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58:調査クエスト一日目

 俺は重力魔法と風魔法を併用しながら、ヤムトリアの上空を飛んでいた。

 単独行動という事になれば、わざわざ地上を移動する必要も無い。


 いきなりゴブリンの生息調査と言われても、何処から手を着けて良いのか判る訳が無い。

 だから、とりあえず実際に目撃をした場所へと向かうことにしたのだ。


 バルは俺に同行しようとしていたけど、レイナ以外にヴォルコフたちを戦闘面で追い込む役割が欲しいという事で、居残り特訓組になった。

 言わなくても着いてくるだろうと思っていただけに、ちょっと肩すかしを喰らったような気がするけれど、一人の方が気楽と言えば気楽なものだ。


 地上から発見されて騒ぎにならないように、当然ながら『隠遁結界』を纏っている。

 高度を徐々に上げて行くと、ヤムトリアの王都と呼ばれる場所が森に囲まれた広大な窪地の中にある事が判る。


 南の方角には、連なる高い山脈が見えた。

 その南東方向には、雲の中に上の方が隠れているけれど、もっと高い山脈が壁のように連なっているのが霞んで見えている。


 それだけを見ても、イオナが言うように日本の未来世界がこの世界だとは簡単には信じられない。

 ヤムトリアが大阪付近だと言うのなら、あの高い山があるあたりは太平洋とか小笠原諸島とかがあるはずなのだ。


 自位置を確かめるために、俺は振り返ってヤムトリアの方を見てみた。

 高度を上げて見下ろしてみれば、大森林を切り開いて作ったであろうヤムトリアと言う国の形が、不自然に人工的な事に気付く。


 周囲を埋め尽くす広大な大森林の中に、ぽっかりと空いた巨大で不自然な程に奇麗な丸い形が、妙に俺の中に違和感を抱かせる。

 そのほぼ中心部に作られた巨大な城壁都市、それが王都ヤムトリアだった。


 少し高度を下げて、俺は遠視スキルの『鷹の目』を使って索敵を始めた。

 『気配感知』スキルには無数の反応があるけれど、ゴブリンという比較的非力な亜人は、強い魔獣の少ない人里近くや森周辺部付近に生息しているらしい。


 俺は、ヤムトリアを取り囲む森の外周部や、街道沿いに点在する村の周辺を重点的に調べる事にした。

 まずは、最初に遭遇したイース村の周辺から調べるのが手っ取り早いだろう。


 ヤムトリアの上空をグルリと飛行した後、そのまま街道沿いに南にあるイース村方面へと向かう。

 まずは距離が近いヤムトリアとイース村の中間地点、あの森の中から魔法を撃たれた場所から始めよう。


 商隊が襲撃を受けた場所の上空で周辺の森の中を索敵してみるけれど、『気配感知』にゴブリンの集落らしき反応が多数固まっているような場所は無かった。

 まばらに、ポツリポツリと魔獣らしき生き物の反応があるだけだ。


 俺は街道に降り立ち、森の中に分け入った。

 そこは、あの時打ち込まれた火魔法に反撃するために、俺が『ソウルバースト』を打ち込んだ場所だ。


 街道との接点でもあり森林の周辺部でもある場所は、比較的日光も差し込んでいて昼でも暗いと言う程ではない。

 俺が魔法をぶち込んだ場所は、すぐに見つかった。


 そこだけ、抉られたように窪地が出来て居て、草木も無く土が見えている場所があった。

 つい前日の事だから、まだ地面に穿たれた穴が真新しく、どこか土臭い臭いもする。


 そこで、俺は小さな何かの肉片を見つけた。

 恐らく、俺たちを狙って魔法を放った生き物の一部なんだろう。


 同時に放たれた火魔法は三つだから、少なくとも三体は魔法を使う何かが居た事になる。

 反撃に使った俺の『ソウルバースト』は、敵の姿をピンポイントでロックオンして放った訳では無いけれど、着弾後に周囲にも物理ダメージを与える特殊な念属性の小範囲攻撃魔法だ。


 こっちの世界で見た魔法と、俺の使うゲーム魔法との一番大きな違いは、必中であるかどうかだ。

 俺のやっていたゲームの場合は、相手をロックオンしてしまえば魔法は基本的に必中攻撃だ。


 場所を移動しても避ける事は出来ないから、別の魔法や武器で打ち砕くか防具を使って耐えるしかない。


 しかし俺の知る限りでは、こっちの魔法はボールを相手に向かって投げるように、場所に対して放つものに思える。

 つまり、魔法に対する反応さえ早ければ、それを避ける事が可能だという事になる。


 とは言え、達人級の魔法使いはイオナ以外に知らないので、それが全てなのかは判らないけれど、そんな違いを感じている。

 それはつまり、雷撃の速度を避けられる者は居ないだろうけれど、風刃のような攻撃なら避ける事は可能だと言う事だ。


 イオナのような達人級の扱う風刃のような魔法は、速度も桁違いだから避けるのは簡単では無いけれど、不可能では無い。

 対して、俺の使う『風刃』スキルは、一度ロックオンした相手には必中だ。


 そういう意味では、試したことは無いけれど、範囲攻撃もゲームの魔法設定のように味方には当たらない可能性は高い。

 もっとも、現実世界で何をもって魔法が味方と敵を区別するのかは判らないから、試しようが無かったりもする。


 今回の場合は、『ソウルバースト』を反射的に放ったけれど、それは敵を個別にロックオンした訳じゃ無くて、場所を指定して放っただけだ。

 だから、実際に敵に当たったかどうかについては確信が無かったけれど、この肉片を見れば少なくとも何らかの生き物にダメージを与えられた事は確かだろう。


 俺は、えぐれた土の中から顔を出している、気になる物を見つけた。

 それは溶岩だろうか、岩が溶けて固まったような気泡跡の多数ある多孔質の岩だ。


 昔、小学生くらいの頃に親父の運転で富士山周辺をドライブした時に、これと似たような岩を見た気がする。

 しかし、この周辺に火山らしき山は見当たらなかった。


 その周辺を捜索していて、草が不自然に倒れているのを見つけた。

 俺の印象としては、何かを引き摺った様な跡にも見える。


 仮にだが、俺の魔法でダメージを受けた何かを引き摺った跡だと考えるのが、たぶん自然だろうと思う。

 しかし、ターナ村の冒険者ギルド資料室で見た、人里近くに出没する魔獣や亜人のリストに記載されていたゴブリンの項目には、仲間を助けるとか魔法を使うなどと言う記述は無かったはずだ。


 知能が低く攻撃的な反面臆病で、少人数で狩りをする事はあっても、多人数で連携は出来ない。

 使用する武器と言えば木の枝や石という道具を使う程度で、一対一であれば普通の人間の大人にも攻撃力で劣るらしい。


 そして獲物は奪い合い、怪我をした仲間は見捨てるというのがゴブリンの項目に書かれていた特性だった。

 そう言う意味で、あの魔獣を使役して襲ってきたゴブリンたちは、異常とも言える。


 多人数での共闘が出来ないと言う理由から、一つの巣に共同生活をするゴブリンの数には限界があるようで、増えすぎると自然に巣別れをしてテリトリーが被らないように分散をするので、放置しておくと各地に増え過ぎてしまうらしかった。

 そんな訳でゴブリンの討伐というのは、冒険者ギルドでも一年中受け付けているクエストになるそうだ。


 とは言え、ありふれたクエストで価格も安い事から、実力の無い初級者くらいしか受ける者が居ないお仕事でもあるらしい。

 この情報は、昨夜声を掛けてきた偽物イオナと偽物レイナから仕入れた話だ。


 イオナとレイナにとっては、それなりに大陸西部の世界情勢を知る事が出来て、有意義だったようだ。

 なによりも、二人は行方不明で死亡したと見られているらしく、エストリアの王も代替わりをしている事もあって、賞金を掛けた指名手配は数十年前に解除されているらしかった。


 その後、偽イオナと偽レイナがどうなったのかは、俺も興味がある。

 なにしろ偽物たちは、イオナたちが特訓をすると聞いて、先輩として見過ごせないと無理矢理参加すると言い出したからだ。


 まあ、どうなっているのかは想像出来るけれど、生でそれを見られないのが残念だ。

 今夜にでも皆と合流してから、それを聞かせて貰う事にしようと思う。


 襲撃場所の周辺をくまなく探してみたけれど、ゴブリンの巣らしき物は無かった。

 俺は、イース村に向かう途中でゴブリンと遭遇した襲撃場所にも行ってみたけれど、その周辺にも巣は見つからなかった。


 最後に俺はイース村へと立ち寄る事にした。

 それなりに時間も喰ったので、今日の処は冒険者ギルドで情報を収集だけしてヤムトリアへ帰り、残りの調査は明日以降にしようと決めていた。


〈イオナ、聞こえるか? 今日は特に目立った収穫無し、この後はイース村の冒険者ギルドで聞き込みをして、夕飯に間に合うように帰る。 そっちは、どう?〉


 俺は、イオナに念話を送る。

 昼と帰る前に定時連絡をしろと言われていて、うっかり忘れていたのだ。


 サスカイアの遺跡でトラブルに巻き込まれて事後報告だけだった事から、単独行動を取る時は定時連絡を入れるという約束になっていたのだ。

 そうは言っても普段から慣れていないので、どうにも連絡するタイミングを忘れてしまいがちになる。


〈和也か、承知した。 こっちは例の三人じゃがな、少々面白い事になっておるぞ。 詳細は夕食の時に話そう。 くれぐれも油断はするなよ〉


〈なんだよ、気になるな。 判った、早めに帰る〉


 俺は念話を打ち切ってイース村へと向かう。

 数分でイース村へと着地すると、人目につかない建物の物陰で隠遁結界を解いた。


 そして、そのまま冒険者ギルドへと向かう。

 受付カウンターには、昨日と同じ狸っぽい獣人のオッサンが居た。


「ゴブリンねえ…… たしかに、そういう話は多くなったみたいだな。 こっちも、ヤムトリア支部には逐一報告と大規模な調査依頼を何度か出してるんだが、どうにも支部の反応が悪くてね」


「それなら、こっちで大規模な調査をすれば良いんじゃ無いのか?」


 俺はカウンターのオッサンの端切れの悪い返事に対して、そう言い返した。

 気になるなら、自分でやれば良いと思うんだ。


「大規模調査は、本部の許可が必要なんだ。 なにしろ金が掛かるからね。 君がやっているような小さなクエスト程度なら、支部の予算を使って受付職員の裁量でどうにでもなる。 だけどな、それ以外のクエストは基本的に依頼主がお金を払うものなんだ。 冒険者ギルドはマージンを貰って運営費に充てているだけだから、依頼主の居ない独自の大規模なクエストをやるには関係する国に掛け合って予算を出してもらうか、本部から追加予算をもらう手続きが必要なんだよ」


 確かに、大規模な調査を行えばお金を支払う人数も相当多くなるだろうし、必要な日数も多くなる。

 となれば、スポンサーが居ないクエストと言うのは、こちらが思う程に簡単では無いのだろう。


「だけどな、ヤムトリア支部くらいの規模になれば、それくらいの予算は問題無く組めるはずなんだよ。 本部なんかに予算を掛け合わなくても、許可さえあれば支部の裁量でな。 その許可だってヤムトリア支部長クラスになれば、形式的な事後報告でも問題は無い筈なんだ」


「そうなんですか…… 」


 どうにも、それが解せないと狸獣人のオッサンは首を傾げていた。

 そんな内部事情は知らないから、俺は曖昧に言葉を返すしか無い。


「国が調査費を出してくれれば、簡単に解決するんでしょうけどね」


 俺は深く考えずに、そう言ってみた。

 ヤムトリアくらい繁栄している大きな国なら、それくらいの予算は出して然るべきなんじゃないかと、そう思ったのだ。


 国土や国民の財産や身の安全を守るのは、冒険者ギルドの仕事というよりも国の仕事のような気もする。

 もっとも、これは俺が日本で生まれ育ったから考える事で、こっちの世界のルールは違うのかもしれない。


「現国王は元冒険者のくせに、どうにも冒険者ギルドや神殿と折り合いが悪いらしくてな。 もしかすると情報が届いていない可能性はあるな。 冒険者ギルド以外に予算を出してくれそうなのは、白神様の神殿と王室くらいだから、イース村の神殿と村長を通じて国にも陳情は出してあるんだ」


「神殿、ですか?」


 神殿とは宗教施設だとばかり思っていたけれど、考えて見れば確かにお金はありそうだ。

 もっとも、それは日本に居た時の感覚で言えばなんだけど…… 


「何だ、知らないのか? 神殿は財力だけでなく戦力としても馬鹿には出来ないぞ。 冒険者ギルド同様に国の関与を寄せ付けない独立した組織だから、当然自前の騎士団も持っているんだぞ。 貴族や金持ちの寄付金でたんまりと資金力があるから国の騎士団よりも給料は良いし、それだけに有能な戦士も集まるってもんだ」


「そりゃあ、国王はやりにくそうですね」


「ああ、だが現国王はやり手でな。 今のヤムトリアの繁栄は現国王の治世になってからの物が殆どと言って良い。 それだけに、冒険者ギルドの利権とか神殿の利権とかと、何かと衝突する事が多いんだろうよ」




--- その夜 ---


「それで現国王ってのが、前国王が侍女に産ませた王位継承権の順位がすごく下の方の子で、突然王位を継ぐ事になるまでは母親でもある侍女の実家の貧しい地方貴族の家で暮らしていて、自活するために冒険者になってAランク間違い無しって処まで行っていたらしいよ。 それが流行病と事故とかで上位の継承権者が続々と亡くなって、いつの間にか王位に就いてたんだって」


 その晩、俺はイオナたちと合流した食堂兼居酒屋で、今日得た情報を話していた。

 ちょっと宿からは少し離れているけれど、料理が美味いと評判の店らしく店内のテーブルが満席に近い程に繁盛している。


 あの偽物たちは、イオナやレイナだけではなくヴォルコフやティグレノフたちの練習を見て、早々に適当な理由を作って帰って行ったらしい。

 まあ彼らがBランクだという言い分を信じるとしても、並のBランク程度じゃ教わることなんか無いだろう。


 俺たちの座っているテーブル席はちょうど八人掛けで、全員が同じテーブルだ。

 しかし、イオナとレイナとバルを除く四人は、特訓疲れなのか半分意識飛んでいるみたいで、とても眠そうだった。

 そんな中でも、メルがヤムトリア国王の話題にだけは反応を示した。


「現国王って、ライオネル様ですよね。 そう言えば、私の一二歳のお披露目パーティに来て下さいましたけど、王族とか貴族っぽいところが無くて、気さくな方でしたよ」


「そうか、メルはリアルタイムにこっちの世界で現役だったもんな。 離れてるのに国交とかあったんだ。 でも、古い貴族からの受けは良くないらしいとも聞いたぞ」


「一応、我がエスタシオ王国もエストリア、アルメリア、キトラ、フジノ、そしてヤムトリアと並ぶ、歴史有る始祖六国のひとつですからね。 六国間では、国交だけでなく国同士の同盟関係もあったんですよ」


 メルがヤムトリアの国王と顔見知りだとは意外だったけど、よく考えてみれば元々王族だったんだから、不思議でも何でもない事のようだ。

 その日、俺は始祖六国についてメルやイオナたちから説明を受ける事となった。


 アーニャたちは食事もそこそこに、うつらうつらと半分居眠りをしている。

 俺も神話が語る建国の昔話なんて、あまり興味は無かった。


「でも建国の神話なんて、勝者が自分の政権に正当性を持たせるために作った、ホラ話なんだろ」


 俺は、ついそう言葉にしてしまった。

 侵略者が先住民を攻め滅ぼして土地を奪った話が国譲りだとか、皆殺しにした話が自分からどこかに隠れたとか、そんなネットで聞きかじった中途半端な解釈が頭を過ぎる。


「建国神話は都合の良い嘘じゃねーぞ、小僧。 嘘だと思ったら、王立建国記念館へ行ってみな」


 突然後ろから、不機嫌そうな男の声が聞こえた。

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