88:井戸の底
冒険者ギルドでの顔合わせも終わり、ハラーキィさんの家で何故調査に参加することを黙っていたのかと彼に尋ねた。
ついでに、カインさんがC3ランクの冒険者なのに調査に参加出来る理由と、カインさんが所属する冒険者側ではなく王都側から参加する理由も尋ねてみた。
「ははは、わたしが参加するのは単純に面白そうだからですよ。 皆さんが参加させられると言う話を聞いて、是非特別に参加させてくれと宰相に直接お願いしたんです。 そのカインとか言う人物の件は、魔法師の統括であるガモー家からのゴリ押しだと聞いています。 何でも、娘婿に相応しい実績を積ませたいとか何だとか、色々理由を付けていたらしいですね」
なるほど、カインさんの事は家柄が違うと言う理由で奥さんの実家に居辛いと言っていたけど、奥さんの家でもカインさんの立場を色々考えて便宜を図ってくれているんだなと、ちょっと感心した。 まあ余計なお世話って気はするんだけど。
とは言え、ゴリ押しが通るって部分では、実力主義の冒険者ギルドとは考え方が違うというか、公務員ってのは力関係で無理が通るんだなあと、別の意味で感心した。
「キヨクラ殿も参加する事になっておったようじゃが、王都の夜の守りは守護隊とジエイ殿だけになってしまいますな。 戦力的に問題は無いのかの?」
「守護隊の精鋭も調査隊に参加しますから若干の戦力低下は否めませんが、、キトラ守護騎士団と魔法師の層は厚いので人数に問題無いでしょう。 魔物はいつも同じ勢力で同じようにやってきますから、実際はジエイ殿が一人でも足りると思いますよ」
イオナの感じていた疑問は、俺もちょっと気になっていた部分だ。
キヨクラさんは当初から参加する予定だったらしいけど、今回ハラーキィさんが特別参加という事になって、守護隊の精鋭までもが遺跡調査隊に参加するとなれば、夜の首都防衛能力は相当に低下するだろう。
ハラーキィさんの言う通り、あの百魔の行列は妙に順番を守るというか、本気で相手を攻めようとしているようにも思えない動きをする。
アーニャが言っていたように、なんだか嫌がらせに来ているだけのような、そんな攻め方だった。
まあ、それだけ今回の遺跡調査で王都に魔物が出現する理由でも掴めれば、防衛対策にもなるわけだし、キトラ側が力を入れている事は判る。
魔族として動いていた頃よりもパワーアップしているというジエイさんなら、きっと大丈夫なんだろう。
それにしても、今日はジエイさんの話を中途半端に聞いてしまったけど、彼を支配していたマスターって言うのは何者なんだろう。
そして、およそ百年前にジエイさんが出会ったという人物が本当にハイドさんなのか、それはクエストを終えてキトラを出る前に確認しておきたい事柄だ。
次の日の朝早く、俺たち遺跡調査隊は王都北門から北西へ向かう街道を歩いていた。
ポーターである俺たちは隊列の後方だ。
うちの仲間全員には『ブレス』と『コンポジット・アーマー』を掛けてあるから、大人五人で大きな荷物を背負っていても何ら問題は無いし、突然何かに襲われても怪我をする事も無いだろう。
チビ達は調理道具類や予備の矢などを背負って歩いているが、これも『ブレス』の効果で体力的な問題は無いはずだ。
休み無しで三時間ほど歩いて、遺跡の発掘現場へと到着した。
深く掘り返された土地には、何かの礎石らしい大きな石がいくつも見える。
俺たちは直径二メートル程の、円環状に組み上げられた石の前に待機していた。
これが、魔物の出入りが目撃されたと言う井戸らしい。
王都の遺跡調査団が発見時に少し調べたところ、井戸の底には横穴があってかなり広い空間になっているという事だった。
奥に入っていった遺跡調査団のメンバーが戻ってこなかった事もあって、今回は冒険者ギルドと合同で大規模な調査隊が組まれることになったという流れらしい。
少し休憩をした後、いよいよ井戸の中に入って行く事になった。
井戸の上に組まれたやぐらから縄梯子が垂らされ、一人ずつ降りて行く。
最初に降りていったのは、『竜の顎』の斥候だ。
身軽な身のこなしで、スルスルと降りて行く。
彼が最初に底の安全を確かめてから、『竜の顎』に所属する他のメンバーが降りて現地を確保、その後に全員が降りる事になっている。
見ていると、縄梯子が下から二回引かれて安全だと言う合図が送られてきた。
それから、『竜の顎』に続いて王都守護騎士と魔法師が順番に降りて行く。
俺たちも、それに続いた。
最後に、『昴星旅団』が降りてくる。
五人しか居ないのに『旅団』とはどう言うことなんだと突っ込みたい処だけど、軍事的な意味は無いようだ。
十五メートル程下っただろうか、井戸の底から繋がっている横穴は大きかった。
横幅五メートルくらいで、天井までは一番高い部分が七メートルくらいはある。
その先は、僅かに下へと傾斜した緩い下り坂になっていた。
何処まで下って行くのかは判らないけど、しばらくは下ることになるんだろう。
既に、井戸の底から続く横穴は、魔法具の灯りで照らし出されていた。
そこそこ明るいけど、光源から離れた場所には若干薄暗さが残る。
調査隊は、井戸の底へと繋がっている広い空間で隊列を組み直した。
先頭は『竜の顎』、それに王都守護騎士と魔法師が続く。
俺たちはその後ろに続き、最後尾は『昴星旅団』だ。
『昴星旅団』には、俺たちに罵声を浴びせた奴が居る。
俺たちの前の集団には、カインさんが落ち着きの無い様子で歩いていた。
俺は、こっそりとカインさんにだけ『コンポジット・アーマー』を掛けた。
身体強化をもたらす『ブレス』や『アクセル』は、掛けられたことが明確に実感できる効果があるけど、『コンポジット・アーマー』は単なる防御結界なので、掛けられても変化には気付かないだろう。
普段との違いに気付くとすれば、攻撃を受けてしまった時だけだろう。
十五分程緩い坂道を下ると、通路は平坦になった。
今のところ、一本道で分岐には出会っていない。
〈この先に、何か居るみたいだ〉
〈ふむ、いよいよじゃの〉
〈いよいよ、Aランク冒険者の実力を見られるって訳ね〉
〈アーちゃん、そんな他人事みたいに言っちゃ駄目よ〉
〈荷物は、イつでも外せるようにシておいた方が良いかナ?〉
〈そうダな!〉
俺が念話で、気配感知に何かが引っ掛かった事を伝えると、アーニャを除いた全員の緊張が一気に高まる。
この先で、通路が少し右に曲がった処にかなり多数の反応があった。
〈待ち伏せだ。 どうしよう、教えた方が良いかな?〉
〈いや、もう『竜の顎』は気付いておるようじゃ〉
先頭の方を見れば、先行している斥候役が背中に手を回して、ハンドサインで何かの合図を後方に送っているのが見えた。
それを受けた『竜の顎』パーティが戦闘態勢に入ると、続けて守護騎士団と魔法師たちもそれぞれが戦闘態勢に入った。
斥候役が下がって、『竜の顎』と合流した。
『竜の顎』が、通路を右に曲がり、守護騎士団が続く。
少し間を開けて、俺たちと『昴星旅団』が後を追った。
『昴星旅団』は、後方の警戒を解かず慎重に着いてくる。
一応、俺の気配感知には、後方に何者かが存在している反応は無い。
『竜の顎』が向かった先で、敵味方の反応が交差しているけど、まだ戦闘が開始された気配は無かった。
「今までの通路よりも、かなり広いぞ」
「天井も、ずいぶんと高いな」
そんな声が聞こえてくる。
どうやら、この先は広間のようになっているっぽい。
守護騎士団から、追いついて来るように合図が送られてきたけど、その先は気配感知スキルで見る限り敵がで埋め尽くされている。
気配感知スキルに反応している敵のサイズは小さくて、微弱だから気付かないのだろうか?
「この先に、強い気配を感じる。 油断するな」
「いや、この場所も妙に嫌な感じだぞ」
「この先の強い気配しか感じないぞ」
「俺もだ! ここじゃなくて、この先に何か居るぞ!」
「おかしくないか? まるで見つけてくれと言わんばかりの強い気配を発してるぞ」
「ああ、野生動物だって獲物を狙うときは、なるべく気配を隠そうとするからな」
そんな会話が聞こえてくる。
確かに、更に先の方から強い複数の気配を感じるのは間違いが無いけど、いま『竜の顎』と守護騎士団がいる場所も、一面を何かの微弱な反応が覆っていた。
俺のスキルのように、脳内イメージ上に浮かぶ光点の数と大きさで気配を感知している訳じゃないだろうから、先の方にあるより強い気配に惑わされて、微弱だけど沢山あるこの場所の気配が感知できなくなっているようだ。
強い臭いに、弱い臭いが掻き消されるようなものかもしれない。
「ハラーキィさん。 先の方だけじゃなくて、今そこがヤバイ!」
俺は、上を指差してそう叫んだ。
その声を聞いたハラーキィさんが、光球を先程の通路より高くなっている天井に向けて放った。
光に照らされた天井の岩が、突如波打つように蠢いた。
一瞬遠近感が無くなったような、目眩に似た感覚に襲われる。
「ドラギだ!」
「マナドレインされるぞ! 注意しろ!」
バサバサと羽音を立てて天井から一斉に襲いかかってきたのは、翼長四十センチから五十センチほどのコウモリ型の魔獣だった。
一匹一匹が大きくないので、それぞれの気配が希薄だったんだろう。
それでも、こいつらだけならベテランの冒険者たちが気配に気付かない訳が無い。
強い気配を放つ存在が、まるで見つけてくれと言わんばかりの状態で先の方に居たというのは、ここへ誘き寄せるための罠だった可能性が高い。
「ドラギは雑魚だが、これだけ数がいると苦しいぜ」
「とにかく、早いとこ数を減らすんだ!」
『昴星旅団』のメンバーも、一人だけ俺たちの近くに遺して、ドラギとか言う魔獣退治に駆けてゆく。
マナドレインされるとか言っていたけど、名前から想像出来るのは魔力を吸い取る攻撃っぽい。
「魔法を使える者は、空中に範囲攻撃を放ってくれ」
「洞窟にドラギはつきものだ。 武器を変えろ!」
その声で、剣を持っていた者は皆が身に着けている腰のバッグからバドミントンのラケットみたいな武器を取り出した。
流石にAランクともなれば、ほぼ全員がアイテムバッグを装備しているという事に俺は驚いた。
て言うか、それならポーター役とか不必要じゃないか?
まあ、彼らが使っているアイテムバッグっぽい物も、俺の作ったアイテムバッグと同じくらい大量に物が入るかどうかも判らないし、もしかすると武器とか装備だけで目一杯なのかもしれないな。
目の前の広間では、空中で破裂する火球が飛び交い、地上ではラケット状の武器を手にした冒険者と剣を手にしたままの騎士たちが空中のドラギを必死で打ち落としていた。
一匹一匹は雑魚だとしても数の暴力とはよく言ったもので、無数のドラギから一斉に集られてはいかにAランクと言えども全てを打ち落としきれる訳が無い。
「もっと広範囲の魔法を使てくれ! 詠唱に時間が掛かっても良いから、やってくれ!」
「他の物は、詠唱を邪魔されないように複数で守れ!」
まさしく、これは飽和攻撃だ。
こんなところを別の敵に襲われたら、戦線は総崩れになってしまうだろう。
広間から少し離れている俺たちの方にも、ときおりドラギが攻撃してくる。
数羽だけなら手で叩き落とすだけで済むけど、広間の状況は圧倒的な数の暴威が吹き荒れている感じだ。
「こりゃあ、先の方に潜んでいた強い気配の奴らが、この混乱に乗じて攻めてきたら大変じゃの」
いや、イオナ……
それ、フラグですから。




