83:デリカシー
「そうでしたか、あなた方が調査隊のポーターをねぇ…… 」
依頼を受けざるを得なかった俺たちは、調査開始の日までキトラの王都に留まることとなった。
出発は三日後だったので、俺たちは昨夜泊めてもらったハラーキィの家へ戻ることにした。
戻ることになった理由は、結局宿が取れなかったからだ。
門東寺での雑魚寝はアーニャたちが嫌がったので、ダメ元で頼んでみようという事になった。
そこで今日の事情を話して、それまで泊めてもらう事になったという訳だ。
たまたまだと思うけど屋敷に居たハラーキィは、快くそれを承諾してくれた。
「収穫祭を兼ねたキトラの建国祭は、メインの建国歴行列の前後合わせて一週間ほど続きますからね、調査隊の出発も三日後に祭りが終わってからになりますよ。 ここには口うるさい執事もメイド長もおりませんし、それまでゆっくりし観光でも楽しんで行かれるのが良いでしょう。 ただし…… 」
ハラーキィは、そこで真面目な顔になり言葉を途中で止めた。
その後に何と続くのか、雰囲気に呑まれた俺は黙って次の言葉を待つ。
何か、代わりに条件が付きそうな雰囲気だ。
漫画とかなら、『ゴクリ』と『ゴキュッ』か唾液を飲み込む擬音が付きそうな場面だろう。
「ただし? 条件は、何じゃろうか」
気圧された様子もなく、重くなった雰囲気を壊すようにイオナが平然と聞き返す。
ハラーキィは、それを見てクスリと笑みを漏らし、笑顔になった。
「いえね、皆さんポーターをやるような低いランクには見えない程にお強いので、今宵も魔物退治のお力をお借りしようかと思いましてね」
そう言えば、途中から加勢に加わった俺たちの戦いを、ハラーキィには見られていた。
実力を隠すどころの話じゃ無いな、これは。
そう思って居たら、イオナが突然笑い出した。
どうすんだよ、という気持ちで俺はイオナの方を見る。
「まだ冒険者には成り立てじゃでな、ランクは序列通りにCの3なのじゃよ。 それまでは山奥で長いこと修行を積んでおったでな、正直実力はそれなりにあると自負しておりますぞ。 人里に下りてきたのは、この世界を旅して弟子共の実力を試すためでもあるのじゃ」
「左様でしたか。 であるのなら、あの戦い振りも納得。 期待しておりまするぞ」
それだけ言うと、ハラーキィは仕事に出掛ける途中だったらしく、立ち上がる。
彼は宮廷直属の魔法師部隊のトップらしく、昼間は昼間で仕事があるらしい。
俺は、そんなハラーキィを呼び止めた。
それは、聞きたいことがあったからだ。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「ふむ、何でしょう?」
ハラーキィはその場で立ち止まると、俺の方を振り返った。
従者の、アゲハとカゲロウの視線が俺に集まる。
「建国神話の事なんだけど、このキトラにも何か残ってたりするのかなって思って」
「何かとは? 具体的にどのような事でしょうか?」
「いや、ヤムトリアには聖ミリアム…… 様、の遺物が残されていたって聞いたから、キトラと言えばジュディス様の遺物とか何かが残っているのかなと思ってさ」
「ふむ、我がキトラ建国の英雄はジュディスでは無くジューダス様と伝えられておりますが、遺物と言えば聖剣『イルミナ』のレプリカが、明日の建国歴史行列でご神体として中央通りを行進するはずですよ」
ハラーキィは、さも当たり前のように言った。
だけど、こっちの世界の事をまだ詳しく知らない俺にとっては初耳だし、これは重大なニュースだ。
ジューダスとは、きっとジュディスの事だろう。
長い間に呼び名の正確な発音が変わってしまうことは、充分に有り得る事だと思う。
ヤムトリアにミリアムの名前と俺の作った武器のレプリカが残っていて、ここキトラにもジュディスの武器がレプリカとして残っているという事は、間違い無く彼らはこっちの世界へやってきたという事なんじゃないだろうか?
或いは、俺があっちの世界を去ってすぐに世界が大きく変わるような何かがあって、彼らも巻き込まれたのかもしれないけれど、そうじゃ無いと思う。
何の根拠も無いけれど、俺はそう思った。
残念なのは、彼らが活躍したという時代と今とでは千年近い月日が経過しているという事だ。
いくら魔力のある人間は長生きだと言っても、ものには限度がある。
だから、彼らが俺と同じ世界でも生きていたんだという証を、是非とも見たいと思った。
明日のお祭り行列は、是非間近で見る事にしよう。
ジュディス…… いや、ジューダス様の使っていた武器が、ヤムトリアで見たミリアムのメイスと同じように俺の作った物と似ているかどうかを確かめるためにも、それは見るべきだと思う。
とりあえず、ハラーキィの好意によってキトラでの宿が確保出来た事で安心した俺たちは、祭りを見るために中央通りへと出掛ける事にした。
夜はあれほど人の気配が無かった中央通りだけど、朝早く冒険者ギルドへ向かったときには屋台の設置が始まっていて、ハラーキィの屋敷へと戻る頃にはかなり賑やかになっていた。
そんな中央通りへと、俺たちは王城の北東にあるハラーキィの屋敷から城壁の堀に沿って歩く。
王都も広いようだけど、軽く1時間も歩けば王城の南門近くへと出られた。
屋台からは、肉が焼けるような良い匂いが漂っている。
その匂いを嗅いでいると、軽く朝食を摂ったばかりだというのに、腹の虫が騒ぎ出した。
「カズヤ! お腹が空いたわ」
アーニャが、何故か焼き肉屋台の前で俺を呼び止める。
単独行動を取った場合でも不自由をしないように、イオナが換金したお金や魔石はいくらか各自に割り当てられているから、俺に頼む必要は無いはずだ。
まあ、基本的にみんなで行動している時のお金はレイナが管理しているから、全員揃って外食なんかの時は、まとめてレイナが支払いをする事になっている。
だから、この場合はレイナにお伺いを立てるべきなのだ。
「え! てか、何で俺なんだよ」
俺は、そう言い返しながらチラリとレイナの方を伺う。
確かに、軽く朝食はハラーキィの家で食べてきたけど、遠慮したせいか少しだけ小腹が空いている感覚が無い訳じゃなかった。
「そうね。 せっかくのお祭りだし、ちょっと軽く摘まむのも悪くないですね、ねぇイオナ」
「そうじゃの。 屋台で買い食いをしながら散策するのも祭りの醍醐味の一つじゃでな、何か買って食べるとしよう」
イオナの返答を聞いたメルが、何故かガッツポーズをしている。
バルは喜ばしい顔こそしていないが、香ばしい臭いの元である得体の知れない串焼き屋台の前で、既にスタンバっていた。
同じように喜ぶはずのアーニャは、何故か不満そうに俺を睨んでいる。
まったく訳が判らない奴だと俺が首を傾げていると、レイナが俺にお金を差し出した。
「和也、アーニャやメルちゃんには、あなたが買ってあげなさい」
「ふむ。 わしらは、あそこで待つとしよう」
イオナが指さした場所には、簡易なベンチが置かれていた。
簡易な木製のベンチで、背もたれもない。
イオナやヴォルコフたちは、通りの脇に設置されたベンチへと向かう。
ふと振り返れば、既にレイナは屋台のオッサンに向かって注文を告げていた。
俺も、慌てて串焼きの屋台に首を突っ込んで、四本の注文を入れる。
僅かな待ち時間で、予め火を通してあったらしい串焼きが再び表面を炎に炙られ、滴り落ちた肉汁が炭の上に落ちて、小さく炎を上げた。
流石に火の魔石を使って焼いてる訳じゃないんだなと、それを見て思った。
まあ、それなりの値段になるだろう魔石を使うよりも、間伐材で木炭を作る方が燃料代としては安いんだろう、きっと。
「ほい! 一人一本ずつだぞ」
「ありがとう! カズヤ兄ちゃん」
二番目に受け取ったメルが、真っ先にお礼の言葉を返す。
バルは無言で受け取るが、明らかに嬉しそうだった。
ただ一人、言い出しっぺの癖にアーニャだけが、渋い顔をしている。
ほんのちょっとだけ間があって、ようやく串焼きに手を伸ばした。
「食べ物に罪は無いんだけど、こういうのは気を利かせて迷わず自分の財布から買ってくれるからこそ、価値があるのよ」
「なんの価値だよ。 お腹が減ったって言ったのは、お前だろ? 美味そうな串焼きが手に入ったのに、いったい何が不満なんだよ」
「カズヤ兄ちゃん。 私も、アーちゃんの気持ちが判らないでも無いかも…… カズヤ兄ちゃんって、そういうところ少し鈍いもんね」
「そうね。 カズヤにデリカシーを求めるのが間違ってたわ。 でも、一番先に渡してくれたのは合格よ」
「ちょっ、何が合格なんだよ。 一番腹が減ってそうだから先に渡したんだろ」
「カズヤのバカ!」
俺がそう返すと、露骨にアーニャが渋い顔になった。
気を遣ってやって、逆に機嫌を悪くされたんじゃたまらない。
「カズヤ兄ちゃんは、その鈍いところが安心できて良いところでもあるけど、こう言う場合は悪いところでもあるのよ」
メルが俺にそう言うと、アーニャを促してベンチへと向かって言った。
振り向いたアーニャが、俺に右の人指し指で右の下目蓋を引き下げて小さく下を出した。
「あんにゃろ、あかんべぇかよ。 まったくガキだな」
既に、バルはベンチに座って、串焼きをイオナたちと一緒に頬張っていた。
俺は半ばムカつきながら、その場で串焼きに齧りつく。
異世界と言えば何故か串焼きだが、確かに焼いた肉はシンプルで美味い。
味付けは塩と僅かな何かの香辛料だけだったけど、祭りの賑やかな雰囲気の中で食べると言う事もあって、充分に美味しかった。