87:出発前夜
ジエイさんは、その話に出てくる大剣を持った男がハイドさんだと思っているようだった。
しかし、俺にはそのユイという女性に心当たりが無い。
俺が向こうの世界を去ってから、彼らにもそれぞれ何かがあったのだろう。
どういう理由なのかは判らないけど、本当ならハイドさんは少なくとも百年前にはこの世界に居たという事になる。
そして、その理由はしばらく情報を集めたらすぐに百年の眠りにつく事を繰り返しているからだろう。
それは、宇宙物のSFで見かけるコールドスリープのような物なんだろうか?
石になったと言っていたから、コールドスリープとは違うんだろうけど、石になる事で自分たちの時間を止めることが出来るのかも知れない。
ハイドさんのスキルには、そんな物は無かったはずだから、きっとそのユイという女性の持つスキルなのだろう。
もしかすると、あのゲームで魔法がつかえるようになった、他の職業の人と知り合ったのかなとか、そんな事を考えて見た。
だけど、俺の知る限りでは、そんなスキルを持つ職業は無いはずだ。
対象物を石にするのなら、『石化』のスキルを持つ俺と同じ魔法使い系の職業が該当するけど、自分を石にしてしまう事は出来ないし、タイマーのように勝手に目覚めさせる事も出来ない。
そして、石化と言うキーワードで、俺の中に忘れてしまいたい忌まわしい思い出が甦った。
そう、俺が自分の手で石化させてしまった、紫織という誰よりも好きだった女の子の事だ。
俺は、突然それを思い出してしまい、ジエイさんの昔話を聞くどころでは無くなってしまった。
そして、せっかくの機会だと言うのに、ハイドさんの消息すらも訪ねる余裕が無くなってしまった。
その後もジエイさんの話は続いたけど、要約すると修行を続けて大師と呼ばれるまでになった事と、この国で修行中に出会った女性が居て、高貴な身のだったので女性が家を捨てる事も出来ず、泣く泣く別れることになったというようなエピソードだった。
ジエイさんが隠していた自分の正体を露わにしてまで、人々を魔物から守るようになったのは、その女性が捨てる事の出来なかった家族と女性自身を守りたいからだと言っていたようだ。
修行の旅から戻って来ていたキヨクラさんと、魔法師のガモー家に弟子入りしてメキメキと頭角を現して異例の出世をしていたハラーキィさんとの出会いも、キトラを守るために戦い出してからの事らしい。
魔物の行列がキトラを襲い始めたのは、ここ十数年前からの事だと言っていた。
決して昔から続いていた訳では無いようだ。
たぶん、ジュディスの祀られている社に行く途中でジエイさんに出会ったのは、彼が見ていた家に彼の思っていた女性が居るのかもしれないなと、そうも思った。
ずいぶんと純情な事だけど、それどころじゃない俺に取ってみれば、一つ間違えばストーカー事案だ。
その場でこの後は用事があると言うカインさんや、ヒエイに戻ると言うジエイさんと別れて、俺たちは祭りの喧噪を楽しみながらゆっくりと冒険者ギルドへ向かった。
時間的には、午後二時を少し過ぎたくらいだろうか。
冒険者ギルドへ向かったのは、明日に迫った遺跡の探索チームが顔合わせをする時間が、夕方から予定されていたからだ。
定刻の一時間くらい前に着けば上等だろうと思って居たけれど、着いてみたら俺たちが一番最後だった。
うっかりしていたけど、こっちの世界ではみんなが腕時計なんて物を持っていないから、時を告げる神殿の鐘の音だけが時刻を知る手段になる。
早く来すぎたり、遅れたりというのは日常茶飯事なのだろう。
そして、たまたま運悪く、全チームが予定よりも早めに集まっていたと言う事になる。
荷物持ちであるCランク最下位の俺たちが一番遅いというのは、例え予定の時間よりも早く着いていたとしても、何だか間が悪いとしか言いようが無かった。
集合場所であるバスケットコートが二面取れるくらいの大きさの部屋に入った時に、大勢の冒険者らしき荒っぽそうな人たちと、魔法師の衣装を身に着けた人や王都騎士団と同じような鎧に身を包んだ人達が、一斉に俺たちが入って来た入り口へギロリと視線を寄越した。
ドアを開けて先頭で室内に入った俺は、一瞬たじろいでしまった。
「おせーぞ! ポーター!」
何処からか、そんな声が聞こえる。
まだまだ集合時間前ですよと、そんな事を言ってくれているのはハラーキィさんだった。
「それじゃあ全員揃ったようなんで、少し早いが始めるぞ!」
上座とでも言うんだろうか、入り口から一番奥の一団高い台の上に立った、黒っぽいローブを被った中年っぽい年格好の男性が、目の前に立つ全員に向かって声を張り上げる。
その後ろには、受付をしていたあのエルフの女性が控えていた。
黒いローブの人物の堂々とした態度を見て、この人が今回の調査隊の隊長なのかなと、俺は思った。
でも挨拶を聞いたら、この人はギルドマスターだった。
そして、やはり俺たちが揃うのを、全員で待っていたようだ。
そうは言っても時間に遅れたわけじゃ無いんだから、文句を言われても困ると言うものだ。
今回は、キトラ王都より冒険者ギルドへのクエストが発注された形になっていて、特別に王都からはハラーキィさんを含めた魔法師五名と騎士六名にキヨクラさんを加えた十一名、それに加えて何故か王都推薦でC3ランク冒険者のカインさんが参加していた。
て言うか、カインさんやハラーキィさんが参加するなんて一言も俺たちは聞いていなかったから、聞いたときはかなり驚かされた。
もっとも、俺たちを見たカインさんも驚いていたから、そこはお互い様なんだろう。
そして冒険者ギルドからは、A3ランクパーティ『竜の顎』から五名、そしてA1ランクパーティである『昴星旅団』が五名の計十名が参加するようだ。
ちなみに、ランクを示す英文字の後ろにつく数値が大きいほどランクが高い事になる。
冒険者カードで言えば、Aの一番下である星一つがA1ランクで、Aランクで一番高いのが星五つのA5だ。
まあ、ちょっと元居た世界のゲームイメージだとランクの判断に混乱するけど、牛肉の等級みたいなものだと思えば良いと思う。
あれも、一番高級なのはA5ランクだった筈だ。
数字は、武道の段位のように考えても良いかもしれない。
A1がAランクの初段、A5がAランクの五段というイメージが解りやすいだろう。
つまり、数字の数が冒険者カードに表示される星の数と言う事になっていて、数が多い程ランクが高いって事だ。
そんなことはどうでも良いけれど、こっちの世界で初めて見るAランクのパーティだから、相当強いんだろう。
ちなみに、最高位であるSランクには星が存在しないらしい。
だから、こっちの世界に来て最初の村に行く途中で出会った、ファルマさんたちはSランクと数字無しで言っていた。
今回の調査隊は、ポーターである俺たち八名を含めた合計三十名編成になる。
調査期間は、遺跡の規模が判らないので最大で二日を予定していて、食料などは万一の場合を考えてプラス二日分を持って行く。
入り口となる王都の外である北西部にある遺跡の井戸から王都までは、直線距離で数時間程度しかない。
日程に最大二日を予定しているのは、中の状態が判らないからだ。
迷路のようになっていたり何階層もあったりすれば、一日では終わらないだろう。
それでも二日で終わらない場合は、途中で引き返して出直す事になるらしい。
プラス二日分の食料というのは、そういう場合を考えての予備と言う事だった。
各パーティが持ちきれない食料の大半を、俺たちが運ぶ事になる。
そして、全チームの食事の準備や野営の片付けなんかも、俺たちの役割だ。
基本的に、調理そのものは各パーティが好きなようにやるけれど、ポーターが運んだ食料や水の配分とかは、均等割という事になっている。
それ以上の物が欲しければ、自分たちのパーティで持って行く事は自由らしいし、自分の命は自分で守る事が徹底している人達は、常に余分な食料を持って行くらしかった。
俺たちは、どうしようも無い場合に自分の身を守る以外に、敢えて戦う必要は無いらしい。
基本的にポーターは、調査隊の皆さんに守って貰う立場らしい。
三十名分の四日分の食料と言えば相当な量だけど、俺がブーストを掛ければ俺を含めた男たちだけで何とかなるだろう。
ちなみに水は、水属性魔法を使える人が居るから多くは持って行かないという事だ。
それだけでも、かなり重量的には軽減されるだろう。
もちろん、俺たちがアイテムバッグを持っている事も、俺がアイテムボックスを使える事も他人には可能な限り内緒にしたいと思う。
「おいおい、ガキとチビ助が何人も居るけどポーターなんて出来るのかよ? かえって足手まといじゃないのか?」
そんな、俺たちを揶揄するような声が冒険者の中から聞こえる。
それを聞いて、胡散臭い物を見るような顔で俺たちの方を見ている冒険者もチラホラと見えた。
こっちは、指定クエストでやってるんだから、好きでやってる訳じゃねーつーの。
そんな事を、心の中で呟いた。
「ふん、そう言ってる自分が足手まといにならないように、気をつける事ね。 だいた…… むぐぅぅ」
俺は慌てて、更に何か言おうとしているアーニャの口を押さえた。
冗談じゃ無いぜ! これから一緒にダンジョンというか遺跡に入るってのに、わざわざ疎まれるようなことを言ってどうすんだ。
「ははは、心配ご無用ですよ。 彼らは下手なAランクパーティより役に立つかもしれませんよ」
ハラーキィさんが、俺たちをバカにした発言をしたA1ランクパーティの男に、そう言って笑っていた。
たぶん、俺たちをフォローしてくれているんだろうけど、下手なAランクパーティよりって言葉は、Aランク最下位であるA1ランクパーティの人には嫌みにしか聞こえないと思うんだ。
そんな感じで、なんとも禍根を遺しそうな雰囲気で調査隊の顔合わせは無事に済んだ。
いや、全然無事じゃないかも、だけど。