50:魔族と不死化ウィルス
俺がシルバーとバルの様子を伺った分だけ、千切れたイストの上半身は猛スピードでサイガに迫っている。
奴は、シルバーは最初から離れた位置に居るサイガを狙っていたのだ。
俺は『コンポジット・アーマー』をサイガの父親に掛けようとしたけれど、『見切り』の発動していない通常感覚の中では、間近に迄迫っていたイストの上半身の速度の方が速かった。
イストの上半身が激突する直前、サイガが突き飛ばされたように射線から外れる。
次の瞬間、サイガの元居た位置に、彼の父親が彼を突き飛ばした姿勢のまま居た。
その口がサイガに向かって何かを言おうと開いた時に、生身同士が激突する重く湿った音と共に、サイガの父親は後方へと吹っ飛んだ。
すかさず『ヒール』を掛けるが、サイガの父親は床に何度も叩きつけられるようにバウンドして止まった。
「父ちゃーーん!」
イストの悲痛な叫び声が、広くも無い通路に虚しく反響する。
その場の全員、俺とバルとサイガはキッとシルバーを睨んだ。
「話は聞いていたぜ。 残念だったな、感動の再会にならなくてよ」
シルバーは、そう言いながら嫌らしそうな笑いを顔に浮かべて見せる。
その時、シルバーの登場からずっと黙っていたバルが、口を開いた。
「おぬし、わしら相手に手も足も出なかった癖に、ずいぶんと強気じゃな」
シルバーの挑発に乗るようなバルでは無いはずなのに、ボソリと呟くように言う様子を見れば、かなり怒っているのが判る。
そう、奴は俺たちに完敗しているはずなのに、妙に強気だ。
何か、裏があるなと俺は思う。
当然、バルだってそう思っているだろう。
「お前、ずいぶんと背が縮んだみたいが、あの金髪の小娘なのか? どうやら、お前も人種族じゃ無いようだが、それでは俺の胸に手が届くまい、ふはははは」
歯を剥き出して笑うシルバーを見て、バルは鼻で笑う。
しかし、俺の魔法だって身をもって知っている筈なのに、この余裕は何だ?
「一度は負けた俺が、自信満々なのが解せないという顔だな、おい。 これを見ても、同じ顔が出来るんなら、やってみろ!」
シルバーが一つ手を振ると、彼の背後からゾロゾロと黒マヴィラの集団と不死者と思われる冒険者達がゾロゾロと通路へと出てくる。
背後の気配に振り返ると、背後にも黒マヴィラと不死者が溢れそうになっていた。
「ククククク…… 」
俺は、思わず笑いを漏らす。
シルバーがそれを見て、不思議そうな顔を見せる。
さっきから囲まれている事くらい、俺の『気配感知』で判っていた事だ。
パッシブスキルの『危険感知』だって、ビンビンと警告を鳴らしているんだから、気が付かない訳が無い。
「なんだ、ついに恐怖で気が触れたか。 口ほどにも無いな、小僧」
「失礼! いやあ、これっぽっちで俺とバルを倒せるって考えているのかと思ったら、笑えてね」
「なんだと! 貴様など、さっきのような不意打ちの魔法さえ無ければ、そもそも負けはせんぞ」
俺は笑いを堪えながら首を振り、後ろを指差した。
そこには、せっかく遇えた父親を酷い目に遭わされて怒りに燃えている、サイガが立っていた。
「お前の相手は、ここに居るサイガだ。 まあ、俺はお前に直接手は出さないから、安心しろ」
「ふざけるな、小僧!」
俺の挑発で、怒髪天を突きそうになっているシルバーが挙げた右手を振り下ろすが、背後の軍団からは何も反応が無かった。
当たり前だ、俺がとっくに魔法で音も立てずに始末をしている。
シルバーと話をしている間に、奴の軍勢はすべて『石化』スキルで精巧な石細工に変えていたのだ。
タイムラグ無しで全ての敵が石像になっているから、薄暗い通路の中でシルバーには何が起きているのかすら判っていないだろう。
「やれ! サイガ。 素手で良いから遠慮なんかするなよ」
俺の意図を察したのか、コクリと頷いたサイガが小剣を鞘に戻して拳を振り上げた。
十メートル近い距離を、一瞬で縮めてサイガがシルバーに突っ込んだ。
「父ちゃんを、よくもやったな!」
「クソが、叩き潰してやる!」
あまりの瞬足に半ば驚きながらも迎え撃つシルバーだったが、その顔はすぐに苦痛に歪む事になった。
サイガの拳がシルバーの腹に、手首までめり込んだのだ。
驚愕の表情で膝を突くシルバーに、サイガの右回し蹴りが炸裂した。
左の壁に吹っ飛ぶシルバーの顔面は大きく変形していた。
「どうだ、気が済んだか?」
俺は、サイガにそう声を掛けた。
サイガは、クルリと振り向いて言った。
「兄ちゃんの魔法って、スゲえな。 森の中で太い木をブチ倒した時もビックリしたけど、シルバー相手に弱い物イジメしてる気になっちゃうよ」
そう、俺はサイガに『ブレス』と『アクセル』を最高レベルで掛けていたのだ。
もちろん万が一を考えて、複合防御結界の『コンポジット・アーマー』もだ。
「ぐはっ! 」
膝を突いたままのシルバーが、口から大きく血を吐き出しながら、こちらを向いた。
こちらを見る奴の顔は、屈辱に塗れて醜く歪んでいる。
俺は、シルバーに向かって言った。
こいつには、まだ死ぬ前に話して貰う事があるのだ。
「全部話して貰おうか、今回の裏をな」
「俺は生憎と不死身だ。 何度でもお前らを狙ってやるぞ」
悔し紛れにそう毒づくシルバーに対して、俺は石化させた黒マヴィラを一体石化解除した。
僅かな戸惑いの後に、飛びかかってくる黒マヴィラを俺は球状の『拒絶結界』で包み込むと、その中心に黒マヴィラと同じ大きさの『プラズマボール』を生成した。
一瞬で蒸発した黒マヴィラを目の当たりにして、シルバーは一言も言えずに絶句する。
これでも不死身って言えるなら、奴が不死身と名乗る事を俺は否定しないだろう。
その日の夕刻、俺とバルはサイガの家でイオナたちと夕食を摂っていた。
イオナたちのクエストも、無事に終わったらしい。
勝手な行動を怒られはしたけれど、何よりも連絡をしなかった事を一番怒られた。
それは、俺も気にしていたところだったので、仕方ない。
「んでさ、魔族っての? なんかそいつらから、不死の力を貰ったらしいんだ。 シルバーは神を見たとか言ってるんだけど、さすがにそれは無いだろうって思ったよ」
「ふむ、その不死身の力も、お前に怪我の治療のために治癒魔法を掛けられたら、見事に消えたと言う訳じゃの?」
イオナが何事かを考えながら、そう訊ねる。
そう、シルバーは俺が怪我の治療のために『ヒール』を掛けたら、何故か不死身じゃなくなったのだ。
「ああ、まさか『ヒール』で能力が消えるとか、何なんだろうな」
俺は、バルと魔族が交わした会話の事については、当面黙っている事にした。
バルは、その事に異論を挟むわけでも感謝する素振りを見せるわけでも無く、飄々としてスープを口に運んでいる。
「本当に、ありがとうございました。 おかげで、こうしてまた息子や妻と再会する事が出来ました」
「本当に、カズヤさんとバルさんのお陰ですわ」
サイガの親父さんと、お袋さんが交互に礼を述べる。
そんな二人を見上げるサイガも嬉しそうだ。
あれから、俺はサイガの父親ともう一人の生き残りの人、そして別のエリアに置き去りにしてきた生き残りの人を連れて『転移魔法陣』を使い、遺跡の一階へと転移した。
本当は遺跡近くの木陰にも転移場所の登録はしてあったけれど、出る時はカードチェックではなく自己申告制だと言うので、後難を避けるためにルール通りに受付を通過したのだった。
シルバーの話した事は、全部が本当なのか信じ難い事があるけれど、魔族という存在は実際に見ているだけに、信じるしか無い。
まあ神なんてのは信じないけど、ターナ村へ向かう途中で出会った、光る二枚羽を生やした偉そうな奴の事をチラリと思いだした。
シルバーは不死者の軍団を増やして町を、そしていずれは国を乗っ取ろうと画策していたようで、魔族はその協力者だと言う事だ。
不死者を操る能力を与えられ、自分も生きながら不死身となった事で、思い上がっていたのだろう。
魔族に唆されたなんて、シルバーに都合の良い言い訳は信じ難い。
結局、シルバーに殺された冒険者の持ち物はイストの懐に入れるという事で、イストを誘い込んだらしい。
「それで、シルバーは遺跡の下層へ置き去りにしてきたのじゃな」
「あんな奴を、積極的に助ける気にはならないしな」
イオナの確認を兼ねた問いかけに、俺はそう答える。
その事自体は、反省も後悔していない。
大好きな遺跡の下層から、戻りたければ地力で戻って来れば良いのだ。
もっとも、不死身じゃなくなった生身のシルバーが戻ってこれるかどうかは、誰にも判らないだろう。
「ふむ、まあ奴は和也の事を知りすぎたからの、妥当な処分じゃろう」
「そうね」
イオナとレイナが、そう言って微笑み合った。
俺としては、そんなつもりは無かったけれど、積極的に助けたい相手じゃ無いのだから結果としては同じだろう。
バルの言っていた不死化ウィルスってのは、どうやらゾンビたちを操っていた大元なんじゃ無いかと俺は思っている。
あそこは研究所だってバルが言っていたし、恐らくシルバーの獲得した不死身性もそのウィルスの副作用なんじゃないだろうか。
これはバルが言っていた事なんだけど、不死化ウィルスは仮死状態でも効果を発揮して体を操るんじゃないかと言う話だ。
だから、飢餓で仮死状態になったサイガの親父さんは、ソンビ化しなかったんだろう。
とは言え、何の根拠もない想像だから、絶対とは言えない。
バルの抱えている何かの秘密については、いずれ彼女が話す気になるのを待つつもりで、誰にも言わない事にした。
そんな事を考えていた俺に、アーニャがジト目で問いかける。
メルまでが、俺をジト目で見ていた。
「ねえねえ、バルちゃんが大人モードになったって言う話だけど、カズヤってば鼻を伸ばしてたんじゃないの?」
「大人モードのバルちゃんって、巨乳だもんねー」
俺は、飲み込もうとしていたスープを鼻から吹き出しそうになった。