見送った。
現在のひっ迫した状況からして関係各部所による大規模な交通規制がされているようで、人々の避難誘導をしている警察官や軍人の姿がけっこう見受けられる。
その彼らの目の前を走り去っていくオートバイの旗とロールスロイスのドアに描かれたエンブレムを確認するや警察官や軍人は思わす反射的に敬礼をして見送った。
おそらく、その車の主が誰であるか皆知っているのだ。
その車には地球防衛条約機構軍の輝かしいエンブレムが描かれているのだからだ。
「箒で飛ぶのも規制されとるようじゃな」
後部座席にでんっと座ったどこかの大会社のCEO(最高経営責任者)のような女性が窓の外を眺めながらつぶやいた。どこかの高校生らしいのが数人ほど交通整理の警官に乗ってる箒からおろされていたのだ。
「そうですよぉ、でも、おばさまがたまたま同じ方角で助かりましたぁ。梅田で車を見たときには本当にラッキーって思いましたよ。電車全部止まってるんでどうしようかなと思ってたんですよお」
隣でそれを聞いたらく高校生くらいの女の子が答えた。
「たまたま梅田で会合があってなあ、ほれ毎年のアレの打ち合わせじゃ。今年は日本でもやるらしいよってな。カッカッカ。久々にお前さんの親父殿も来ておったぞよ。まあ本当に今回は疲れたわい!会議だけでこの三日で8件じゃぞ!なんぼわしでも肩が凝るわい!」
「梅田で買い物するのに乗せてってもらったんですよぉ。ああそれでぇ~、そのアレ!祭りだけど私もエントリーしたんだけど・・・どうなっちゃうんだろう延期かなあ」
「お前さんも登録したのか・・・全くエライことになったもんじゃのお・・・だからワシはあの国の連中を議長国なんぞに選出するのは何が何でも阻止せよと言うたのじゃ。見て見い!ほら言わんこっちゃない状態になってしもうたではないか!・・・こりゃあ20日までに終わるかのお・・」
「・・・・・夏休みが無くなると有紗かわいそう」
後部座席のCEOみたいな30歳前後に見える気品とそれでいて若さに似合わない独特の貫禄がある女性がまるでアニメのロリ系王女様か、あるいはお姫様的キャラのような「じゃの」とか「ワシ」などのようなセリフをかわいい濁声系の声で女子高生みたいな子を相手にさんざん愚痴っている。
「全くでございます御前。今年は有紗お嬢様は別荘に参られるのを、それは楽しみにしておられましたのに・・・ヨヨヨヨヨ・・・このパーカーまったく残念でなりませぬ」
パーカーと名乗った男性は身なりからして執事かお抱え運転手であろう。
「こりゃ急がねばならんの!他所から横やりが入るまえにあの艦は絶対に確保しておかねばなるまいて」
「この件、陸軍も協力は惜しまんでしょうな」
助手席にいる男が答えた。
これまた切れ者の軍人か剣客のような独特の雰囲気を漂わせたいかにも凄腕そうなヤツで黒のスーツにサングラスの30そこそこに見える男だった。
彼はおそらく後ろの女性のボディガードが側近であろう。
御前と呼ばれた女性の隣の女の子は白のジャージを着ていてなにやらゴソゴソとやっている。
どうやらジャージを脱いで服を着替えようとしているようだ。
「ヘルシング嬢よ。何で脱いどるんじゃ暑いのか?」
ヘルシング嬢と呼ばれた白ジャージの女の子はツインテールに結ったブロンドの髪をかきあげると舌足らずなキンキン声でニッコリ微笑みながらこう答えた。
「いえ、おばさま。だってそちらに伺う以上、私ちゃんとした格式あるバンパイアハンターとしての正装でお会いせねばならないでしょ?」
察するにどうやら彼女は、プロのバンパイアハンターというものなのだそうである。
彼女達の車が去ってゆくのを住宅の間に設置された給湯器の影から覗いている男がいた。
丁稚である。ハンチング帽を被ってサングラスをし前掛け姿の丁稚である。
とても怪しい丁稚である。見る人が見たらまるで・・・。
「私は怪しい者ですよ~」と。
金と太鼓を叩きながら拡声器で叫んでいるくらいの怪しさを醸しだしている丁稚だ。
丁稚というのをご存じない読者もいるだろう。残念ながら最近は時代劇も減ってしまったことであるし。滅多にお目にかかれなくなってしまった。
そういえばかつては関西では日曜の昼は吉本新喜劇の「あっちこっち丁稚」という番組があって
、それを見るのが定番であった。当時関西を代表するお笑い界のスーパースター、間寛平、木村進、坂田利夫の三人が扮する丁稚どんが、彼ら勤める老舗のカステラ屋「木琴堂」を舞台に繰り広げる人情とギャグの喜劇だ。
丁稚、それは田舎から都会の商家に奉公でやってきたお店で一番下っ端の奉公人の少年達のことだ。丁稚から手代へ手代から番頭へ、そして優秀な番頭と認められて、お店のお嬢様いわゆる
将来の女主人である「ごりょん(寮)さん」の旦那になること。
それが大阪の商家の少年たちの夢であり。旦那、旦さんになることがステイタス、成功者の証しであったのだ。
それゆえにこの丁稚、おかしくて怪しいのだ。
せい一杯研究しているのであろう、着物の生地ハンチング帽まで完璧ではあるのだが。
どう見ても、オッサンなのだ。
オッサンの丁稚なんぞある訳がない。
ゆえに、もしもストップウォッチを持っているやつが居たらきっとタイムを計るだろう。
何がこれから起きるかを!
丁稚の格好をした変なオッサンがいるのは解っていた。ここまで来る途中、北夙川小学校のあたりでは虚無僧の行列を見た。そちらは別の班が後を付けた。
その丁稚がおもむろに懐から何かを取り出した。
今時、見たこともないようなどでかい携帯電話だった。
人を殴り殺せそうなレンガほどある大きなやつだ。
「うわぁ・・・何すかあれ?」
「携帯電話だよ、昔のな・・・これでヤツの正体が解ったぞ」
「正体?」
「やはりMだ。ヤツの情報がチグハグで古い、あれでは変装にもならん。おそらく最近送り込まれてきた新顔だな」
向かいの駐車場に止めたライトバンの中に新聞を広げて読んでいる初老の男と、スマホをいじっている若いのがボソボソとそういう話をしている。どちらも営業マンのような風体だ。
丁稚男の行動を監視している公安警察官だった。
田中弘樹はスマホを懐にしまうと初老の男に目配せした。
初老の男、木田卓也は田中が何を言いたいのかは解っていた。
そして、向こうのビルの上を指差した。
「どうやら本部は今回、対象を全部とっ捕まえることにしたらしいな」
田中が見上げた方の空には、ポツポツポツと魔法陣の花がいくつか開いていた。
「木田さん!MSATだ!」
「2分ってとこか、やつが携帯出してから・・・そうか長耳閣下!衛星使ったな」
左右のアームに箒を付けた降下ユニットを背負った完全武装のMSAT(魔法特殊急襲部隊、まほうとくしゅきゅうしゅうぶたい、 Magic Special assault team,)が魔法空挺降下でやってきたのだ。この街のあちこちでこういう状況が発生しているのだろう。
いや、おそらく呉や横須賀に佐世保という拠点の近辺みんなそうだなと木田は眉間に皺を寄せて
懐からセブンスターを取り出した。
「ああ、これで今週も家には帰れなねえあ・・・」
開けた車の窓からセブンスターの煙が漂ってそして空へと消えていった。
さて、ちょっと場面は変わってここは江戸時代の深川。
深川という土地は新しい埋め立て地で縦横に堀川が走っている。
その掘割り沿いにある。とある金持ち旗本のお屋敷があった。
コポコポコポ・・・カコーーーンッ!
良く整えられた日本庭園に鹿おどし(シシオドシ)の音が響く。
水面にゆらゆらと三日月を浮かせた池の向こうにでっかい屋敷が見える。
ということは屋敷の主は旗本でもすごい大身なのであろうか?
大身とはハイクラスというような意味だ。1万石なら大名なのでそれよりもちょっと下くらいであろう。
ここは、ちょっとした大名並みの規模で敷地もかなりだだっ広くって5万坪くらいはあるだろうか?
こんなのを見つかったら分不相応であると幕府に怒られちゃうだろう。
屋敷の角の部屋の障子に行燈の灯がゆらゆらと揺れ人影をぼんやりと映している。
申し訳程度の証明だ。だいたい江戸時代は暗いのである。
どうやら誰か二人いるようである。
こういう場面は悪巧みの密談の最中とほぼ相場は決まっているのものだ。
やおら濁声が聞こえてきた。
「これはこれは作事奉行様、ささっ、些少ではございまするがこれをwウエッヘッヘッヘつまらぬ物ではございますがウエッヘッヘッヘなにとぞお納めくださいませ。ウエッヘッヘッヘ」
ほら、下品な声の主はいかにも悪徳商人らしい人相の男だ。
この男、名を伊勢屋九郎衛門という。
その九郎衛門が、持ち前のねっとりした厭らしさと気色悪い品性を体現したかのような、本当に悪党の見本のような濁声で作事奉行様と呼んだ武士もこれまた例に漏れず、いかにも伊勢屋のお友達というような悪人面である。そいつはでっぷり太った体を脇息(キョウソク、ひじかけ)にもたれかけさせて杯をかたむけていた。
もはやガマガエルが人間に化けているのかとしか例えようのない風体で、その上いかにもというキンキラキンの成金趣味の衣装を着ているのだ。
九郎衛門が菓子折りを武士に差し出す。
けっこう重量があるようでずっしり感が漂っている。中身は当然のことながらアレである。
けっしてカステラや栗饅頭ではないだろう。
武士が「うほっ」というふうに目を見開いた。舌なめずりでもしたらもっともっと似合いそうだ。
全日本!悪代官悪徳奉行コンテストがあれば一等は間違いなしだ。
「ブシュルルゥルル~グッヘッヘw伊勢屋よ。なんじゃろのぉこれは?」
そんなことは重々承知で知っているくせにわざとらしく、もったいつけて問うた武士の名は原黒大善という名だ。
幕府は江戸城改築や深川埋め立ての作事奉行を務める大身の旗本である。
作事というのは土木担当で、普請というのは地上施設専門の建築担当だ。
今も昔もこういうのは贈収賄でしこたま儲かる役職である。
であるから真面目に役得に励み。一生懸命に働いて蓄財をうまいことやると、こういう大きなお屋敷に住めるのだ。
この原黒大善男はなにかとよからぬ噂の絶えないヤツであるがそれなりに頭が良くって仕事が出来るので始末が悪い。
ゆえになかなかにずる賢く尻尾を現さないので、さすがの老中水野忠邦もなかなか首にしたくってもできず。大目付に命じて内定調査に力を入れていた。
そしてこの屋敷であるが、ここは彼が悪事によって蓄財した金をふんだんに使って建てた別邸であり。
金に明かして幕府の密偵に入り込まれないようにいろいろと手は打っているのだ。
だから身分不相応にでっかいのである。
「山吹色のお菓子でございますよw。お奉行様の大好きなw。ウエッヘッヘッヘ」
伊勢屋が揉み手をしながら上目使いでゲヘゲヘと嫌らしく笑う。たぶんガマ蛙が人間に化けたらこんな
感じであろう。
「おおっさよか!お菓子じゃお菓子じゃ。フォッフォッフォ、さすがは伊勢屋じゃ気が利くのお。フォッフォッフォお菓子はエエのおw」
きっと何かの賄賂であろう。作事奉行様と呼ばれた男は上機嫌で菓子折りからひょいっと切餅をひとつ手に取ると包を破いてジャラジャラチャリンとわざとこぼして音を楽しんでいる。
ちなみに切り餅とは小判25枚を紙で包んだものを言う。場合によっては50枚のこともある。
「ムヒョッヒョッヒョいつ聞いても良い音じゃのお伊勢屋よw」
「まことに左様でございまする。してお奉行様・・例の件ですが、なにとぞ私めにwささどうぞどうぞまずは一献」
「ナメクジ長屋の立ち退きの件じゃなwよいよい、任せておけ。何の、ご老中なんぞごまかそうと思えば、いくらでも手はある。幕閣に金をバラまけば良いのじゃ、フォッフォッフォッフォヒョッヒョッヒョ」
なんで江戸城改築の作事奉行様やご老中がナメクジ長屋の立ち退きに絡んでるのかは最初から見直さないと
解らないが話の筋書き上そうなんだからしかたがない。
まあだいたいこんなもんだ。
まだ悪党の高笑いと小判のジャラジャラと言う音が部屋から聞こえている。
誰もが寝静まった武家屋敷界隈の、とある大番組組頭の屋敷。
本来ならばこういう時刻は旗本屋敷なんぞではガラの悪い中間連中が博打場を開帳しているころなのだが。
ここは夜中だというのになにやら大勢の人々が何かの作業をする騒がしさが聞こえていた。
デデェ~~~ン!
聴こえて来たのは陣太鼓の音だった。
「ふぁいぶぅ~~~」
頼り無さそうな声はどうやらエゲレス語の様だった。
デデェ~~~ン!
「ほーーーっ」
「ほーーーっ。ではないっ!ふぉぉ~~~じゃ!!やり直しもう一遍!」
こちらは如何にも気のキツそうな女性の声だ。この女性、五百籏頭愛ノ助という名のれっきとした奉行所の与力である。
「西洋の勘定法はまだ慣れないでござるよ。とほほ~」
少し弱音を吐いたのは年のころは16~17歳くらいであろうか。
いかにも新米の見習い同心という風情の少年だ。
「勘定ではないぞよ!かうんとと言うのじゃ!」
「ふぉぉ~~~っ!」
デデェ~~~ン!
「よしっ!それで良いのじゃ!」
「鳥居~~~」
「だっだれじゃわしを呼んだのは?」
答えたのは筆頭与力の鳥居伊右衛門である。どうやら居眠りをしていたようだ。
「鳥居様ではございませぬ!毎回毎回!もうっ!」
先ほどの気のキツそうな女性がちょっと怒り気味に注意した。
「愛ノ助!あいや済まぬ済まぬ、お約束じゃによってな」
「ふざけないでいただきたい!それでは気を取りなおしてもう一回!さんはいっ!」
愛ノ助と呼ばれた女性は歳のころは17~18歳くらいであろうか。
その出で立ちは男装をしている。
それもそのはず彼女はれっきとした武士でこの大目付配下の特捜魔法奉行所の与力である。
特捜魔法奉行所とは、江戸幕府が敵性異星人から日本を守る為に特殊能力者!すなわちエルフやバンパイア、人狼、魔法使い、ニンジャや武芸者など一騎当千の強者を集めた組織である!
愛ノ助や伊右衛門のやりとりを先ほどから聞いていた位の高そうな武士がニヤリと唇の端を釣り上げて、そして彼を象徴するような穂笹耳をピクリと動かした。
彼の出で立ちは兜頭巾に鎖帷子を着こみ、たっつけ袴(裁着袴)に手には銛を携えてという
完全武装である。
「すり~~~~っ」デデェ~~~ン!「つぅ~~~~」デデェ~~~ン!「わんん~~~~っ」デデェ~~~ン!
「ぜろ~~~~っ!」
「雷鳥!」
陣太鼓の音がどんどん速くなる。
デンデケデェ~~ン、デケデンデケデンデンデンッ!デンッ!
それはどこかで聞いたようなメロディーだ。
時は天保時代、世は乱れに乱れていた。
遠く大阪の地では大阪町奉行所の魔道与力大塩平八郎が乱を起こし暴れ回った時代でもある。
そこへ颯爽と現れて、幕府を立て直す為に身命を賭して戦ったのが老中水野忠邦である。
この時代。
江戸の町は夜にともなれば各町の木戸は閉められて自由には行き来が不可能になる。
さてこの日、丑三つ時も周ろうかという時分だ。
番太郎(木戸の管理人)の与四郎が、もうそろそろ中に入って一服でもしようかと思って中に入ろうとしたときだった。
ゴゴゴゴゴ~~~ッ!
不意に北の方角から雷のような轟音が轟いた。
「なんでえいったいようっ!」
驚いた与四郎が慌てて表に飛び出すと、近所の住民もわらわらと飛び出して来て夜空を見上げた。
江瑠富町の方角から轟音とともに火柱が上がると赤々と燃える炎が箒星のごとく尾を引きながら宙へと飛びあがって行くのが見えた。
「ありゃあ!あれは」
「ありゃあ、あれだよあれ!大捕り物だぜ!」
「おおっ出陣なされた!」
「悪党退治じゃな」
「明日の瓦版が楽しみだぜ」
わわわらといつの間にやら湧いて出た見物人たちが口々に囃したてていた。
見ていると火の玉はぐんぐん高度を上げてやがて見えなくなった。
しばらく静かであたったが、やがて人々が天空を見上げて叫んだ。
「きたきたきたーーーっ!落ちてきたっ!」
今度は先ほどの火の玉がもの凄い速度で炎の尾を引きながら落ちてきたのだ。
野次馬達が固唾をのんで見入っている方角でそれが落ちた。
途端。
地響きと、大風のような(いまでいう衝撃波)ものが起きた。
「おお~~~~っ」
「何かきたーーーーっ!」
「深川の方だぜ!」
向かいの米屋の手代の吉三の声だった。
与四郎の目には火の玉が何か巨大なギヤマン製の金魚鉢みたいなのにぶつかって広がりながら消えたように見えた。
悪党にとっては、今宵は楽しい楽しい夜のはずだった。
現代の時間で換算するとほんの2~3分前までは。
酔っぱらって上機嫌の原黒大善と伊勢屋がこれまた定番の腰元相手の帯まわしをはじめたその時だった。
「よいではないか、よいではないかぁ~グヘッヘッヘッヘ~~」
「あぁ~~~れぇ~~~~」
原黒大善がグヘグヘ涎を垂らしそうな勢いで腰元の帯をグイィ~~っと引っ張った。
その勢いで腰元がバンザイしてクルクルと回転し始めたその時だ。
雷雲が10個ほどまとまってやってきたような轟音が天空から轟いて来るやいなや。
ゴゴゴゴバリバリドッカ~~~ン!と
座敷の地下に噴火口でもあってそれがいきなり前触れもなく噴火したかのような猛烈な
爆音とともに部屋の障子をバババリンッ!と火柱と爆風と爆炎を従えた何かが突き破って部屋に突っ込んできた。
「なっ何じゃ~~~!伊勢屋!ばりやあはどういたしたのじゃ!」
「まっまさか?ばりやあが破られるなどと・・・はっ・・・まさかまさか」
二人がうろたえて手を放すとほぼ同時に、衝撃で砕け散った障子や壁や天井の破片やらとともに腰元がクルクルと華麗なフィギュアスケーターの様に回りながら飛んで行った。
「なに者じゃあ~~~!」
「なにやつじゃあ~~~~」
「出合え出合えぇ~~曲者でござるぞぉ!」
庭で警備をしていた家臣達が騒ぎ出したようだ。
さらに屋敷内からも物音を聞いて家臣達がワラワラと集まって来た。
カッキーーーーン!
「ぐぐはぁ~~~・・・」ドサッ
剣戟と誰かが叫んで斃れる音がするや、障子にぬぅ~~っと銛を携えた影がゆらりと映った。
「なっななななななっ!何やつじゃあ!わしのお楽しみを邪魔しくさってぇ~~おおのれぇ~~!」
「なっなんだお前は!ここをどこだと思ってるんだい!」
「作事奉行原黒大善の屋敷と知っての狼藉かぁ!」
お楽しみを邪魔されて怒り心頭の原黒大善が口泡とばして叫んだ。
伊勢屋の方はちょっと腰が引けてあとづさりだ。
そして殴り込んで来た武士は障子から一歩ずいっと踏み出すと頭巾の口を覆ている部分をべりっとはがして素顔を現した。
行燈の灯りにさらされて浮かび上がった武士の素顔を指差して原黒大善が驚いた声を上げた。
「おっ!お前はぁ~~~、魔法奉行!」
「ひてぃぇえ~~~」
「ええいっ!斬れっ!斬りすていっ!」
原黒大善が周りにいた家臣に命じた。家臣の中でも指折りの手練れの三人衆だ。
1人は身の丈八尺の大男で強力無双、熊でも締め落とすという甲斐谷尽左衛門。
また1人は柳生新陰流の使い手の織手賀庄五郎、鞘のうちに飛燕をも斬るという高速斬撃の持ち主だ。
そして最後の1人は間朱佐ノ助という。隠形魔糸術法という忍法武術の術者である。
糸に触れた敵を切り刻むというエグイ術の使い手だ。
3人が大善の命令に呼応してそれぞれの得物を構えて斬りかかった。
「奥義!疾風噴流斬撃!受けて見よっ!」
「といやっ!」
「でえいっ!」
「でやぁーーーーっ!」
しかし魔法奉行と呼ばれた武士は何事も無かったようにふわりと三人衆の乾坤一擲の攻撃をかわすと
間髪置かず手に持った銛をぶん投げた。
「あべっ」
「ぎうぎょげっ」
「ぐごっ」
目にをも止まらぬ高速で飛来してきた銛を避けることも出来ず、串刺しにされた三人は叫び声を上げながら
団子三兄弟のような姿で後ろにぶっ飛び昆虫採集の虫のように壁に縫いつけられた。
銛を抜こうともがいてるが出血によって徐々に体力は失われ絶命するのは時間の問題だ。
当たり所が悪かったのかすでに間朱佐ノ助に至っては白目を剥いて舌をベロンと出してしまっている始末だ。
魔法奉行と呼ばれた武士はまさに炎を浮かべたような鋭い眼光で大善たちを睨みすえると
不敵な笑みを浮かべた口元を開いた。、
「火と呼んで、ロケット奉行!江琉比奈右近!(えるひなうこん)地獄の閻魔が見逃しても、おいらがてめえ達を地獄に送ってやるぜ!」
「なっな・・何をぉ~~!三人衆だけと思う名よぉ!先生ぇ~っ!先生ぇ~っ!」
「そうだそうだっ!先生!お願いしますよ!高い金払ってんだからっ!」
すぅーーーっと右手の襖が開かれたと思うと一人の着流し姿の浪人者が部屋に入って来た。
右近はその浪人者の足運びに隙がないのを見て取り。
『先ほどの三人も一般の武士の中では強い方であるが、こいつは数段上だな』
と、値踏みした。そして油断なく左右で取り囲んでジリジリよって来る家臣達からも目を離さない。
例の先生と呼ばれた浪人者はというと、血と書かれた徳利をぶら下げていて、そいつをくいっと持ち上げるとぐびりっと一口やった。
「ぷっはぁ~~~」
斬り合いの最中の張りつめてピンッとした空気の中に一瞬だがマヌケな間が生じた。
だが右近は浪人者の口元でキラリと光った牙を見逃すことはなかった。
「なんでぇ。三人衆も口ほどにはねえなあwああ?言わんこっちゃねえや・・・・クックック」
スラリとした長身の身の丈は六尺くらいだろうか、黒の着流しに蝙蝠の家紋を入れてあり、青白い顔の割にはやけに拍子抜けするほどの陽気な口調だ。
「ほおう。食い詰め吸血鬼の用心棒とはな。」
兆発するような口調で右近が話かける。
「まあねえ、景気が悪いからねえ」
「吸血鬼ならば儲け口はいくらでもあるだろうに」
「ちっちっち。意外と気にいってんのよこの仕事クックック」
着流し姿の吸血鬼は右近の問いかけに陽気に答えた。そりゃそうだろう日がな一日ゴロゴロしていて、たまに殴り込んでくる敵対勢力が大暴れして大善の家臣を何人か斬ったところで飄々と現れて撃退する。
そして斬られて大怪我したり死にかけている家臣の血を吸って蘇らせてやる。
じゃあ最初から出て行けばって?家臣は斬られずに済むじゃないかって?
いや、そうは行かないのが世の中ってものだ。特に武士はなあ。
だって大善の家臣にも面目ってものがある。最初から用心棒に出られてしまっては面目丸つぶれで立つ瀬がない。
そういう感じでもったいぶって何人か斬られてから出て行けば用心棒の吸血鬼は血にありつけるし家臣も面目が立つというものだ。
そういうことで用心棒は今回もそうした。
右近の目の前で死にかけている三人衆に牙を突き立てて血を吸ったのだ。
そして、どてっ腹を右近の銛で壁に縫い付けられ死にかけて三人衆は生気を取り戻し始めたではないか。
「おのれぇ右近め!残念だがここは先生にまかせるとして今宵は退散じゃあ」
「帰って腹をちゃんと縫ってもらわんといかん!命拾いしたな右近よっ」
「首を洗って待っておれっ!今日のところは引き上げじゃあ!ああ痛テテ」
状況に呆気にとられて右近が見ていると、三人はとっととその場から逃げ出した。
「おのれ頼りにならぬやつらじゃ!先生!頼みますぞっ!皆も加勢するのじゃ!」
「やっちゃって下さい先生!奉行つたって死ねば死人に口なしだ」
「おおっ!かかれぇ~~~」
右近と同じく状況に呆気にとられていた二人組も今正気に返ったかのように口泡飛ばして家臣に命じ始める。家臣達も斬られても安心!の保証付きの状況下で気が強くなったのか次々と右近に斬りかかっては
返り討ちになるというチャンバラが始まった。
その時だ。
「御用だ!」
「御用だ御用だっ!」
塀の向こうからいくつもの五芒星の真ん中にカタカナにマの字を書いた魔法提灯が一斉に持ち上がった。
どうやら奉行所の面々が追い付いて来たようだった。
屋敷から猫の子一匹逃げられぬように提灯を掲げ魔法の箒に跨った魔法与力や魔法同心たちがずらりと空中に並んでいて筆頭与力の号令を待っている。
「みなの者かかれいっ!一人も逃すでないぞよ!」
鳥居伊右衛門が鞭をびゅんとしならせて指図した。魔法与力は箒に跨って飛ぶから馬は使わないのであるが一応武士の格式として乗馬用の鞭は携えることになっているのだ。
「ゆけーーーゆけぇーーー抵抗する奴は容赦はいらぬぞぉ!」
『ほぉ、愛ノ助はあいかわらずよく通る声をしておる』
ひときわ大きく良く通る。いかにも気合いの入った愛ノ助の声を聞いて右近はニヤリと笑った。
まるで牧羊犬のような愛ノ助の声に背を押されるように魔法提灯を掲げて奉行所の与力同心が次々と塀を飛び越え始めた。
そしてクライマックスシーン!悪党達と捕り方との丁々発止の大アクションシーンが始まるぞというところで唐突に後ろから声がした。
「玄関で呼び鈴押しても誰も出んから縁側から上がったぞ。寝てたのかと思ったわ」
「この時代劇シリーズの売りだね。再放送やってたんだ。見て帰ろう」
「吸血鬼が噛むことによって斬られ役の家臣が何度も蘇ってはチャンバラを続けることができるという少ない役者を補って尺を稼ぐというグッドアイデアであるな、しかし長耳のやつこの時分から宇宙人相手に捕り物やっとたんだな」
聞き覚えのある声にテレビを見ていた賀茂進次郎は食べかけの食パンを皿に戻すとそちらへ振り返った。
進次郎は有紗の兄で大学2年生だ。夏休みの学生らしく遅くに起き出して来て朝食の食パンを齧っていたのだった。
よく見知った2人の女性がリビングの左手の縁側に上がっていて、もう1人ライダースーツの女の子がちょっと腰をかがめ軒から顔をぬっと覗き込ませるように・・・・ニコニコ微笑ながら手を振って挨拶した。
「あれ、お祖母様いつ日本に帰ってきたの?これまた皆さんご一緒で・・・何かあったの?」
「なんじゃ、ニュース見てないのか?それはいかんのお。全く今日日の大学生は気楽でええわい」
と、お祖母様と呼ばれた30歳前後くらいの女性は呆れ顔をした。この女性名をラミア・レレミア・フォン・ドラクル・賀茂という。当年とって実年齢は100歳はゆうに超え新聖ローマ帝国の大貴族出身であり、また彼女はかつて第二次世界大戦中に日本軍の駐在武官で魔法科将校であった賀茂忠鷹と恋に落ちて結婚したという。まあ、ぶっちゃけあの有名な吸血鬼ブラド大公の一門なのだ。
「何かって、そりゃあれだ。戦争がおっぱじまったんじゃわい」
「ああそれと。今年はアレを日本でもやるんですよぉw。」
「はあ?」
何やら解らに、ぽかんとしている進次郎は次の言葉を聞いて飛びあがらんばかりに驚いた。
「んでもって・・・フフっ」
「フフッって・・・・?」
「150周年記念行事!・・なんとっ!景品は進次郎様なのです!」