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68:誘拐

 俺が転移した場所は、裏路地の一角だった。

 既に、数十人規模の人だかりが出来て居る。


「おいっ! あんた、いま何処から…… 」


 俺は呼び掛ける声を無視して、乱暴に人だかりを掻き分けて進む。

 そこには、血溜まりの中にピクリとも動かず横たわるアーニャの姿があった。


 美しい巻き毛のプラチナブロンドには血糊がべったりと付着して、その白い頬に貼り付いていた。

 彼女のトレードマークのような存在のカチューシャは吹き飛び、近くの地面に転がっていた。


「獣人だよ、あの子。 可愛いのにねぇ…… 」

「でも、尻尾が生えてないよ」


 彼女の美しいプラチナブロンドの髪の毛の間から、びょこんと愛らしい猫耳が飛び出していた。

 見たところ、頭からの出血と腹部からの出血がおびただしい。


 背後の壁に激突したのか、壁面に付着した赤い血の跡が生々しい。

 腕を掴まれて放り投げられたのだろう、二の腕と細い指が、あらぬ方向に折れ曲がっている。


 俺は近付く時間も惜しくて、足早に歩きながら最高位の『エクストラヒール』をアーニャに飛ばした。

 薄く青白い光に一瞬だけ包まれて、意識を失っていたらしいアーニャが小さく身じろぎをした。


 微速度撮影された映像のように、折れ曲がっていた腕と指が見る見るうちに元に戻ってゆく。

 群衆からは、どよめきのような驚きの声が漏れた。


 俺は、そのまま彼女に近付いて血溜まりの地面に左の膝を突くと、冷たく湿った感覚を気にせず彼女の上半身を抱え上げる。

 動かしちゃ駄目だという声が、後ろから聞こえるけど無視してアーニャの小さな体を、俺の膝の上に抱き起こした。


 さっきの『エクストラヒール』で骨折が他にあっても完治しているはずだけど、念のために折れている箇所が無いか手を当てて確認する。

 例え万が一でも、治療が足りていない事があってはならない。


「ちょっと! どさくさに紛れて何処さわってんのよ」


 いつものアーニャの、聞き慣れた減らず口だった。

 俺は安心して、アーニャをギュっと抱きしめる。


「馬鹿野郎…… ツルペタのくせして、いっちょ前の口を聞くんじゃねーよ」


「もう、何処を触ってツルペタとか言ってんのよ! あたしだってねぇ…… って、ちょっと、カズヤ!、もう、あんた何泣いてるのよ。 こっちの調子が狂っちゃうじゃないのよ」


 俺はそれに答えず、無言でアーニャをギュッと抱きしめる。

 良かった、本当に生きていてくれて良かったと、心の中で呟きながら…… 


「ちょっと、苦しいわよ。 でもまあ、もうちょっと早く来てくれても良かったんじゃないの?」


「馬鹿たれ、これでも手加減抜きの最速で敵を倒して来たんだぞ。 恨むならゴブリンキングを恨めよ」


「何があったのか知らないけど、それは相手に取っては最悪だったわね。 カズヤの手加減抜きを喰らったんじゃ、今頃は肉片一つも残って無さそうだわね」


「ああ、たぶんこの辺りの冒険者がしばらく失業するくらいには、手加減しなかった」

「それじゃ、ちょっと遅れても仕方ないわね。 そうだ! そんな事よりメルが、メルが掠われたの!」


「お前、魔族って言ってたけど、それは確かなのか?」

「ええ、あれは間違い無く、あの夜に出会ったような魔族に間違いないわ」


「メルは、呼び掛けても反応が無いんだ。 彼女は無事なのか?」


 俺はさっきからメルに念話で呼び掛けていたけれど、返事は無かった。

 イオナやヴォルコフたちも、念話で呼び掛けているけれど、メルからは返事が無い。


〈とりあえず、あたしは大丈夫よ。 カズヤが助けてくれたわ。 それよりメルをすぐにでも取り戻さないと〉


 アーニャの返事で、イオナたちも安心したようだ。

 俺はメルを連れて、宿へと戻ることにした。


 メルの汚れた服と顔を『クレンリネス』で浄化し、血で汚れた髪の毛も元通りになった。

 ただ、失った血だけは元に戻せないから、アイテムボックスからスポーツドリンクを取り出して、せめてもの水分とミネラル補給だけはさせておいた。


 アーニャには『ブレス』を掛けて体力を増強させ、壁に付着した分と地面に広がったアーニャの血液も『クレンリネス』で浄化して、元通りにする。

 そして、色々と問いかけてくる群衆を無視したまま、俺はアーニャを連れて、その場から宿へとテレポートした。


 もう、この街にも長居をする必要も無いし、報告書は適当に何も無かったと書いて提出する事にしよう。

 だから、もう色々と隠すのは止めだ。


 俺は、自分のこの判断に自信を持っていた。

 同じ事があれば、何度でも俺の持つ力を出し惜しみせず、そして隠す事なく仲間を助けに行く事に迷いは無い。


 俺とアーニャがテレポートする直前に、王都にある時計台の鐘が激しく何度も鳴り響いた。

 人々が驚きの声を挙げて、時計台の方向を見上げていたのが、テレポート前に見た最後の光景だ。


 宿に戻った俺は、アーニャをベッドに寝かせる事にした。

 あれだけの出血をした後だから、休むべきだと考えたのだ。


 アーニャが寝ついてから、しばらくするとイオナたちが戻ってきた。

 バルは、まだ戻るのに時間がかかると連絡があった。


 ドタドタドタと、乱暴に階段を駆け上がる足音がした。

 バン!と乱暴に部屋のドアが壊れそうなくらい勢いよく開かれて、ヴォルコフとティグレノフが飛び込んで来る。


「アーニャ! 無事なのか?」

「アーニャ! 何があった! 誰にやられたんだ!」


「アーニャの様子はどうじゃ? その様子を見るに、間に合ったようじゃの。 して、メルの居場所は、掴めたか?」

「良かったわ。 その様子なら、大丈夫そうね」


 僅かに遅れてイオナとレイナが部屋に入ってきた。

 戻ってきて早々に、イオナやヴォルコフたちから矢継ぎ早の質問が投げられる。


 相手が魔族らしい事と、それ以外の詳しいことは、まだ判らないと俺は答えた。

 無事だと言う事は戻って来る前に念話で伝えてあったけど、やっぱりみんな自分の目で見なければ安心出来ないのだろう。


 とりあえず彼女は、ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てている。

 無事にベッドで横になっているアーニャを見てヴォルコフたちの興奮が冷めた頃、ふと思い出したようにイオナが外の様子を口にした。


「そう言えば、なにやら門の辺りが騒がしかったようじゃの。 武装した兵も多数でていたようじゃったぞ」


「かなりの数の騎士や兵士たちを、あちこちで見かけましたわね」


 それを聞いて、俺はライオネルがモンスター襲来に備えて迎撃態勢を作っているのだと思った。

 まさか、あの森ごとモンスターの大群が広範囲に消去されているとは、思わないだろう。


 あの場所は、たぶん俺の居た場所を中心に直径数キロに渡って森が消失していると思われた。

 俺を真上から襲ってきた高熱の光は、あの白い衣装の奴が放った大魔法なんだろうか…… 


「和也よ。 メルの居場所は、感知できないのか?」


 そうだ! アーニャの無事を確保した今は、何よりもメルの居場所を突き止めて助けに行かなければならないのだ。

 俺は、全神経を『気配感知』スキルから得られるイメージの取得に振り向けた。


「駄目だ…… まったく、念話のイヤリングが発するはずの反応が掴めない」


 俺はポツリと呟くように、小声で弱音を吐いた。

 感知範囲をどれだけ広げても、念話のイヤリング独特の反応が一切得られないのだった。


 俺の『気配感知』は、感知範囲を狭めれば具体的に個々の細かな位置まで掴むことが出来る代わりに、感知範囲を広げると位置情報は曖昧になってゆき、座標の誤差が大きくなる。

 アーニャのすぐ近くにテレポートできなかったのは、森から感知範囲をかなり広げて感知したからだ。


「お前の感知魔法は、探す対象を任意で絞り込むことが出来るのかの?」


 俺はイオナの問いに対して、コクリと頷く。

 感知対象を広げて何でも感知しようとすれば、それは可能だ。


 しかし、そんな事をしてしまえば子ネズミから小虫から、何でもかんでも感知に引っ掛かってしまい、俺の得られるイメージは一面が全て小さな光点だらけになってしまうだろう。

 だから感知する対象はある程度の大きさで絞るか、念話のイヤリングのように俺が作った特殊アイテムだけに絞っているのだ。


 俺は、その事をイオナに説明した。

 気配を感知するというゲームで得たスキルも俺の他のスキルと同じく、こっちの世界には存在しない魔法らしかった。


「もう、和也の感知範囲外となるような遠い国外に連れ出されたのか、それともメルの居る場所には魔法を阻害するような結界でも張ってあるのかしらね」


 レイナが、そんな事を呟いた。

 それは、俺も一度は可能性の一つとして考えた、最も考えたくない答えだった。


 そうなってしまえば、メルの居場所を俺が掴むことは出来なくなってしまう。

 イオナたちが戻る前にも、遠く隣国を越えて最大範囲で広く薄く念話のイヤリングを探してみたけれど、何も判らなかったのだ。


「ふむ、では和也よ。 検知対象を無制限にして、徐々に範囲を広げてみるのじゃ。 気配の反応が一切見られない場所は、この近くに無いかの?」


 きっとその時、俺の頭の上にはビックリマーク、いわゆるエクスクラメーションマーク『!』が浮かんでいたと思う。

 イオナの言葉は、文字通り目から鱗が取れるような想いを俺に与えた。


 俺は、感知対象を絞り込むことを止めて、『気配感知』から帰ってくるイメージを探る事にした。

 予想した通り小動物や虫や、果ては恐らく微生物なども感知しているのだろうけれど、俺の周囲は全面が対象から検知される光点のイメージで埋め尽くされる。


「ある! 一カ所だけ、一面光で埋め尽くされている中に真っ暗な光の無い円形の場所があるぞ!」


「一カ所じゃと? それは、あの歴史博物館か?」


「いや位置的に、別の場所だ。 王城の広い敷地内だけど、微妙に王城とは位置が違う…… 」


「ふむ、正直言って王城内部にある謁見の間あたりと、王立歴史博物館は確実に引っ掛かると思っておったが、さすがに常時魔法陣を発動させたままでおる訳でも無かったか。 おそらく、それなりに魔力消費が高いのであろう」


 恐らく、十中八九そこにメルが居るだろうとイオナは判断した。

 その理由は、俺がアーニャからの念話を受けてから救助に向かうまでの短い間に、メルを連れて国境を越える事は時間的に不可能だろうという判断からだ。


 俺は、途中で何度かメルの位置を探っていたから、その意見には頷ける。

 魔法阻害結界の張られた場所へ辿り着くまでの間は、俺に察知されない訳がないのだ。


 つまり、アーニャが俺に念話で助けを呼んで、俺がメルを探すまでの極短時間の間に行ける距離にメルは居ることになる。

 それは、どれ程高速で移動できたとしても、国境を越える事は有り得ない事を意味する。


「であるなら、真っ先にそこを調べる必要があるじゃろう。 念のためにその周囲も調べるのじゃ。 他に無ければ、メルは間違い無くそこにおるぞ」


 他にも同じような反応があるのなら、手当たり次第に押し入って次から次へと探して行くまでだ。

 例え国を敵に回したって、構うもんか!


「それじゃあ、行ってくる」


 俺はイオナたちに短くそう言って、立ち上がる。

 反応が不自然に無い場所を逆に探せと言う助言のお陰で、メルが捕らわれている可能性が高い場所の見当はついた。


 あとは、本当に彼女が捕らわれてそこに居るのか、そして無事で居るのかを確かめる必要があった。

 まずはテレポート出来る俺が行って、それを確かめるしか無い。


 犯人の意図が読めない以上は時間を無駄に出来ないので、そこにメルが居た場合は俺だけで救出を試みる事。

 そして、何らかの理由でそれが無理な場合は転移場所として記録をした上で一旦宿に戻って、全員で改めて救出に向かうという事になっている。


 しかし、俺はヴォルコフとティグレノフに呼び止められた。

 一秒でも時間を無駄に出来ないのに何なんだと思いつつも、俺はテレポートを止めて振り向く。


「待ってくれ。 俺たちも連れて行ってくれ!」

「アーニャをあんな目に合わせた奴等には、お返しをしないと気が済まないんだ。 頼む」


 大柄なティグレノフに深々と頭を下げられて、俺はイオナの様子を伺うように視線を振り向けた。

 ヴォルコフも、哀願するような顔でイオナを見ている。


「よかろう。 アーニャの身の安全はわしとレイナで守るでな、安心して行ってこい。 ただし今回は魔族が相手じゃ、二人とも無茶をするでないぞ」


「ああ、承知している。 しかし今回ばかりは成功率が優先だ。 俺たちは剣では無く、使い慣れた武器を使わせて貰うよ」


 ティグレノフがアイテムバッグから異世界に転移してきた時に背負っていた、七十リットルほどの容量を持つ大型のザックを取りだした。

 ヴォルコフも同じように、大型のザックを無言で取りだした。


 二人が取りだしたのは、ハンドガンと銃身の短めな小銃だ。

 俺は銃器に詳しいわけじゃ無いから正式な名前は知らないけれど、エアガンで似た形の奴は見た事があった。


 小銃にはサプレッサーとか言うのだろうか、消音器だと思われる黒くて長い筒が短い銃身に取り付けられた。

 ベストには交換用の弾倉が差し込まれ、アイテムバッグが腰の後ろに装着される。

 ハンドガンはヒップホルスターに、鉈のような軍用ナイフは右の太腿に取り付けられたホルスターに差し込まれた。


 あっという間に装備を調えた二人を見て、彼らがいつに無く本気だという事が判る。

 俺は準備が整った二人を連れて、一切の気配感知が通らない場所へとテレポートした。


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