美少女幼馴染のためなら死ねると思います
僕の名前は「下顎 学」至って普通の中学2年生だ。でも僕を取り巻く環境は普通じゃない。
木漏れ日の照らす朝の通学路、周りの同級生たちが楽しそうに友達とおしゃべりをしながら登校する中、僕はたった一人でトボトボと歩く。
同じクラスの見知った人たちもお互いに挨拶しても僕に声をかけることはない。
そう僕は無視されている。それも同じクラスだけではない、学校全体からだ。学生は当然のことながら教師たちも最低限のことを除いて僕とは会話をしない。
まるで僕なんて存在がいないように。
誰からも話しかけられず、一人で自分のクラスまで行く。
一番後ろの端っこ、そこだけが切り取られてしまったように離れた場所にポツンと机が一つ置かれている。
他ならぬ僕の席だ。
「ゴミくず」「ダメメガネ」「死ね」「学校来るな」「消えろks」
机に黒の太文字で書かれた罵倒の数々。もうずっとこのままだ、初めの頃は一々消していたが最近はそれもしなくなった。
どんなに消してもすぐ書き直されるからだ。
僕は席に座って、教科書を読んで過ごす。これが僕の学校での過ごし方だ。毎日これを繰り返し絶対に変化しない。
授業が始まり、ぼんやりと先生の話を聞き流す。どうせ質問すらできないのだから自習で範囲はすべて網羅しているのだから。
僕はこの学校でいじめられている。でも誰にも泣きついたり学校をやめたりはしない。原因だってわかりきっている。
僕には1つ年上の姉がいた。
そういたのだ、つまり今はもういない。優しく、綺麗で学校中のいや周辺の地域でも有名な姉だった。男女問わず人気で特に思いを寄せる男子の数は星の数ほどいた。それ故に誰も自分のものにしようとはせず見守るように姉を尊敬の対象のように思っていた。しかしそんな姉は去年死んでしまった。
僕が殺してしまったのだ。直接殺したわけではない、しかし間接的に姉が死ぬ理由を作ったのはこの僕だ。
突然の姉の死に学校中が衝撃を受け多くの人がショックに嘆き悲しんだ。そして悲しみが頂点に達すると人間は憎しみを抱く。そう姉を死に追いやった弟の僕に対してだ。最初は殴る蹴るなどの暴力だった。僕が片目を失明し警察沙汰にまで発展したほど苛烈なリンチに毎日あっていた。しかしそれが原因で僕をリンチしていた主犯生徒たちは全員逮捕され実刑判決まで言い渡された。それ故今のいじめは執拗な無視になった。僕を精神的に追い詰めようとしているのだ。
でも僕は毎日学校に来ている。
僕はいじめに対して誰かに泣きついたりしないし学校をやめることで逃げたりもしない、遠くに引っ越すつもりもない。これは僕に与えられた罰なのだから。耐えるべきなのだ。
学校が終わるまでそんなことを繰り返し考える、僕は自分に言い聞かせているんだ。こうなってしまったのは当然なのだと。
言い聞かせないと頭がおかしくなりそうだからだ。学校だけでなく家でも僕の居場所はなく親にもいないものとして扱われて、所属していた化学部は僕を残して全員が退部、新たに科学部を作り直して活動をしている。
僕はもう死んでいるんじゃないのだろうか?
誰からも無視されている今の日常を生きていると言えるのだろうか。
僕はいつもの帰路につく。
徒歩30分ほどの場所にある僕の家、自分の家とはっきりといえないその場所の玄関前に誰かが立っていた。
「あっ!学、遅いよ。また部室に一人でいたんでしょ。」
僕の学校とは違う制服に身を包んだ活発そうなツインテールの少女。
「神山 結衣」、僕の家の隣に住む幼馴染だ。そしてこの町で唯一僕と話してくれる少女でもある。
「うん・・・専門書がたくさんあるから・・・。」
僕の化学部は人が一人もいないから実験などはできない、先生の許可も下りることはない。でも化学の専門書がたくさんあった。それを毎日夕方の下校する生徒が一番少なくなる時間まで読みふける。今の僕にとって一番好きな時間でもある。
「本ばっかり読んでないでさ、たまには私と体を動かそうよ。今度の日曜とか一緒にテニスしない?学校のコート使わせてくれるらしいんだけど。」
今でも彼女は当たり前のように話しかけてくれる。この屈託のない笑顔にいつも僕は救われている。彼女がいなければ僕はとっくの昔に死んでいたと思う。でも僕は知っている結衣は僕と仲良くしているせいで学校でいじめにあっている。
彼女が僕と仲良くするから気に入らない連中はたくさんいるのだ。だからこそ本当は突き放すべきだと思う、このまま何の罪もない結衣を僕の罰に巻き込むわけにはいかないから。でも僕は彼女を突き放せずにいた。
今の僕にとってただ一人の話してくれる相手を失うのが嫌だった。
この生活を耐えようと決めたのに、僕は彼女の優しさに甘えてしまっているのだ。
「いいよ・・・。ぼくは行かない。」
「どうしてよ?あっ他の部員のことなら気にしなくていいよ。私たち二人だけだから。」
彼女が僕のために他の人を寄せ付けないためにどんな代償を払ったのか、考えたくもない。想像を絶することはわかりきっているのだから。
「・・・行かない。ごめん・・・。」
僕は小さな声で結衣の顔も見ないで家に逃げ込んだ。
彼女の顔を見たくなかった。ずっと励ましてくれて、自分がいじめられようとも僕と一緒にいようとしてくれた。でも僕がそれに応えることは彼女を同じ境遇に置くことを意味している。
僕は片目を喪失した。彼女だけはそんなことになってほしくない。
共働きで両親のいない時間の多い家でありこの時間も誰もいなかったが、僕は真っ直ぐ自分の部屋に戻り布団を頭までかぶって涙一つ流すことなく眠りについた。
何も考えたくなかったのだ。
・・・どれくらい眠っただろうか。
薄らと目を開けてベットサイドの目覚まし時計を見ると夜の10時を指していた。
「・・・ったわ・・・わたしが・・・いいのね。」
窓の外から声が聞こえた。ハッキリと聞こえたわけではないがその声は間違いなく結衣のものだとわかった。
飛び起きるようにして窓枠に手をかけてカーテンの隙間から外を見ると、5人の男が結衣と一緒にどこかに行こうとしていた。男たちには見覚えがあった、うちの学校の生徒で姉の同級生たちだ。その中でも特に仲の良かった同じクラスの学校でもイケメンだと言われていた連中、逮捕された不良たちを僕にけしかけた張本人でもある。
結衣はパジャマ姿で5人の男たちはうちの学校の制服を着ていた。全員背中にバットを入れるための長細いバックを担いでいた。
どう考えてもただ事じゃない。直感で結衣が危険だとわかった。
僕は何も考えず、家を飛び出した。
あまりの慌てように両親が目を見開いて驚いていたのが一瞬見えたがそんなことどうでもよかった。
結衣が危険というだけで僕の行動理由は十分だったからだ。
結衣とそいつらは近くの神社の境内に入っていったのが見えた。
寂れて神主もいない神社だ。
僕は様子を見るために雑木林に身を隠して結衣とそいつらを見据えた。
雑木林は1m近い高さまで雑草が生い茂っているので僕が屈めば暗い夜ではまず見つかることはなくかなりの至近距離で見ることができた、そのため会話も聞こえた。
「あんたさぁ、いい加減あのクソメガネに話かけんのやめてくんない?」
リーダー格の茶髪のイケメンがめんどくさそうに話し始める。
内容は予想通り結衣が僕に話しかけるのをやめえさせに来たらしい、この様子だと以前にも何度か結衣に注意しに来ていたのかもしれない。
「断るわ、あんた達自分が何をしているのかわかってんの?」
結衣の語気が強い、いつも僕に話しかける時とはまるで違う別人じゃないかと思うほど威圧感に満ちている。イケメンの何人かはわずかに後ずさった。
「何をって?決まってんじゃんあのクソ眼鏡に自殺してもらうためにだよ。」
しかしリーダーの男は全く動じた様子もなく、当たり前のように告げる。
「それがわかってんのかって聞いてんのよ!あいつの片目を奪っておいてまだ足りないって言うの?!」
結衣の言葉がさらに荒っぽくなる。結衣は僕が片目を失った時も率先して怒り泣いてもくれた。彼女が警察に事の次第を通報しなかったら実行犯が逮捕されることもなかったかもしれない。
「足りねえよ。あいつはさ死ぬべきなんだよ。俺たち全員に詫びとしてな。」
死ぬべき。
改めて言われてるとやっぱりつらくなる。周囲が無視という形を選んだため実際に言われたことはなかった。それだけに言葉の重みを感じる。
やはりそうだ、僕は死ぬべきなのかもしれない。
「ふざけないで!!!本当ならあいつが一番つらいのよ。玄理さんのことだってあいつは何も悪くない。あんた達は八つ当たりがしたいだけでしょ、何が詫びとしてよ。私はあいつを死なせたりしない。こんな理不尽な状況で逃げもせずに戦い続けてるあいつを私は見捨てない!!!」
結衣の言葉にも重みがあった。そうだった彼女は姉さんが死んだ後もずっと僕に「あんたは悪くない」と言い続けてくれた。
僕のいじめに対して学校の先生に掛け合ってくれたこともあった。
いつも結衣は僕をさせようとしてくれていた。そして彼女は僕の気持ちに気が付いている。このいじめを逃げることなく戦おうと決めた僕の気持ちを、だから最近結衣はいじめをやめさせようとせず僕を元気づけようとしてくれていたんだ。
彼女の言葉に涙が流れ落ちる。
姉さんの死から一度も流すことのなかった涙が、片目を失っても部活仲間から見放されても親から無視された時ですら流すことがなかった涙が今、僕の頬に沿って流れ落ちた。
「・・・そっか、あんたは見た目だけは上モノだから手は出したくなかったけどしょうがないよな。」
イケメンの目つきが変わるのを僕は感じた。
今日は警告だけじゃなかったんだ。周囲のイケメンたちも金属バットを取り出す。結衣が警告に耳を貸さないことをこいつらは最初から知っていたんだ。そして同じリンチでも僕と結衣つまり男と女とでは性的な違いが出てくる。
「・・・いいわよ、私の体で満足するなら好きなだけ弄ればいいわ。その代りに学と一緒にはいさせてもらうわよ。」
「それは困る、あんたには俺たちに精神が壊れるまで弄られてもらうよ。自分のせいであんたが壊されたと知ったらあいつは死んでくれるかなぁ?」
「サイテーよ!学よりもあんたの方がよっぽど死ぬべきよ!」
「ははっ冗談だろ、俺みたいなイケメンがあんなクソ眼鏡に劣ると思ってんの?人間的な価値が違うんだよ。」
結衣が二人の男に羽交い絞めにされてリーダーに顎をつかまれる。
助けるんだ。でもどうやって、あいつらは僕が誤ったって結衣を離してはくれないだろう。どうすればあいつらをここから逃げださせることができる。警察に通報したところでここに来るまでは時間がかかる。考えろ!大事な結衣が目の前で傷つけられそうなんだぞ、たとえ命を懸けたって・・・・。
そうか、あるじゃないか方法が。
僕は急いで携帯で警察に電話をかける。
「もしもし、菅原神社の前の道路に人が血を流して倒れています。大至急来てください。」
応答を待たずに電話を切る。これで確認に来ざるを得なくなる。
あとは近場の警察署からここまでの到着時間およそ10分を稼げばいいだけだ。
僕は意を決して雑木林から飛び出す。
「待てっ!!!!!」
「!!!」
「学!なんでここにいるの?!」
突然現れた僕に驚くイケメンたち、しかし一番驚いているのは結衣だろう。羽交い絞めにされながらも僕の方をしっかりと見ている。
「お前、何しに来たんだよ?まさかいじめをやめてくださいと懇願しに来たのか?」
「違うよ。結衣を離してほしいんだ。」
「それはできない相談だ。こいつはお前を自殺に追い込むのに邪魔な存在なんでな。gだからこそ逆にお前を追い詰めるのに利用することにした。」
「学!逃げてぇ!!」
イケメンが結衣の髪を引っ張り上げる。結衣は痛みの悲鳴をあげることなく僕に逃げるように叫ぶが、僕はそんなつもりはなかった。
「結衣、ありがとうね。ずっと庇ってくれて、僕ねそっけない態度ばっかりだったけどとっても嬉しかったよ。でも大丈夫結衣だけは守るから。」
結衣の目が驚愕で見開かれる。長い付き合いの仲だから僕の考えていることがわかったのだろう。
「やめて!学そんなの私嫌!玄理さんに続いてあなたまでいなくなるなんて!」
「さすがだね結衣は僕の考えていることをいつも見透かしてたね。でもだったらわかるでしょ僕は一度決めたことは絶対に変えたりしない。」
僕は後ろ向きに神社の石だんに向かって歩いていく。イケメンたちも僕が何をするつもりなのかわかったのか言葉を失っている。
結衣の言った通り自殺に追い詰めるのも連中の憂さ晴らしの一環だったのだろう。だからこそ本当に自殺するとは、まして自分たちの目の前で僕が死ぬなんて想像していなかったのだろう。
「さようならだよ、結衣。」
僕はためらうことなく石段に向かって身を投げた。視界の中で結衣が必死に羽交い絞めを振りほどこうとしているのが見えたがすぐにそれも見えなくなった。
全身を襲う強烈な衝撃と痛みによって僕は石段をすべて転げ落ち前に意識を失った。
「・・・・・・ここは?」
目が覚めると光に染まった場所にいた。何色とも言えないともかく周り全てが光輝いているのだ。
そして目の前に一人の男が立っていた。まるで神様のような白い衣服に身を包み荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「お目覚めですね。下顎学、早速ですが私は「天神」。あなた達で言うところの神様です。」
「あ・・・はい・・・初めまして。あの・・・。」
意識がはっきりしてきて最初に気になったのはやはりあの後のことだ。結衣がどうなったのかが気になって仕方がない。
「ご安心ください、あなたは確かに死にました。それも目論見通りあなたの飛び降り後すぐに警察が駆けつけ、その場で神社にいた全員が逮捕。山神結衣は事情聴取と称して保護。いたって無事ですよ。」
「そうですか、よかったです。」
結衣が無事ならそれでいい、あの場で錯乱したイケメンたちにどうされるかは予想が付かなかったから。
「大したものですよ。今思い出しても涙が止まりません。」
そういうと神様はハンカチを取り出して目元をぬぐった。神様でも泣くことってあるんだ。
そんなに感動するようなこととも思えないが、この神様に「恋空」あたりを見せたらぼろ泣きするんじゃないかな。あれは僕も泣いたし。
というか僕自身神様なんていないとおもっていたからびっくりだな、うちは特に宗教に入っていたわけでもないし。お墓参りはしてたけど初詣以外で神社にお参りに行くこともなかったし。
「わかっています。あなたの置かれていた状況になんの救済も与えなかった我々神を信じていないとしても反論できません。」
「いえ・・・別にそういうわけでは・・・。」
神様がわずかに頭を下げる、いやいや神様が頭下げたらだめでしょ。別に気にしていないしあれは僕の自業自得的な部分もあったから。
「あなたがそう思ってくれると私としてもうれしいです。何分神が特定の人間に手を貸すことは許されないので。」
神様も大変なんだな、確かに神様がおいそれと人間に手を貸すわけにはいかないだろう。所謂奇跡ってやつはめったに起きないからこその奇跡だ。だからこそ人間は神様を崇めるわけだし。
「しかし、あなたのことは私たち神の間でも救済するべきだと議題に上がっておりました。もっと早く手を下せばこのようなことにはならなかったかと思いますので。」
「気にしないでください、僕が決めたことですから。それに姉のことは僕自身が背負わなければいけない罪ですから。」
「なんとも謙虚な人間ですね。あなたのような人間ばかりなら神が手を下すようなことは起きないのでしょう。」
そうなのだろうか僕は自分の犯した罪を重さを考えているだけで別段いい事をしているわけでもない。むしろ結衣には迷惑をかけたといってもいい。
「どちらだとしても私たちの判断が遅かったということに変わりはありませんので、あなたにはお詫びを申し上げます。」
神様からお詫びをもらい日がこようとは、でもまぁこれ以上の否定は神様に失礼にあたるだろうしありがたく受け取ることにしよう。
「というわけで、あなたには今の記憶を残したまま新たな世界に転生する権利を与えます。」
「新たな世界に転生ですか?」
そんなファンタジー小説みたいな、転生先は魔法がありますとかお伽話にもほどがある。
「はい、もちろん魔法があります。そして逆に科学が存在しません。それによる弊害もいくつかはありますが。まぁ大きな支障はない世界だと思いますよ。私の加護も一つお付けいたしますので前の世界のような理不尽な境遇に立たされることはないと思います。」
あったよ、なんだろうこれらが全部僕の壮大な夢でしたとか言われたほうが真実味があるぞこの展開。それに科学がないとか、人類はどうやって生きてんだろう。よもや石器時代状態とかはないよね。
「それらは転生してのお楽しみということで、時に下顎学さんあなたは好きな教科とかはありますか?」
「はい・・・一応化学が好きです。」
「承知いたしました。それと転生と言いましたが赤ん坊からやり直すわけではないのでご安心を、前の世界の姿をほとんど残したままの転生となりますので。」
「え?それって・・・・。」
この失明した目はそのままってことかな。
「ふふふ、そこも安心をほとんどと言いましたが、あなたの身体的な損傷は全快して転生させますので。」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「いえいえ、まぁこの私に涙を流させるほど感動させてくれたお礼ですよ。では、新たな人生に幸運を祈っていますよ。」
それだけ言うと神様は光に溶け込むように消えてなくなり、僕の意識も光に包み込まれるように眠りに落ちた。
そして僕の化学の存在しない異世界での冒険が始まった。