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51:失踪者の帰還

 ゴブリンのギースは腹が減っていた…… 


 ここ数日は、ろくな物を食べていない。

 彼がいつも連れだって狩りに出かける仲間は、ここ数日で大半が行方不明になっていた。


 集落の連中は、彼の仲間は森の魔獣に喰われたのだろうと言っていた。

 あまりに腹が減って、つい普段は食べない森のキノコを食べて十日程生死を彷徨った。


 彼らは弱い。

 森に棲む魔獣たちと比べれば矮小な体躯と非力な体。

 そして、粗末な武器…… 


 元から一対一では、角ウサギにさえ勝てない。

 だから彼らは、数名のグループで狩りをする。


 頭が良い訳では無い彼らだから、チームワークや戦術などと言う物は無い。

 ただ、数に任せて本能の赴くままに、出会った敵を倒して喰らう。


 そしてメスが居れば掠って陵辱の限りを尽くす。

 そこに理由も大義も無い、それはただ生きるための本能だからである。



 ギースが寝込んでいる内に失ったのは、そうした仲間たちだった。

 只でさえ食料の乏しい集落の中で、病み上がりのギースを仲間に入れてくれるグループは無かった。


 自分の食いものは、自分で探さなければならないのだ。

 だから彼は、まだふらつきの残る足で狩りに出てきた。


 武器は右手に持つ、粗末な棍棒が一つ

 後は何も無い…… 


 とにかく食べる物を手に入れなければ、早晩飢え死にをしてしまうだろう。

 しかし、病み上がりで動きの鈍い彼に捕らえられる獲物は居なかった。


 ギースは空腹の余り、その場に膝を落とした。

 村からは、かなり離れているだろう。

 それに、いまさら戻ったところで食いものを分けて貰える当ても無い。


 もうこれ以上は、腹が減って動けそうに無かった。

 ここで野垂れ死ぬのかと、彼は朦朧とした頭で思う。


 その時、ガサリと目の前の茂みが動いた。

 反射的に右手の棍棒を握り直そうとするが、焦ってそれを取り落としてしまう。


 慌てて掴み直そうとした右手の指が、虚しく空を切った。

 一対一では、人族の大人にも勝てる自信は無い。

 自分と背格好が同じ程度の年若い子供ならまだしも、人族の大人は自分たちが見上げるほどに大きかった。


 彼らは、自分たちを見つけると問答無用で容赦無く襲ってくる。

 数で圧倒する事ができる時は逆にこちらが勝つけれど、一対一で出会ったら勝ち目は無い。


 彼らは、ギースたちを捕まえて食べる訳でも無いのに、見つけると殺して尖った耳を剥ぎ取るだけで帰ってしまう。

 食べる訳でも無いのに殺戮を繰り返す、悪魔のような生き物だ。


 ギースは観念した。

 なによりも、腹が減って戦う気力など一欠片も残っていないのだ。


 ヌウーっと目の前の茂みから姿を現したのは、見覚えのある同族のゴブリンだった。

 青緑色の皮膚とつり上がった大きな目に先端が尖った耳、そして一際大きな口から覗く牙……


「久しぶりだな」


 そのゴブリンは、ギースに向かってそう言うと笑って見せた。

 彼の後ろにも、十数名のゴブリンが付き従っていた。


「お前、生きていたのか…… 」


 目の前の茂みから現れたのが失踪していた仲間だと判って、ギースは緊張の糸が解けたのか、気を失っていた。

 気が付いてみれば、何処からか生肉の美味そうな血の臭いがしている。


 突然目の前に差し出される、まだ骨の付いた生々しい肉の色が目に入った。

 戸惑いながら、差し出す方へと顔を向けて見れば、先程出会った見知った顔があった。


「腹が減ってんだろ、喰えよ」


 その行為にギースは戸惑った

 彼の種族は獲物を協力して狩りはするけれど、倒した後は肉の奪い合いになるのが常だった。


 何よりも本能が優先されるから、食べ物は必然的に奪い合いになる。

 全てを食べられるかどうかは関係無く、とにかく力の有る者が優先的に食料を得て、力の無い者は食べ残しが余るのを指をくわえて待つしか無いのだ。


 だからこそ久しぶりに出逢った仲間だとしても、狩った獲物の肉を弱り切った自分に分け与えるという行為は、彼らの種族としては有り得ない事だったのだ。

 しかし、腹が減っているという切迫した事実の前には、どんな理屈も霞んでしまう。


 ギースは本能の赴くままに、目の前に差し出された肉片に飛びついた。

 口に入るだけ目一杯の肉片を咬み千切り、それを口一杯に頬張ると鉄臭い血と体液の混じった肉の味が口一杯に広がる。


 久しぶりに味わう肉の美味さに、我を忘れていた。

 気が付けば、骨までしゃぶり尽くす勢いで食べきっていた。


 名残惜しそうにガリガリと骨を囓ろうとしていると、目の前に別の肉が差し出された。

 久しぶりに再会した仲間の前である事を思いだして、そちらに顔を向ける。


 そこには、妙にギースを安心させる仲間たちの顔があった。

 しかし、どこかが今までの仲間と違うとギースは感じていた。


 彼らの言葉に『感謝』を意味する明確な語彙は無い。

 ギィともギーとも聞こえるような発音で、その感情を口にしてみた。

 そして、差し出された肉片を受け取りながらも、気になっていた事を訊ねてみた。


「今まで、何をしていたんだ?」


 一つ口に出すと、次から次へと言葉が溢れてくる。

 仲間が居なくなってから大変だった事、腹を壊して死にかけた事、腹が減って死にそうだった事、他の仲間に入れてもらえなかった事など、そんな事を必死で訴えた。


 仲間のうちでギースに肉を分け与えてくれた者の名前はギガスと言う。

 そのギガスが、ギースを慈しむような目をして口を開いた。


「お前は、人族をどう思う?」


 ギースにとって、人族は獲物であり欲望のはけ口であり、そして自分たちを狩る天敵でもあった。

 幼い子供は獲物であり食料に過ぎないが、メスは欲望のはけ口でもあり用無しとなれば食料でもある。


 しかし、人族は成長すればギースたちゴブリン種族よりも遙かに大きな体格を持ち、凶悪な銀色の武器を振り回し、時として不思議な魔法を使い、彼らを見つけ次第虐殺する悪鬼でもあった。


 どれだけの仲間が人間に殺された事か、それは思い起こせば数知れない程になる。

 しかも、彼らはギースの仲間を殺すだけで肉を食うわけでも無い。


 ただ耳を切り落として持ち帰るだけで、死体は野ざらしに捨て置かれる。

 少なくとも自分たちは喰うために狩りをするのだが、奴らは違う。

 奴等は、殺すためだけにギースの仲間たちを狩るのだ。


 答えないギースに向かってギガスは言った。

 人は、あまりに増えすぎたと。


 彼は続けて言った、増えすぎた人は森の生き物にとって害悪であると。

 奴等は森を切り開き、見つけ次第に俺たちを含む森の生き物を殺しまくる。

 この世界において奴等は異質であると、ギガスは言う。


 言っている事の半分もギースには理解できなかったが、ギガスの言葉には彼を引きつける何かがあった。

 それを人族はオーラとかカリスマと呼ぶのかもしれないが、ギースの種族にはそれに該当する言葉も概念も無い。


 こいつは、こんな奴だったかなと心のどこかに疑念を抱きつつも、ギースはギガスの放つ言葉に惹かれていった。

 強烈に、こいつのために何かをしたいという不思議な気持ちが、心の中に生まれてきたのだった。


「俺たちはな、神に出会ったのだよ」


 ギガスがそう言うと、他の仲間たちが一斉に頷いた。

 神という概念も、そもそもギースの種族には無いものだったが、ギガスの考えているであろう神という存在に対する概念が、何故かストンと心に入ってきた。


 ギガスは、失踪する前までのギガスでは無かった。

 ギースが逆立ちしても考えられない事を考えられる、何か別の存在に見えた。


 彼らと一緒に居ると、自信と力が湧いてくるような、そんな気持ちになれた。

 不思議と、頭の中を覆っていた霞が晴れたような、聡明な気分にもなっていた。


 喰いたい、やりたい、寝たい、殺したい、そんな根源的な欲望に塗れた生活を、ふと客観視できる自分が居た。

 ただ本能にのみ従って生きてきたギースは、帰還したギガスたちに遭遇して生まれて初めて自分たちの種族と他の種族との関係という事を考える事が出来た。


 客観的に見て、明らかにギースの知能はギガスと出会ってからの僅かな間に、著しく向上していた。

 そして、ギガスが自分たちのリーダーである事を、明確に何故か認識させられていた。


「神の啓示を受けた俺には、為さねばならぬ使命がある。 ゴブリンの未来のために、俺に従え」


 ギガスの放った言葉には、抗い難い不思議な響きがあった。

 気が付けば霞が掛かっていたような自らの思考は、突如明瞭となり雲が晴れたように爽やかな気分になっていた。

 そして、無意識のうちに彼はギガスに跪いていた。


「これから忙しくなるぞ!」


 そう言って、ギガスは立ち上がる。

 その動きに対応して、示し合わせていたかのように他の帰還した仲間たちも立ち上がった。


 彼らはそれぞれが、人間の持つような武器や防具を手にしていた。

 ギガスも、粗末な棍棒を手にして立ち上がる。


 心の底に、不思議な高揚感があった。

 自分たちは何かが変わる、そしてそれはギガスがもたらすのだという確信があった。


 向かう先は、もちろんギースの所属しているゴブリンの集落である。

 彼は、ギガスを先導するように前に出て歩いた。


 何があっても、己が命に代えてもギガスは俺が守ると心に決めて…… 


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