65:行く手を阻むもの
歳は取っていても、元Aランクの冒険者達と現役の黒衣騎士団だ。
程なく、二匹のロンジコンは胴体に比べれば小さな頭を切り捨てられて、地響きを上げて地にドサリと倒れた。
ライオネルたちはゼェゼェと息がかなり上がっているけれど、怪我はしていない。
鉤爪の直撃や、長い触覚の先端から吹き出す強酸性の液体を受けたのに傷一つ無い自分の体を、不思議そうに見直してる者もいた。
ロンジコンとライオネルたちの戦いを頭を抱えたまま眺めていた偽物のイオナとレイナたちは、最後のロンジコンが倒れたのを見た途端、呪縛から突然解かれたようにお気追いよく立ち上がろうとして、目の前に俺が居ることに初めて気付いた。
先頭の偽イオナが慌てて立ち止まると後ずさりして、後続の二人がその背中にぶつかってよろめく。
「自分たちが助かるために、仲間を身代わりかよ。 無様な戦い方と違って、ずいぶんと手慣れた動きだったよな」
そう、奴等が仲間を裏切るのに、一瞬の躊躇も感じられなかった。
ほんのちょっとした目配せだけで、すべてを理解したように戸惑いも再確認も無く動いたのだ。
こいつらは、こんな事をやるのが初めてじゃ無い。
俺は頭の隅で『気配感知』スキルに複数の存在を感じながらも、そう確信していた。
「命がけの戦いに参加できないような小僧が、生意気な口を聞くな!」
「こっちは、生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ。 お前だって、間違い無くそうするに決まってるんだよ」
偽物のイオナとレイナ、そしてハッチとか言う男は、叫ぶように言い捨てながら四つん這いのまま俺を避けるように駆け出して、脇の深い茂みに飛び込んで消えた。
俺は、それを引き止める事もせずに、ライオネルたちの方へと駆け出す。
奴等を助ける気持ちは、俺の中に無かった。
森の中で生き残るにしても死ぬのにしても、この場に残る選択が出来ない行為をした時点で、それが奴等の運命なのだろう。
何故ならば、別の何か俺たちの方へと急速に接近して来ていたからだ。
俺は、それを奴等に告げなかった。
守るにしても戦うにしても、ライオネルたちの近くに居た方が色々と動きやすい。
駆け出した俺の後方で、偽物のイオナたちが逃げ込んだ茂みの方から凄まじい悲鳴と共に、骨が砕け肉が引き千切られるような湿った音が聞こえた。
俺は構わず、『アクセル』で増速してライオネルたちの方へと駆ける。
奴等に何が起きたとしても、それはもう自業自得って奴だ。
とりあえずは、俺よりも先に倒れた冒険者達を助けるために躊躇する事無く駆けて行った、ライオネルたちを守る事が最優先だった。
俺はライオネルたちの背後にある茂みの中へと、念属性の多段攻撃である『ソウル・バースト』を一連射分、つまり五発を叩き込む。
ライオネルたちは自分たちに向かってくると勘違いしたのか、ソウルバーストの念球を避けようとして、反射的に首をすくめた。
その場で両手を左右に広げて、手の平から『アイス・ブレット』を左右の茂みに連射して叩き込む。
ドラマや映画の効果音で聞くマシンガンにも似た連射音が鳴り響き、獣の悲鳴のような鳴き声やうめき声が茂みの奥から複数聞こえるけれど、俺は構わず続けて叩き込んだ。
森の中なので、火属性の攻撃を俺は無意識に避けていた。
これだけ木が密集していると、威力の高い雷属性攻撃も出火の原因となりえるから、必然的に攻撃手段は他の属性を使わざるを得ない。
ライオネルたちの元へ駆けつけた俺を、全員がポカンとした表情で見ていた。
マーシャが、何か言いたげに口を開く。
「君は、魔力の弱い治癒魔法使い見習いじゃ…… 」
「来るぞ! もう、囲まれてる」
俺は、その言葉を遮って周囲への注意を促す。
自分だけなら何とでもなりそうだけど、十数人もオマケが付いている状況では、これくらいは見せても構わないと俺は判断した。
たぶん、イオナが他人に見せるなと言う俺のバランスブレイカーな力は、まだこんなもんじゃ無い。
俺の警告を受けて、我に返ったように頷いたマーシャだけでなく他の騎士たちも、そしてライオネルたちも、全員が輪のような陣形になって剣や槍を構える。
その中心部に、俺とエルダと偽物に騙されて殺されかけた二人の冒険者が位置取る事になった。
ライオネルの元冒険者仲間であるジータもエルダの近くまで下がって来ると、弓を取り出して油断無く構えている。
たぶん、数の多い敵に対して初っ端から消耗戦になるような防御陣形は不味いんじゃないかとも思うけど、何が来るのか判らないんだから仕方ない。
守りに関しては、本当の力を隠しながらでも俺がサポートすれば大丈夫だろう。
何だ?と問われるでも無く、何が?と訊ねられるでも無く、全員が戦闘態勢に入っていた。
さすがは歳を取っても元Aランクであり、もう一方はエリート揃いである現役の黒衣騎士団だ。
俺の攻撃は予測していなかったようだけど、すでに敵の接近は察知していたようだ。
俺の『気配感知』の反応から判断すると、俺たちの来た旧街道方向からは三体、左右それぞれから六体ずつ、ロンジコンの出てきた方向からは十五体が俺たちを広範囲から囲むように近付いていた。
それが俺の先制攻撃を受けて、合計十八体にまで減っていた。
俺は全員の『コンポジット・アーマー』を掛け直す。
さすがに無詠唱でスキルを掛けられるとは言え、自分を入れて総勢十九名ともなると一瞬でとは言えない。
最初の一人目から最後の自分までの間に、僅かなタイムラグが発生した。
その間に、何かが急速に近付いていた。
木をなぎ倒すメキメキと言う音、そして草や低木を蹴散らし地面を駆けてくる重低音が重なる。
俺の先制攻撃によって隠密行動が意味をなさないと判断したのか、もう存在を隠すつもりも無いようだ。
一瞬だけ、周囲の音が止まったように感じた。
ほんの少し前まで騒がしく聞こえていた木々への破壊音が、僅かに途絶えた。
ゴクリと誰かが唾液を飲み込む音が、妙にリアルに聞こえる。
一拍置いて次の瞬間、耳をつんざくような叫び声や茂みを突き破る轟音と共に、それが一斉に飛び出してきた。
「サイクロップスだ! 何故こんな王都の近くにっ…… 」
「総員、初撃に備えろ! 『シールド・チャージ』の体勢を取れっ!」
ジータの声を、マーシャが打ち消すように叫ぶ。
僅かな遅滞もなく、黒衣騎士たちが背負っていた大きな盾を上方に向けて構えた。
示し合わせたかのようなタイミングで一斉に飛び出してきた一つ目の巨人、サイクロップスたちは俺たちを取り囲むような体勢で、巨大な棍棒を振り上げる。
どう考えても生身で耐えられるわけが無いはずなのに、黒衣騎士たちの体から青白い物が靄のように立ち昇った。
その盾の下で、元Aランク冒険者だと言うライオネル王とその仲間が腰を落とした体勢で剣を構えて待っている。
剣を引き絞って待つその体からは、仄紅いオーラのような空気の揺らめきが見えた。
なるほど、これが武技と言う奴なのかと察知して、俺は拒絶結界の展開を少し待った。
個別に『コンポジット・アーマー』を掛けてあるから、仮に『シールド・チャージ』という技が効かなくても死ぬことはないだろうという判断だ。
こんな場面で不謹慎だけど、剣技や武技と呼ばれる物、つまりヴォルコフやティグレノフたちが会得しようとしているものを、この目で見たいという欲求に俺は勝てなかった。
そして、大きな衝撃が盾に次々と襲いかかり、頭を揺さぶられるような激しい衝撃波が空気を盛大に振動させる。
盾が緩衝した衝撃波の波形が、空気の歪みとして俺の目に映った。
なるほど、良く訓練された黒衣騎士たちの防御スキルは見事な物だ。
これが武技や剣技の無い生の力と力のぶつかり合いなら、確実に彼らは初撃で肉塊になっていただろう。
それほど、サイクロップスの振るう巨大な棍棒の衝撃は凄かった。
「散開! 背中に回り込んでアキレス腱を狙え!」
マーシャの号令一下、黒衣騎士たちの姿がブレて見える程の速度でサイクロップスの後ろへスルリと回り込む。
ライオネルたちも、盾が眼前から消えると同時に力を矯めた剣を横薙ぎに振るう。
紅いオーラを纏った剣が、光の筋となってサイクロップスの棍棒を握る右手首を斬りつけた。
ザクリと言う肉を断つ音がいくつも聞こえて、斬られたサイクロップスたちは棍棒を取り落とす。
ほぼ同時に、後ろに回り込んだ黒衣騎士たちが右足のアキレス腱へと斬りつけた。
こちらの剣にも、青白いオーラが纏わり付いていた。
「集結! 再度『シールド・チャージ』!」
後ろ足の腱を切られたサイクロップスが膝を突く隙に、ザクリと横腹を抉りながら黒衣騎士たちがマーシャの指令に応じて、俺たちの周りに再び円陣を組む。
エルダは、俺の横で詠唱を続けていた。
まだ戦闘開始から、十秒も経過していないだろう。
現れた敵のサイクロップスは十八体、こちらの黒衣騎士は十二人だ。
まだ六体は無傷という事になる。
無傷なサイクロップスが、再び棍棒を振り上げた。
右手首を攻撃された手負いのサイクロップスは、左手を握り締めて高く振り上げる。
サイクロップスの咆吼が耳に痛い。
再び空気を振るわせる激しい衝撃が走る。
盾の前面から見える空気の波打つ揺らぎが、膨大な衝撃を再び『シールド・チャージ』とか言う武技で緩衝している事を示していた。
再び盾を外して攻撃に移ろうとしていた黒衣騎士たちに、動揺が走る。
サイクロップスが時間差を作って、空いている方の拳を振り下ろしてきたのだ。
「盾を構え直せ、連撃が来るぞ!」
黒衣騎士たちの『シールド・チャージ』はクールタイムが必要なのか、マーシャの指示通りには即時発動しないようだ。
彼らが構え直して青白いオーラが立ち昇る前に、生の拳による第三撃が振り下ろされた。
「くっ! なんとしても耐えろ!」
マーシャの叫ぶような指示がサイクロップスの咆吼に負けじと、部下を鼓舞するように響き渡る。
ヤバイと見た俺が、地面設置型の『拒絶結界』を盾の上方に張った。
「お前らっ! 若造たちに、元Aランクの実力を見せつけるぞ!」
「おう!」
「任せとけ!」
ライオネルが形勢不利と見たのか、仲間に向けて叫びながら黒衣騎士たちの盾の脇から飛び出した。
続けて、残りの三人も拒絶結界から外に飛び出してしまう。
俺は残ったエルダとジータに、『ブレス』と『アクセル』を掛けた。
ゲームの時は、『ブレス』の効果で魔力値や詠唱速度が一時的に増加して、『アクセル』の効果で詠唱速度が更に上昇するはずだった。
弓の威力も、同じように増加するはずだ。
自身の感じる魔力が増えた事に気付いたのか、エルダが驚いたような顔を見せる。
ジータは身じろぎもせずに、その身に纏った緑色のオーラだけが、その大きさを増していた。
エルダの放った火球が高速で、ライオネルを狙って振り向いたサイクロップスの横っ腹に直撃して後ろに吹き飛ばす。
ジータの放った矢も、緑色のオーラを纏ってサイクロップスの一つしか無い眼球に突き刺さり、首から上を一撃で吹き飛ばした。
俺は火事にならないように、そっと燃え上がって藻掻いているサイクロップスの周囲へと、地味に魔法で水を撒いた。
このエルダとか言う姐さん、ところ構わず火炎魔法を撒き散らすアモンさんを思い出させる。
火球は爆散して周囲に飛び散ったけど、俺の撒いた水のおかげで燃え広がるのは避けられたようだ。
元とは言え、Aランクなんだから火魔法以外の属性魔法は使えないものだろうか?
他のサイクロップスの拳による直撃は、俺の『拒絶結界』が何事も無く受け止める。
その隙に、黒衣騎士の人達は体勢を取り直していた。
ライオネルたちは、三人で三体のサイクロップスと戦っていた。
さすが元Aランクと言いたいところだけど、見ただけで彼らの息切れが酷いことに気付く。
足下もフラフラとしていて、心なしか立っているのも辛そうだった。
あの夜、魔族に押されていたのは全員が酔っていたからなんだろうけど、さすがに戦いが長引くと年齢的にもヤバそうだ。
エルダとジータにも掛けちゃったし、もう隠しても無駄かなと思った俺は、ライオネルたちにも『ブレス』と『アクセル』を掛けてから、疲労を癒やすために『ヒール』も掛けてやる。
ついでに黒衣騎士の面々にも、『ブレス』と『アクセル』を掛けてあげた。
もう、こうなりゃ大盤振る舞いだ。
「おお、体が軽くなった!」
「なんだ、疲労が消えたぞ」
「剣が、羽のように軽いぞ」
そんな声が聞こえてくる。
イオナに後で何と説明しようかなと、俺は頭の隅でそんな事も考えながら、自分にも防御と支援のスキルを掛け直した。
支援魔法のお陰なのか彼らの実力があるからなのか、暫くすると全てのサイクロップスは地に伏していた。
ライオネルは、倒したサイクロップスの上で、剣を振り上げて雄叫びを上げている。
「うおおお、まだまだ現役でやれるぜぇ!」
「おおぉぉぉぉ!」
「うおぉぉ!」
いや、たぶん俺の支援魔法のお陰だから。
あんたたち、さっきまで息切れしてたじゃん。
冷ややかな目で、俺はそれを眺めていた。
それよりも気になるのは、サイクロップスが出てきた方向だ。
ロンジコン二体が居た方向から出てきたサイクロップスの数が、他の方向よりも格段に多かった事に俺は違和感を覚えていたのだ。
普通取り囲むのなら、逃げられないように満遍なく数を配置すると思うんだけど、何て言うかそっち方面へ行かせないような強い意図を感じる数の偏りだった。
「おいマーシャ! こっちの方角だけサイクロップスが妙に多かったな。 こっちに何かあるのかも知れねえぞ」
ライオネルの声が聞こえた。
さすがに、ただの戦闘狂って訳じゃ無いみたいだ。
これ以上は危険だから、隊を立て直して出直しましょうと言い張るマーシャを押し切って、ライオネルたちは、その先へと分け入って行く。
俺も、仕方なく後をついて行く事になった。
これで今日の報告書にも、新しい事実は何も書けないかもしれない。
心の中で頭を抱える俺に、マーシャが近付いて来た。
「あれは、あなたの魔法ですよね? 急に全員の戦闘力が桁違いに上がりましたが、いったいあなたは何者なんですか?」




