61:召喚状と封印の首輪
その後、俺たちは駆けつけてきた王都警護兵によって事情聴取のために、南門近くの詰め所へと行くことになった。
当然、現場に残された魔族と人の残骸を見れば、何が起きたのかは一目瞭然だ。
罪に問われることも無く、現場の破壊も魔族の仕業と言う事で宿泊場所だけを聞かれ、俺たちは無罪放免となった。
髭面の男たちとは取調室って言うのか、別の場所で事情聴取を受けたので、それ以降は会っていない。
結局のところ、襲撃の裏事情を聞き出すこと無く魔族を殺してしまったので、何も判らず仕舞いだ。
イオナは、むしろ面倒事に関わらずに済んで良かったと言っていた。
三頭身の魔族の攻撃と警護兵の到着で、ライアンとか言う髭面の男がメルを知っていた事については、うやむやのままだ。
その後は、夜遅くになってしまったけれど、宿に戻って寝ることも出来て、今は宿屋の一階にある食堂で朝食を食べている。
俺は、これから引き続きゴブリンの生息調査の続きをやって、イオナたちは昨日の続きで剣技や武技の訓練と言う事になる。
朝早い時間だと言うのに、食堂は冒険者達や商人らしき旅人で満席に近い。
自由業のような冒険者でも移動は徒歩か馬車がメインの交通手段なので、必然的に夕方になる迄に戻って来る事を考えると、出発時間は朝早くなるようだ。
逆に野営の予定だったり、夜に行うクエストなんかを抱えている場合は、朝のんびりと寝ている場合もあるらしい。
半分寝ぼけ眼で、コーンスープモドキを木のスプーンで口に運んでいると、食堂のドアが外から開けられて、漆黒のマントに黒金色の甲冑を着込んだ騎士のような人達がズカズカと入ってきた。
何だか場違いな奴等が紛れ込んできたという表情で、食堂の全員が目を擦りながら入ってきた騎士たちへと、胡乱な者を見る視線を向けている。
その黒騎士の中の一人が、そんな視線を無視するかのように食堂の中をグルリと見回す。
そして、おもむろに俺たちのテーブルへと近寄ってきた。
「昨夜、街中に現れた魔族二体を退治したのは、皆さんですね?」
「他にはおらぬと思うが、恐らくわしらの事じゃろう。 事情聴取は昨晩済ませたはずじゃが、何かあったかの?」
イオナが、面倒事はゴメンだというように、露骨に嫌そうな表情を見せて声を掛けてきた騎士に聞き返す。
周囲では、魔族二体を退治というフレーズに反応したのか、一気にザワザワと食堂全体が騒がしくなった。
「いえ、私はヤムトリア国王陛下直属の黒衣騎士団を率いている、マーシャと申す者。 皆様に国王陛下よりの召喚状をお渡しに参りました」
それを聞いた食堂内のざわめきが、一気に大きくなる。
周囲から寄せられる好奇の目が、たちまちマーシャとか言う奴の会話相手である俺たちに集中してしまった。
差し出された召喚状を、代表してイオナが受け取る。
その場で開封するように促すマーシャに頷いて、イオナが書状の裏に押されている封蝋を確認するように視線を動かした後、ゆっくりと静かに封を開けた。
中に入っているのが召喚状だろうか?
イオナは何も言わずに、黙ってそれに目を通していた。
俺たちは、それに何と書かれているのか知りたくて、ジッとイオナを見つめる。
しばらくの間、いや実際にはそれほど長い時間では無いと思うけれど、なんとも重苦しい沈黙の時が流れた。
元居た世界の感覚からすると、召喚状ってのは良い意味のイメージが無い。
とは言っても、あっちの世界での正式な意味を俺は知らないけど、裁判なんかで被告を呼び出すような物のイメージが強いのだ。
それとも、こっちの世界では違う意味だったりするんだろうか?
そんな事を頭の隅で考えていると、マーシャが内緒話でもするような態度でイオナにスッと身を寄せた。
強制逮捕とかそういう雰囲気が感じられないので、若干の警戒心を抱きながらも事の推移を見守る事にする。
なんというか…… その態度は、ふと思いだして人に聞かれたくない話を耳元で話しかけようとするような雰囲気に近かった。
「ご心配なく。 対外的に召喚状という体裁を取っておりますが、実質は招待状です。 国王が一介の初級冒険者に招待状を送るなどという事は、よほど国家に対する多大な貢献でも無い限りは、あり得ぬのです。 対外的に痛くもない腹を探られたくありませんから、召喚状という形をとっておりますが、くれぐれも失礼の無いようにお連れしろと言われております」
「ほう、我らのことは既に調査済みという事のようじゃの」
「はい、冒険者ギルドが素直に提供してくれる範囲の内容に限りますが、皆様のランクと職業特性程度の情報は得ております。 しかし逆に、どう考えても冒険者となったばかりのCランクがパーティを組んで当たったとしても、例え引退してからが多少長いとは言え元Aランク揃いが苦戦していた魔族一匹を瞬殺したと言うのは、素直に偶然とか運が良かったでは納得できませんね」
「で、何処へ行けば良いのじゃ? 正直なところ平和に旅を続けたいだけで、あまり目立つのは本意ではないのじゃが、お主たちの格好は目立ちすぎじゃ」
そんな探るようなマーシャの視線を受け流すように、イオナが口を開く。
彼の言っている事は、警備関係者なら当然の質問だろう。
なにしろ、得体の知れない実力とランクの一致しない冒険者が、自分たちの縄張りに居るのだから、警戒するなと言う方が無理だと思う。
俺が警備担当者なら、身元が明らかになるまでは国王の近くには寄せ付けたくない対象である事に間違いは無い。
「目立つことも仕事の内ですから」
囁くようにそう言うと、マーシャはイオナに軽く頭を下げて謝意を示した。
なるほど、確かに目立つことで余計な敵を不用意に警護対象者に寄せ付けないという効果も見込んでの動きなのかなと、俺は思った。
イオナの様子やマーシャの態度を見る限り、後回しにするという訳にも行かなそうな雰囲気だ。
どうやら、このまま彼に着いて出かけることになるらしい。
もう食事を楽しむという雰囲気でも無いし、たぶん熱かったスープも幾分かは冷めてしまった頃合いだ。
イオナが視線と顔の動きで合図を寄越したので、俺たちは一斉に立ち上がる。
「国王陛下にお会いするとなれば、武器は持って行けぬじゃろう。 しばし荷物を整理する合間をもらおうかの」
マーシャが頷いたので、俺たちは一旦部屋に戻るために階段を上がる。
そして、武器を身に付けない身軽な格好で一階の食堂へと戻った。
マーシャたち黒衣騎士団に着いて宿を出ると、表には装飾が立派な大型の馬車が停まっていた。
黒衣騎士団の連中は、無言で馬車を取り囲むように留めてあった馬に跨がる。
愛想の良いのは、マーシャだけのようだ。
まあ、どうみても俺たちは召喚状をもらって引き立てられる犯罪者って格好だけど、馬車を見る限りは、マーシャが言うように悪い待遇では無いように思えた。
ガラガラと整備された石畳を馬車の固い車輪が通る音が、車内に響く。
一緒に馬車へと乗り込んだマーシャが、色々気を遣っているのか話しかけてくるけれど、みんな無口だった。
まあ実際には、フレンドリーな会話を装った誘導尋問に近いものだったから、出身地だとかCランクの理由だとか、会話の内容はそんな事ばかりだったけどな。
その辺は、イオナが巧みにはぐらかして答えない。
次に、話題は俺たちの髪の毛の色に映った。
どうやら、メルの金色がかった薄い水色の髪の毛以外は、珍しいという内容だ。
それでも、イオナやレイナの銀髪やアーニャやバルの輝くようなプラチナブロンドは、数としては希少だけど世の中に居ないと言う訳では無いようだった。
マーシャが一番興味を示したのは、俺の黒髪だ。
その話の内容からすると、髪色は潜在的に扱える属性魔法の種類と総魔力量に対して何らかの相関関係があるという事になっているらしかった。
しかし、その示すものが冒険者ギルドから示された各自の魔法特性や魔力量と一致しない事から、冒険者ギルドの渡した情報に疑念を持っているようだ。
「まあ、適正が有るからと言って、実際に使えるかどうかは別の話なんですけどね」
マーシャが自嘲混じりにそう口にした処で、馬車が静かに停まった。
そう言う彼の髪色は、鮮やかなコバルトブルーだ。
ガラス張りじゃない、スリットの入った木製の窓を開けて外を眺めてみると、馬車の前方に高い壁が見えた。
その下に大きな門があって、先頭の黒衣騎士が門番と何事か話をしているところだった。
そして、すぐに馬車は動き出す。
マーシャの説明によれば、一般地区を抜けて金持ちや下級貴族の住んでいる地区に入ったらしい。
その後も、上級貴族の邸宅がある地区に入る時に少し停められただけで、基本的にはスルーで通り抜けた。
さすがに、黒衣騎士団には国王直属を名乗るだけの権威もあるらしい。
やがてゆっくりだった馬車の速度が更に落ちて、しばらくすると停まったまま動かなくなる。
マーシャに促されて、俺たちは馬車から降りた。
無駄に広い公園のような場所に、馬車は停まっていた。
降りてすぐ近くに、見上げるような立派な白亜の建物がある。
どちらかと言えば宮殿と言うよりも博物館とか記念館とか言われる施設のような感じで、どこか生活臭が無くて小綺麗過ぎる。
その大きな建物の屋根越しに、王城の尖塔が小さく見えた。
その距離から言って、俺たちが送り届けられたのは王城の敷地内では無いらしい。
俺たちは国王に召喚された事で、てっきり王城の謁見の間とかそういう仰々しい場所へ連れて行かれるのかと思っていたけれど、そうじゃ無かったようだ。
マーシャに促されて、俺たちは彼の後に続いて歩き出した。
俺たちを先導していた黒衣騎士団員の姿は、既に馬車の周囲には無い。
建物の周辺や入り口付近にその姿が見えるけれど、それが俺たちを先導してきた彼らなのかは判らない。
何故ならば、目に付く黒衣の騎士たちの人数が、馬車を先導してきた人数よりも多かったからだ。
アーニャが、そっと俺に向けて囁くように言った。
「ずいぶんと警備が厳重ね。 まあ王様ってのが本当にあたしたちを待ってるのなら、当然の警備体制なんだろうけど」
「恐らくは、公的な用向きでは無いのじゃろう。 城へ正式に呼び出して衆人環視の元で大々的に面会するような用では無い。 じゃから、客人として招待も出来ない。 しかし、王として非公式には会っておきたい。 魔族を退治した事を召喚の理由にしておるが、何か別の目的がありそうじゃの」
イオナの言う通り、何かの思惑があって俺たちを呼び出したと考える方が、このおかしな流れの説明としては納得が出来る。
現国王に謁見するという事で俺たちは武装解除をされているけれど、魔法の存在するこの世界では武装解除がそれだけで済むというのも、片手落ちだろう。
「そうそう、申し添えておきますが、この建物の中では魔法の類いは一切使えませんので、ご理解ください」
俺たちを先導しながら階段を上って行くマーシャが、軽く振り返りながらそう告げた。
それを耳にして、イオナが応える。
「大規模な魔法阻害結界でも張られておると言う事じゃろう。 化け物じみた魔力の持ち主でも無ければ、魔素を扱えぬという訳じゃな」
冗談めかしてそう良いながらも、イオナは俺の方にチラリと目配せをした。
俺は極力表情に出さないようにしながら、その意図を察して視線をイオナに返す。
つまり、何かあったら俺が本気を出して結界を破れと言う事だろう。
それを知ってか知らずか、マーシャがイオナの問いに答えた。
「例え物語に出てくるような魔王クラスでも、この建物に張られた強固な結界の中では只の人に過ぎません」
「ほう…… たかだかCランクに成り立ての新米冒険者に対して、ずいぶん厳重な警戒をされたものじゃの」
「ただのCランクでは、下級とは言え魔族を瞬殺などできませんからね。 ああ、でも罠に掛けようって魂胆じゃありませんよ。 あくまで国王の安全を重視しての対処ですから、誤解なさらぬように願います」
そう言って、立ち止まったマーシャは俺たちを振り返る。
階段の両脇に立ち並んだ部下の一人に合図を送ると、中の一人が何かを持って駆け寄り、それを渡した。
「念には念をと言う言葉もありますので、伝説の魔法使いと同じ髪色のあなたには、この魔力阻害効果を持つ首輪をしていただきます。 これは魔法阻害結界の中でも効果を発揮する、特別製なんですよ」
「ほう…… わしが、国王の命を狙う刺客だとでも?」
イオナの目が、スッと細くなる。
同時に、レイナの目が険しくなった。
ヴォルコフたちの放つ雰囲気が、一気に険悪なものに変わるのが判る。
俺もイオナの反応を伺って、視線をマーシャとイオナの両方へ交互に向けた。
急変した俺たちの雰囲気を悟ったのか、マーシャが戸惑ったような顔で両手の平を胸の前まで挙げて落ち着けと言うような素振りを見せる。
これだけのエリート騎士たちに囲まれた状況で、たかがCランクの冒険者風情が、よもや反抗的な態度を見せるとは思っていなかったのだろう。
「いえいえ、冒険者ギルドから得られた情報によれば、この中で攻撃魔術担当はあなただけのようですから、あくまで武装解除は警備上の措置です。 そう言えば、揃って見事な銀髪のあなた方お二人は、『伝説の魔法使い』と『荒ぶる聖女』によく似たお名前のようですね」
ニッコリと笑うマーシャの目は、少しも笑っていなかった。
俺は何時でも行けるように、視線をイオナに向けたままで待機する。
「偶然の一致と言うやつじゃろう。 わしらも先を急ぐ旅じゃから、邪魔をされぬ限りは無闇にヤムトリアで事を構えようなどと、思うてはおらぬ」
「それは、邪魔をすれば押し通るという意味にも解釈できますが、この場でそれを言いますか」
マーシャが呆れたような、それでいて感心したような顔で言った。
この場、とは多数の黒衣騎士団に階段の両脇を囲まれて居る状況で、という意味なんだろう。
俺の家族に手を出す気ならヤムトリアだろうが何だろうが本気でやるぞと、俺は決意をしていた。
〈馬鹿者! 魔力が漏れ始めておるぞ。 冒険者ギルドからの情報で動いているからこそ、お前がノーマークで居ると言うに。 力を押さえるのじゃ〉
イオナから、突然念話が飛んで来た。
それで、フッと俺は我に返った。
スッと黒いローブの男が、黒衣騎士の後ろから出てきて、マーシャに何事かを囁く。
驚いたような顔をしたマーシャは、俺の方へ視線を向けた。
「そこの君、冒険者ギルドの資料にあるよりも魔力がありそうだね。 治癒魔法使いの見習いらしいけれど、念のため君にも封印の首輪を付けて貰う必要がありそうだ。 そしてそちらのお嬢さんにも、お願いしないといけないようだ」
マーシャが封印の首輪を付けるように指示したのは、俺とメルだった。
バルは何が起きたのか理解していないような、見た目年齢相応な子供っぽい態度で、キョトンとして俺たちが首輪を付けられるのを見ていた。
俺はそのバルの臨機応変な対応に、少しばかり感心する。
やっぱり、伊達に長く生きている訳じゃないようだ。
それに比べれば、俺は状況判断が甘かったと言わざるを得ない。
抑えるべき処で抑えられなければ、魔力制御の訓練をした意味が無いのだ。
結局、イオナに続いて俺とメルは大人しく魔法阻害の首輪を自ら装着して、マーシャの後に続いた。
警戒心を露わにする黒衣騎士団の間を、イオナとレイナは堂々と胸を張って歩いて行く。
バルはいつもの我関せずといった顔で、アーニャはツンと気取った素振りで、ヴォルコフとティグレノフはアーニャを守るように並んだ位置取りで、堂々と歩いていた。
メルはしばらく何事か考えていたようだったけれど、意を決したように前を向き、胸を張り堂々と歩き出す。
アーニャやバルとは違い、その姿はレイナにも似て、堂々としていながらも気品のある物怖じしない態度に思えた。
俺は周囲を気にしないように無表情を無理矢理作って、皆の後に続く。
階段を上りきると、大きな白い両開きの扉があった。
複雑な装飾の施された仰々しい門を開けて中に入ると、奥に向かってだだっ広い空間が広がっているのが見える。
「ここは、王立の歴史博物館です。 国王の到着までご自由にご観覧下さい」
そう言うと、マーシャは軽く一礼をして後ろに下がる。
そして、そのまま八名程の黒衣騎士を中に残して門から出て行った。
「まあ、なるようにしかならぬじゃろう」
そう言うと、イオナはレイナを促して、展示物の見物を始めた。