99:接近遭遇
この章から文章が三人称に切り替わります。
詳細は、活動報告をご覧下さい。
「左の森から、正体不明の何かが急速に接近中! それも複数だ!」
のんびりとした旅気分を突然打ち消すかのように、突然和也が前を歩く仲間たちに向けて警告を発した。
イオナを初めとする和也の仲間達は、一斉にそれぞれが自分の武器へと手を掛ける。
雑談をしながら歩いているように見えて、和也はずっと半径五百メートル程度の範囲に感知スキルで網を張っていた。
とは言っても、アーニャやメルのガールズトークに適宜突っ込みを入れたりしているのだから、全神経を感知に振り向けている訳では無い。
その分だけ感知の精度は落ちているけれど、それなりに大きな生き物が動いている事くらいは判るので、周囲の警戒に大きな支障は無い。
その警戒網に、何かが引っ掛かったのだ。
和也たち一行は、目的地のエスタシオ王国とは国境にいくつかの小国を挟んで隣り合うフジノ公国の手前にある、ミカワ王国の東側へと差し掛かっていた。
キトラを出る際にジエイから聞いた話では、かつて和也の仲間であったハイドと思われる人物が、もう一人の謎の女性と共に石の花の中へ消えたと言う場所が、ミカワ王国の東端にあるトコハ辺境領の山中なのだ
お約束のように高い城壁で囲われた道中の都市へは極力入らずに、和也たちは野営を続けてここまで来ていた。
必要最低限の補給もせずに旅を続けるというのは、都市での生活よりも文化的であると言う実情はさておき、冒険者ギルドに対して合理的な言い訳が立たなくなる。
そんな訳で、キトラを出てから一回も都市部に立ち寄らなかったと言う事では無い。
しかし、それは必要最低限の回数をクリアしていると傍目から見える程度に、と言う事になる。
和也たちは、ミカワ王国の東にあるトコハ辺境領の手前まで来ていた。
街道は山裾を回り込むように湾曲していて、進行方向の左側に森の斜面が広がり、反対側である右には僅かな草地と緩やかな丘陵地が広がっている。
そしてその丘陵地の先には、街道からは緩やかな斜面に遮られて目にする事は出来ないが、広大な内海が広がっている。
彼らが内海の北回りのルートを選んだのは、南側を広大な内海が覆い尽くしていて、その先にあるのは人跡未踏の地であり、それは頂上が絶えず雲の中に隠れている程に標高の高い山脈のせいであった。
その山脈は内海の水平線の向こう側にあってさえ、山頂を見通す事が出来ない。
間違い無く、雲の上に隠れている部分の標高は一万メートルに限りなく近いのだろうと思わせるだけの偉容を、見る者全てに見せつけていた。
そんな地形的状況の中で、和也の感知スキルに引っ掛かったのは、人に近い大きさの何かだ。
彼は、向かってくる対象に向けて感知スキルの精度を上げた。
「おそらく人か、それに近いサイズだ。 数はおよそ二十と言ったところだな」
要点を絞って、必要な事だけを短く伝える。
相手の数が複数から凡そ二十へと変わった事で全員に再び緊張が走ったのを、和也も視界の端で捉える。
群れを成して旅人を襲う魔獣の類いは、和也が知っているだけでも何種かある。
その中でも、総数二十にも達する集団を形成して狩りを行うのは、人間の盗賊を除けばゴブリンやオーク、そして狼型の魔獣くらいだろう。
街道には、前にも後ろにも人影は見えない。
キトラから内海の北側に沿って東へ向かう街道は、途中で一旦南へと向かった後に内海沿いにあるミノスと言う国を出た処で、二手に分かれていた。
一つは険しい山あいを抜けてフジノ公国へと到る街道、もう一つが和也たちの選んだ内海沿いを緩やかに南下してから東進する、比較的傾斜の緩やかな街道だ。
ここで、旅人の中でも少なくない割合が険しい山道を選んでいた。
その多くが獣人を含む亜人たちであった事を、和也は覚えている。
和也たちが向かうトコハ王国は人間至上主義が幅を効かせていて、そちらのルートを選ぶのは人間の旅人か、或いは体力が無く山道を選択できない老人や子供連れの亜人たちだった。
そんな訳で、和也たちのペースに合わせてトコハ辺境領を経由する街道を同行できる旅人は無く、彼らは何時の間にか後方へと離れていた。
無関係の人達を巻き込む恐れが無い事を確認して、和也はホッと息を漏らして、後ろに振り向けていた視線を前に戻す。
そして再び意識を集中させ、和也は感知の精度を上げてみる。
既に接近中の何かは、森の斜面を街道まであと数十メートルの距離まで近づいていた。
そこで、和也は僅かな違和感を覚える。
まず、反応しているのがアクティブスキルの『気配感知』だけである事、つまりパッシブスキルである『危険感知』が反応していない事、そして何より相手の動きが、一気に和也たちの方向へ真っ直ぐ向かって居るという動きでは無い事が、その理由であった。
精度を上げた感知の結果を、和也は仲間たちへと静かに告げる。
どうやら相手の進行方向に、偶々和也たちが居たと言う事のようだ。
「先頭の二体は、後方の十八体に追われているみたいだな。 それに、体が追っている奴らに比べて、少し小さいようだぞ」
和也の感知した事を具体的に言えば、後方の集団から少し離れて先頭を行く二体は、後方集団を振り解こうとするかのように急に進行方向を左右に変えて、それを僅かに遅れて後方集団が追いかけているという展開に見えている。
どうやら相手のターゲットが自分たちでは無いと気付いて、僅かに全員の緊張が緩んだ。
「何にせよ、油断するでないぞ」
イオナが、全員の油断を窘めるかのように、そう告げる。
そう、油断さえしなければ、このメンバーが二十人ばかりの相手を前に負けることは有り得ない。
怖いのは、実力差がありながらも少しの油断から、相手の不意打ちを真面に喰らう事だ。
さすがにバランスブレイカーとも言える魔力を持つ和也とても、不意打ちを受けて即死してしまった仲間を蘇生させられる『リザレクション』のスキルは、ゲームと同じように消費アイテムである媒体が無ければ発動しないという制約が、この現実の世界にも適用されている事を知っている。
「来る!」
そう和也が告げるのと同時に、左側にある森の斜面からガサガサと言う葉擦れの音が聞こえ、そこから人型の何かが二体、和也たちの目の前である街道へと飛び出して来る。
その二体は、視界の開けた場所に出てすぐに和也たち一行が目の前に居た事に気付いて驚き、慌てて急停止した。
和也たちに近い方、つまり先頭の一体が後ろのもう一体を庇うように両手を広げて動きを制止させると、焦ったように後方を振り返る。
そしてすぐに、和也たちがいない方向、つまりは街道の先であるトコハ辺境領側へと、後方に続くもう一体の手を引いて駆け出そうとした。
まさにそのタイミングで、彼らを追いかけていたと思われる集団が二体の行く手を遮るかのように、森から街道へと飛び出して来た。
機先を制されて立ち止まらざるを得ない二体の頭に、ピョコンと獣の耳が映えているのが見えた。
「あれって、まだ子供じゃない?」
アーニャが、そう呟いた。
その言葉を受けて、全員が小さく頷く。
顔つきの幼さや体躯の小ささと頭身から見ても、子供である事は間違いが無いだろうと和也も考えていた。
とは言え、言っているアーニャも子供サイズではあるのだが……
和也の目には、手を引いている痩せた方が男の子で、恐らく手を引かれている方が体つきから見ても女の子であると見えた。
追っ手に行く手を遮られ、かと言って反対側には和也たちが居る事で、進退窮まったと言うような焦った表情を二人は浮かべていた。
その二人は、しきりに和也たち一行と追っ手の方を、忙しない素振りで交互に見やっている。
追っ手の男達も、街道に和也たち一行しか見えない事に安心したのか、二人の慌てる様をニヤニヤと薄汚い笑みを漏らしながら、街道の一方を塞ぐかのように展開していた。
一瞬だけ、男の子の方が観念したかのような、悔しそうな表情を見せる。
女の子の方も同じような表情を見せたが、次の瞬間には何かを見つけたかのような歓喜の表情を浮かべると、男の子に何事か耳打ちをしたかと思えば、彼の手を引いて和也たちの方へと走り出した。
「お願い! 助けて」
獣人の少女が助けを求めたのは和也でもイオナでもなく、ヴォルコフとティグレノフだった。
少女は何の躊躇も無く、和也たち一行の先頭に位置する二人の背中側へと隠れる。
戸惑った表情のヴォルコフとティグレノフが、どうすんだ?と言うような表情で後方に位置するアーニャの方をチラリと見てから、イオナへと顔を向けた。
イオナ以外の仲間全員が、その反応を待つかのように最後尾である和也の左斜め前に位置するイオナへと視線を向ける。
獣人の少女は哀願するかのように上目使いで、ティグレノフの背中から後ろを振り向き、イオナの表情を伺う様子だ。
全員の視線が彼に向けられた事から、この集団のリーダーがイオナであると直感的に感じたのだろう。
自分たちの命運をイオナの判断が握っているという事を、即座に理解して反応している獣人の女の子に対して、獣人の男の子は、今ひとつそのあたりを理解出来ていないように和也には思える。
男の子の方は、今ひとつ目まぐるしい状況の変化について行けないようで、ヴォルコフの背中側から戸惑ったような表情で連れの女の子に目を遣り、そしてイオナがこの集団のリーダーであるとようやく判断したのか、意を決したようにイオナに向かって言葉を絞り出した。
「あいつら、山道で出会ったら急に襲って来たんだ。 このところ街へ向かった仲間が何人も行方不明になってるのも、きっとあいつらのせいだ! 頼むから、俺たちを助けてくれ!」
「お願いします、助けてください」
獣人の少女も、獣人の男の子の発言に続けてイオナに助けを求めた。
その手は、ヴォルコフとティグレノフの背中の衣服を掴んだまま、ギュッと握られていて離す気も無いようだ。
和也は、眉を険しくしたイオナの表情を確認してから、追っ手の男達を睨む。
ヴォルコフとティグレノフも、同様に相手を見つめる目が厳しいものに変わっていた。
恐らく全員の総意は、この二人を助けるという事で一致しているだろうと和也は感じていた。
問題は、リーダーであるイオナがどう判断を下すかだ。
情の面では、間違い無く助けるという選択肢しか無いように和也には思える。
しかし、同時にイオナは時として情より理を選択する事があるのを和也も他の仲間も知っている。
この場合の理とは、無事にエスタシオ王国へとメルを送り届けて、国を彼女の手に取り戻すという第一の目的に対して、不利に働かないかと言う大局的な判断を下す場合があると言う事だ。
もう一つの理は、道中を誰一人欠ける事無く無事に目的地まで到達させるために、無用なトラブルは避ける場合があるという事だった。
この場合イオナがどう判断するのかを、和也たち全員が固唾を飲んで見守っていた。
事情が判らずに一方的な判断を下すイオナでは無い事を、和也も知っているだけに、迂闊には勝手な判断だけで動けない。
その様子を見て、追っ手の男達がどう判断を下したのか判らないが、自分たちに都合の良い展開だと追っ手の男達は思ったようだ。
ヘラヘラとした薄笑いを顔に貼り付けながら、追っ手の男達の後方から一人の男が、前に出て来た。
これ見よがしに腰の片手剣を抜いて、抜き身をトントンと肩たたきでもするかのように、肩に乗せている。
あれで俺たちを威圧でもしてるつもりなんだろうな、と和也はそれを見て思う。
スキルの『最上級鑑定』を使ってみても、どこかゲームのようなこの世界には、数値的な尺度であるレベルとかステータスと言う正真正銘ゲームじみた管理システムが存在していないのは、こちらの世界に来た時から何度も試して見て和也も判っている。
それだけに、相手の強さというものは纏っている気配だとか隙の無さだとか、抽象的な尺度で測るしか無い。
まだまだ自分は未熟だと自覚している和也から見ても、相手の強さはそれほどでも無いと感じられる。
最初に立ち寄ったターナ村で、冒険者登録の実技試験官を勤めてくれたB級下位冒険者の二人と比べても、そこまでの物すら感じられなかった。
本当に強い奴ってのは、ターナ村に向かう途中で出会ったS級冒険者のファルマやサイファーのような人達だと、和也は知っていた。
だから、相手が十八人居ようが仮に三十人だろうが、和也がその気になれば魔法を使って一人でも瞬殺できる相手だと思い至る。
相手にしてみれば、武器をチラつかせて俺たちを威嚇しているのだろうなと、和也はそう思った。
どうやら相手は自分たちの数の優位と、見かけ上では女子供が八人中四人と言う和也たちの人数構成を見ただけで、優位に立っていると思っているらしい。
優男に見えるイオナと、背は高いがひょろりとした和也も戦闘員の数には入っていないのかもしれないなと、そう和也は思う。
そんな目で見れば、ヴォルコフとティグレノフくらいだろう、相手が警戒をする必要のある対象とカウントしているのは。
たぶん、全員が武器を携帯している事すら目に入っていないのだろう。
そして、計算から外れているであろう女性のレイナが不似合いな大剣を背負っている事にも、恐らく目が行っていないと思われた。
そんな訳で、和也の相手に対する警戒レベルは著しく下がってしまう。
油断をするなとイオナから言われている分だけ、相手へ向けた視線は外しては無いけれど、そんな気の緩みも戦闘経験の未熟な和也にしてみれば仕方の無い事なのだろう。
なにしろ、和也は本気になればキトラの王都を灰燼に帰するだけの魔力とスキルを有しているのだから……
そんな事を知らない追っ手のリーダーらしい男は、イオナに向かって口を開いた。




