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決行前夜  作者: ウオン・バット・ウ
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消失

  消失


 男は気づいた。自分はそれほど死にたくはなかった。

ただ、自分が生きていてもいい証明が欲しかった。

生の実感が明確に欲しかった。

生きる事、死ぬ事を天秤にかけ、神を試したかった。

それだけの事だった。男は自分が、自分が軽蔑していた詐欺師だった事に気づいた。


しかしもう、どうでも良かった。


生きている肉体で夢のように感じる世界を体験した後では、生きる事と死後の世界に明確な違いを前ほど感じられなかった。生きる事も、死ぬ事も聖なる事ではなくなった。ただの現象でしかなかった。


現実と夢の違いもなかった。ただ、現実には夢に比べて連続性があるだけである、と考えた。


善や悪等、男が感じていた偏見も、どうでも良かった。そんなものは人間が、いや、男が定めただけの基準に過ぎないし、百年すぎればそんなものは砂になって吹かれて消える運命だと感じた

自分が特別な存在だと思う事も、他人が特別な存在だと思う事も、比べる事も全て、馬鹿馬鹿しいと思った。人間は、猿から進化しただけの、地球の上を跳ねる蚤にすぎないからだ。


男は真実を求めていた。それだけは間違いない、という法則を求めていた。

それは、探しても結局は、男の認識というフィルターを通したものであって、その認識を取り払った時、存在するか、まったく存在しないものか、それすら定かではない事に気づいた。


男は自分の精神が肉体という領土を再び支配下におきつつある中、一つずつそれらを考えた。

まったくもって、現実社会では空虚で、意味のない答えだった。

睡眠と覚醒の感覚が広くなり、男の精神は、ついに肉体を、再び完全に掌握した。全てが、元に戻ったかのようだった。


飲み残したのか、薬が数錠枕もとに転がり、虫が集っていた。男は躊躇せず、虫を潰した。


そうして、僕は男の話を全て聞き終わった。

僕たちは小さな木の机挟んで向かい合って、背もたれのない木の丸椅子に腰かけていた。

僕は男の放つ、酒と煙草の臭いがする口臭に耐えていたので、話が終わった事に気づくまで少し時間がかかった。

男はそのまま何も言わず椅子をたつと、くるりと振り返り背の側にあったドアから出て行った。

僕は男を滑稽に思った。

誰しも人生に苦しみを感じている。喜びはほんの少ししかない。子供にもわかっている事だ。

皆それを知りながら、楽しい事しかないように振舞っているだけなのだ。

男は大人になれず、ただ自分が特別な存在だと思い込んで、まるで偉業を成し遂げるかのように、逃走する道を選んだにすぎない。

まるで、一人よがりの、滑稽な道化だな。 僕はそう思った。


 それから一切、彼は姿を消してしまった。


そして今、僕はいくらか面白いと思ったこの話を、忘れないために打ち込んだ。

パソコンを置いてある椅子から飛び降りる。僕の住む所はビニールハウスだ。足元には芝生が生えていて、いくらでも食べる事ができる。


今、僕はこの世界に満足している。

何を生み出すわけでもないし、大きな喜びもないが、大きな悲しみも何もない。

ただ、時間だけが過ぎていく。

ぼんやりとしか見えないビニールハウスの向こう側の景色を眺めて、草を食んでいる。

ただ、時間だけが過ぎていく。

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