91:陰謀
振り返って見れば、広間の戦闘も丁度終わるところだった。
ズンと重い音を響かせて、焼け焦げた最後のエンブレスが地に伏す場面が目に入る。
あれから二人ほど追加でやられているらしく、血まみれで倒れたまま動かない人が居た。
治癒を担当とする人達が、怪我人の横で治療を施しているようだ。
魔法職の人達も、膝を突いてぐったりしている。
魔法を連発し過ぎて、魔力切れでも起こしているのだろう。
「治癒魔法の使い手が足りぬようじゃの。 レイナにメル、そして和也も行ってやるがよい」
イオナの指示を受けて、俺たちは怪我人の下へと走る。
俺は一番怪我の酷い人を選んで、そこへ駆けつけた。
「カインさん! 大丈夫か? 俺が判るか?」
周囲に俺の力がバレないように、手を当てて治癒魔法を使うふりをしつつ、『エクストラヒール』をカインさんの患部に発動させる。
たちまち傷は癒えて、裂けていた腹の大怪我と半分千切れかけていた左腕は元通りになった。
カインさんが、ゆっくりと目を開く。
しばらく焦点が合わないようだったけど、視界に俺を認めて口を開いた。
「俺は…… 生きているのか?」
カインさんは、大きな傷口だった腹に手を当てて、それが完璧に塞がっていることに驚きの表情を見せた。
しきりに、手を胸や顔に当てて、自分の体に怪我が無い事を確認していた。
「エンブレスに腹を抉られてから、腕に噛みつかれて振り回された処までは覚えているんだけど、どうして俺は無事なんだ?」
俺は黙って右の人指し指を自分の唇に軽く押し当てて、小さく首を左右に振って見せる。
俺の力を知らないカインさんの疑問は尤もだけど、あまり大きな声で喋られて周囲の耳目をここに集めてしまうのはマズイ。
俺が示した行為の理由を解らないまでも、カインさんはコクリと頷いて黙る。
そして、その訳を話せと言うような表情で、黙って俺をジッと見つめた。
「注目されたり、行動の自由を阻害されたくないんです。 だから、俺の使った魔法の事は、誰にも言わないでください。 俺は、カインさんだから助けたんです」
俺は、小声でそう言った。
しばらく考えていたカインさんが、黙って頷いてくれた。
「それにしても、どうしてこんな怪我を? 最前線で戦うのはAランクの人達に任せていけば良いのに…… 」
「僕もそのつもりだったんだけど、後ろから急に押し出されてね。 しかも、それが一回や二回じゃないんだ」
俺はカインさんが、蹌踉めくようにエンブレスの前に出て来て、足で弾き飛ばされた時の事を思い出していた。
カインさんの話が本当ならば、あれは混乱の中で起きた不幸な事故じゃ無かったという事になる。
たぶん、俺たちが二体のキュプロックスを相手に戦っている間に、カインさんに掛けた防御結界が切れていたんだろう。
それは、後方で戦っているカインさんの事を失念していた。俺のミスだ。
「たぶんハヅキの実家筋から、夫として家柄の釣り合わない俺を、事故に見せかけて殺すような指示でも出てるのかもしれないな」
「そんな…… ハヅキさんとカインさんの事に、どうして関係無い人たちが口だけじゃなくて手まで出すなんて、有り得ないですよ」
俺は思わず、そう呟いていた。
二人が好き合っているのなら、それで良いじゃ無いか。
何で当事者でもない奴らが、余計な事をして二人を別れさせようとするんだ。
しかも、カインさんを殺そうとまでしている事が、俺には理解出来なかった。
「ハヅキの実家に戻って判ったんだけど、ハヅキには主家筋から縁談の話があるらしいんだ。 それとなく、ハヅキとクリスの幸せのために別れてくれないかと、そんな事を家人から言われた事もあるんだ」
「だって、もうカインさんとハヅキさんは結婚してるじゃなですか! そこに縁談の話とか、そんな事を真面目に考える方が無茶苦茶だよ」
思わず声が大きくなって、慌てて小声に戻す。
だからと行って、ハヅキさんの縁談に邪魔なカインさんを殺そうとする気持ちが、俺には理解不能だ。
「ハヅキの親にしてみれば、ハヅキは何処の馬の骨とも判らぬ輩に騙されて家を出て、しかもその馬の骨の子供まで作って家に出戻って来た可哀想な娘って言う事になるらしいんだ。 ハヅキのお祖母さんであるクズハ様が元気だったら、そんな事にはなっていないと思うんだけどね…… 」
「だって家に戻った理由は、十歳になったクリスちゃんをお披露目するためって言ってたじゃないですか。 ようやくハヅキさんの家から許しが出たって、嬉しそうに言ってたでしょ!」
「それが嘘だったんだよ。 家に戻ってから、僕はろくにハヅキともクリスとも会っていないんだ。 クリスに魔法の才がある事も、ハヅキの家としては好都合だったみたいなんだ」
「どういう事なんですか? クリスちゃんは、もっと関係無いはずでしょ」
一瞬俺から目を逸らしたカインさんが、思い出したくない事を思い出してしまったかのような、暗い顔を見せる。
そして、再び俺の方を向いた。
「あそこの跡継ぎ息子は、魔法の才が無いんだ。 だから、最初は僕と別れさせた後でハヅキに有能な婿を取らせて、クリスは俺に引き取らせる方向だったらしい。 これらはハヅキと仲の良かった使用人から聞いたんだけど、偶然クリスの持つ魔法の才に気付いて方針変更をしたみたいなんだよ」
「そんな身勝手な…… ハヅキさんもクリスちゃんも、それで良いって言ってる訳じゃないでしょ? 二人は、何て言ってるんですか?」
「ハヅキは、ずっとクズハ様の看病でつきっきりなんだ。 クリスも一緒だから、実はハヅキの実家に戻ってから、ずっと逢わせてさえもらっていないんだ。 そこに、この話が来たから飛びついたのさ」
「この話って?」
そう問い掛けた俺の後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
俺は、それがハラーキィさんの声だと気付いて振り返る。
「ガモーの家はね、先代が私の師匠でもあるんだけれど、現当主の子供に魔法の才が無くて、御家存続の危機にあるんだよ。 それで親戚筋の有力者が色々騒いでいるのは、魔法師仲間でも噂になっているよ。 今回の調査隊にカイン殿を強引にねじ込んで来たのも、ガモー家の親戚筋の有力者だと聞いているね」
それを受けて、カインさんが再び口を開いた。
その表情は暗い。
「言われたんだ。 ガモー家の婿として、そしてハヅキの夫として恥ずかしくない実績を立ててこいと。 そのための場は用意するから、この調査隊に加わって来いってね」
「それであの時、一人で外を彷徨っていたんですか…… 」
俺は、ようやくカインさんが一人で街を彷徨いていた理由を知った。
それならば、何処か元気の無さそうな、あの時のカインさんの表情に納得ができる。
「ここで少し長めに休憩を取ることになったから、もうだいぶ遅いけど昼食の準備をしてもらえるかな? 僕はそれを伝えに来ただけなんだけど、深刻そうな話は聞かなかった事にするよ」
そう言って、ハラーキィさんは片手を挙げると、仲間の魔法師が居る方へと去って行った。
俺たちは荷物の中から一食分ずつにまとめられた食材を取り出して、各パーティへと配布する事にした。
基本的な食材を俺たちが配布して、それをアレンジして各パーティが独自の食事を摂るようようだった。
俺たちが作った全員共通の料理は、乾燥野菜と干し肉のスープだけだ。
当初の話では、俺たちが全員の食事を用意するような内容だったけど、どうやらそれは違ったらしい。
片付けも、各パーティが自分たちでやっていた。
元々、各パーティとも高レベルで自分たちの事は自分でやる事に慣れているから、その方がお仕着せの全員同じ料理を食わされるよりも良いらしい。
片付けも、あまった物や残飯を穴に埋めるだけで、食器の片付けも自分たちでやっていた。
結局、俺たちの仕事というのは、ポーターという呼び名通りに、荷物持ちだけという事になる。
まあ、戦闘を担当する人達が余分な荷物を背負っていたら余計な体力を消耗するだけだから、これだけの大所帯ともなればポーターを雇う事に意味はあるのだろう。
長い戦闘で疲れ切った調査隊の人たちは、食事の後にかなり長めの休憩を取る事になった。
結局、再び先へと進み出したのは、休憩を取ってから二時間以上経過した後の事だった。
魔力の回復薬を節約するために自然回復に任せたという事も、休憩が長くなった要因のようにも思えた。
とは言え、こっちの世界の人が二時間余りの休憩でどれくらいの魔力を回復できるのかを、俺は知らない。
休憩の間中、俺は気配感知を周囲に薄く張り巡らせていたけど、襲ってくる敵も様子を伺っているような敵も、感知範囲内には見受けられなかった。
だけど何だろう、この違和感は……
これがゲームの世界なら、回復のために敵が襲ってこないエリアを作っておくのも判る。
しかし、俺たちを殲滅させようとするのなら、あの休憩中が一番の狙い目となる筈だ。
俺たちが参加しているのは、夜な夜な都を襲ってくる意思のある魔物が潜んでいるという情報を元に、それを探るための調査隊だ。
単に、この地下道に偶然棲み着いた魔獣が自分のテリトリーに近づいた俺たちを、それぞれが自由意志の元に排除しようと襲ってくるのであれば、それは理解できる。
しかし、俺の心の何処かに、やり慣れたゲームの世界に居るかのような、そんな違和感が燻っている。
その理由はと言えば根拠は薄いけど、敵の配置であったり、襲ってくるタイミングであったり、その辺りに何処か意思を持った者による演出じみたものを感じさせるのだ。
そして、そう思うのとは真逆に、意思を持って俺たちを殲滅させようと考えているのであれば、出てくるモンスターが実力を発揮しづらい狭い環境に大きな体躯の敵であるという事が、何だか腑に落ちない。
やはり、敵の出現には何者かの意図など無いから、攻めてくる側の効率が悪いのは偶然なのか、あるいは俺たちが何者かの意思によって時間を浪費させられているのか、それが判らない。
それが、俺の感じる嫌な感じの原因だ。
なんだか、誰かに調査隊の実力を試されているような、或いは無駄に時間を浪費させられているような、そんなモヤモヤとしたものが俺の胸に燻っていた。




