49:死人使い
サイガを探すために、俺は『気配探知』を発動させて感知できる範囲を広くしてみる。
範囲を広げる前に感知出来た反応の中に、一つだけ俺たちから離れて行く物があった。
言い換えれば、他の反応はほぼ例外無く俺たちの方へと向かって来てると言う事だ。
「こっちだ!」
俺はバルにそう声を掛けて、彼女の前に出た。
小さくなったとは言え、バルの速度は俺と比べても遜色が無い。
イストも、なんとか着いてきていた。
一人で置いておかれまいと、彼なりに必死なんだろう。
途中で出会った魔獣やら不死者たちは、すべて俺とバルが一撃で倒しつつ先へと進む。
いくつか通路の角を曲がったところで、突然サイガの動きが止まった事を俺は感知した。
俺とバルは急いで通路を駆けて、サイガの声がした方に向けて角を曲がる。
イストの足音が途中から遅くなって、角を曲がる頃には着いて来ていないのに気付いていたけれど、俺は何が起きているのか確認する事を優先する事にした。
角を曲がると、サイガに襲いかかろうとしている冒険者たちの姿が見えた。
その動きが妙にぎこちない為に、『アクセル』と『ブレス』の効果が発動しているサイガは何とか避け切っているようだった。
その冒険者たちの不自然な動きには、見覚えがあった。
サイガに襲いかかっている冒険者の姿をした者達は、恐らくとうの昔に一人残らず生を手放してしまった存在なのだろう。
彼ら=不死者たちは目の前に現れたサイガを襲う事に夢中で、通路の角から姿を現した俺たちには気付いていないようだ。
もっとも、目の前に居てロックオンをしたサイガという目標では無い俺たちに気付くという知能や知性が、果たして彼らに存在するのかは甚だ疑問ではある。
「カズヤ! この場に居るのは不死者だけでは無い。 気を緩めてはイカンぞ」
「判ってる!」
バルがまるでナイフを投げるかのように、幼く小さな右腕を上から下へと鋭く振り下ろす。
俺も、ほぼ同時に念属性の『ソウル・バースト』を、不死者の間からソロリと近寄ってきていた黒マヴィラに向けて放った。
バルの放った細い氷のナイフが、そして俺の放った『ソウル・バースト』が連続して、サイガを狙っていた黒マヴィラに突き刺さる。
バルの攻撃は例えて言うならばヒュンという風切り音だが、俺の『ソウル・バースト』の効果音はもっと派手だ。
俺の背後に突如出現したバスケットボール大の念属性球が今回は五発、僅かなタイムラグを残して一斉に高速で目標物に襲いかかるのだ。
擬音で例えて言うならば、ズドドドド!とでも言う感じで念属性球が順次襲いかかる音は、少し離れていても腹に響く。
俺たちの攻撃を切っ掛けにして、ようやく亡者とでも言うべき冒険者達がこちらに気付いた。
一斉にターゲットが切り替わったような感じで、全員の視線が俺たちに集まる。
「サイガ! 伏せてろ」
俺はそう言ってサイガに『コンポジット・アーマー』を念のために掛ける。
そして、次に『ファイアーボール』を特大サイズで発射した。
通路を埋め尽くす程の大火球は、サイガを襲っていた不死者たちを一瞬で消し炭に変えて通路を突き進む。
やがて、通路の突き当たりに激突すると爆発して壁を吹き飛ばし、大穴を開けて消えた。
物理防御結界と魔法防御結界を融合させた『コンポジット・アーマー』のお陰で、サイガには火傷一つ無い。
だけど、彼は激しく咳き込んでいた。
「カズヤ、ここで火は駄目じゃ。 あの様子からすると、サイガは喉を痛めておるぞ」
俺は無言で一つ頷くと、ブスブスと燻っていた不死者たちの消し炭に『フリーズ』スキルを掛けて、瞬時に凍り付かせる。
同時に突風を吹かせて、煙を奥へと追いやった。
「またしてもゾロゾロと…… 」
俺は、バルに向けて小さく呟いた。
見れば、特大『ファイアーボール』が当たって出来た、突き当たりにある壁の大穴からゾロゾロと冒険者達が出てきたのだ。
そしてその全員が今しがた見たばかりの、なんともぎこちない動きをしていた。
大きく体を揺らしながら近付いてくる冒険者達も、先程と同様に死人なのだろう。
「父ちゃん! 父ちゃんだよな?」
突然、サイガの叫ぶ声が通路に響く。
それは例えて言うなら、雑踏の中に居ないはずの懐かしい知り合いを見つけた時の、驚きと喜びが入り交じった呼び掛けと言って良いだろう。
「なあバル。 父ちゃんって、サイガの親父さんの遺体が見つかった訳じゃ無いよな」
「それならば、あのような呼びかけはせんじゃろう」
それは、俺にも判っていた。
バルも、それを知っていながらの否定だった。
「父ちゃん! 俺だよサイガだよ。 母ちゃんが病気になって大変なんだ。 父ちゃん、聞こえてるのか?」
サイガは、壁の大穴から出てきた一人の冒険者に向かって、必死で声を掛けていた。
時折、防具の端を掴んで自分の方を振り向かせようとするけれど、その冒険者はサイガの行為を意に介せずチラリとサイガを一瞥しただけで、他の仲間たちと一緒に俺たちに向かってぎこちない歩き方で近付いて来ている。
そうなのだ。
恐らくサイガの父親が、あの亡者の群れの中に居るのだろう。
奴らにとって聖属性攻撃となる『ヒール』を放てば、サイガの目の前で父親は先程目にした不死者たちのように、ボロボロと肉体が崩れ落ちてしまうだろう。
俺はその事を考えて、一瞬攻撃を躊躇した。
「カズヤ、後ろからも来ておるぞ」
バルに言われなくても、『気配感知』にその反応はビンビン来ていた。
俺たちが曲がってきた通路方向からも、そして背後になる通路後方からも多数の反応が俺たちに迫っていた。
俺はスキルの効果時間が過ぎる前に、今一度『アクセル』と『ブレス』を全員に掛けてから、続けて『コンポジット・アーマー』を掛ける。
とは言え、この場に居ないイストだけには何も出来ない。
サイガは、『アクセル』と『ブレス』の発動による僅かな高揚感によって、俺たちの存在にようやく気付いた。
そして、いかにもどうして良いのか判らないと言った素振りで、俺に向かって口を開いた。
「父ちゃんが、父ちゃんが…… 」
サイガの親父さんと思われる冒険者は、怪我をしたというよりも飢えてやつれたとでも言うように全身がガリガリに痩せていて、骸骨のような容貌に精気の無い虚ろな目をしていた。
それだけを見れば、彼がどんな死に方をしたのかは容易に想像出来る。
間違い無く、サイガにも父親がどんな死に方をしたのかは判っていると俺は確信した。
そして、その父親が抱いたであろう無念さをも、恐らく理解しているだろう。
サイガの目には涙が浮かんでいるのが、遠目にも判る。
必死で涙を堪えて、右腕で溢れそうになる涙を拭っているサイガの行為を目にして、俺は彼の前で父親をボロボロの肉塊へと還す事が出来なかった。
バルは、ジッと壁から出てきた亡者の群れを凝視している。
そして、ポツリと俺に言った。
「どうして間近に居るサイガを無視して、わしらに向かってくるのじゃ?」
確かに、見境なく襲いかかって来ないのは、なんとも解せない。
今までの不死者たちと違って、まるで俺たちを襲えと言う指令でも受けているかのような、統率の取れた動きだった。
「さっきのあれが、奴等の中に居るのか?」
俺は、不死者たちの中に紛れていた西洋で言う悪魔のような姿のアレを思いだしていた。
バルに聞いたのは、なんとなく奴等がバルに何か感じていたように、バルにも何か感じる物があるのでは無いかという気がしたからで、深い意味も根拠も何も無い。
「おらぬようじゃな。 少なくとも、わしに判るような魔族はおらぬようじゃ」
判ったという意思表示の代わりに、俺は無言で頷く。
さすがに、これ以上不死者たちの接近を許すわけにも行かない。
今は攻撃対象となっていなくとも、いつまたサイガが狙われるかもしれないのだ。
俺はサイガに声を掛けた。
「サイガ! すまない。 この人たちを、このままにしておく事は出来ない」
サイガは一瞬驚いたような顔をしていたけれど、俺の言いたい事を理解したのか、ゆっくりと一つだけ頷いた。
そして、名残惜しそうに父親の方を見上げる。
その後に、チラリと俺の方へ視線を向けたけれど、すぐに逸らして横を向いた。
そして、何かを決断するかのように小さく一つ頷いて、大きく一歩だけ壁際へと下がる。
俺は、サイガに向かって一つ頷き返すけれど、彼の視線はすでに逸れたままだ。
一つ大きく息を吸ってから、俺は『サンクチュアリ』を目の前の通路一杯に展開する。
目の前の通路から壊れた壁までを埋め尽くす大きな魔法陣が床に描かれ、通路からはみ出た部分は見えない。
ゲームの時の仕様で、壁の向こう側にも魔法陣が展開されるバグがそのまま残っていた。
近々修正されるというアナウンスがあってすぐに俺はゲームに閉じ込められたので、バグはそのままだった。
ゲームの中ならば、壁越しの安全地帯から壁の向こうのモンスターを倒すという裏技で経験値稼ぎをする奴も大勢居たけれど、こっちの世界では経験値が入る訳では無い。
間髪入れずにスキルが発動すると、俺の前から壁の穴までの通路全体が淡い光に覆われる。
脈打つように明滅する光の奔流は、次々と迫り来る不死者たちをボロボロの肉塊へと還して行った。
そして、その中の二体だけが肉塊に還らず、操り人形の糸が切れたように力無く床に倒れ伏した。
今度は、コウモリのような羽の生えた魔族とか言う醜い姿をした存在は居ないようだ。
身構えていた俺は、フッと肩の力を抜く。
突然、サイガが倒れた冒険者の一人に飛びついた。
「父ちゃん! 」
どうやら、肉塊にならなかった二人の内の一人は、サイガの父親のようだった。
見るからに意識が無いものの、『サンクチュアリ』の中で自らの存在を保っているという事は、サイガの父親はゾンビ化していなかったという事になる。
俺は、気休めのようなものだとは思ったけれど、サイガの父親に『ブレス』を掛けた。
恐らく、彼に一番必要な物は栄養分だろう……
俺はアイテムボックスの中に入っている物の中から、この場に相応しいのはスポーツドリンクかなと考えた。
アイテムボックスを開こうとした時に、俺たちが来た方向の通路から唐突にイストの声がした。
何かに強く怯えているような声だ。
遅れていた彼に、不死者たちが迫っているのだろうか?
「ちょっと待ってくれ、こいつらを止めてくれ! 俺はあんたに協力して冒険者を騙して何度も集めてきただろう」
いったい誰に向かって話しているのだろうと言う疑念が、頭に浮かぶ。
放たれた言葉の内容から考えると、イストと会話の出来る相手がもう一人居る事になる。
「何故なんだ! 俺は裏切っていないぞ。 やめてくれ、こいつらを止めてくれ。 頼む、今回の失敗は俺のせいじゃない。 あいつらが想定外に強すぎたんだ! それは、あんたが一番判ってるだろ」
やがて、聞くに堪えないイストの断末魔の悲鳴が聞こえた。
そして、何かを固い物を貪るようなボリボリと言う音と、湿った物を咀嚼するようなピチャピチャともクチャクチャともつかない音が聞こえて来る。
「来るぞ」
「判っておる。 カズヤよ、事の真相に興味があるでな、すぐには殺すなよ」
警戒を呼び掛ける俺の声に、バルが意外な反応を返す。
いや、意外と言うのは嘘だ。
俺だって、事の真相と魔族という謎の存在が、どうここに関わってくるのかに興味があった。
殺すのは何時でも出来るから、ここは相手の出方を待つ事にしようと決めた。
そして、通路の角から不死者たちを引き連れて俺たちの前に顔を見せたのは、予想通りシルバーだった。
その体には、少し前に俺が切り落とした手も足もある。
しかし、あれが幻覚などでは無い証拠に、シルバーの胸当てには大きな穴が開いていた。
そして、片足と片腕は防具無しの剥き出しとなっている。
俺は、この町に来る前の夜営で遭遇した魔獣の死体が蘇る姿を想い出す。
もしかすると、こいつの不死身ってのは切れた体のパーツが、自力で元の部位に戻るとでも言うのだろうか?
「おいおい、一晩経たないと体は元に直らないんじゃ無かったのか?」
俺の挑発に、薄笑いを浮かべながらシルバーが応えた。
その右手には、胸の下で千切れたイストの頭がガッチリと掴まれている。
「あいにくと、この遺跡の中は外と違って特別でな。 ここじゃ、俺は死にたくても死ねないんだぜ」
そう言うが早いか、シルバーがイストの頭を握った右手を振り上げる。
瞬時に、俺の視界は『見切り』モードに入った事を知らせてくる。
くぐもった声で何かを叫びながら、シルバーは俺に向かってイストの上半身を投げつけてきた。
例えどんな攻撃だろうと、俺の『見切り』が発動していて、その攻撃を俺が見ている前では意味をなさない。
楽々と、猛スピードで投げつけられたであろう物を躱しながら、俺はシルバーに向けていた攻撃魔法を直前で止めた。
不死を自称する奴を倒す技に、俺は苦労していない。
その肉体が跡形無く燃え尽きたり、石になったり砂と化したりしても、果たして復活できるのなら、是非とも見せてほしいものだ。
だが、それはまだ事の真相を聞き出してからの話だった。
俺は、イストの上半身を紙一重で避けて後ろを振り向く。
攻撃を躱した事で、『見切り』の発動は止まった。
シルバーはバルに向かって、手にした片手剣を投げつけていた。
バルは、それを余裕で躱す。
バルにそんな攻撃が、当たるわけが無い。
それから、俺はイストの上半身の行方をチラリと目で追って、激しく焦った。
その射線上には俺の『ブレス』で意識を取り戻し、サイガに抱き起こされた彼の父親とサイガ自身の姿があったのだ。
二人は呆然と、シルバーが投げつけたイストの上半身が自分たちに迫るのを、ただ見ていた。