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59:聖ミリアム伝

 その声が聞こえたタイミングからしても、聞こえた言葉の内容からしても、どうやら俺の言った事に対する反応のようだ。

 内心で、しまった!と思いつつも、俺はゆっくりと後ろを振り返る。


 つい、ここが大勢の人が集まる居酒屋を兼ねた大衆食堂だという事を忘れていた。

 そりゃあ、この国の人にしてみれば余所者に自国の建国神話を貶されたようなものなんだから、腹も立つだろう。


 そして、それよりも俺が危惧したのは、その前の話題を聞かれていたのでは無いかという事だ。

 その話題とは、エスタシオ王国と王女でもあるメルの事だ。


 メルの素性をよく考えてみれば国が離れているとは言っても、人が沢山いる場所で話すには迂闊な話題だった。

 自分の誕生日にヤムトリア王と会ったことがあるなんて人物が、普通に考えても一般人の訳が無い。


 後ろのテーブルで俺に声を掛けてきたのは、ごつい体をした40代から50代くらいの男だった。

 肩までかかるような茶色の癖毛に加えて、顎全体を覆うような縮れた髭に覆われた顔が、ギロリと琥珀色の大きな目を見開いて俺の方を見ていた。


「おいおい、ライアン。 子供相手に大人げ無いぜ。 そのくらいの年頃は、権威とか由緒とか言う物に意味も無く反発したがるもんだ」


「そうだぞ、ライアン。 お前がその子くらいの頃は、何やってたのか思いだして見ろ」

「そうよ、一番王位だとか貴族だとか権威なんて物に反発してたのは、あなたでしょ」


 ライアンと呼ばれた男が俺に声を掛けた髭面のごつい男で、同じテーブルに着いている仲間らしき同年代の人達から、一斉に諫められていた。

 見るからに、古い友人とか戦友とか、そんな遠慮の無い仲間という雰囲気が伝わってくる。


「だけどなあ、あれは本当の話だし、建国の神話を馬鹿にするって事は聖ミリアム様を馬鹿にするって事だぞ」


 ライアンって呼ばれた男は、不服そうな素振りで俺に向けていた顔を仲間の方に戻す。

 俺は、何だか判らないけれど妙に、ライアンという男が振り向き際に放った言葉に引っかかった。


「なあ、イオナ。 聖ミリアムって神話で何をした人な…… 」


「小僧! ミリアム様を呼び捨てにするな」


 イオナの方へ顔を向けて訊ねようとした俺に、ライアンがまた絡んで来た。

 なんつーか、放っておいて欲しいものだ。


「ライアン いい加減にしな! あんた相当酔ってるよ」


「そうだぞ、ライアン。 もうそろそろ戻る時刻だ」


 ライアンと言う男は、仲間たちに引き摺られるようにして店を出て行った。

 ちょうどタイミングが合ったのか、彼らが出て行ってから続けて十人程のグループと何組かの客も席を立って店を出て行ったので、ほぼ満員に近かった店内には空席が目立つようになった。


 俺は『気配感知』を使って、ライアンという髭面の男とその仲間が広い表通りには出ずに、裏通りへと入って行くのを感知していた。

 変な因縁を付けられて待ち伏せとかされるのを、少しだけ警戒したのだ。


 余計な心配だったかと心の中で苦笑いをして、俺は彼らが裏通りへと消えて行くのを待った。

 そしてその後を追うように少し遅れて店を出て行った十人程の気配が、ライアンたちと同じ裏通りへと入って行くのに気付く。


 それ以外の客たちは、みんな店を出てから右へと進み表通りへと向かっている。

 ライアンという男達と十人程の気配は逆に左へと曲がっていったけれど、恐らくそっちの方向に家があるんだろう。


 奴等は旅人というよりも地元のオッサンという感じだったから、俺はそれ以上気にしないことにして『気配感知』を切る。

 再び口にした野菜たっぷりスープは、少し冷めていた。


 何とも白けた気分で顔を上げると、他の皆と目が合った。

 せっかく楽しい食事で盛り上がっていたと言うのに、なんとも興醒めと言うのは、こういう事を言うんだろう。


 さっきまで話していた会話の続きを、今から始める気分にはなれない。

 おまけに熱かったスープまで少し冷め始めているんだから、気分は最悪だ。


「なあ、イオナ。 あいつ、神話の話をしてたら聖ミリアム様がどうとか言ってたけど、何の事を言ってたんだろう?」


 俺は気を取り直して、イオナに質問をぶつけてみた。

 さっきの会話の中に、気になる単語があったのだ。


 単なる偶然の一致だろうけど、俺がミリアムと聞いて連想するのは神話じゃなくてゲームの中で一緒にパーティを組んでいた、あの中学生の女の子の事だ。

 しかし、ここはミリアムたちエクソーダスのメンバーが居た元の世界と違って、まるきりの異世界だ。


 あるいは、イオナの説に従えば俺が捨ててきた世界から、遙かに遠い未来が今俺の居るこの世界だ。

 どちらにしても、単に言葉の響きが同じだとしても、意味する内容まで一致する訳が無無かった。


「他国の神話まで詳しくは知らぬが、ヤムトリアの統一と建国に大きな力を貸した女神も使徒とも呼ばれておる者の名前が、確かミリアムとか言ったはずじゃの」


「そうですね。 我がエストリアに遣わされたミシエル様とは天界で姉妹の関係にあったとも言い伝えられているわね」


「ちょっと待ってレイナ。 いま何て言った? 確か、ミッシェルって…… え、ミシエル?」


 俺は聞き覚えのある別の名前がレイナの口から出てきたことに、少しばかり驚いた。

 例え偶然の一致とは言っても、続けて二人も聞き覚えのある名前が出てくるなんて、ちょっと出来過ぎだ。


「ミシエル様よ、和也。 混沌の世界から始祖六国が建国に至る過程には、六つ全ての国において六神様の使徒であるとされている聖人の助力が深く関係しているの」


「そうじゃったな。 わしは余り信心深い方では無かったから興味も薄かったが、神殿の巫女でもあったレイナであれば、その方面は詳しかろう。 各国で六神を祀る神殿が国家から独立して強い力を持っておるのは、その建国にまつわる神と使徒様の力あればこそじゃの」


 名前なんてものは、広い世界のどこかで被る事だってあるだろう。

 だから、このタイミングで耳にした二人の名前も、俺は単なる偶然の一致だと結論づけようとした。


「なあレイナ。 念のために聞くけど、神とか使徒が関係した国の数は全部で六つなんだよな? って事は他の四つの国にも、神の使徒とされる誰かが居たって事になるよな」


 俺は、自分でも何を馬鹿な事を思いついたんだと考えながら、恐る恐るレイナに訊ねる。

 エクソーダスのメンバーは俺を除いて六人だ。


 この世界で初期に建国された国の数が六だとすれば、荒唐無稽な思いつきだけど計算は合う。

 だが、それは有り得ない話だと否定する気持ちも、当然俺の中には強く存在していた。


「そうねえ…… たしかキトラ王国は剣神ジューディス様、フジノ公国は狂戦士ハイド様とユイ様、アルメリア王国は賢王パンギャ様、メルちゃんのエスタシオ王国は火神アモン様だったわよね?」


「ユイ?…… 」


 一人だけ聞き覚えの無い名前があったけれど、その他の六人は、有り得ない事に俺の予想通りだった。

 確認するようなレイナの問いかけに対して、小さくメルが頷いて答える。


 俺はレイナの答えを聞いて、ちょっと混乱していた。

 まさかとは思いつつもレイナに訊ねずには居られなかった、俺の頭を過ぎった人物たちのハンドルネームと余りに一致し過ぎる七名中六名の使徒の名前を、俺は受け入れられずに居た。


「ユイってのは私の調査データに無いけど、他の六人はカズヤが閉じ込められたゲーム内で一緒に組んでいたパーティメンバーのハンドルネームってのと同じじゃないの?」


 ずっと話を聞いていたらしいアーニャの冷静な声を聞いて、俺は混乱から立ち直った。

 やはり、そう思うのが自然なのだろう。


 彼らが俺の思っている人たちと同一人物であるかどうかは、今となっては確かめようも無いけれど、名前が一致しているのは間違い無い。

 同姓同名は世の中に多数存在しているだろうけれど、これだけの一致は偶然というには出来過ぎていると考えるのも、俺の無理なこじつけでは無いだろう。


「おお、あの方たちじゃの。 和也がダイクーアを潰す前に訊ねてきてくれた六人が、同じゲームの中でパーティを組んでいたと言っておったが、そんな珍妙な名前で呼び合っておったの」


「ちょっ、珍妙とか…… 」


 イオナが、俺たちのハンドルネームにそんな感想を持っていたとは、思っていなかった。

 俺たちからすれば、逆に聞き慣れない本名で呼び合う方が違和感ありありだ。


 まあ、ゲームと関係の無い普通の人達の前で互いにハンドルネームを呼び合うのは、それなりに少しの思い切りと慣れが必要なのは、否定しないけど…… 

 それを面と向かって "珍妙" とか言われると、自信を持って否定しきれない自分も居たりする。


「日本人としては皆さん美男美女ばかりだったけど、それでも真顔でハイドさんミッシェルさんとか呼び合ってるのは、転移して七十年余りも日本で暮らしてきた私たちからしても、少しだけ違和感を抱かせるものがあったわ」


「たしか、調査によるとカズヤのハンドルネームは、メイン・マンドレー…… 」


「やめろー! アーニャ、やめてくれ。 その名前で俺を呼ぶなあー!!」


 俺は必死で、自分の黒歴史とも言えるハンドルネームを言いそうになったアーニャの口を塞ごうとして、必死に手を伸ばした。

 ライアンとか言う男に話の腰を折られた事もあって、中途半端に互いの報告を済ませた俺たちは早々に食事を切り上げて宿に戻ることになった。


 アーニャたちは、食事を済ませて軽く居眠りを済ませたからか、妙に元気だ。

 それに比べて、なんだか訳も判らずぐったりと疲れているのは俺の方だった。


 宿に戻るために近道をしようと薄暗い裏路地を歩いていると、狭い路地の奥から固い物がぶつかり合うような音が聞こえて来た。

 思わず、薄暗い中でイオナたちと顔を見合わせる。


 やがて、肉を断つような湿った音と同時に押し殺したような女性の小さな悲鳴も聞こえた。

 やや遅れて、『エルダ!』と女性の名を叫ぶ男の声も聞こえる。


 周囲の家からは僅かに灯りが漏れているけれど、関わり合いになるのを恐れているのか、どの家も窓を閉め切っていて中からは物音一つしない。

 俺は一瞬迷った後に、イオナの目を伺う。


 イオナが小さく頷いた。

 俺は頷き返すと、俺は念のため全員に『コンポジット・アーマー』を掛けてから走り出す。


 あの森の奥でイオナのパワーレベリングじみたギリギリの訓練を受けて強くなった俺たちなら、普通の人間相手のトラブルで遅れを取る事は無いという自信もあった。

 怪我人が居ることは間違い無いので、何が起きているのかは知らないけれど、まずは俺が少しでも早く駆けつけて治療をする事が必要だと判断したのだ。


 こっちの世界の喧嘩は、普通に武器や魔法を持っている奴が相手だから、下手をすれば命に関わる確率が高いと思う。

 万が一怪我で済んでいても医療技術や知識なんてものは無いし、俺がゲームで使っていた治癒魔法よりもレベルの数段低い神殿の治癒魔法が頼りだから、怪我が原因で死ぬことも多いだろう。


 まだ聞こえる争いの音を頼りに、路地を駆け抜けた先に、それは居た。

 裏路地の奥で、剣を抜いて構えている人達の前に立ちはだかっていたのは、大都市でもある王都ヤムトリアの市街に居てはならない、異形な姿の生き物だった。


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