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86:独白

---ジエイの独白---


「今から、約三百年程前の事です。 私は、各地に残存する我がマスターに未だまつろわぬ勢力と、そして世界のバランスを崩しかねない存在を抹殺する部隊に所属していて、その小隊長をしていました」


「人の目に触れぬよう周到に計画を練り、強き敵には長大な時間を掛けて幾多の敵を潰し、多くの真面目な研究者をも暗殺してきたのです。 全ては我がマスターの為す平和を維持するために必要な事だと思ってたのです…… 」


「しかし、およそ百年ほど前に辺境の山奥に棲む古代種の黒き竜の討伐に出向き、そして私の部隊は大敗を喫しました」


「その古代種の黒き竜は、今思えば現世に干渉せず静かに暮らしたがっていたのだと思いますが、我らがマスターはそれを信じなかった。 その存在が、我がマスターの維持する平和とその存在を脅かす恐れがあれば、話し合いではなく一方的な殲滅が要求されたのです」


「他にも居た多くの、まつろわぬ竜種は大群をもって攻め滅ぼし、どうしても敵わぬとみれば容赦なく神威の武器をマスター自らが用いて、世界に散らばった竜種の大半がマスターに恭順を誓う事になったのですが、その黒き竜は桁違いに強かったのです」


「マスターが神威の武器を使う前に、我が部隊を含む魔族軍は全て消し炭と肉塊に変えられてしまったのです。 そして、何故か私だけが黒き爪で胸を深く抉られ、大きく遠くに吹き飛ばされたのです。 そしてその結果として黒き竜の目を逃れる事が出来ました」


「しかし生き残ったとは言っても、胸に大きな穴を開けられて魔力の源であるコアを砕かれた私に、遺された時間は僅かなものでした。 身動きすることも適わぬ状態で刻一刻と減って行く自分の命と向き合い、皮肉な物で考える時間だけは充分にあったのです」


「しかしコアを砕かれた事で、何故か私の中に心境の変化が訪れました。 コアとは魔族として産み出された後に、マスターより個々に与えられる物であり大きな魔力の源です。 それを失って始めて、私はマスターの言動に疑念を抱く事が出来ました」


「恐らく、あのコアは魔力の源という事だけではなく、我ら魔族をマインドコントロールする為のコアでもあったのではないかと、死を前にしてようやく思い至ったという訳です」


「マスターの考える世界の平和とは何か? 自分のやってきた事は、世の人々が等しく平和で豊かに暮らすために、本当に必要な事だったのか? 多くのことを考えて、私は一つの結論を出しました」


「マスターの意思は自らの脅威となる存在を排除し、人々を貧しく苦しい暮らしに縛り続けるための物で、決して豊かで安らかな生活を約束するものでは無いと言うことに気付いたのです」


「しかし、それに気付いたところで死を待つ身には、どうしようもない。 せめて何か罪滅ぼしをしたいと願ったのですが、それも叶わぬ夢でしかありません。 そんな時、人の寄りつかぬような山の中腹に横たわるしかない私の近くに、二人連れの男女が居る事に気付きました」


「一人は身の丈程もある大きく幅広い大剣を背負った、白銀色の鎧を身に纏った長身の聖騎士。 もう一人は長い黒髪と大きな瞳が印象的な若い美女でした。 その二人は俺を助けるでも無くジッと見つめていたのです」


「『酷い怪我をしているが、魔族は自己治癒能力にも優れていると聞く。 助けは要るか?』と、その男は俺に尋ねました。 俺は朦朧とした意識の中で、その男の姿にどこか見覚えがある事に気付いたのです」


「それは、私がフジノ公国で秘密裏に活動をしている時に知った、建国の英雄ハイドの姿にそっくりだったからです。 しかし、その建国の時代から九百年以上も経過していると言うのに、自分の目の前にハイド本人が存在する訳が無い。 だから私は、自分が死ぬ間際の幻覚を見ているのだと思ったのです」


「私は『助けは来ない。 コアを破壊されたから、自己再生もしない。 ただ緩慢に死を待つだけだ』と、幻覚の中でハイドの問いに答えました。 幻覚だとは思ったけれど、ずっと誰とも口を聞かずに一人で死を待つだけだったから、幻覚でも良いから誰かと会話じみた真似がしたかっただけかもしれません」


「『闇属性の魔族には、確か治癒魔法は確か効かないんだよな?』と、ハイドは私に言いました。 その通り、俺たちは聖属性の治癒魔法を掛けられるとダメージを喰らってしまうように作られていると、私は答えました」


「しかし、そこで私はふと考えた。 緩慢なる死を待つよりも、ここで治癒魔法を掛けてもらい死ぬ方が苦しみが少ないのではないかと。 そして、私は目の前の男に願ったんです。 治癒魔法を掛けて残り少ない命にトドメを刺してくれと」


「治癒魔法を掛けて殺してくれと願い出たのは、大剣で首を落とされて命を絶たれるのが心情的に嫌だったというだけで、深い意味はありません。 今考えれば、むしろ大剣によって一瞬で命を絶たれる方が苦しくないだろうとは思いますが、その時はそう思えなかったのです」


「その大男は、しばらく逡巡した後に連れの女性の方を向きました。 女性がコクリと頷くと、彼も判ったというように頷き返してから私に向き直り、右手を私に向けて言いました」


「『何か言い残すことはあるか?』と、そう男に訪ねられました」


「私は、自分が今までコアによってマインドコントロールをされて犯した罪を、すべて懺悔する事にしました。 男は私のマスターについて心当たりがあるようでしたが、私の頭には心理障壁が施されているようで、問われたマスターに関する情報を何故か口にすることが出来ませんでした」


「これは、恐らくコアとは別に心理障壁が私の脳に施されているという事なのでしょう。 そして、すべてを話すまで待ってくれた男は、私に治癒魔法を発動させました」


「男が、私に治癒魔法を離れた位置から放った事にとても驚きました。 治癒魔法というのは、相手に触れて行う物だと思って居たからです。 しかし、すぐに思い出しました。 建国神話に残っている人間の英雄たちの何人かが、離れた位置から相手に触れずに治癒魔法を掛けることが出来たという逸話を」


「死を覚悟した私に、何故か治癒魔法による痛みも苦しみも襲ってきません。 それどころか体力が回復すらしている感覚があったのです」


「『あんた、そんな姿をしているのに魔族じゃないのか? 俺のヒールが効いてるみたいだぜ』 そう男は言って、私の体を指さしました」


「『どうやら、俺の使えるヒールのレベルじゃあ、その胸の傷までは塞げないみたいだな』そう言って彼が指さす胸の大穴を見ると、割れたコアの残骸がボロボロに崩れ落ちていました。 マスターに植え付けられたコアには、治癒魔法を受けた事によるダメージが通っていたように見えました」


「どちらにしてもコアが無ければ魔力で傷を修復する事も出来ず、僅かに回復した体力の分だけ少し寿命が延びたと言う事でしかありません。 そして、何度治癒魔法を掛けて貰っても竜の爪を受けた大きな胸の傷が癒えることはありませんでした。 恐らく何らかの毒があったのでしょう…… 」


「ずっと黙って見ていた女の方が、男に向かって口を開きました。 『何かの毒が治癒を妨げているようです。 私がやってみましょう』 そう言って、私の胸元にかがみ込むと、両手を私の胸に近づけ何かを呟いたかと思うと、その手が眩しく輝きだしたのです」


「胸の痛みは和らぎ、心地よい光に包まれたような気がしました。 しかし、まだ体を動かす事は出来ません」


「『魔結晶の代わりが無いと、駄目みたいですね』と、女は言いながら男の方へ近寄り、何か耳打ちをしました。 男は驚いたような顔をしましたが、女が更に何か言うと頷き返しました」


「私は男と女に礼を言いました。 コアが無くても人間並みの魔力と体力に落ちるだけで、時間の経過と共に失った体液や組織の修復が済めば、再び動けるようにはなるだろう。 だから、このまま置いて行ってくれと頼んだのです」


「『しかし、それまで身動きもできない状態で、あなたの体力が持つでしょうか?』 女の方が私に言いました。 そして『一つだけ、良い方法があります』と言って、男と頷き会うのです」


「そして、『今から、ユイの魔結晶をお前に移植してみる。 それで駄目なら諦めろ。 しかし、力を取り戻したからと言って、さっき懺悔したことを忘れて人の世に仇為すようなら、俺とユイが必ず見つけ出してお前を殺すぞ』と、そう言ったのです」


「『私たちは、もう何百年も前から、ずっとこの人の仲間を探しているのです。 いつの時代に彼の仲間が辿り着いたのかは判りませんが、この世界に着いてから仲間を探して各地を巡り歩き、見つからなければ百年のインターバルで私と長い眠りにつく事で、大陸中を巡って彼の仲間の情報を探しているのです』と、そんな事をユイと言う女が話し始めました」


「『ここには、人の目に着かない眠れる場所を求めてやってきたんだ。 お前を助けるのは、ユイの単なる好意でしかない事は覚えておけ』 男がそう言うと、女が後の言葉を引き継ぎました」


「『私たちは、ここで再び百年ほどの眠りにつきます。 眠っている間は、私の中にある魔結晶は使い道がありませんから、上手く適合するか判りませんが、あなたにあげましょう。 かつて、私の魔結晶を魔族が手に入れようとして私の住んでいた里を襲って来た事がありますから、きっと適合する可能性は高いと思いますよ』と、そう言うのです」


「倒れたままの私に、ユイと呼ばれた女は再び近づくと自分の胸に手を当てて光る何かをゆっくりと取り出しました。 それは今まで私の中に埋め込まれていたコアよりも大きな球体でした」


「『さあ、駄目だったら諦めて下さいね』 そう言うと、その光る球体を私の傷口が塞がった胸に押し当てました」


「その光る球体が、私の体の中にスッと何の抵抗もなく入って来た瞬間、『ドクン!』と大きく体を流れ始めた魔力の流れを感じたのです」


「ようやく立ち上がることの出来た私は、僅かにふらつくユイと言う女性と、彼女を大切そうに支える男性に向けて、頭を地面に擦りつけてお礼を言いました」


「『気にするな。 改心したお前の心が本物だと信じたからユイが魔結晶をお前に譲ったのだ。その代わりに、俺たちを裏切るなよ』 男がそう言うと、ユイという女性の足下から九本の光り輝く花弁のような物が延びて来て二人を包んで行くのです」


「もしや、あなたはハイドというお名前では? 私はそう訪ねましたが、抱き合った二人は無言で輝く九枚の輝く花弁に覆われて行きました。 そして光が消えた後に、二人が居たその場所には大きな花の蕾のような形をした岩が遺されていたのです」


「恐らく二人は、蕾のような岩の中で百年の眠りについているのだと、私は感じました」


「以前より強い魔力を取り戻した私は、マスターから再び支配を受けないよう行方を眩ますことにしました。 いくつかの国を経て、このキトラにやってきたのは、およそ七十年程前の事です」


「この地で、私は人々を高みから俯瞰した救いを与える神殿ではなく、人々を同じ目線で共に救おうとするキトラ独自の教えに出会い、さる高僧に弟子入りをしたのです」


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