60:魔族との遭遇
「カズヤ! 何なの、あれは!」
少し遅れて追い付いたアーニャが、先に到着していた俺にそう問いかける。
イオナたちも、俺の後ろで息を呑む雰囲気が確かに伝わって来た。
「なんとも、異形じゃな」
俺の隣に立ったバルが、何の感慨も無いように、そう呟く。
その凶悪な雰囲気を漂わせている生き物が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
その隙に、剣を構えていた男の一人が倒れている女性に駆け寄った。
他の男たちも剣を構えた姿勢を崩さないでいるけど、心配そうにそちらへ視線をチラチラと向けている。
全員が、倒れている女性に駆け寄らないのは、相当にこの奇怪な生き物の事を警戒しているのだろう。
残った全員が、それぞれ武器を構えたまま動かない。
いや、警戒し過ぎて動けないと言うべきか……
地面には、既に倒れ伏して動かない十体程の人影が見える。
わざわざ『暗視』スキルを通してみなくとも、既に息絶えている事が判った。
その生き物は、シルエットだけを見ればむしろ滑稽な体型と言えるかもしれなかった。
言葉で表すと小柄で三頭身で、頭に太く曲がりくねったヒツジのような角が生えているとは言え、肩にめり込んだようにも見える大きな頭と、ずんぐりとした胴体に短く太い足、何処を取ってもシルエットだけなら凶悪という雰囲気は無い。
しかし周囲に伝わってくるのは、その凶悪なゴツイ顔と大きな口から生えた長い牙、冷酷そうな鋭い目とか、そういうパーツから連想する凶悪さでは無かった。
とてつもなくヤバイ雰囲気と言うか気味の悪いオーラとか言うものを、その三頭身の生き物が纏っているのだ。
俺は気配感知で全員の位置を確認してから、無言で全員に『ブレス』と『アクセル』を高レベルで掛けた。
そして、倒れて居る女性の方に手を伸ばして、『ヒール』を飛ばした。
離れた位置から治癒魔法を掛ける事はゲーム世界では当たり前の魔法だけど、こっちの世界では直接手を当てなければ魔法を掛けられないようだ。
ターナ村で俺が手間を掛けてまで治癒魔法を一人ずつ掛けた振りをしたのは、そのためだった。
しかし、倒れた女性の様子を見る限り、今はそんな時間も無いと俺は判断した。
何よりも目の前の奇怪な生き物が、俺にゆっくりと治療をさせてくれるとは思えなかったのが、その理由だ。
「これは珍しい。 レイナよ、あやつは恐らく魔族の仲間じゃの」
「そうね。 イオナの言う通りだと、私も思うわ」
俺の視界の隅で、イオナとレイナが互いに目配せをし合って、それぞれの武器であるロッドとクレイモアを構えたのが見えた。
遅れて後ろに居たヴォルコフとティグレノフたちも、それぞれの剣を抜いて構えたのが音と雰囲気で判る。
「ほう、あれが魔族か…… まさか、この世界で "も" それを耳にする事になるとは、思わなんだわ」
隣で聞こえるバルの声が、一段低くなった気がした。
俺も目の前に立つ未知の生き物に対して身構えるけれど、別の方向に意識の半分は向いていた。
何故ならば、隠れて居る別の気配も俺の気配感知スキルが捉えていたからだ。
そいつは正面左にある建物の屋根の上で、身を潜めていた。
「魔族……? 魔人じゃなくて?」
イオナとレイナの会話を聞いて、俺は理解が追い付かずにそう呟く。
もちろん、意識の半分では屋根の上を警戒しつつも、視線は目の前の生き物に向けたままだ。
そんな俺の問いかけに、イオナとレイナが答えた。
「どちらも似たような容貌をしておると聞くが、魔人とは人が人の枠を超えて人ならぬ力を得た者の総称じゃよ。 魔族とは産まれながらに特異な力を持つが故に人と似て非なる、神に造られし呪われた種族じゃ。 かつて神話の時代には神に反乱を起こし、神の遣いたる神聖なる竜の一族とも敵対したと伝えられておる」
「遠い昔、我ら人の一族に最後の審判を神が下された理由は、人と魔族と竜族が互いに相争った末に、魔族がこの大地を汚そうと人の一族を騙し神に刃向かったからだと言われているのよ。 故に、神はすべての悪は滅びよと天から炎の槍を落とされ、心正しき者だけが辛うじて僅かに地上で生き残ったと言われているわ」
「つまりこの世界には、獣人やエルフだけじゃなくて魔族や竜族なんてのも居るって事か。 なんてコテコテのファンタジー世界なんだ」
俺は思わず、そんな感想を呟く。
もちろん、それが場違いだという事は判っているけれど、レイナの話を聞けばそう言う感想を持ってしまうのも仕方ないだろう。
「ねえカズヤ。 それって神話が本当なら、目の前の魔族も心正しき者って事になるんじゃないの?」
イオナとレイナの話から魔族という聞いた事の無い種族の存在を受け入れた俺に、アーニャが後ろから突っ込む。
たしかに! しかし、目の前の魔族って奴からは邪悪な雰囲気しか感じない。
「つまりは、神話なんて権力者に都合の良い作り話を頭から信じちゃいけないって、そういう逆説なんじゃないか?」
俺は、アーニャにそう答える。
いつの間にか、目の前の魔族とか言う凶悪そうな生き物から知らないうちに受けていた、重苦しい緊張が解けていた。
どうやら、俺はいつの間にか相手のプレッシャーに気圧されていたらしい。
元より油断をする気はないけれど、気圧されたままでは体が必要以上の緊張で強張ってしまい、勝てる相手にも勝てない事だってあるだろう。
「おまえら、邪魔。 みんな殺す」
目の前の三頭身が、ボソリと呟いた。
意外と低い声だ。
屋根の上に対する警戒を残しながら、三頭身の後ろで剣を構えている男達の様子を確認してみた。
さっきまでは正直なところ、無意味な緊張でそんな余裕も無かった。
あらためて確認してみれば、俺の『暗視』スキルには男たちもそれぞれ満身創痍だと言う事が見て取れた。
俺は、その中の髭面長髪の男に一瞬だけ目を留めてから、そのまま構わずに『絶対聖域』を彼らの足下に展開させた。
スキルによって男たちの足下に発生した魔法陣の淡い光に驚いたのか、屋根の上に隠れて居る存在が隠していた気配を露わにした。
イオナたちも、それで屋根の上に伏兵が居る事に気付いたようだ。
結果オーライだけど、これで上からの奇襲を受けて体勢を崩される可能性は減った。
問題は、目の前の三頭身だ。
まだ『見切り』が発動しないという事は、俺個人に向けられている殺意というか害意という物が、まだ無いという事になる。
もしかすると目の前の三頭身は、ただ満遍なく周囲に威圧って物を強烈に発しているだけなのかもしれない。
俺は、三頭身の後方に居る男たちの周囲を取り囲むように、『拒絶結界』を張った。
そして、そのタイミングで周囲の視界が『見切り』の発動を知らせるように、ゆっくりとした動きに変わる。
どうやら、一番近い位置に居る俺にターゲットが絞られたようだ。
あるいは治癒魔法を使った事によって、まずはパーティ戦のセオリー通り俺から倒すべきと判断したのかは判らない。
三頭身が、ゆっくりと足を踏み出そうとして急に驚いたような顔になり、僅かに視線を下に向けてから再び俺を見た。
まるで視線だけで射殺すかのような、憎々しげな鋭い眼差しだ。
三頭身の大きな目の中にある小さな赤い瞳が、苦しそうに歪む。
踏み出そうとした足を前に踏み出せずに、その場で全身に力を入れて何かに耐えているような姿勢を見せる三頭身が、俺の目の前にあった。
苦しそうな表情が更に険しくなり、やがて耐えかねたように三頭身の魔族はガクリと膝を落とした。
それと同時に、三頭身の周囲にあった石畳の地面が目に見えない巨大な球体に押し潰されたかのように、丸い形でボコリと窪む。
苦悶の表情を浮かべる三頭身は、ついに膝だけでは無く上体をも石畳の上に伏していた。
その後ろでは、拒絶結界に守られた男たちが酷く驚いたような反応を見せている。
「さすがに魔法は反則級の威力ね。 これじゃ、あたしたちの出番が無いわ」
後ろで、揶揄するようなアーニャの声が聞こえた。
屋根の上の反応は、もう気配を隠す気もサラサラ無いようだ。
突然、轟音と共に屋根の上から一抱えもある大きな火球が髭面長髪の男目がけて飛び出し、俺の張った拒絶結界に阻まれて爆散した。
髭面長髪の男は、迫る火球に対応して剣を構えていたが、目の前でそれが爆散して尚且つ自分に何の被害も無い事に、とても驚いて居るようだった。
火球が爆散するのと同時に、屋根の上にイオナの放った三条の雷が落ちて、屋根の一部が吹き飛ぶ。
その直前で左の屋根から右の屋根へ、何か黒い影が慌てて飛び出した。
それに向かって、すかさず俺の後ろから二本の光条が黒い陰に向かって走る。
間違い無く、それはメルとアーニャの放った属性矢だ。
それが直撃する寸前で黒い影は強引に体を空中で捩り、間一髪矢を躱した。
しかも、矢を躱す間際に細長く引き延ばされた火炎状のものを放って来る。
その迫り来る火炎槍は二本、俺の『見切り』は発動していない。
向かってくる方向からして、その火炎槍が矢を放った二人に向けられた事がすぐに判る。
俺はすぐさま左腕を上に伸ばして、仲間全員の上方に半球状の『拒絶結界』を展開した。
それとほぼ同時に、向かってくる火炎槍に接する程の直下で眩しいスパークが二つ弾ける。
イオナの雷撃が直撃したのだと、俺は理解した。
直下で急激に熱膨張した空気が弾けて、槍の軌道が上に逸れる。
目的とした右側の屋根に取り付こうとした黒い陰が、突如バランスを崩したように屋根から落下した。
これは俺が風魔法で、突風攻撃の『風槌』をぶち当てたからだ。
落下する黒い影は、宙空で黒いコウモリのような角張った翼を広げると、地面に激突する事なく着地しようとしていた。
その地面から、俺の放った『アーススパイク』による先端の尖った一メートルほどの石筍が幾つも飛び出す。
そして無様に回避しようと羽ばたく黒い影に向かって、一陣の疾風がイオナから放たれた。
それは、風の刃である『ウィンドカッター』だ。
空中に見えない曲線の軌道を描いて迫る風の刃は、空間の歪みとして辛うじて知覚できる。
絶妙のタイミングでいくつも放たれたその刃が、黒い影のコウモリのような翼を一つ切り落とした。
切り落とされた翼の側を下にして、落下する黒い影。
バスケットボール大の球電『サンダーボール』を手元で生成していた俺は、それを黒い影に放とうとしてイオナに止められた。
「待つのじゃ、和也。 少しばかり、この状況に興味がある。 なぜあの男が王都の町中で魔族などに命を狙われる必要があるのか、知りたくないか? 殺さず拘束するのじゃ」
俺は、バスケットボールの二倍ほどにまで膨らんだ『サンダーボール』を即座に消去して、地面に落ちた黒い影の手足を『氷縛』スキルで、氷の塊の中に閉じ込めた。
そして、地面で藻掻いている黒い影に近付く。
その横では、俺が『超重力場』を解いていないので、三頭身のゆで卵のような魔族が、相変わらず地面に張り付いたまま、虫のように藻掻いていた。
それをチラリと横目で確認しながら、俺たちは黒い影の三メートルほど手前で止まる。
それ以上近付かないのは、万が一の場合を考えての事だ。
俺はチラッと視線を髭面長髪の男が居る方へと向けてから、コウモリの翼を持った黒い影…… 魔族へと視線を戻す。
「何だ、貴様らは! 何故邪魔をする」
捕らえた黒い魔族は、人間の言葉でそう叫んだ。
つまり、聞き慣れた日本語って事だ。
意外なことに、捉えた魔族は簡易な防具付きの人間と同じような服を着ていた。
ちなみに、三頭身の魔族は、上半身が裸でボロボロのハーフパンツのような物しか身につけていない。
目の前の魔族は黒に近い浅黒い肌をしているけれど、地面に這いつくばっている三頭身の魔族は、カラフルな入れ墨のような模様が上半身と顔に描かれていて、背中から肩の上にかけて、赤黒い獣毛が生えていた。
顔はと言えば、より目の前の魔族の方が悪魔的というか、リアルな写真でみたコウモリの顔に、捻れた二本角が生えた顔に近い。
「正直、助かったよ。 若い頃はAランクまで行ったんだが、酔っていたとは言え、歳は取りたくないものだ」
俺の張った『拒絶結界』から出てきた薄紫色の髪の毛をした中年男が、そう声を掛けてきた。
酒場で絡んで来た髭面長髪の男を含む、他の四人も俺たちに軽く頭を下げている。
「俺も聞きたいものだな、何故俺を狙ったのか。 そして、誰の差し金で動いているのかもな」
「あなたの遠隔で使える治癒魔法と言い、地面から放たれた広範囲の治癒魔法と言い、多彩な攻撃魔法と言い、すべてが初めて見るものばかりでした。 さぞや名のある魔法使い様なのでしょうね」
俺に助けられた黒いローブを身に纏った中年女性が、イオナに向かってそう言う。
まあ、迷彩服を着ているとは言ってもイオナはロッドを持ってるし、雰囲気も体格も前衛職には見えないから、そう思われても仕方ないだろう。
「ご無事で何よりでしたな。 それよりも、何か心当たりでも有りそうじゃの」
イオナが否定も肯定もせずに、そう答える。
その話題には深く突っ込んで欲しくないから、俺も何も言わない事にした。
イオナの問いかけに顔を見合わせて、返答に困ったような反応を示して口ごもる男たち。
何やら、襲撃を受けるような心当たりはあるらしい。
「ふむ、どうやら軽々しく言えぬ事情もお有りのようじゃの。 こやつをわしらが尋問して秘密が余所に漏れるのも、そちらとしては避けたいのでは?」
「どういう事ですか?」
イオナの言葉を受けて薄紫色の髪の毛をした男が、そう聞き返した。
多分、イオナは想定以上の面倒事には深入りしたくないんだろうなと、俺は想像した。
「正直なところ、どちらに非があるのかなど無関係なわしらには興味が無いのじゃ。 誰かが夜道で襲われていて怪我をした女性の声がしたから、取りあえず駆けつけたまでの事。 そして攻撃の矛先がこちらに向かったから反撃したまでの事じゃ。 助けたわしらにも言えぬ秘密がそこに有るとあれば、旅人が深入りせぬが長生きの秘訣じゃでな。 こやつらの後始末は、お主らに任せようと言うておるのじゃ」
イオナの返事は、概ね俺の思った通りだ。
後ろからアーニャと一緒にヒョイと俺の横に顔を出して、捉えた魔族をマジマジと見ていたメルが突然口を開いた。
「カズヤ兄ちゃん、魔族って私の国でも厄災をもたらすって言われて神殿関係者からは忌み嫌われて居るけど、実物は初めて見たわ」
「何だと小娘、良く言うな。 小綺麗なお前たちの中にだって…… 」
突然、黒い魔族の頭が爆発するように弾けた。
まるで西瓜のように赤い中身を後方にぶちまけて、その醜い頭は跡形無く消し飛んだ。
全員の視線が、俺の左隣にいるバルへと集まる。
そう、魔族の頭を吹き飛ばしたのは、その右手の平を真っ直ぐ魔族に向けて立っているバルだったのだ。
「気付かぬか? お前たちが七面倒くさい遣り取りをしているうちに、こやつは戒めを解いていたぞ」
全員が視線を頭の消し飛んだ黒い魔族に向けると、確かに両手の『氷縛』は溶けて解除されていた。
そして、戒めを解いて自由になった黒い魔族の右手の平から、今まさに炎の欠片が消えようとするところだった。
俺の『見切り』が発動していなかった事から、狙われたのが俺では無い事は確かだ。
では誰なのかと考えて見れば、それはこいつが執拗に狙っていた髭面で長髪の男だろうと想像される。
間一髪、危ないところだったという事だ。
こいつが火炎系の魔法を使う以上、氷系の拘束スキルとは相性が悪かったという事に気付かなかった俺のミスだ。
それに意識の半分近くを三頭身の魔族に掛け続けている重力魔法に振り分けていた事も、俺の注意力が散漫となっていた理由かもしれない。
しかし、黒い魔族の頭が吹っ飛んでしまった後では、すべては後付けの理由でしかない。
俺の油断のせいで犯人の一人をみすみす殺してしまう事になって、申し訳無い気持ちで、薄紫色の髪の毛をした男の方を見た。
すると、隣に立っている髭面長髪の見苦しい男が、訝しげな視線を俺の方に向けている事に気付く。
いや、正確に言えば視線の向けられている方向は俺ではなく、そのすぐ右隣だった。
「メル姫……?! もしや、あなたは行方不明のメル姫ではありませんか?」
髭面の男から、そんな言葉が漏れた。
ギュッと俺の右手を掴んでメルが後ろに隠れる。
スッと、レイナが前に出てメルを隠すように位置取りを変えた。
後ろから感じるヴォルコフたちの雰囲気が、一気に固いものになる。
一気に剣呑となった俺たちの雰囲気に髭面の男が慌て始め、訳が判らないという表情で薄紫の髪の毛をした男と他の仲間が、武器を俺たちに向けて構え直した。
そして、俺の注意は完全に目の前の男たちに向いてしまい、重力魔法への意識が薄れてしまう。
「ぐおおおぉぉぉ! みんな殺す。 おまえら絶対殺す!、裏切り者もみんな殺す!」
三頭身の魔族が重力の戒めから解き放たれて、吼えていた。
一気に、この場に居る全員の視線が三頭身の魔族が地面に伏せていた方向に向いた。
カッっと目の前が昼のように明るくなり、直径五メートルはありそうな巨大な火球が三頭身の魔族の口から放たれる。
咄嗟に地面設置型の拒絶結界を前方展開、直撃に備えた。
すぐさま結界に直撃した火球は轟音とともに弾けて、辺り一面を吹き飛ばした。
灼熱して燃え上がる周囲の人家は、火球に近い場所が爆風で一部が吹き飛んで、ガラガラと石積みの壁が崩れ落ちる。
続けて、ドン!と重い衝撃音が結界にぶつかって、地面を揺らす。
結界が設置された石畳が押されて捲れ上がり、そこに接している石が奇麗に直線状にえぐれていた。
俺たちの正面、ちょうど結界の張られている辺りに、三頭身の魔族が透明なガラス窓に顔を押しつけたように、顔を歪ませて張り付いている。
緊迫した場面だというのに、どこか間が抜けていてユーモラスだ。
「退きなさい! 邪魔よ!」
レイナの叱責が飛び、髭面の男達は反射的に左右に割れた。
そこへレイナが一足飛びにクレイモアを上段に振りかざして突っ込む。
僅かに遅れて、ヴォルコフとティグレノフも突っ込んだ。
後方支援の属性矢も、レイナを迎え撃とうとしている三頭身の魔族に向かって射かけられていた。
拒絶結界は、外部からの干渉のみを拒絶する特殊な結界で、内部からはスルーで通り抜ける事が可能な結界だ。
ただし、一度外へ出たら結界を解かない限り、中に戻る事は出来ない。
レイナの鋭い突っ込みに合わせて振り下ろした筈の三頭身の右腕が虚しく空振りをする。
スキルを使い急激に増速して一瞬で間合いを詰めたレイナが、擦れ違い様に三頭身の魔族を肩口から袈裟切りに切って捨てた。
続けて、ヴォルコフとティグレノフが三頭身の左右を通り抜ける。
僅かに遅れてボトリと地面に落ちるのは、三頭身の魔族の太い両腕だった。
「うがああぁぁ、ごろす、ぜったいにごろず…… 」
ゴボリと大量に赤い血を吐いたままズルリと滑り落ちるように、レイナによって袈裟切りにされた三頭身の魔族の上半身が、ズチャリと地面に滑り落ちる。
血まみれとなった、その大きな口がパクりを開かれて、こちらを向いた顔の目がカッと見開かれた。
その口の中からチラチラと炎の塊が見えて、急速に膨れあがり始める。
大口を開けた三頭身の魔族の側頭部をポンと軽く踏み越えて、いつの間にか俺の脇から消えていたバルがその上を通り過ぎていた。
その直前には、俺の究極冷凍魔法『アブソリュート・ゼロ』が発動していた。
ゴトリと言う音と共に、三頭身の魔族の首が胴から離れるのと、派手な氷結のエフェクト無しで、瞬時に奴の頭が絶対零度で凍結してバルに踏みつぶされ、そして細片に砕け散った。
「死ぬのは、お前の方じゃ」
軽々と石畳に着地したバルが、顔だけで振り向いてそう言い捨てた。