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89:待ち伏せ

 っていうか、こっちの世界じゃタンク役がヘイト管理しないのかなとか他人事のように俺は考えていた。

 もしかしたら、ゲームみたいに敵のヘイトを自分に集める都合の良いスキルが無いのかもしれないから、なんとも言えないけど。


〈なあイオナ、こっちの世界には敵のヘイトを自分に集中させるスキルって存在しないの? このまま別の敵に襲われたらヤバイよね。 俺が魔法使っちゃマズイんだろうけど、この状況ってヤバくない?〉


〈ワシの知る限りでは、そう言った武技は存在するな。 しかし、武技と言う物は誰でもが無条件に会得出来る物でもないのじゃ。 ヴォルコフたちも今一歩まで来ておるが、取得できぬままであろう〉


〈よく見てごらんなさい、ちゃんとヘイト管理はされてるわよ。 ほら、魔法職を襲っているドラギの数が、前衛職に比べてとても少ないでしょ〉


 レイナに言われて良く見直してみれば、確かに魔法職を襲っているドラギの数はタンク役に比べるとかなり少なかった。

 それでもドラギ全体の数が多いのと、スキルでヘイト管理されるとタンク役に敵が全部行ってしまうと言うようなゲーム的な先入観のせいで、勘違いをしていたようだ。


 あるいは、ヘイト管理のスキルというか武技のレベルによる違いのような物が、もしかしたらあるのかもしれない。

 俺たちの居る場所が、ドラギが待ち伏せをしていた広間のような空間とは少し離れているせいで襲ってくる数が少ないと思って居たけど、実際はヘイト管理をしている影響という事も考えられるだろう。


〈ヤバイ! 通路の先で潜んでいた奴らが近づいてくる!〉


〈うむ、この状況のままだと、対処しきれなくなりそうじゃな〉


「新手だ! 新手が来るぞ!」


 大混乱の広間から、そんな声が聞こえた。

 地面を埋め尽くす程に倒されたドラギが地面に落ちているけど、あまりに数が多すぎて数が減っているようには見えない。


「盾役は、もう一度武技を使ってドラギを集めろ! 魔法職は威力を落としてタンクに直撃させろ、当てて構わん! タンクは耐えろ、治癒役は出番に備えろ!」


威嚇スレート!』

敵意発動マーリス!』

鉄壁インプレナビリティ!』

禁断フォビドン!』


 そんな声が複数の場所から聞こえた。

 ヘイト管理だとか防御に関する武技と言っても、技が一種類だけという訳では無く、聞く限りでは同じような効果を持つ複数の技があるようだ。


 武技の発動と共に、魔法職や遠距離職を襲っていたドラギが、ザワッとタンク役に移動した。

 魔法職は、既に詠唱を始めている。


 どうやら、先程はドラギの大群による羽音でヘイトを集める武技の詠唱が聞こえなかったようだ。

 ドラギがタンク役に相当数集まったタイミングで、魔法職の火炎弾がタンク役に直撃して味方ごと纏わり付いたドラギを焼き尽くした。


 五ヶ所で火だるまになった人影が見える。

 タンク役は冒険者と守護騎士団合わせて五人のようだ。


〈来た! イオナ、新手は七体だ〉

〈ドラギ対策は、ギリギリ間に合ったようじゃの。 いや、ちと間に合わぬか?〉


 俺が念話で告げ終わるのと同時に、通路の先から小牛ほどもある四つ足の黒い魔獣が駆け出してくる。

 広間では、タンク役の火を水魔法で消して、そこへ治癒魔法使いらしき白い僧衣の人が駆け寄っていた。


 凶悪な長い牙を剥き、口から涎の滴り落ちる真っ赤な舌を覗かせながら、大型犬のグレートピレネーズを真っ黒にしたような犬系の魔獣が迫ってくる。

 タンク役は治癒魔法を受けている処で、今はタイミング的にマズイ。


 両手剣の剣士職とダメージを受けていない騎士が剣を構えて前に出るけど、魔力をドラギに吸われたせいか、少しふらついているようだ。

 俺はイオナに、加勢するべきか確認するために、視線を向けた。


 それに気付いたイオナが、俺を手で制する。


〈わしに、任せておけ。 まだ、和也が手を出すには早かろう〉


 俺は、一人残った『昴星旅団』の後方監視役の様子を伺う。

 そいつは、後方の監視を忘れて広間の状況を見つめていた。


 イオナが、屈んだ状態から小さく手にしたロッドを動かすと、先頭を駆けていた黒い魔獣が躓いたように派手に転んだ。

 二番目の魔獣が転んだ魔獣に足を取られて、頭から地面に突っ込む。


 僅かな電位差によって筋肉の異常収縮を引き起こす、イオナの得意技だ。

 次々と後ろから駆けてきた魔獣たちが、足を取られて転倒してゆく。


 緊迫した場面が、一気に何かのギャグのような間が抜けた雰囲気になる。

 剣を構えた冒険者や騎士たちも、僅かな間だが唖然としていた。


 そして、剣士や騎士達の目の前で転倒した間抜けな魔獣は、体勢を崩している間にあっさりと片付けられた。

 しかし、序盤で魔力を吸い取られ、そして魔法を連発したせいで回復のために休憩をする事になった。


 どれほどの効果があるのか、自分で使ったことが無いので判らないけど魔力回復薬があちこちで使われている。

 俺たちはと言えば、あちこちに落ちている無数の魔石を一つずつ拾い集めていた。


 体感的に二十分も休んだ程度で、先へと進むことになる。

 拾ったドラギの魔石は小さいながらも、とんでもない数になった。


 しばらく通路を進むと、先行している斥候から合図があった。

 行ってみると、調査隊の人達が一ヶ所に集まっているのが見える。


 近寄ってみると、通路の一角に骨らしき物が散らばっていた。

 バラバラになってはいるが、どう見ても理科室とか生物室で見慣れた、あの人体骨格標本を思わせる形状だ。


 遺跡調査クエストの発注主でもある王都守護騎士団のリーダーが、衣類の切れ端のような物を手にとって難しい顔をしている。

 漏れ聞こえてくる会話から想像すると、井戸の発見時に行方不明となった発掘隊のメンバーの物らしかった。


「間違い無いな。 行方不明になった発掘隊の物だろう」

「ああ、ドラギに襲われて逃げ出した処を、さっきのヘルハウンドに喰われたんだろうさ」


「どうする? 持ち帰って埋葬するべきだと思うが」

「ポーターに持たせれば良いだろうが、まだ先が見えんからなあ」 


 おいおい、俺たちに持ち帰らせるのかよと、ちょっと不安になる。

 こっちの世界に来て死体とか人骨とかには慣れたけど、いかに仕事とは言え、背負って帰るのは御免被りたい。


 しばらく何やら不穏な相談をしていたけど、まだ先が見えないので骨は持ち帰らずに埋めて行く事になった。

 後日安全が確認されてから、改めて回収に来るらしい。


 俺は正直なところ、ちょっとホッとした。

 やれと言われれば仕事だし仕方もないけど、あまり気分の良い物じゃない。


 協力して穴を掘り骨を通路脇に埋めて、目印として遺留品のスコップ状の道具を地面に突き立てる。

 そして、再び先へと進み始めた。


 通路は一本道で、まだ分岐は無い。

 そっとコンパスを取り出して確認してみると、穴は緩くカーブしているものの、概ね東の方向に掘られているようだ。


 通路の幅はランダムに広くなったり狭くなったりしている。

 暫く進んだ処で、斥候が停止してハンドサインを送ってきた。


 この先に、何か居るという合図だ。

 全員に緊張が走る。


 俺の気配感知スキルでも、少し前から大物の気配を捉えていた。

 俺の横を歩いていたバルが、ボソリと呟いた。


「魔素溜りか? この辺りは、魔素が先程より濃くなっておるようじゃな」


 言われてみれば、空気が濃いというか何というか、少しばかり顔が火照るような変な感じがする。

 こう言うのを、魔素が濃いって言うんだろうか?


 俺は、何度目かの『コンポジット・アーマー』を俺の仲間全員とカインさんにだけ掛け直した。

 調査隊が先の方に気を取られているうちに、俺の仲間には身体能力増強スキルの『ブレス』も掛け直しておく。


 現れたのは、四角い頭にクリッとした丸い八つの目を持った大きなハエ取り蜘蛛だった。

 見方によってはカワイイと言う人も居るらしい造形も、戦車のような巨体を見れば不気味としか言えない。


 少し曲がった通路の先から、一体、二体、そして三体と、次々に全高五メートルは楽にありそうな巨体が、広くなった通路の天井スレスレを進み出て来た。

 一匹は地面を、後の二匹は壁や天井を、カサカサと言う擬音が聞こえてきそうな動きで這って来る。


「エンブレスだ! 奴に抱きつかれたら終わりだぞ」

「慌てるな! 落ち着けば対処は可能だ」


「奴は火に弱い! 初撃を俺たちが押さえている間に、術士は接近されないように周囲を火で囲っておけ!」


 武技の発動を示すと思われる薄青い光が、冒険者と守護騎士の盾から放たれるのが見えた。

 次いで、魔法師・魔法職から詠唱を唱えだした。


 両手剣を持った剣士が、薄赤い光を手にした剣から放って攻撃の構えを取る。

 エンブレスと呼ばれた巨大なハエ取り蜘蛛が、一斉に目の前に居るタンク役に飛び掛かった。


 斥候役は、壁を横走りしてエンブレスの上を位置取ろうとしている。

 剣士は、初撃を受け止められたエンブレスの関節を狙って足に斬りかかった。


 ボボボボッと連続音がして、魔法師と魔法職の前の地面に魔法で作ったと思われる篝火が一直線に焚かれる。

 それを待って、火矢による攻撃がエンブレスに飛んだ。


 安易に火とか使ってるけど、可燃性ガスでもあったら俺たちも全滅じゃないのかと俺の頭に疑問が浮かぶ。

 そんな心配は杞憂だったみたいで、連携の取れた攻撃によってエンブレスの方が劣勢だった。


 通路が広くなったとは言っても、戦車のような巨大蜘蛛が何匹も自由に動き回れる空間は無い。

 エンブレスの方も広い場所だったらジャンプして避けられそうな攻撃も、この場所では自由に飛び回れないようだ。


 カインさんも剣士たちの間から、エンブレスの足に剣を振るっては急いで下がる攻撃を繰り返していた。

 攻撃を加えた瞬間にエンブレスの注意がそちらに向くけど、その時にはヒットアンドウェイで直ぐさま後ろに下がっているから、今すぐの危険は無さそうだ。


 更に通路の奥から、エンブレスが湧いてきた。

 しかし、前が詰まっているせいで、後ろで蠢いているのが見えるだけだ。


 ハラーキィさんたち魔法師の使役する式鬼が七体、エンブレスの前進を阻んでいる。

 キヨクラさんも、魔法師の集団の中から効果的にエンブレスの動きを封じる位置に火炎の礫放っていた。


 魔法師と魔法職の放つ火炎弾も、有効にエンブレスの体を焼いている。

 既に最初の三体は、相当のダメージを受けているようだ。


 俺は、少し息苦しくなっている事に気付いた。

 これは火炎魔法の使いすぎによる、酸欠の兆候じゃあ無いだろうか?


 火属性の炎は通常の炎と違って、決して酸素を消費して燃焼する訳では無い。

 イオナに以前レクチャーされた魔法学によると、魔法による火は燃焼に酸素を消費する通常の火とは性質を異にするものらしい。


 しかし、対象物を魔法による高熱をもって発火させてしまえば、対象物は酸素を消費する物理的な燃焼ステージに移行する。

 これは、俺もあっちの世界で魔法が使えることが判った時に色々試した事が有るので、間違い無いと思う。


 エンブレスが火炎魔法攻撃によって燃え始めているせいで、洞窟でもある地下通路において、酸素が部分的に不足し始めているのでは無いだろうか。


 そんな不安に俺が駆られている時、剣による攻撃を加えようとしていたカインさんが、バランスを崩したようによろめいて前に倒れ込むのが見えた。

 そして、それにエンブレスの一匹が気付いた。


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