1-4
鼠に表情はなかったが、唖然とする魔族たちの驚愕は続いた。
ドゥーゲは血を滴らせながら、言った。
「ふぅ…っ、──見たよな! これぞ連合軍人の熱血猛勇精神の注入である──我らは人類。亡ばざるども正義にあらずとならば、存外のけじめは己等でつけてくれよう。もちろん我ら将校団も例外ではない。おまえたち!」
「「はっ!」」
「剣を持てェ!」
「「ハァッ!!」」
「やれ!」
「「ハッ!!! ──‥ッ」」
どぷっ、どすっ、
──「「ぎゃぁああっ!!」」──
──続けざまの光景も、いよいよ理不尽である。
ドゥーゲが手に持つ剣を従卒の二人に放り、手に入れた従卒たちは、順番に、互いを刺し逢って、死んだ。
ドゥーゲの目前に、六人分の死体が出来た。
ここまでの光景が繰り広げられた時には、それを見た魔族どもは愕然とし、魔将軍たちさえも、鼠をのぞいては唖然と戦慄のただ中にいる。
だが、ニンゲンたちの理解は違った。違ってしまっていた。
…──魔族めらに一矢報いんとす。許し難きにして、なせることは──
「ぃ、ぃ‥…──」
戌の将はもはやただの牝の戌だった。
恐怖に意識を奪われて力を失ったからか「ちんちん」の格好でへたり込んでいて、露わになった前の急所を失禁に濡らしながらつちくれの地面へと飲ませている位である、
そしてドゥーゲの一瞥が己に向いてい
るのに気づいた瞬間、迸った熱血で自らを濡らしたその姿に悲鳴した。それを聞いて、魔族でもおそれの感情があるのか、と新たな発見を老将は得た。
「諸君!」
老将は吼えた、死体から、剣を抜きながら。
ニンゲンたちはそれを聞いた。
「諸君ら! ──死のう!」
ドゥーゲが吼えたとき、そして人間たちの顔がそれを肯いたとき、魔族たちはいよいよ目の前の者等への恐怖をかくしきれなかった。
──次に剣が地に立てられた次の瞬間に、人間たちの自決のなしあいが始まっていた。
「ぎゃあぁあ!」
「あっ‥…あぁああぁああ!」
「おかぁさぁあん!」
「ヤァーー!」「ギャ!」
「アガァアッ」「チ、チクショー!」
「グワッ」「いやぁああああああああああっ!‥」
「ヒィ、‥‥おおおおおおおおおおおおおおおっ」「ギャハッ」
「おおおおおおおおおおおおおおおっ! ──グフッ」
「エイヤァァァァ」「連合軍に栄光あれぇぇっ!」
「あああ‥あああああ‥」
あぁああああああああああッ!!!!!!!!!
僅か一本きりの剣を巡って、取り合い、奪い取りあい、そして手に入れて、自決をする。
──河は越えられた。
呆然を保つのみで、それだけが精一杯の男だった。
「しょ、しょうぐん」「将軍、将軍が、」「な、なんてっ…」
「将軍は乱心なされたので
はない、敵の甘言に惑わされた反動分子どもの成敗を執り行っておられるのだ。頭が高ぁい!」
僅かに否定する兵士もいたが、先任将校たちがそれらを封じる。
「──我らの“命令”に背いた者は、即ち、神への背信者と見なす!」
そのことばが放たれた時、尋ねた兵士たちは静かになった。かわりに据わった顔つきになって己の覚悟に没入し、次の瞬間には剣の奪い合いの中へと入っていった。そして絶叫と悲鳴の中で、死んだ──その光景をみたことで、ようやく男は我に返った。
大前提がある。
如何に怯えようとも、如何に怒らんとも、如何に諦めようとも、…──亜人達に、人類が魔族に敗れたことを認める者は、いない。
亜人達は、誰よりも懸命に戦い、そして死んでいく。それは何故か。
魔族は自らたちに背いた亜人という存在を許さない。故に苛烈な報復を畏れての、やぶれかぶれの敢闘なのだと士官学校では教えられた。
だが、それが違うことを男は知っている。
自負があるのだ。プライドといいかえてもいい。己等が魔族などではなく、人類の、人間であるのだということ、その自負と誇りがあるのだ。
それは彼らの正義と言い換えてもよかった。神への忠誠は、人類社会に忠誠を誓った彼らにとって、その第一の前提となるものなのだ。
それ故に、それを問われた彼ら彼女らは‥──
今まで停止していた脳の思考が急速に回転しだし、目の前の
現状を自分の中でどのように処理すれば良いのかを駆けめぐらせる。
おびただしい後悔、取り返しの付かない絶望、
そしてその結論は、目前の現在を肯定しない、というものが次の瞬間に導き出されていた。
「‥──そこの子供ォ! そなたらは先任の潔い散り際をみなかったのか! 先任士官の献身を忘れるなっ。グズグズするな、はようせぇ!」
背後でその声が聞こえたのはそんな時だった。
「ぁ、あ、あぁ‥」
「さぁ、どうする! さぁ! 」
鉄火の如き先任の前で、あの少女らが怯えていた。
悄然としたさまで、怯えながら立ち竦み、目に涙をためて承伏しかねていた。
されど先任はさらに自決を促すばかりで、悪鬼のようなその顔面には、少女たちへの容赦の一切はなかった。
──男は見抜いていた。この先任は恐怖をしているのだ。
既にこの場の大勢は、死ぬつもりになっている。
理性の河を越えて、この場の己たちを凡て火葬せんと炎になっている。轟々と、それが燃え上がっているのが今だ。
それを判っているから、この先任は、自分の一分一秒のために引き替えにする腹積もりなのだろう。他のなにものでもない、自分より階級が下の兵士の命によって!
されど、男は顔を背きかけた。
確かに、自らが連合軍の士官である男にとってはなおさら唾棄する思いでしかなかった。許すつもりなど、これっぽっちとしてない。
だが、こんな連合軍の実状なんてのは、自分が指令部勤務だった頃からとうに知った事だ。何度もなく、思い知らされてきたことだった。こうなる原因を放置してきたのは、紛れもなく自分にも一端がある。
なにより、自分になにができる? 今、この状況を解決できる方法があるというのか?
そしてなにより──自分は、助かってしまった人間だった。
今回の作戦において、男らの部隊に与えられていた任務は各部隊間同士の指揮連絡伝達における各種中継支援である。
そうして前線拠点の一つで勤務していた男は、戦闘終盤の、指揮中央系統の要員の脱出命令に背いて殿に当たった。施設の死守のため、脱出が許可されなかった部
下たちを見捨てられなかったからだ。
…──そして最後の日の晩、男は捕虜になった。
おおかたの友軍の離脱は完了し、戦域に終盤まで残っていたドゥーゲ大将ら第二軍団本部部隊の通過も確認して、自分たちも脱出の準備に懸かっていたところを敵の特務部隊に襲撃された。
最期まで残っていた部下達も殲滅され、自分だけは魔族の流儀通り、彼らの戦果証明として捕獲されたのだ…──捕らわれる間際に自決を試みたはずだったが、治癒魔法まで使って生き延びさせられている。
男の手首には、その烙印が押されていた──
資格がない、男の自己はそうだ。
「──っ」
バチン、
その音が聞こえた時も、まずは男の
中はそうだった。だがその音の所為の大本を見て分かった時には、男は、腹の底からなにかのエネルギーが湧いて出てくるのを感じていた。
「──…ちゃん!」
「ぁ、ぁ、ぁ‥…」
「この、死に損ないが!」
先任が、少女を張ったのだ。
張られた少女ははたきだされて、泥飛沫と共に地面に転がされていた。
──先任が、追い打ちをかけようとした瞬間だった。
「やめて!」
やられた少女と先任の間に、仲間の少女が割って入っていた。腕を広げ、盾になろうとした。しかしその子供も続きざまに先任に張られて宙を舞った。
その光景が男の目の中に入ったのがこの時だった。
そうだ、と男は思った。思い出していた。
なにも、自己の犠牲や献身だけじゃない。
男にとってなによりも大事だったのは、なかまたちの協力と努力の上に、自分自身も戦い抜いた、その事実だからだった。
部下達の、一人一人の表情が男の脳裏に浮かんでくる。そして、消えていった。…──自分だけが生き残ってしまったが、だが今生きているのも確かだ。まだ、死んだわけではない。殺されたわけでもない。
ならば、生き延びたことになにか意味があるはずだった。
…──なら、
「刃向かうのかぁッ! ならば…」
おい
「なに、? なんだ貴様は…──」
鉄拳を見舞っていた。
なおも仕打ちせんとした先任の横顔に、ふりむきざまに打ち込んだ!
嫌な感触に自分の拳が触った事には男は苦々しかったが、少女たちは予想もしていなかった光景に出会って驚くのが遅れて、次いで吹っ飛んだ先任が地面に転がったとき、狂乱は止まって、人類と魔族たちは呆然として男をみていたのだ。
──この場のすべてが、男に注目していた。
しかし男は眉根一つ動かさず、そのまま振り上げた拳を拭いながら歩きだし、衆人の環視の元、魔将軍…‥子の将と戌の将の内、片方を選んで、その前で直立した。
それは少女たちから見たとき、まるで男が、自分らのことを守るかのように、脅かそうとしてくるものたちとの狭間に割って入ったかの如き瞬間だっ
た。
「将軍殿、」
「ぃっ、‥──な、なに?、なんだ、なんなのだぁっ」
「要求があります」
「‥──は?」
男が選んだのは戌の将であった。
怯えふためく戌であったが、直後には尋ね返していた。
それを前に、直立不動の儀礼を執った男は、続けて言った。
「我々を原隊の編成と構成のまま、迎え入れていただきたい。
捕虜の管理と厚生に寄与する観点に当たり、不適切なものではないと本官は進言します」
「な、なにをいっているんだ」「──聞かせてもらおうか、」
戌の将は男の話した内容が分からず、ぐるぐるとした目になって爆発してしまったが、かわりに子の将が続きを促していた。しか
し、その前に注文をつけた。
「意図は?」
男は見えない手で顎をしゃくりあげ、言った。
「第一に、戦闘は終了しております。
連合の士官なので証しております。昨日付けで、我が方の決戦作戦は停止されているのです。観念的だとか、精神的な論によるものではなく、事実に乗っ取った意味の次元でです。ですので、」
「さすれば受け入れる、と、忌まわしき魔族の軍門を、」
「正式な手続きを踏まえた武装解除、と申し上げさせていただきます。ですが、その通りです」
「ほぉ‥「む、むずかしいはなしをするなぁっ!?「戌、黙れ」「きゃんっ」
無駄吼えを吼えたてる戌の将をけっとばしつつ、鼠は嗤った。
「──そんな権限がおまえにあるのか、」
「地位相応には、」
「ならば、ニンゲン、階級は?」
「中佐にあります」
会話の内容を理解しているわけではないのに、その断片だけを漏れ聞いて、おぉ‥…──、と人類たちの側からどよめきが上がった。
この時ドゥーゲが男を一瞥し、男も目を向けた。そして、互いの再会の瞬間であり、互いが互いを値踏みした瞬間でもある。
その無言の応答を見やった子の将は、目の前の者が詐称で身分を言ったのではないことを察した。
「わ、わ、わたしはっ」
しかし訳がわからぬままの戌の将は混乱のまま、噛みついてしまった。
「もういい! なにをいっているのだ、わかるように
はなせぇ!」
「保護をもとめる、ということです、」
この男の言葉に戌はきょとん、として、人類たちは怪訝し、それは次の瞬間で決定的となった。
「──我々連合軍の兵士は、国家間の戦争行為に基づく交戦の結果、貴軍が得た捕虜とみなすことができる。従って、我々は貴軍の保護を求める!」
…男はそして黙った。
反応は、人類たちは息が止まり、魔族たちもまた、そうであった。
しかし魔将軍たちはじっと男の顔を見、人間たちの側も、ドゥーゲ将軍とその周囲は、観察に徹した。
ただ一匹、黙っていられないのがいる。鼠だ。
「ほう、ほぅ、それではニンゲン君、大将がおられるにも関わらず僭越した君
が、なにをなせるとでも、」
「狂った人間に偉いもなにもありません。軍の階級とあらばなおさらです。正気の残った上級がいる、それが全てです。」
「ならば、問おう。」
鼠が鳴く。
「──偉いのは、人間か、魔族か。」
「将軍殿、自分は、連合軍の一、前線士官にしかございません。
それ故、将軍殿がおっしゃられる言葉の意味は自明かと、」
「ほう?」
男は呑み込みかけ、それから発した。
自らの選択は、こうなのだ。
「第一に、我々は貴軍が得た捕虜にございます。すなわち、あなたがたの権力下に、既に我々は統制されている。
第二に、統制が及んでいる部隊の収容によるとき、この場
合、軍組織の階級を持つ我々に適用するなれば、…つまり、階級が将軍殿より下の本官は、そしてその部下は、即ちその時から将軍殿の隷下なのであります。
…
そしてェッ!」
カッ、っと男は気をつけ、の姿勢、それから最敬礼の姿へと居住まいを変えて、
「連合軍は、魔族軍に敗北したのであります!」
────ハハッハハッハッハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!
──気でも狂ったか、純血!
──魔族なんかに、魔族なんかに、おまえはそれでもニンゲンなのか!!
──裏切り者、人類の恥曝し!
──死ね、くたばれ、神がおまえとその家族を許さない
だろう!!!
──ああ、かみさま!
──地獄に堕ちる罪を、おまえは今、犯した!
──じぶんだけたすかるつもりなのか! 許さないぞ!
──うらむではゆるされない、呪ってやる!!
──天罰を! 天誅を! 鉄槌を! あの裏切り者に!
──神の御名をもって、私は貴様を──
やかましい!
「ッ」
──神の雷が、降り落ちていた。
怒号と罵声が、人類たちの男への返答である。
嘲笑と卑賤が、魔族たちの男への回答である。
ならばそれへ、天雷が落とされた。
砦の中庭に青白い放電が凪がれて、電撃の激流に、すべてのものが見舞われた。
たちまちに魔族どもは怯えかしづき、人類どもの
一切も悲鳴した。
しかし、まるで生きているかのように自分を避ける電流の、その超常のただなかの男が暴風の空を仰ぎ見たとき──その者と“目があった”。
雲が静止していた。
砦の楼閣、その露台、見渡しだ。そこにいるそれが、男を見ていた。
──男は、導かれるしかなかった。
「ひ、姫殿下さまぁぁ」
鼠も怯え、すくみ伏せているほどだ。
姫殿下? なら、あれが魔王の娘? もしやすると…──まさか、
“もうよい、ほかはどうにでもせよ!”
その声は、男にもはっきりと聞こえた。
魔族たちは畏れかしこまると、狼藉もわすれて人類の兵士たちを取っ払っていった。
呆然とするしかない男だったが、しかし何も出来なかった。
彼らが守ろうとしたものを自分がまもる。
彼らがまもれなかったものを、自分が守る。
「…──自分はっ! 連合軍士官としての義務と責任を、最後まで放棄しない!」
叫ぶのがやっとだった。だが、遅すぎた。
呆然と、男はそれを見送るしかなかった。
全てが終わった。
雲はさらに和らぎ、黄昏の色に全てが包まれている。
風景に降り注いでいた雨もまた、あがっていた。
なぜか、男だけは連れて行かれることがなかった。
理由はわからない。いや、分かることができないものだろう。それが魔族というものだ。
だが、だけども…
──希求された最小の犠牲とその破綻、か。
泣き出したくなるような感情を腹の底に得つつも、それを堪え、男が残された己からも背こうとしたときだ。
「あのっ」
「──‥、‥…‥─‥?」
‥──振り返ったすぐそこに、少女の一人が半歩、進み出ていた。
一身不動に、男へと儀礼の姿勢を示しているが慣れきった挙動ではない。そして泥だらけになったままのショートの癖髪を跳ねさせて、おおきく唾を飲み込んだ。
背格好の足りない少女はこちらの顔を見上げる形で、そちらの方からは絶対に顔と顔同士が合うように目を向けていた。だが、その意図が男にすると分からない。
なにより、こちらへ向けている大きな琥珀色のその瞳が、全くの無垢で、あたりの光を受けて生気のある輝きを帯びていることも、ここに自分以外の人がいたことも、まるで不思議で奇妙だった。
それが、あの同便の馬車の者であることに気づくのはしばらくかかった。
男が、初めてその少女の顔を直視した瞬間だった。
「じょ、上官殿、質問がありますっ」
「…‥所属と官姓名は、」
「! だ、ダーリエン市遠征大隊攻撃魔導士中隊C小隊所属、リイエッタ、アーネルソン特技少尉でありますっ! ぁの、自分は…」
減点1、運動場三周と基礎体練三回。訓練校の教官ならそうしている。
だがとっさに儀礼通りの答礼をしてしまったのを、そのことを後悔する
前に少女の返答が始まっていた。
‥改めてみると、子供というにも幼い印象の少女だ。
その目前の茶褐色髪の少女は、聞かされるこちらが気抜けするほどの幼い声で、自身の所属と階級をたどたどしくそらんじながら、男をはっき、と見つめ続けている。
その顔はよそ見をせずともよく見えた。見させられているから当然だが。
この場に起きた全てが信じがたい様な…──自分たちの運命の変化に驚愕としていて、そして自信を得れていない若者の顔持ちをしながら、男がもどかしくなるくらいの、真摯な目でこちらをみている。
目を離さないでいる。ずっと見たままでいる。目が離れない。こっちをみたままだ。
(…──‥)
多少怖くなって、少女の顔から男が密かに目をそらした時、他の少女らからも…──いや、少女達全員から自分へと目を向けられていることに、男は気づくしかなかった。どう目をそらしても必ず誰かと目が合うのだから当然だ。それより、他の者がいる事にも不意打ちであった。
それらは目の前のリィエッタ少尉とやら殿の背後で、律儀に丁字整列までしている。
まるで追い込まれるかのようであったが、全員が男になにかの、なんらかの自分の感情を伝えようとしていて、その目は真剣にこちらを捉えている。男はなんとか、それは理解した。
「ぅうっ──…あぁああの、自分は! 自分たちは! 「少尉」‥は、はァイッっ!」
だから、言い出そうとする言葉の一
つがどうしてもリィエッタの喉元でつかえかけた時、遮っていたのは男だった。
「っ」
リィエッタは目を慌てさせながら、それでも男の目を見続けた。
「‥」
「楽にしろ」
「…‥は、」
「少尉以下の、君たちもそうだ。皆、楽にしていい。休憩だ」
男は言った。
そして背を向けた。それきりと思って、地面に胡座をかいた。
「‥…‥」
まだ背後では少女達の気配がこちらへと向いているが、そのことは知らんぷりした。遠巻きにこちらを観察する魔族たちのことも、へたれこんだまま、こちらの様子を呆っと見ているだけの戌の将にしたって、あわてながら砦の中に入っていくそのほかの魔将軍どものことだって、どうだっていい。
そして、声のないため息を漏らした。
…このままこのジャリどもとにらめっこをしていては、自分がどうかなってしまいそうだった。質問なんぞ、最初から締め切りだ。
第一、自分は生来から、こうした子供の相手は苦手である。慣れるものでも、そうなかった。
だから、体よく打ち切ったのだ──…と男は締めた。
そうだ、休憩なのだ。
どうせ、あの忌々しい問答とにらめっこをやりあった直後であったし、疲れ果てた心が、なにもかもを拒絶しかけた。たったさっき己が取った行動というのも、今思えばナンセンス極まりない。その証拠に、けっきょく大勢を奄護することには、ならなかった。
それに、と男は考える。
「‥…──‥」
俘虜とされること。それが、いったいいつまで?
‥咄嗟にああしてしまったといえ、そしてこうなったからといって、どのみち此方に明日はないのだろう。
だからこの瞬間がどうなったからといって、少なくとも男は、あの世へと旅立たせられるまでの余り時間が、多少のびただけと思うのみだった。そうした自分に付き合わせてしまった格好の、それを与えられた少女達を不幸であらん、とも思った。
このときまでは、まだそうだ。
* * *