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85:ジエイ大師

「いえ、私はヒエイの山の上に一人で住んでおります。 ここに居たのは、たまたまでございまするよ」


 飄々とした態度で、ジエイさんはそんな返事をした。

 たまたまにしては、ずいぶんと深刻そうな顔をしていましたよ、という言葉を俺は飲み込む。


 何となく、突っ込んではいけないような雰囲気がしたのだ。

 たぶん、それは間違っていないだろうという気がする。


 俺たちがジュディスを祀っている社へ向かっていると聞いたジエイさんは、何故か同行したいと言い出した。

 特に断る理由も無い俺たちだから、一人増えてゾロゾロと一緒に歩く事になる。


「カズヤ殿でしたかな? バル殿とは、ずいぶん長い付き合いだとか言っておりましたな。 差し支えなければ、どのような出会いだったのか教えていただけませんか?」


 ジエイさんは、どうやらバルに興味があるらしい。

 逆に、バルはまったく興味無さそうだけど…… 


 俺は、チラリとバルの方を見て様子を伺う。

 それに気付いたバルが、コクリと小さく頷いた。


 俺は、ジエイさんに子供の頃バルを拾ったときの事を話した。

 これは他のみんなも知っている事だから、支障は無い。


 その話を引き継ぐように、バルが口を開く。

 それは、俺に拾われる前の話だった。


「この世界では無いとある平和な場所でな、気の合う友と隠れ里の仲間と共に、しばらく暮らしていたのじゃ」


 しかし、何故そんな話を皆の居る前で話すのだろうと俺は疑問に思い、そして気付いた。

 キトラに着いた夜に、バルが俺に話してくれた事の続きなのだと。


 いずれ時が来たら、皆にも自分から伝えると言っていた事を思い出す。

 それは、今なのか?


 そして、もう一つ俺は気付いた。

 バルの視線が俺たちではなく、ジエイさんに向かっている事を。


 彼女は、俺たちにではなくジエイさんに話しているのだろう。

 俺たちや、関係の無いカインさんの居る前で話し始めたという事は、彼女自身の中で隠しておこうという気持ちが以前よりも薄れているのかもしれないと感じた。


「わしの友が一定期間だけ力を減じる時期があって、余所からやって来て里の外れに住むことを許されていた魔族共が、平和な里を襲って来たのじゃ。 わしは力の減じた友を守り、隠れ里の仲間と共に戦って敵を退けたが、不覚にも大きな怪我をしてな、一体だけ仕留め損なった敵を里から引き離す為に、友の力が減じて綻んでいた結界の狭間より敵と共に飛び出したのじゃ。 そして敵を倒したところで魔力が尽きて、後は死ぬのを待つばかりの処で小さな子供だったカズヤに助けられたのじゃ」


「あの怪我は、そういう訳だったのか」


 俺は、大怪我をして裏路地の陰で死にそうになっていた子猫を拾ってきたつもりだったけど、あの怪我にそんな経緯があったとは知らなかった。

 て言うか、俺の前ではずっと子猫だったし…… 


「カズヤは魔素の希薄な世界で、珍しく無自覚に魔力が強かったのじゃ。 わしを見つけたのがカズヤで無ければ、怪我からの早期回復も望めないどころか、恐らく死んでおったじゃろうな」


「うむ、生まれたときから魔力の漏洩が感じられてな、母親が居なくなる前からレイナと足繁くカズヤの家に通っておったのは、暴走せぬように見守る為でもあったのじゃよ」


「そうよ、どのタイミングで魔力の話をするべきなのか、イオナと悩んだわねぇ」


 なるほど、朝目覚めるとバルが俺の腹の上で良く寝ていたのは、俺の漏洩魔素を吸収するためだったのか。

 今更ながらに、納得した。 と同時に、ちょっとガッカリした。


 イオナもレイナも、よく家に来るなあと思って居たけど、そういう訳だったのか。

 まさか、自分に魔力があってコントロール出来ていない魔素が漏れていたなんて、解らないよな。


「うちのクリスも小さい頃から魔力があるとかで、ハヅキとどう育てようかと悩みましたからねえ、解りますよ」


 カインさんが、そんな事を言って妙に納得した顔をして、うんうんと頷いていた。

 たぶん勘違いをしてると思うけど、その方が俺たちにとっても『違う世界』という部分をスルーしてくれているので、実に都合が良い。


「それでジエイ殿は、わしの見たところ魔族のように見えますが、何故に人の世のために危険を冒して働いておるのじゃろう?」


 その問いを聞いて、バルがジエイさんの方をチラリと見た。

 そのせいなのか、バルの昔話はそこで終わった。


 ジエイさんは僅かな沈黙の後に、バルの方へ視線を僅かに動かしたのが見えた。

 そして、何処か遠くを見るような表情で、その口を開いた。


「ご察しの通り、私は魔族です」


 そこで、ジエイさんは口を閉じた。

 イオナは無言で頷くだけで、ジエイさんに先を促すことも無く黙っている。


 そして、ジエイさんが再び口を開いた…… 


「他人の事を不躾に詮索しておいて、自分の事を何も話さないのは失礼であろうな。 これは特に隠している事では無いが、誰にでも気軽に話す話でも無い事は、先にお断りしておきましょう」


 魔族と言えば、ヤムトリアで出会った人間の世界に害をもたらす存在しか俺は知らない。

 そんな存在が、なぜ人の世を守るような真逆な事をしているのだろう。


「ふむ、誰にでも他人から隠しておきたい事の一つや二つはあるもの。 無理にとは言わぬが、差し支えなければお聞かせ願いたい。 どうして世界の陰で人目につかぬよう人の世に禍をもたらして来た魔族が、敢えて表の世界に隠れもせず居るのか? しかも、ジエイ殿は、人の世を守っているおられる」


 イオナの抱いていた疑念も、俺と同じだった。

 ジエイさんの場合は、ただ勝手に人の側に立って動いているというだけでは無く、王都の警護隊やキヨクラさん、ハラーキィさんたちとも信頼関係を築いているように見えた。


「その疑念は、しごく当然でしょうな。 私は魔族からみれば裏切り者であり、追われる身でもあるのです。 キトラで目立った事を続けているうちに魔族の刺客に狙われた事もありましたが、全てを返り討ちにしているうちに、やがて刺客も来なくなりました」


 何だろう、刺客が来なくなったと言う事に、すごく違和感を覚える。

 そんなに魔族っていうのは、甘いんだろうか?


 どちらかと言えば、しつこく何度でも裏から手を回して来るようなイメージが魔族にはある。

 まあ、魔族と言っても俺は実体を知らないで、勝手なイメージで考えているだけかもしれないけど…… 


「魔族が、裏切った者への報復を諦めるなどと言う事が有り得るのかの?」

「恐らくは別の策を練っているのでしょう」


 イオナとジエイさんの会話という形で話は続いているけれど、ジエイさんはチラチラをバルに視線を送っていた。

 これも、身の上話という形を借りてバルに話しかけているのかもしれないと、俺はそう感じた。


「着きました。 ここがジュディス様を祭っている社になります」


 カインの指さす方向を見れば、小高い樹木で囲われた公園のような場所があった。

 入り口と思われる場所には、太い二本の巨樹が両脇にそびえ立って居る。


 ちょっとしたグランドくらいの広さがある敷地には、神社で見かける拝殿のような隔離された区画があり、その奥に建物が見える。

 入り口の前を通る一般の人は皆、その前で立ち止まると奥の拝殿らしき建物に向かって軽く手を合わせてから、何事も無かったかのように通り過ぎて行った。


 その何ら特別ではない、手を合わせるという行為が日常的で当たり前の行動とも見える仕草に、俺は妙に感心してしまった。

 無信心な俺は、あっちの世界でもそんな事はした事が無かったし、周りの人間がそんな事をしているのも見たことも無かったからだ。


「ここキトラでは、皆当たり前のように六神様にも他の神様にも、等しく手を合わせるんですよ。 もっとも、神殿はそれを良く思っていないようですけどね」


 カインさんが、俺の視線から何かを感じ取ったのか、そんな解説を入れてくれた。

 そうか、普通の人間だったジュディスもキトラでは神様の一柱として扱われているんだなと、妙な気持ちになる。


 思い返して見れば、あのミリアムもヤムトリアでは神格化されていたっけ。

 自分の知っている姿が子供っぽいミリアムなだけに、俺だけがそこに違和感を抱くのかもしれないなと、ふと思う。


 そう言えば、何処かで見た言葉だけど、『キリストも故郷へ帰れば大工の息子』ってセリフがあった事を思い出す。

 たしか、どんなに人が成長して子供の頃とは大きく考え方や行動が変わっていても、子供の頃を知っている人は昔の先入観に縛られて公正な評価を下すことが出来ないと言うような、そんな意味だったと思う。


 やがて、カインさんは俺たちを一つの拝殿の前に連れてきた。

 ここにジュディスが祀られているのだと言う。


 拝殿の中には、自由に入る事が出来た。

 その中には柵で区切られた区画があって、そこには観音開きらしい扉を閉ざされた小さな祠があった。


「中を覗くことは許されていませんが、この中にご神体が祀られていると言われています」


「ご神体と言うと、山車の上に掲げられていた聖剣の事ですか?」


「そうだと言う人もあれば、そうでは無いという人も居るようですよ。 私も、そこは判りません」


 この国で生まれ育ったカインも、そのご神体が何なのかは知らないらしい。

 もっとも、あっちの元居た世界でも、ご神体ってのは神職以外には秘密にされているのが普通だから、同じようなものなんだろう。


「カズヤ! こっちに肖像画があるわよ」


「ここには古代語みたいな文字で、何か書かれています」


 アーニャが指し示した物は、恐らくジュディスを描いたのだと思われる剣を高く掲げて人々を導く茶髪の美女の姿だった。

 ジュディスに似ているかと言われれば、正直疑問が残る。


 ただ、その手にした太刀と、身に着けた防具の意匠には見覚えがあった。

 ほぼ間違い無く、俺のクリエイトした太刀と防具だ。


 メルの見つけた古代語の書かれた板は、漢字交じり文の建国神話にまつわる縁起書だった。

 達筆過ぎて一部読めない文字があったりしたけど、ジュディスが突然この土地に降臨して、魔獣の脅威から人々を救い、争いを収めてキトラ建国の礎を作った事が書かれていた。


 やはり、ミリアムと同じように六神の遣いが降誕して、ジュディスの仲間の居る場所へと誘い、役目を終えたジュディスは天へ昇っていったと結ばれている。

 細部の僅かな違いを除けば、ミリアムの建国神話とほぼ同じ内容だった。


 メルに読み聞かせた文章の内容を聞いていたカインさんとジエイさんが、驚いた顔を見せる。

 どうやら、古代語を俺が読んだことが驚きの原因らしい。


 うっかりしていた。

 この世界の人は、漢字とか英文字を使っているくせに、読み書きが平仮名くらいしか出来ないという事を、俺はすっかり失念していた。


 ジエイさんが、真面目な顔で俺に言った。


「老婆心ながら、古代文字を読める事は他言しない方が良いでしょうな。 何処の国でも、その手の研究者は行方不明になるか、或いは不慮の事故で亡くなる方が多いようですからな」


「わしが暇つぶしに古代文字の研究をしておってな、弟子でもあるカズヤには読み書きを習わせておるのじゃ。 カイン殿にジエイ殿、要らぬトラブルを避けるために、この事は他言無用に願いますぞ」


 それを受けてジエイさんは無言で頷き、カインさんは納得していないような顔を見せる。


「は、はい。 しかし、古代語を読めるのであれば、何処の国でも仕官は思うままでしょうに、個人的には勿体ないと思いますよ」


 カインさんの言葉に対して、仕官など窮屈な事は考えていないと返したイオナの言葉には、自分の立場に置き換えたのか、理解を示してくれたようだった。

 そして、話が建国神話の事に戻ったときに、ジエイさんがハイドさんらしき人に出会った事があると言い出した。


 俺は、思わず聞き返す。

 それは、あまりに有り得ない話ではないだろうか。


 どう考えても、ミリアムやジュディスたちが建国の為に活躍したのは千年以上前の話だ。

 ジエイさんが出会ったというのは、聞いてみれば僅か百年ほど前の事で、時系列的には有り得ないのが子供でも判る。


 いくら魔力が強かったとしても、千年以上も生きているなんて事はあるのだろうか?

 ジエイさんは俺の問い掛けに応えて、ハイドさんとの出会いと、キトラを守る決心をするに至ったエピソードを話してくれた。


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