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66:モンハウ

「マーシャ、よせ! 今は、この先に何があるのか調べるのが先だ。 カズヤが言う通り、この森は確かに変だぞ。 こんな王都の近くに出るはずの無いサイクロップスなんて化け物が出やがる」


 剣を振り、雑木を切り倒して茂みに分け入って行くライオネル。

 そして、それに続く元冒険者仲間たち。


 黒衣騎士の面々はマーシャの指示を仰ぐように様子を伺う素振りを見せるけど、自分たちの王たるライオネルが構わずズンズンと先へと進んでしまうので、追いかけない訳には行かず、慌てて後を追って行く。

 マーシャは俺に何か言いたそうな表情を見せた後、それを振り切るようにライオネルを追って駆けて行った。


 そうなると、俺も行かざるを得ない。

 ライオネルが言うように、高ランクの魔獣や怪物じみたサイクロップスなんてのが、王都の近くに出てくるのは、本来の生息地である森の深部で何か奴等のテリトリーとか秩序を乱すような、何かが起きていると言う事だろう。


 これは、俺の受けさせられた調査クエストの内容にも該当するような予感がした。

 俺の遭遇したゴブリンたちの異常な行動と今日の出来事は、どこかで通じるものがあるような気がしたのだ。


 俺も先行したライオネルを追って、急ぎ茂みに分け入った。

 なにしろ俺が居ないと、若そうな黒衣騎士たちは別としてオッサンたちは、すぐに息が切れてバテてしまうだろう。


 イオナに言われたからと言う訳じゃないけど、ああ言う無鉄砲なオッサンは嫌いじゃない。

 それにメルの味方としても、ヤムトリアと言う大国のライオネル王には生きていてもらった方が、何かとメリットはあるはずだ。


 先行するライオネルたちには、すぐに追い付いた。

 それは、彼らが音を立てないよう慎重に進み始めていたからだ。


 次に遭遇したのは、大型の狼に似た三頭の魔獣ヴォーグに騎乗したオークの戦士たちだった。

 何て言うか、以前遭遇したオークとは印象が大きく違っていて、どこか知性を感じさせる雰囲気があった。


 持っている武器も、人間から奪ったのか錆び付いていない使える代物だ。

 おまけに、革鎧や金属製と見える胸当てまで装備していた。


 ヴォーグは、以前冒険者ギルドの資料室で見たイラストと比べると、遙かに凶暴そうだ。

 何よりも、ヴォーグに乗っているという時点で、以前見たような棍棒を振り回すだけのオークでは無かった。


 気配感知で何かが近付いてくるのを察した俺は、全員をその場に伏せさせてから『隠遁結界』を張っていた。

 風魔法を展開して、こちらが風下になるように微風を吹かせたからか、ヴォーグとオークが共に鼻をひくつかせていたけれど、俺たちには気付かずに通り過ぎた。


「まるで巡回警護だな、ありゃあ」


 ライオネルの元冒険者仲間であるジョゼが、去って行くヴォーグと武装したオークを見て、小声でそう呟く。

 全員がその意見に同意するように、小さく頷いた。


「てっきり見つかるかと思ったが、運良く俺たちが風下側だったな」

「ああ、慎重に行こう」


 誰一人として、俺が『隠遁結界』を張っていることに気が付いて居ない。

 まあ、自分たちの視界が変わる訳じゃないから当たり前だけど。


 この結界は地面設置型にせず、俺を中心とした同心円状に半固定で展開しているから、俺が動けば結界も同じように移動する。

 つまり、俺が位置取りを間違えなければ、全員が結界の中に収まったまま移動出来る事になるのだ。


 俺は『隠遁結界』の上に、更に『遮音結界』をも展開していた。

 外部からの音は通す代わりに、この結界の中で発生した音、つまり空気や地面の振動は『遮音結界』の発する逆位相の振動によって打ち消されて、外部には伝わらない。


 誰かがヘマをして、枯れ枝を踏んでパキン!と音を立ててしまうという死亡フラグは、この結界の中にいる限り有り得なかった。

 しかし、誰かがはみ出てしまう事を恐れるあまりに広い範囲を結界で覆ってしまうと、その広い範囲に草も木も何も無いという風に見えてしまうため不自然に見えてしまうのは防げないから、展開範囲はフレキシブルに俺が調整するしか無い。


 ヴォーグに乗った武装オークの巡回範囲を通り抜けるために、風魔法で俺たちの上に上昇気流を作り出して、俺たちの臭いは全て上空高くへ放出する事にした。

 これで巡回範囲を通り過ぎても、臭いで感づかれる事は無いだろう。


 本来は、臆病なレアモンスターに接近するために取得したスキルだったけれど、こんな風に敵地へ侵入する事に役立つとは思ってもいなかった。

 これじゃあ、俺の力が有れば守りを厳重に固めて城の奥深くに隠れて居ても、暗殺する事なんか簡単そうだ。


 もっとも、俺の場合は『テレポート』スキルもあるから進入はもっと簡単だし、ワープポータルを使えば、複数の兵力を敵の中枢部に送り込むことだって可能だ。

 そんな事をする必要も理由も無いけど、俺の持っているスキルとか魔力の大きさを知られるって事は、別の立場の人から見れば核兵器が普通に一般道を歩いているような物なのかもしれない。


 俺が逆の立場なら味方に取り込んで自分の兵力にするか、そうでないなら破壊して他の誰もが使えないようにするかもしれない。

 だから、この結界の事は黙っていることにした。


 ちょっと強い魔法が使えるくらいならイオナが伝説の魔法使いと呼ばれたように、過去に存在しなかった訳じゃ無いらしいし、現にイオナ以外にも彩炎王ルシアンとか言う大魔法使いが居るという噂もある。

 その程度までなら、世界から拒絶され排除されるような事にはならないだろう。


「おい、なんともザルのような警備体制だな」


 そんな軽口が出るくらいに、俺たちは誰にも見つからなかった。

 しかし、そう言う程度には何度か巡回警備中の武装オークや武装トロールとは遭遇してる。


「こちらの方向に、強い魔力を感じます」

「あたしも魔素の流れが、向こうに向かってるように感じるわ」


 先頭付近を進んでいた黒衣騎士の一人がライオネルの方を振り向いてそう告げると、魔法使いのエルダが同意した。

 誰にも言えないけれど、それは正解だ。


 既に昼をとうに過ぎた時刻になっていて、俺たちは森の深部へとかなり入り込んでいる。

 先程から俺の『気配感知』スキルに、恐ろしいほど無数の反応がその先にあると告げていた。


 慎重に進んでゆくと、その先は一段低くなっていて、大きな湖が遠目にも見える。

 その湖の手前は森が切れていて、広大な平地が広がっていた。


 俺たちは、その湖を少し見下ろす位置に居た。

 そこにはおびただしい数の魔獣や亜人に属する生物が、いわゆるゲームで言う処のモンスターハウス、つまりモンハウ状態で所狭しと蠢いていたのだ。


「おいおい、何で魔獣どもが互いに食い合いもしないで同じ場所に居るんだよ」

「ありゃあミノタウロスにグリフォンにトロールか? あっちに固まってるのはオルトロスにケルベロスじゃないかよ。 長い事冒険者をやってたけど、ケルベロスなんて本物を見るのは初めてだぞ」


「信じられんな。 黒鬼蜘蛛と赤鬼蜘蛛が共食いもせずに居やがる」

「ワームの類いも多数いるし、魔獣やら魔物やらそこいら中から掻き集めたって感じだな」

「これだけのモンスターが仲間割れもせずに共存してる事が驚きだ。 いったいボスはどいつなんだ?」


「ふむ、真性竜族の類いは流石に見当たらないが、亜竜の類いは二~三種居るみたいだな」

「竜族は、六神と並び立つ神聖な存在だからな。 だが、これだけのモンスター軍団をとりまとめられるとなれば、竜族以外には考えられない」


「いや、ライオネル。 亜竜とて知能は人間並だ。 モンスターに使われることなど、考えられないぞ」

「となれば、過去の資料に残っている変異種と呼ばれる存在が現れたと考えるしか無さそうだな」


「変異種か…… 」


「ああ、そうだ。 ゴブリンかオークか、亜人とも妖精とも言われる両者にだけ、キング或いはリーダーと呼ばれる変異種が発生する事は、過去の資料に残されているはずだ。 もっとも、ずいぶんと昔の話だから、今生きている奴等で実物を見たことがある者も居ないはずだが」


「ライオネル様 あの奥の一段高くなっている岩の上に、偉そうに踏ん反り返っているゴブリンがおります」


 マーシャが指差す方向に一段高く平らな大岩が二枚重ねられていて、その上に石造りの玉座のような物があった。

 そして、その上に人間の着るような衣装を纏った一匹のゴブリンが、足を組んで座っていた。


「生意気に人の衣装なんぞを纏ってやがる」

「おおかた、街道を通行中の商人でも襲って奪ったんだろうな」

「知恵が付いたら、やることは人の真似ってのは、種族としてのプライドは無いのかね」


「そうすると、あのゴブリンリーダーだかキングだかの両脇に控えているローブを纏ったゴブリンは、木の枝を持ってやがるところを見ればゴブリンメイジかウィザードってところだな」


「ああジータの言う通りだ。 ご丁寧にゴブリンウォリアーやらゴブリンアーチャーまで居やがる」

「オークウォリアーにオークファイターまで集団で居るぞ」

「何にしても、ヤバイなこれは。 ここから王都まで直線距離で一日かからずに到達するぞ」


「ライオネル様、ここは一旦引いて、我らも王都に戻り迎撃体勢を整えましょう」

「その通りだマーシャ。 奴等の目的はまだ判らぬが、備えだけは早急にやっておく必要があるな」

「しかしな、ライオネルよ。 後方にそびえる山脈やら地形などを考えれば、最も近いのは王都ヤムトリアだ。 ここから山を越えて隣国に向かうとは考えられぬ」


 あれやこれや感想を述べているライオネルたちとは別に、俺は遠隔視スキルの『鷹の目』を使って、岩の玉座に座っているゴブリンの王を観察する。

 変異種とライオネルたちは言うけれど、見た目は普通のゴブリンだったりオークと変わらなかった。


 ただ一つ、他の裸でうろつき回っているゴブリンたちに比べて違和感を覚えるのは、その身振りだったり目つきだったり、そういう抽象的で印象的な部分だ。

 猿のように喚いたり飛び跳ねたりしている他の普通種に比べて、ライオネルたちが変異種と呼んだものたちは、その目に知性の光があり、そして態度も落ち着いていた。


 その時、地面に落ちた枯れ枝が踏まれて折れるような乾いた音が、後方から聞こえた。

 その音が『遮音結界』外に漏れる心配は無いと思いながらも、反射的に俺は後ろを振り返る。


 そこには、俺の張った『遮音結界』のギリギリ内側にゴブリンの幼生だろうか、つり上がった目玉のクリッとした四頭身に近い若そうなゴブリンが居た。

 前方に注視をし過ぎて、周囲への『気配感知』の確認が疎かになっていたようだ。


 ほんの一時だけ、時が止まったかのような静けさが生まれた。

 ハッと我に返ったマーシャが剣の柄に手を掛けようとした時、同じように我に返ったゴブリンの幼生が抱えていた小枝をバラバラと取り落として、後ずさる。


 不味い!と思った時には、元々境界ギリギリ内側に居たゴブリンの幼生は『遮音結界』から外側にほんの少しだけ出てしまっていた。

 黒衣騎士の一人が、その胴を剣で薙ぎ払うのとほぼ同時に、ゴブリンの幼生が放つ絶叫が周辺に鳴り響いた。


 慌てて湖の方向を振り返ると、全てのモンスターたちの視線が俺たちの居る方を向いていた。

 そして、俺はゴブリン王の視線を強く感じた。

 ゴブリン王は、俺の方を真っ直ぐに見ていた


 間髪入れずゴブリン王が立ち上がり、こちらを指差して何事かを叫ぶ。

 一斉にこちらへ向かって動き出す、無数のモンスターたち。


 あっちの世界で見た事のある、プロ野球のスタンドを埋め尽くす観衆より多い数だ。

 間違い無く、数万単位だろう。


「引くぞ! 総員退却だ! ライオネル王は中へ! 撤退陣形を取れ」


 マーシャの指示で、即座に黒衣騎士が三人ずつの単位でライオネル王の前後左右を固める。

 その間三人単位の隙間を埋めるように元冒険者の四人がライオネルの右前、左前、右後方、左後方へ入った。


 俺は全員に、『コンポジット・アーマー』『ブレス』『アクセル』を重ね掛けする。

 そして自分にも掛けて、走り出したライオネルたちの後を追う。


 一人だけなら俺は空を飛ぶ事も出来るし、宿までテレポートする事も可能だけど、これだけの目撃者が居たら、それは使えないだろう。

 とにかく『アクセル』の速度に任せて、ここは退却あるのみだ。


 しかし前方の茂みから三十頭を超える、ヴォーグに乗ったオークウォリアーたちが現れて、俺たちの行く手を阻んだ。

 ここまで幾つかの巡回警備を潜り抜けてきたから、それらの警備をしていたヴォーグ騎乗のオークウォリアーたちがすべて集まって来たのだろう。


 後方からは、地鳴りのような轟音と共にモンスター軍団が迫ってきている。

 一旦立ち止まったライオネルたちだったけど、全員が剣を抜いて突撃の体勢を作っていた。


 一触即発とは、この事だ。

 切っ掛けさえあれば、一斉に武装したオークウォリアーたちも俺たちに襲いかかってくるだろう。


 俺は、自分の力を隠しておけるのはここまでだと、その時に悟った。

 その時、巡回チームのリーダーと思われる一匹のオークウォリアーが剣を振り上げて叫んだ!


 それとほぼ同時に、魔法を放とうとした俺に念話が飛び込んで来た。

 その相手は、アーニャだった。


〈カズヤ! 助けて! メルが掠われたの。 たぶん…… 奴等は、魔族…… 〉


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