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2-1

お待たせしました 本編の開始です






──それから上刻ほど経った後、






ぴちゃ、




「はっ、」




ぴちゃ、ぴちゃ、




「んっ、ぁっ、」




────水気の打つ音が響いている。




「ぅ、んん…っ、ん、うっ、ふっ、」「あ゛、あぁぁあぁぁぁ…っ」




ぴちゃぴちゃ、ぴちゃん



「はぁっ、あっ、はぁっ……」「あっ、ああぁっ、はっ」



少女……リィエッタ少尉らは絶望的な困難の中に居た。

目の前の相手はあまりにも強大だった…──苦しい喘ぎを上げ、吐く息を切らしかけ、それでも与えられた命令を忠実にこなさんとする少女達。

暗く、昏い牢獄のごとき部屋の中で、裸同然になった少女らは身をよじって悶えている。そして身じろぎひとつのその度にその白い肌が蠱惑し、部屋の小さな吹き抜けの窓から差し込む光によって滑りを光らせた。

すすり泣くことを堪えているが目の端には涙がたまり、けなげにひたむきに身体を始末させ、それの処理をする。それもこれも、男の所為によるものである。




「ぅぅうっ、なんで、こんな……」「あっ、はっ、はああぁぁあ…──」




あの後しばらくして、突然男が立ち上がり、自分たちを向いた瞬間はびっくりした──

そして、指令だ、と告げられた時、リィエッタたちは顔を満天に輝かせてよろこんだものである。


それが、こんな!




「んしょ、んしょ、んしょ…──」「んっ、んあっ、ぅんっ…」「チックショ

ー、んだよ! ってぇの…ひゃぁっ」



しゅ、しゅっ、こきゅ、ちゅく、ちゅく、くちゅ、くしゅっ、




鬼畜極まりないことに、幼子に子人や妖精の子さえまでもを男はしごいていた。

──目の前のこれどもらのなんたる巨大さか、なんたる醜悪さか、なんたる強敵さか、それを承知の上での指令だというのか?


リィエッタは思った。

いま思えば無邪気を越えて迂闊だった。次はこうならんぞ、──と。経験に基づく反省の率直な励行だ。ただ、それはリィエッタが一番に苦手とすることだったが。





どさり、と




「どれだけ済んだか?」


「じょ、上官どのぉぉおぉぉぉ………」「あぅう~…っ」


部屋の扉を身体の角で小突き開けた男が、抱えていた荷物の箱やら袋を戸口に降ろしたのはその時である。


男は部屋の扉の前の守衛であった魔族の犬獣兵に礼を告げると、戸惑う相手へ別の紙包みの一袋を押し渡していた。

それから部屋の中の様子を伺い、様子に差し障りがなかった事を確認して、改めて再び、生真面目な獣兵に礼を告げた。



ふぅ、と男は息をついた。

戌の将に借りた獣兵は当たりだった。品行方正にして質実剛健、実直で不正と不良を拒む気質……魔将軍の配下の軍、その戌の軍を伝え聞く内容の通りである。

ただ問題は、なぜか戌の将は、この己に怯えたような様子をしているのだ。さきほど願い出た折りにも顕著にそれがあらわれていて、御陰で不可能

とも思っていた要求が通ったのは良いが、これでは完全な買収が難しいではないか……



しかしそれは本題ではないのを男は承知だった。

目を戻して、再び部屋の中を見渡す。


本来は清潔感があろうタイル張りの壁。それの片面には用具のたぐいが隙間無く埋まって懸かり、その下の不錆鉄ステンレスの卓台の上には、同じく“処理”の実行を命じていた器具などが洗浄されて、すでに整頓されていた。合格である。

そして──広大ではないが確実に狭くはない中くらいの空間の左片辺一方に、使いこなされた物であることは一目で分かるような──粗末な作りと粗悪な色の官給品下着だけの姿になった少女らの姿が、寄せ集まってひとかたまりになっている。



「じょうかんどのぉ、つかれましたでありますぅぅっ………」「うぅうー──…‥」


「ならん、点検はいまからするが、全体の作業は継続する。もちろん、指示の折には伝えなかったが、それに応じた報償は用意してい…──」


「「やります!」」



やれやれ、

僚兵は現金なくらいが宜しい、──となにかの折りに聞いたかどうか、と男はふと思った。

もっとも、そのリィエッタらも悲惨だからしょうがない。

芳うような汗に濡れ、幻臭せんばかりの非物理的な日常体臭の染み込んだそれによって、少女らは色気もはだしで消え失せるだろうような壮絶な半裸である…──のは置いといて、あらぬ場所の隅々まで芳醇を振り纏った

彼女らが束子スクラブブラシを装備に寄ってたかって取り付いて敢闘していたそれこそが、“巨大ビッグで、醜悪フェローな、強敵…性交丈夫ファッカー”、魔族達に中身の全てを食われてから時間が経過した結果残飯が固着し汚濁しきった、元・炊事調理用大釜であった。




ご推察通り、ここは厨房だ。




あれから後、男はまずここの復旧に取りかかったのだ。

その理由はさもあろうが、砦の中の各種施設において、もっとも魔族の手が及んでいない場を選んで根拠地とせんとする考えがそこにはあった。



──しかし奇妙なことに、これだけの動きを起こしていても、まだなにかの反応は魔族からは起きていない。




思考は続けつつ、手に入れた戦果品の中身を改めることにする。


魔族に殺されない程度の用心で砦の中をくまなく巡り、とりあえず必要な物だけの急ぎの調達がうまくいった。

内容物や消耗度などの点検は手に入れるときに済ませていたが、一の行動に対して五回は確認を挟むのが男の流儀であった。

大きい紙袋から中身の紙袋と紙箱を床に並べて、順番にそれぞれの口を開けて広げ、取り出した。




「あっ…、なんだぁ、ディナーセットの粉末ハミガキ‥レモネードですね。好きなんですか?」



‥‥‥



「少尉どの「みろよ、こっちはチョコ・ドリンクだ!」「あっ、わたしがねらってたのに!」「しょーとぶれっどはないのか、マズイです

がこうなればゼイタクはいえませんからね…ないんですか? うーっ…」「イワシのカンヅメ、イワシのカンヅメ……」「あめは?」「ぬがーばーは?」、………」




………けっこう好きだったのだが、




「なー、あそぼーぜー」「あそぼー」「こらこら、上官さんに失礼でしょ、……あっ、すみません、すみません、」「あめー」

「おぃ、フケンコーな顔してんなよぉ、“明るい家族計画”といこうじゃないか、はりきっていこー!」「セクハラだよっ!」「ぬがーばー」

「ふむ、これはふんまつれんにゅうだな、ふふ、ボクにもツキはあるようだ…おぉ、こんなにたくさん!」「あった! イワシ!」

「じょうかんどの、てきのげきはにせいこ

うしました!……ってみんなぁ!?」




…………いけないのだろうか……………




「うーん……ハミガキか……そうなのか……うーん……おっ? なになに、乾燥パスタに携行糧食レーションの肉類缶詰、それから輜重部隊の保管用瓶詰め水煮トマトと、あとは簡易調理用のスパイス・パック…」



「食事だ」



「 ! 」



被害甚大にしてうなだれるがままにリィエッタの詮索に答えた男であったが、その返答は果たして少女らの顔に太陽を再び昇らせるに十分にして求められていたものであった。






………この場の騒ぎを、扉を四分半分密かに開けた魔族が伺っている。





     * * *





固唾を

飲む、とはこのことだろうか、




「「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」」



釜どもはひとつはその中を深い朱の色にドクドクと息づかせ、ひとつは湯が煮えたぎり、湯の半ばほどに沈んだ小麦色の不死鳥を急速に生まれ変わらせる山の噴口となっていた。


これを見る男は、このパスタという食い物が産まれた古里は火山の国であったなぁ、とも思って、──そして麺を引き上げた。



「「「「「「「「「「「おぉぉ………」」」」」」」」」」」」



丁寧にひったくり、器用にぶちこむ、

銀色の大ボウルの中へと生まれいでたそのあざやかな貴婦人を、こんどは朱いドレスに着飾らせる。ソースを合流させるのだ。

「「「「「「「「「「「おぉぉぉお………!」」」」」」」」」」」」




かきまぜるのは、野蛮で、無骨でいい。

そうするとペールオレンジから染まっていく麺の最中から湯気が漏れ出て、それの中へも適切に絡まるほぐし肉の転がり…──を蒸し上げ、目にも訴求する芳味で我々をいっそうそそらせてくれる。



仕上げに、皿に盛りつけるだけだ。


人数分に取り分けたそれは子供でもやや多い位だろうが、我々は永いこと食事を採っていない。それは男本人さえも、はやくかぶりついてむしゃぶりたい位の空腹だった。


──卓台をのぞき込む少女たちの気配は、当然…──




「出来たぞ」


「「「「「「「「「「「いっただき、ま!」

」」」」」」」」」」」




しかし少女らはありつく事ができなかった。

なぜなら男の遮る手が、皿と己との間を永劫かのごとく阻んだのである。




「上官どのぉーーーーーー!!!!!!」「ひどぃっ」「ウソだろ!?」



「その前に、だ」




くいもののうらみにみちた怨嗟の視線を一点に受けながら、動ずることなく男は続けて、




「点呼を行う。各自、自分の所属と官姓名を述べろ」




こうすることは最初から決めていたんでな、

…──と男は嘆息したが、ぽかんとした少女らは遅れて感動に顔を輝かせ、喜んだ──自分らたちを見てくれた。それにこれは、己らが初めてみた、この不器用な上官の茶目っけであるようだ

と思えたのだ。


居住まいを直して、男は少女らに向き合った。少女らも正対した。




「それでは、君。」




「! ぁ、アリス・インクレッドでぁす! 警務隊臨時中尉! 学徒第16期! アンダーセン隊1075隊! 野戦任官! よ、よょよょょょょ……」「アリスちゃん、がんばれっ」



アリスと名乗り出たソフト・ブロンドの少女に、皿の一枚を手渡す。

碧い眼は開ききり、うわずってこわばりきった繊細な声だが、声量は良し、と。




「続けて、君。」



「えみる、はーぴゅれー。早期警戒第三飛行隊補助空尉…もちろんイマは、きみのシキカだね。なぁ、それよりあまいものを…」



翼人の少女には粉末ジュースの

袋を添えて出す。

その髪と同じ色の白い翼をぱたぱたとさせて儚げな少女は怜悧な顔を柔らかく緩めたが、まわりの少女らも物欲しがる顔になったのを見て、男は急いで同品をほかの者らにも押し渡していた。




「君は、」



「ウェリア・グルージット、先任陸戦曹長! 機動歩兵獣人戦隊所属! …──あんた、いいヤツだな、」




手を腰の位置で組む陸軍式起立の姿勢であったその狼獣人の少女は、そう言って悪戯気に笑みを向けた──受け取った小袋を示しながら、


反応が出来ずにそのまま流すように皿を手渡しつつ、男は次のものに目をかける。柳のような気品のエルフの少女であったが、その少女は顔を振った。




「その…私は後でいいので、ち

いさい子の番にしてください、」



「…そうか、名前は。」



「トゥエイル氏族フレーリア、野戦第24近接機動砲部隊先任。宜しくお願いしますっ」




男は肯いた。皿を手に取り、順番に来た幼い子らに渡す為に、柔らかく腰を屈めた。




「君。‥名前は?」



「レイラ。レイラ・アルバート。ムズカシーことはいいよな。でこっちは「かってにこたえるなー! キリィだよ、よろしくオッチャン!」んだよまったく‥、おいオッサン、“さっきはあんがとよ、”」




幼いながらにドスの利いた声でそのレイラとやらは言った。

固まった男の手から皿をひったくると、それぞれはペコペコと頭をこちらに下げるエルフの元へと凱旋

していったのである。



「‥……」



「えはは……──セレナです。テインカービルとお呼びください、それから、所属は機密に附き…──」「カンチョー、つまりスパイなんだろ、オウジョウギワわりーなー」二重に誤解を招く言い方はやめて下さい!!??? ぇえっと、あの、ですね、スパイさんにも悪いスパイといいスパイ、味方のスパイと敵のスパイとがありましてですね、あのその、つまり…」


「軍事探偵、か」


「そう! いやぁーーーー…誤解がとけてよかったぁ…」



はじめから誤解が無いのでとける物もないのだが、とにかく男は、妖精用に盛りつけていた小さな小皿を卓台の上に置いた。



「ふむ、…──あなたたちの

事は存じております。多くの兵が救われました…──感謝します。」



「ぬがーがあれば、もっとやれた!」「あめがあったから、いっぱいやれた!」




「…──本当に、感謝しますっ…──」




その折、鍛冶こびと(ドワーフ)の二人──チルダ、ミリィ──に、男はかしづいていた。

男が慚愧の表情で最大の敬意を表するそのさまは他の少女らを不思議がらせたが、儀礼の向けられたその二人だけが、その者の情と思いを、ほかのなにものでなく、自分らと共の思いなのであると…──静かに分かち合った。



「…─あの、宜しいのですが、」



頭上でかけられたその声に──はっ、として、男はあわてて皿のふたつをドワーフに渡し

た後に仰ぎ見た。



「………、」



神妙な面もちの少女がそこにいた。

──その雰囲気をみて、他の少女らも固唾をのむ。

蒼い髪に蒼い瞳、白い肌との対照が、水の女神を思わせる少女である。

その少女が、憂いの顔で男を見ていた。




「あの、」




気配が、動いた。

水のたみびとの少女は男をみて、白魚のような細い指を、そぅ、っと指した。


──男は全てを見ていた。

指の指す先が、落とされ、向けられる対象が変化する瞬間──そして、その指がゆっくりと向けられたその先を、男も、皆も、その者も、確認し──






「このカンヅメ、いただけません?」








そして、ずっこけた。







………なんだよカンヅメってぇっ! おまえー!」「リェイアちゃぁん、ひどいよーっ…」「は、あはは……」



レイラの言葉はこの場にいた全てのものの気持ちを代弁したものであったし、リィエッタとセレナの吐露もまた同じくであった。なったが、再び復帰しつつ、男は卓台の上のカンを手に取っておもむろに渡していた己に愕然とし、受け取った水たみびとの少女もまた、絢く笑顔でそれに答えていた。




まぁ、それはともかく、




「‥………、」




ふんふん、と息をならして、最後の褐色髪の少女は己の番を待った。

残されているのは己だけしかいない。フレーリアも皿をうけとったし、はやくたべたい。


たべたかったが、いつまで経っても…呼ばれない。



「…………」



「‥………、」



「………」



「……‥、上官どのっ!」



言われて、気がついたかのように男は皿を少女に渡した。

だが、なまえをよんでいない。




「~~~~~~ぁ」




少女は愕然としたかおになって戦慄し、すわ戦友奄護の崩壊か、部下上官の終了か、それとも主従兄妹、もしや主従夫婦の三行半なのか、と怯え苦しみ慄いた。はじまるまえにおわってしまったことへのしょっくによってまっしろな灰になっていたのはその次の瞬間である。




されど、その実は違っていた。

男は、感慨を得ていたのだ。


僅か数刻前でのあの一連、あの出来事があったばかりだというのに、自分らはこうして飯にありつけた。その事への、ひとまずの感謝を捧げていたのだ。



それに、聞かなかった理由はもうひとつある。

少女の──リィエッタの名はすでに知っているからである。














‥‥‥──部屋の中の一連を、魔族のものらが伺い合っている。





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