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77:宿無し

 その夜、宿にあぶれた俺たちはスザク大路と呼ばれているメインストリートを歩いていた。

 アドバイス通りに宿を最初に探さず、先にギルド硬貨をキトラ硬貨へ両替しようと冒険者ギルドに行ったのが間違いだったのか、それとも初めから宿が満室だったのかは判らない。


 南門付近の宿に軒並み断られて、西門周辺、北門周辺、東門周辺と廻ってみたけど、全部満室だった。

 あちらこちらへと歩き回っているうちに夜も更けてきたので、仕方なく中央通りであるスザク大路へと戻ってきたところだ。


 差し渡し二十メートル近くある幅広いスザク大路のあちこちには、俺たちと同じように宿にあぶれたと思われる旅人らしき人たちが座り込んでいた。

 季節的には朝晩が冷え込むだけに、野宿はちょっと辛そうだ。


 とは言え、俺たちに関しては無縁な話だ。

 街中で野宿とかして市中警護の兵士に取り締まられるのも嫌だから、基本的には宿があれば泊まるけれど、宿が取れないのなら俺が結界を張って野宿をすれば、下手な宿に停まるよりも文化的で快適な生活が出来るのは間違いが無い。


「あたしはお風呂に入れるなら、野宿大歓迎よ」


「アーニャ! 野宿とか言うなよ。 せめて野営と言ってくれ」


「わたしも、和也兄ちゃんのクリエートする文化的なトイレとお風呂を自国に普及させたいです」


「いや、メルの言うようなのは、それなりのインフラが無いと無理だと思うぞ」


 そんなどうでも良い会話をしていると、ローブの裾をツンツンと引っ張られた。

 下に目をやれば、バルが足下で俺を見上げている。


「わしも久しぶりに、ゆったりと風呂に入りたい気分じゃな」


「そうは言っても、こんな大通りの脇で野営して良いのかな? まあ、隠遁結界を張るから見つかることは無いと思うけどさ」


 街路に植えられた木の根元に、俺たちは形ばかりの荷物を置いた。

 やはり人は同じような事を考えるらしく、あちらこちらの街路樹の下には宿を取れなかったらしい人達がローブに包まり、マントを被って野営の支度をしている。


「お前たち! こんな場所で野営をしていると鬼に喰われるぞ! 城内での野営は禁止だ!」


「今日は、この辺りに鬼が現れる事になっている。 早々に場所を移るのだ! 今宵は門東寺にて宿あぶれ者の受け入れをしておるから、命が惜しければすぐに向かえ!」


 夜の静寂を突いて、北の方からそんな大声が聞こえて来た。

 声のする方を見れば、十数騎の騎士が馬上から野営をしようとしている人達を追い立てている。


「どう言うことなの? 街中に鬼だか魔獣だか知らないけど、そんな物が現れるってだけで都市の防衛機能はどうなってるのって事なんだけど」


「そうね。 普通は城壁を越えて人に害を及ぼすものが進入するだけで大騒ぎのはずなのに、彼らは現れる事を前提としてるのね」


「ふむ、しかも場所まである程度特定できておるようじゃの」


「それって、出現場所に規則性があるって事なのかな?」


 俺は、そんな疑問を覚えた。

 そもそも来ると判っているのは、彼らから鬼と呼ばれている魔物なのか魔獣なのか、それとも魔人とか魔族の類いなのかは判らないけど、そんな物を王都に放置しているって事が理解できない。


 王都と言えば、国の中心じゃないか。

 そこへ日常的に何かが現れて人に害をもたらすなんて、ちょっと治安という意味では考えられないシチュエーションだ。


 馬に乗った騎士たちは…… いや馬と言ってもちょっと違う生き物なんだけど、それはこの際気にしないとしても、隠遁結界に包まれて野営の準備を始めていた俺たちの横を素通りして、宿にあぶれた人達を南門の方へと追い立てて行った。

 騒々しく彼らが通り過ぎた後には、静寂だけが残る。


「どうする? 俺たちもその門東寺ってのへ行く? てか、寺ってこっちの世界で初めて聞いたんだけど、仏教とかこっちの世界でもあるのかな?」


「ふむ、わしも昔聞いた話じゃが、キトラは神話の時代より奇跡的に残された遺跡が、まだ市中のあちこちに残っておると言う事じゃ。 それだけに、ほぼゼロから建国された他国とは文化面で大きく異なっているそうじゃの」


「わたしも、キトラの王都は土地を掘り返すと色々な物が出てくると、そんな噂話を聞いたことがありますわ。 それだけに、六神様の神殿に帰依しながらも土着の信仰を欠かさない宗教的にはやりにくい土地だと、上位神官様がぼやいていたのを覚えています」


 まあ、寺って呼ばれてるから仏教だろうって頭から決めつけるのは、ここが異世界だけに無理があるのかもしれないな。

 でも、宗教的には神殿もやりにくい場所なんだろう。


 それは、宿を取れずに困っている人達に救いの手を差し伸べようとしているのが、大陸中に勢力を張り巡らしていると言われる神殿ではなく、土着の宗教らしきお寺だと言う処に感じられた。

 でも、それは少しばかり矛盾を孕んでいる。


 何故ならば、ヤムトリアの博物館で聞いた建国神話によれば、キトラを含む始祖六国の成立と六神を祀る神殿は成立時期を同じくしているのだ。

 だとするのなら土着と言われるキトラ独自の宗教は、それ以前から成立していた事になるのでは無いだろうか?


 もっとも、神殿の成立はもっと後の時代で、神話自体が神殿に都合良く後生に改竄された物じゃないという確証も無いんだけどね。

 歴史は為政者に都合の良いように書き換えられるって、何処かで偉い人が言っていた気もする。


「あたしは、野宿の方が良いわ。 だって、お寺に行ってもどうせ野宿は変わらないだろうし、人が大勢居る場所で雑魚寝とか嫌よ」


「いや、だからアーニャは、わざと野宿って言うなよ」


「何より、お風呂も無さそうですよね」


「そうよね! メルちゃんの言う通り、レディにとってお風呂は何よりも大切よ。 ねぇバルちゃん」


「そうじゃな、風呂は譲れぬな。 鬼と呼ばれる者など、わしらの邪魔をするくらいならば倒してしまえば良いのじゃ」


 いや、面倒なのは避ける方向でお願いしますっての。

 自分からトラブルに向かってゆくのって、何かおかしくないか?


 何となくチビロリ軍団に押し切られる未来が容易に予想できるので、俺は心の中だけで呟いた。

 どっちにしても、隠遁結界を張っていれば鬼とか言う奴が来ても見つからずにやり過ごせるだろうから、トラブルに巻き込まれる可能性は低いだろう。


 かなり遅い夕食と言うよりも限りなく夜食に近い食事を済ませてから、俺たちは拒絶結界と隠遁結界の中でお風呂に男女交代で入り、明日に備えてジャンケンで負けた俺が最初の不寝番になった。

 明日も、宿が取れない事は覚悟しておく必要があるだろう。


 周囲を見渡すと、何処から湧いてきたのか所々街路樹の下辺りに人影がチラホラ見える。

 宗教上の理由なのか何なのか判らないけど、騎士たちに追い出されて隠れていた人達が、恐らくまた戻って来たんだろう。


 独りまったりとコーヒーを飲みながら周囲に気配感知を張り巡らせていると、後ろから誰かが起きてきた気配がした。

 この気配感知の反応は、バルだ。


「この地は、ずいぶんと魔素が濃いようね」


 いつもと違う喋り方にピンと来て振り向くと、そこには幼女から少女バージョンに切り替えたバルの姿があった。

 相変わらず、大きい…… いや何がって、お胸がね。


 ストレートロングのプラチナブロンドを右手で掬い上げて、耳の後ろへと持ち上げる仕草に思わずドキリとしてしまった。

 ロリババアだ、目の前にいるのは齢五百歳を越えるロリババアなんだと自分に言い聞かせて、変な気持ちを意識の外へと押しやる。


 そう自分に言い聞かせながらも、完璧なプラチナブロンドって睫もプラチナブロンドなんだよなと、変な処に感心している俺が居た。

 バルの睫は、よく見ると髪の毛よりも少しだけ色が濃い。


 そのせいなのか、化粧をしていないというのにアイラインがクッキリとしていて、金髪さん特有の目元がボケた印象が無い。

 気が付けば、俺はバルをジッと凝視していたようだ。


「なんか付いてる?」


 少し小首を傾げながら問い掛けるバルに、俺はドギマギしてしまう。

 何か話題を変えなければと必死で考えて、逆に質問をしてしまった。


「いや、そう言えば…… お前、アーニャが魔族に襲われた時、何処に行ってたんだ? 言いたくなければ別に良いんだけど、ちょっと気になってたんだ」


 そう言えば、あの時は掠われたメルの奪還と怪我をしたアーニャの報復で、彼女が何処かへ出掛けていたことが有耶無耶になっている事を、俺は思い出していた。

 俺とティグレノフさんたちが、メルを連れて宿に戻って来た時にはバルも既に帰って来ていたので、深く追求するのを遠慮していたのだ。


 なんだろう…… あの時はバル自身が出掛けていた先について深く追求されたくなさそうな雰囲気だったので、何となく日本人的に空気を読んで深く追求をしなかった。

 俺自身も凄く知りたい訳じゃ無いけど、やっぱり仲間が何か深刻そうな秘密を隠しているってのは、それが外から見えないようにしているのなら気付かずに済ませることが出来るけど、あんな事が有ると心の底にモヤッとした物が残ってしまう。


 聞かない方が良いってのも大人の対応として判るけど、やっぱり心の底に引っ掛かっていたのは間違い無い事実だ。

 これが見知らぬ他人なら、どうでも良い事なんだけどな…… 


「ん…… あの日は、例のアンデッドが湧いた遺跡に行ってたの」


 ほんの少し言い淀んでから、バルは意を決したような表情になって、そう呟いた。

 アンデッドの遺跡と言われて、彼女が今の少女形態で戦うのを初めて見た時の記憶が甦る。


 幼女バルは、当然のようにノーブラだ。

 少女形態になっても、衣類は俺の付与した製造スキルの『フィット』で体に合わせて伸縮をするから、巨乳になってもノーブラのままだった。


 遺跡の中で彼女が走る度に、そして動く度にユサユサと揺れる胸元の膨らみに視線を引き寄せられて、慌てて目を逸らしていた事を思い出す。

 よし! ブラにも『フィット』スキルを付与してバルにプレゼントしなければと、俺は決意した。


 多少サイズは違うかも知れないけど、見た感じではレイナと同じくらいだから何とかなるだろう…… 

 いや、そういうの詳しくないから駄目なのかな?

 とりあえず、レイナに相談だな。


 たぶん、ほんの数秒の間に、俺はこれだけの事を考えていた。

 そんな事を気付かれないように、俺はバルの答えに返答する。


「あんな処に、なんでまた…… 何か気になる事でもあったのか?」


 うん、俺は上手く誤魔化せていると、心の中で俺はそう確信していた。

 後から考えてみれば、俺は自分の動揺を誤魔化す事に集中していて、バルの話す内容の重大さにまったく気付いていなかったと言う事になる。


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