謎の在校生
下ネタ注意
目を覚ました俺は、指輪にため息をつくとあらためて周囲を確認した。
何故か、穿いていたトランクスは脱げていた。
「まさか、そんな所に!?」と恐る恐るMYサンを確認するも特に異常は見られない。というかチ○コに魔王封印とかいう発想しちゃう俺はエロゲのやり過ぎかもしれない。
ともかくもトランクスを穿こうとした俺はそこで初めて気が付いた。
穿こうとして引き摺り上げている右手、何故か引き摺り下ろそうとしている左手。
バランスを崩し、色々な面で無様な格好で床に転がる羽目になった俺は、なんとか片手でトランクスを履き、あらためてマジマジと左手を見つめた。
手首と肘の間、禍禍しいとしか言いようの無い円と文字らしきもので構築された乾いた血の色をした印が付いている。
皮膚の表面ではなく、まるで黒子か痣の様に皮膚の内側にある。
俺の手なんだから当然のことと言えば当然なんだが動かそうと意識すれば動かせるものの、余り考えずにいると何故か勝手に動いて下半身を露出させたがる。落ち着いたかと思うと右手で抑えなくては抑えきれないほどの強い力で唐突に動いたりもする。
良くあるフィクションの様に暴力や破壊や血を好むのも困りものだが、社会的地位や世間の目を考えると同等かそれ以上に今の状態にも問題がある。
気付いたら下半身丸出しのフリ○ンだったり、ファスナー全開で「デローン」と家出息子状態になっていたら目も当てられない。
「こ、これが封印された魔王の欠片の力か!」とシリアスにさせてもくれないのだ、酷い話だろう?
あの世界はエロゲテイストの世界で、ビッチ系の魔王だったのだろうか?
俺の下半身を露出させようとするだけならともかく、他の男の下半身まで露出させようとするとかだったら、俺の人生は終わったようなものだ。
修学旅行とか行くのは完全に無理だな。
人の家に泊まりに行くとかもアウト。
貰った指輪とあっちでのニート待遇だけじゃ割りに合わない。
こうして俺の平穏な日常はその日をもって終了したのだった。
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露出狂OR同性愛痴漢OR真性精神異常よりは厨二病の方がマシだろうと、その後の検証と諸々の諦観から俺は左腕に包帯を巻く様になった。
唐突に強く動き出す左手を抑えるのを正当化するにはそれしか無かったのだ。
忌避されたりあるいはもっと酷いことになりそうな変態やキ○ガイに見られるよりは、軽蔑されたりしても苦笑や蔑笑で済む厨二病に見られた方が社会的に死なずに済みそうだろう?
人生的にはどうか分からないけれど……。
パッと見入れ墨、よくよく見るとラノベやホラーに出てきそうな封印の紋章を隠す意味もある。
入れ墨ならまだ「痛いヤツ」で済むが、あまりじっくり見られると外的手段で体に付いた印で無いことが判ってしまう。
皮膚の内側から痣とかでは有り得ない精密な図形が浮かび上がっているのだ。
考え過ぎかもしれないが、異世界なんてものが実際にあったのだ。
変な秘密結社やら謎の組織やら国家の暗部なんかが実在している可能性が無いとは言えないし、マッドな医者や科学者や宗教家が居る可能性はもっと高い。
必死で隠す正当性も厨二病なら得られるのだ。
俺の精神ダメージと引き換えにナ…………。
新学期、夏休み厨二デビューを果たした俺を見るクラスメイトの視線は悲しくなるくらい優しかった。
真剣に忠告してくれたり、心配してくれたりするヤツまで居て、それを厨二的な対応で跳ね除けなくてはならない俺は内心血涙を流していた。
近藤君忠告感謝、でも無理なんだ……青木君、実は熱いヤツだったんだな……みんな本当にありがとう……。
その後も色々あったが左手と唐突な言動以外はさほど変なことを言わなかったため、結局クラスを含めた周囲は「生暖かく見守る」というスタンスで落ち着いたようだ。
痛い、痛いよ、その優しさが痛い。
たまに遭遇する余所のクラスのヤツみたいに、馬鹿にしたり蔑んだ目で見てもらった方がマシだ。
自分でも「痛いヤツ」だと思ってるんだから。
俺だってやりたくないよ、こんなこと。
でも左手を放置すれば待っているのは暗い未来だけ……。
油断すれば即アウトになりかねない。
人生からログアウトするのはまだ早いと思うのだ。
傍から見ると厨二病の演技にしか見えない状態で左手を必死に抑える俺は、本当に必死で社会的死亡を避けるために日夜戦っているのだ。
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そんな俺の厨二な日常に変化が現れたのは9月の末、物見高い余所のクラスの連中が俺に飽き、クラスメイトも落ち着いた頃だった。
ざわざわと廊下がなにやら騒がしい。
俺とかに対するネガティブな騒がしさと違う、アイドルだとか有名スポーツ選手だとかに対するポジティブな騒がしさ。
御厨薫子、ウチの高校の現・生徒会長にして、在職中、任期途上にも関わらず「史上最強の生徒会長」と言われているお方。
最大の功績は歴代の生徒たちを苦しめてきたマラソン大会を、PTA、一部教師を味方につけて「校外学習」と言う名の遠足に変えたことがあげられる。
「天は二物を与えず」なんて言葉は持たざる者の負け台詞なのだと実感させられる文武両道にして外見・家柄・性格までいいという完璧超人の実例。
遠足の際に見せたネゴシエーション能力に加え、文化祭等のこれまでの校内各種イベントで見せてきた発想力に企画力、無意味に細々としていた服装規定を全校集会で意見を集めた上で生徒の要望を組み入れて改正しただけでなく、その一方で式典や他校との接触、来賓、来客時にはきちんとした身だしなみで対応するという礼儀を周知させて教師側からの支持も得るなどの調整力まで持っている。
「優秀な生徒」の範疇に留まらない有能ぶりである。
なんとなくの禅譲に近い形で、一年時に生徒会に属した人間が二年時に会長に立候補して、事務的にその職務をこなしてきた流れを、一年の時に生徒会長戦に立候補して当選した上に、その実績で二年時に再選されるという「いい子」に留まらない行動力まである。
ま、一言で言えば俺の対極の人間だってこったな。
どう控えめに振舞っても一般大衆には埋没出来ない人間だとも言える。
広いスペースに大勢ごちゃごちゃと居る状態でも、そこに居るか居ないかが一発で分かる。
あっちの世界で会った王様なんかよりよっぽどカリスマがあるのだ。
そんなお方がウチのクラスのドアから入ってくると、なんのためらいも無く俺の方へと歩いてきて「はじめましてかしら、麻生くん。急な話でなんなんだけど、あなた、生徒会に入らない?」と言葉の形をした爆弾を投下してくださいましやがりました。
美人生徒会長の鶴の一声で生徒会入りなんて、難聴系朴念仁ラブコメ主人公か、軽薄偽装系腹黒男子か、純朴系気弱美ショタにしか許されない事態じゃないですか?
厨二偽装系モブ男子に許されざるシチュエーションでしょう。
この後に待っているのは、殺されるか、戮されるか、鏖されるかですね?
しかもこの生徒会長が近寄ってくるにつれて、俺の左手が比喩表現無しに疼きやがるんですが、これいったいなんなんでしょうか?
ズキン、ズキンと酷い火傷をした時に脈拍ごとに痛みが疼く様な感じ。
近付けば近付くほど疼く。
その疼きで頭がいっぱいになってしまった俺はブルブルと震える左手を右手で押さえながら思わず叫んでしまった。
「それ以上俺に近寄るな! 貴様、何者だ!」と。
何者も何も生徒会長様だってのは分かりきってるのに、本当、何を言ってるんだ俺は……。
終わったな、俺の学校生活。
明日からは全校生徒、教職員が俺の敵だ。
疼きと落ち込みと混乱でいっぱいいっぱいの俺は、生徒会長の唇が笑みの形に釣りあがっていくのに気づかずにいたのだった。
文章の長さは毎回バラバラです