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2-3



「あっ、ぁっ…あっ…」




──がつ、がつがつ




「………」




────がつがっがっ、がつがつ、




「「「「「「「「「「「………………、、」」」」」」」」」」」




…──がっ、がつ、がつがつ、がつ、



「………」「あっあっあっ、あ~~っ!」「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」



────がつがつがつ、がつ!



──猛然と釜の中身をがっつく牛と猪…いや魔族の二匹に、男も少女らもただ呆然としている。リィエッタは喘いでいる。


 がっつかれている釜の中身は、さきほど埃まみれの袋を突っ込まれたことで台無しになった煮込み具である。この場の人間たちは手にもつけたくない代物を、この魔族らは“よこせ”と告げて、それきりおかまいなしに貪っているのだった。


──本当ならじぶんたちの“おかわり”だったはずなのに、



「…ぁ、ぁのぅ……うしさん、いのししさん……」



“フギャヒィ!?”“ウモ゛ゥ?!”



「ひっ! な、なんでもありません……──」



 うらめしくないはずがなかろうが、しかし生身の人間は余りにも無力だ。

 


「上官どのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~っ……」「まいったなコリャ…」「──ボ、ボクのゴハンがっ、……がくっ」


「………」


 目に涙をためながらすがりつくようなリィエッタにウェルテやエミルらの少女ら一同はこの場の唯一無二の上官──男に不服を申し立てたが、さりとて男も硬直したままで……



「………っ!!!!!」「………」「……ふ、ふふ、ふ、ふ………」



 すがりついたリィエッタに、皿を渡した時とは打って変わって胡乱気にこちらを見るウェリア、据わった顔でボエボエと呻いているエミル。説明を求めるかの様な目のその他。



「………」


 ちらり、と男が目だけで魔族の様子を見やる。正面の少女らから目をそらしたのではない。



“ふがっふがっふがっ”“ぅもうもぅ”



 がたっがたっがたっがたっ、とだいぶ軽くなったのだろう釜を揺らしながら、牛と猪は尚もむさぼり食っている。



「……………」



──あれは、明日のラザニアの分だったのに、




「~~~~~」



 このままでは士官の沽券に関わる。いや、僚卒に飯をありつけさせられない炊事当直なんぞ、兵隊失格だ! しかし、これでは。

 男が苦悶して呻きかけた、その時……



“フガッフゥッ”“ンモ!”



 釜をぱぁん! と叩いて、魔族の牛と猪らはなにやら要求をした。


──叩かれた時の音から判断するに、空となったらしい。



「そ、その……なんの御用でしょうか?」



 おそるおそるリィエッタが問いかけると、牛と猪の魔族二匹はさきほど自分たちが持ってきて床に崩したまま食品の山をぴしり、とひずめで指した。



「………」「じょ、上官どの、」「どうするんだぃ」

「ふっ、ふふふふ……」


 分からずの様子の他はさておき、相手の意図を理解した男は、見えない嘆息をした後、覚悟した表情で支度に取りかかることとした。

 了承だ。

 こうなったらやむをえまい。迂闊に機嫌を損ねさせて少女らを喰われたら叶わん。



 がちゃり、という音とともに平鍋を魔力式ガス台の上に置く。横には急かすような表情の牛と猪がいるが、男は気にしないこととした。


 ……まずは具の調理からだ。



「………、」


 かちゃり、とカンヅメを開ける。

 選んだのはイワシとアサリの魚介だった。というよりも、相手が持ってきたのはそれしかない。

 これの中身を多めに油を引いて熱した平鍋の上に出し、火にかける。ソテーにするのだ──パチパチという心地の良い音が聞こえ始めた。

 それから、具材に熱が入って焼けるまでの間、汲み器を使い、魔力式給湯器の蛇口から湯を出す──普段なら水から作るのだが、急かされてもいるし、調理室の給湯器であるし、時間短縮だ──、そしてそれを別のガス台の小鍋にて熱湯にし、あらかじめ小鉢に出しておいたスパイス・パックの粉末に注ぎ、溶かし……出汁を作る。

 出汁を作ったならば、それをじゅうじゅうと油の音の立つ、香ばしい魚介の匂いに焼きあがった平鍋の具材へと合流させる。



────じゅわぁぁぁあぁ……



 出汁が注がれた瞬間に煮立つ音が広がって、出汁の香味によって引き立った

揚げ焼きイワシとアサリの風味が調理室いっぱいに満ち広がる。たまらず少女らもごくり、と唾液を飲み込み、牛と猪はだらりと涎を垂れさせた。

 後は、これを塩気の塩梅を見ながら煮込むだけで、まあまあ味の悪くない煮込み具が出来る。

 ここまで三分半、手早く終わらせる事が出来た。


「「「「「「「「「「「ぉおぉぉぉ………」」」」」」」」」」」


 感心されているのはこの手抜き加減か男のやる気のなさか、…ともあれ、次は麺である。



 別の平鍋を、小鍋を外したもう一方のガス台に置く。同様の手段で熱湯を用意し、あぶくが立ちかけるまでの状態とする。このとき、湯の量は鍋の縁から人差し指の一関節ほどの深さに満たす。

さて、次は……


 塩である。

 平鍋で作るから深鍋で茹でるよりも塩の量は少なくて済む。だが鍋の大きさにもよるが、今回は大さじ半分より気持ち多めのそれを、沸きかけた湯の中に入れた──男の家は代々この割合というのがその理由で、その口伝を受け継いだ男が茹でるからにはこの茹で方であった。

 トングの先端で一回転ほどかき混ぜておいて、塩の粒が湯になじみ沸騰したあたりで、埃を払っておいた包装から取り出し、豪快にバキリ、と束を中間で真っ二つに折ったパスタをがさり、と突っ込む。


 平鍋でやる方法ならば、茹でる時間も短縮できる。

 撫でるようにトングで押し混ぜてやりながら、後は煮えたその時を待ち……



「………、」

 

 連合国の多数の企業が納入している連合軍制式糧食である。このメーカー製のこのロットの物は、このタイミングだ。

 トングで麺の数本をつかみ、それの一本を摘んで口に入れる。──よし、いいだろう。


 両方の鍋の火を止め、煮込み具の香りをみて具合を確かめる。よければ、麺を

ざるに掛けて水気を切り、二枚の皿に取り分けて、その上に煮込み具をかける……



 さて、完成となった。



 ……渡そうと男が振り向いた時、その顔前には──血管を浮き立たせた白目を見せつけるほどに目はまるまると潤んでいて、顔中から汗を垂らして、鼻の穴からは熱い鼻息を吹き鳴らしてこちらに浴びせ、がくん、と落ちきったその顎からはだらだらだら、と涎の湧き出る壮絶な形相の──牛と猪の顔面がそろっていて、のけぞりかけた。



“ぎゃっっふぃ!”“うもぉおぅ!”



 ぱしん、と皿を渡す暇もなく男のその手から料理をひったくった牛と猪は、直後にはさらなる猛然さでがつがつがつ、とかっこんでいたのである。………


 やれやれ、なんとかなったか。

 そう思いかけて男が皆の方を振り向いたとき、



「じょ、じょうかんどのぉぉぉぉぉっぉぉおぉ」「……うまそー」「じゅるっ」



──少女ら一同が蕩けた涎を垂れて羨望している。──のは置いといて、



「………、」



“……………”



 へっへっへっへっへっ、と“お手”の格好で、垂らした舌から涎を滴らせる、犬の獣兵がその横に、おる。混ざっていた。!?


 徐々にだが、その表情は戌の将の配下の誇りある兵、としての理性と忠誠心の緩んでゆく形相となって、



 たべたい、くいてぇ、たべれたらいいな、いいないいな、くわせろ、



──となっていっている。



…………」



“優先度”(と書いて危険度と読む)は断崖的に魔族である犬獣兵の方が高かろうなので、おなじものをもう一皿分作る。作った。



────けっして尻尾を懸命に振っているその姿がかわいいから、とかではない。



 出来上がった皿を持った男の姿をみたときも少女ら一同は期待に輝いたが、それを渡すのが犬の方である、と分かった瞬間に、おぞましい無念とうらみと強欲の表情になっていた。



「おいオッサン、魔族ばっかに喰わせるってどうなんだよ、」「………」



 無言を返すしかない男に、レイラは表情がない。



「~~~~~~~~!」


 そして歯噛みするリィエッタは思った。次はこうならんぞ、と─




──がたがたん!


 ばたり、





 ! ……人類たち一同が再びの物音に振り返ったとき、部屋のその入り口には多数の魔族どもが急造の隊を組んで徒党していた。一匹は床に倒れている。


 鼠・牛・虎・兎・竜・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・猪………魔将軍の配下らがだいたい一匹ずつ揃っている。そしてその手や蹄には、ほこりかぶりの糧食品。


 己と少女らをたった今喰い殺さんばかりの殺気だったその様子は、一様に口をがっぷり開いて涎を垂らしての物だ。



「魔族ばっかにくわせるってぇ!」「じょうかんどのぉぉぉぉぉぉぉぉ」


「……、、、、!」


 泣き詫びそうになる少女らを置いとき、男は急ぎ台所へ向い

た!





────がつがつ、がつがつ! ちゅう、




「………、、、!」




がちゃがちゃ、がちゃ、がちゃん、



 手早く、効率的に高速に、快速に、調理をし、そして出す。

 まるで、ローダー・パレット上に山積みになった工兵用爆薬の上でその点火器を持たされ、ダンスをしろ、と言われたような気分だった。だが、そんな状況には慣れている…‥筈、

 奴らどものむき出しの食欲は、止まることがない。がつがつがつがつとむさぼり食っている。

 手が止まった瞬間が、デッドオアアライブの分水嶺だ。

──食事を供し続ける。



────がつがつがつ、がつがつ、もぉ、




「………、、!!」




がちゃんが

ちゃがちゃ、じゅわぁぁぁぁぁぁ……




──食事を供し続ける、




────がっがっがっがっ、がぅ、




「……………!」




がちゃがちゃがちゃ、しゃんしゃんしゃん、しゃん、




────かつかつかつかつかつかつ、う゛ふーっ、




──アァ、コリャダメダ。

 


「リィエッタ少尉、補助を」「! ──は、はひっ!」



 黙していた男の援護要請に、リィエッタは即答した。

 男の鮮やかな手際に心を奪われていた少女らの他もはっとなって、──“戦い”の戦線に列伍した。




がちゃがちゃがちゃ、かちゃん、かちゃん、かちゃん、



「ぇえと、火加減ゆで加減焼き加減……ぁつっ!」「くぉのぉぉぉぉぉ……っ!」「──今ので三回、今ので四回、今ので……ぁあーーーっ!?────」



がちゃがちゃがちゃがちゃ、



「…………!」



────がつがつがっがっ、──ほう、ニンゲンにしては…がつがつ、

──────がっがっがっがっ、しゅー、



……食事を供し続ける、



ぐちゃん、ぐちゃん、ぐちゃん、ぐちゃん、



「あらぁ? このカンヅメって、食べていいのでしょうか……」「すっとぼけてねーで、やれ!」「つれぇーっ………しんどぃぇ………」



がちゃんがちゃん、じゅぅぅぅぅぅぅ………



「…………、、、!!!」



────がつがつがつがつがつがつ、ひひぃん、

────────かつがっかっがっ、めぇー、




 食事を供し続ける。




じゃぁぁぁぁぁぁぁ、どぼどぼどぼどぼ、がしゃがしゃがしゃ、



「おいるのなかならどんなむりでもできるのに!」「おいるのなかならどんなようぼうにもこたえられるのに!」「ぇぁぁぁぁぁぁぁぁ……」「督戦の任務は士気の固持にあり、督戦の役目はだれよりも軍役に立つこと、督戦のさだめは………」




「………、、、、、!!!!!!!!」



──食事を供し続け──

 えぇい魔族め、

 仕掛けられただなんて、こうもしてやられたなんて、この借りはいつか返させてもらうぞ────




かちゃん、かちゃん、かちゃん、



「ふぅ、ふう、ふっ、ふぅ……みてろよ……魔族ども……このあたしが………隊の最後の……生き残りが………っ、」



かちゃん、かちゃん、かた、………




「──あ、」




 音が止まった。




「──中佐! タマ切れだァっ!」「────あっ」「あっ、ああぁぁぁあっ」「うぅぅーっ…」




 弾切れ? なんのことだ、ここには火薬弾薬のたぐいは一切────

──そう言い掛けて、男は戦慄した。




 カンヅメ開けを任じたウェリアらの手元に、カンヅメがない。

 魔族らが持ち寄った大量のカンヅメは、全部が少女らの前の不錆鉄の卓台の上に置いた筈。

 しかし同時に、あまりにも魔族の喰う量が多すぎたので一皿あたりに多量に具を盛りかけていた事にも思い至った。




──弾薬欠乏? そんな、そんな!




「キキィ! なんだ、メシはこないのかァ!」


「コッコッコ、これはいただけませんぞ、罪にござるぞ! 期待してたのに!」



 途端に、猿と鶏の魔族が文句を立てて、怒り出す。

 喰った後の他の魔族らも、食い足りないという様子で応、っとその勢いに参入する。しか

も、その背後の部屋の入り口にはさらに多数大勢のおびただしい魔族どもが押し寄せていて、再び殺気だってきて、その矛先はすぐにこちらに向きそうだ。

 そして、犬は……



「! あっ!」「」



 皆が裏切りだと思った。

 二匹と他の様子を見た犬が、血相を変えて部屋から脱兎していったのだ。


「犬の恩は三年、だっていってただろぉぉぉぉぉっ!!?」「そ、そんなぁ……」



 奴らどもを止められる筈の警衛である犬獣兵が、この場から消えた。

──奴らどもの気配が変わる。




 人は考える葦であると誰かが言った。だが、人はその食欲の為ならば、自制以上に無謀となれるのだ。人ならぬ動物畜生ならば、どうか。

 魔族はどうだかわからんが──

 満ち足りない、持て余す食欲を、“こちらへ、向ける”。


 ここにはやつらにとっての、“たべもの”が、あった。




──このまま蹂躙されるのか?




 男も少女らも、一様に恐怖を抱いた。

 この者らは、己達を喰おうとしていたのだ。



 もはや頭を抱えようにも既に手遅れにあるし、如何ともしがたい。これは……


 





──ん?


 逆に利用できないか? この状況を。いやしかし、そんなバカな真似がそう巧くいくとは……いや、上手くいかなくても良い。これは“機会”なのだ。格好の、絶好の、機会。チャンスが今目の前にあった。


 なにせ、くいものならば“ここにあ

る”。どうにでも、できる。


 うまくいけば、いったならば、だ。そのときは、みんなで笑いあうことができるだろう。──少女ら皆が、

 




「少尉、いや、全員に下令する。釜の手入れをはじめろ」


「は?」



 男は半笑いした顔でそれを告げて、リィエッタ──少女らは呆っとなった。

 




 魔族どもが、動いた。

 にじりにじり、と動き近づき、そう広くはない部屋の両岸を、半歩づつ、こちらへの距離を詰める。────そして────





「………」「じょ、上官、どの、?」「…は、」「へ」




──男は、少女らの一歩前へと、歩みでた。




「おい、」


「は、は、い、」「ぁ、」




 それから、問うた。




「肉料理の調理は覚えたよな、」



「は?」「……ぉぃ、」



 もう一歩、男は前へ歩みでた。

──魔族どもの注目が男に集まった。まるで、絶品の“食材”が目の前に現れたかのように。それを見た少女らは息を飲み──まさか、



「君たち、…いや諸君に命令する。今から──」



「は、はぁ────「承伏しかねるッ!」いっ!?」




 わからずに首肯しかけたリィエッタを、ウェリアは遮っていた。




「中佐、いやあんた、アンタは、まさか、をやろうとしているな、そう、まさか、をだ」


「………」「ウェリアさん…?」

 



 悟ってしまった気配で、ウェリアは何かを喪ってしまった者の

表情で、続けた。




「──あたしは喪うのがこわい。喪っちまったモノは帰ってこない──……理不尽な献身を求めるヤツァ糞だが、自己無く献身を捧げる奴ぁ、バカ野郎だっ!」




 後悔に押しつぶされかけている者の表情で、言った。




「だから、やめてくれ、中佐」「曹長、指示に従え」




「やめるんだ、中佐」指示に従うんだ、曹長「承伏、できない!「──不服従は認めんッ」っっ、──……っ、、」




「やめろ!」「命令だァ!」




 問答をつづけるウェリアと男に、少女らは呆然と、慄く表情で見ているしかない。



──だが、部屋の彼岸の魔族どもは突然始まったトラゲディ・オペラに怪訝となって、ぴた

りと動きが止まっていた。



────怪訝となるのにもう一つ理由があった。



 男は笑っているのだ。背後の少女らからは目視できないが、その表情は確かに笑っている。いや、苦笑だった。

 何が楽しいか。何に苦しいのか。

 今目前の魔族どもの動きが完全に止まったことが実に愉しいものであったし、そして背後の──ウェリア先任曹長のあらぬ心配に、本当に本当に苦笑するしかないのだ。いや、本当に、おもしろおかしくて、



 男は、ひさしぶりに“笑っていた”。




「──いや──まさかッ!?」ウェリアさんっ?!」




 そして、ウェリアの心配性が別の方向へと反転して逆の発想に至ったときに彼女が怒号を男にぶつけかけ、隣のリィエッタが驚いたその時──





“────ヤイ、ヤイヤイ、ヤイ!”





 部屋の入り口を占拠していた魔族らが、吹っ飛んだ。

 竜巻の様な旋風がなぎはらっていたのだ。そして、直後に部屋の中も風圧に見舞われた。


 建物の中なのに、竜巻が全てを吹き飛ばす。


 台の上の用具、作りかけの食事、つみあがった汚れた皿、その他諸々──



「な、ん、だぁっ」「キャァアッ!」「ふぐぐぐぐぐぐぐぐ……」



 バリバリ、と風音がつんざく中、ウェリアは訳が分からず、リィエッタは悲鳴を上げ、エミルは旋風のただ中で窒息しかけている。その他の少女らも同様だ。だが──


──男だけが待望として待っていた。その人物の、登場を。





「ヤイ、ニンゲン、」



 旋風は止み、吹き飛ばされた魔族は部屋の前の通路につみあがり、その者の出現に一様に怯えおののいている。

 そしてその者の傍には、先程部屋から脱兎した──否、主君への通報に行った犬獣兵が、忠義深くかしづいていた。



────若く、凛々しい戌の姫が、そこには居た。



「おい、──皿を持てィ!」




     * * *




「…‥‥」「ぁ、ぁああぁぁぁぁぁ‥‥」「………は、は、は、は、…………」「う゛ぇぇぇぇぇぇぇ……」





がつがつがつ、うむ……これはなかなか……



がつがっがっがつ、うむふむ、………これはこれはひい(良い)………



がつがつがつがつ、がっがっがっがっ、かちゃん、…………………




「──ぅまいっ」



 割合不味くはない料理をつくって出すにのは自信があるつもりだった。それによって、すくなからぬ部下たちの歓心を得てきた自負も同じくである。

──目の前の戌の牝はなんだかは知らんが。



「うまいぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォッ!!!!」


「………」「あ、ぁの…」



 ただしかし、その元々の腹づもりが嫌みや当てつけ、ひいては多少の毒を盛ったつもりでこしらえた意図の一皿に、ここまで舌鼓を打たれたのではやんぬるかな…と思わざるがするべきか、




「ヤイ、ニンゲン。奇っ怪なヤツだとは覚えていたが、誠っことに妙なヤツであるなぁ‥‥ごしごし、ふぅ」「恐縮にございます、」「あ、ぁのぅ‥‥‥」「は、は、は、は、は、」「‥‥‥う゛ぅぅぅぅぅぅぅぇ」




 ただ、礼の気持ちは料理で伝えてある。

 なにせ、イキの良い、生きた牛と猪と鶏が、提供されたのだ。

 最初にたかりに来たのはあの犬獣兵が嘆願をしてムチウチ百回ずつで助けられたが、その次に来た連中を使わせてもらった。

 魔族軍全体内での基本規律維持──警務活動を担っているのは戌の将の軍だとも、“戦で疲れていたから役目を忘れてた、下手人の無礼を詫びる”だとかもさきほど聞かされた。なによりも、魔族内では最下級の雑兵──魔物は、それそのものが生きた糧食なのだとも、基本、上級はそれを食しているのだとも、それを男は思いだしていたのだ。

 だから、当てつけだとか怒りのきもちなんざ、これっぽっちとして入ってないだとも。あぁ。


 紅い朱い、血の色の、肉煮込みパスタ三種盛り合わせで、お礼の気持ちはさせていただきましたとも。




 ただ、




「ぁ、ぁぁぁぁぁ‥‥‥……」



 リィエッタは怯えだとか衝撃だとかを通り越して放心してしまっているし、



「は、は、は、は、は、は、は、…………」



 ウェリアは己の考え至った想像がとんでもなく赤っ恥であって白く固まって放心していたし、



「う゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」



 エミルもまた、自分たち翼種と同じ“つばさをもったもの”が始末されて目の前のパスタ・プレートの一部チキン・ブロスになっていることに嘔吐しかけて放心していたし、




 そんなわけで、



「ヤイ、ニンゲン、また供せ。あっ、すぐ後でも良い!」「かしこ承りましたであります」




 赤茄子は、悪魔どもの食い物ではなかったのか…


……男は、次はなにを出せば有効たりえるかを勘案する作業を冷静に開始した。



     * * *


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