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48:冥界強制送還

 サイガは角を曲がる前に俺たちの方をチラリと振り返っただけで、すぐに角を左に曲がって行った。

 駆ける速度は『アクセル』スキルのレベル差分だけ俺たちの方が速いけれど、見つけたのが遅すぎたようだ。


 サイガを見つけてすぐに『速度低下ストール』スキルを掛けるべきだったけれど、その時は咄嗟にそれを思いつかなかった。

 そして、それを思いついた時には、サイガは通路の角を曲がった後だったのだ。


 俺たちは、サイガの後を追って角を左に曲がった。

 正面には開け放たれた入り口が一つ見える。


 俺と同速で移動し、等間隔を保って周囲を照らす光球の明かりは僅かにしか届いていないけれど、俺の『暗視』スキルには室内で立ち止まっているサイガの様子がハッキリと見えた。

 どうやら、室内には数多くの冒険者達が居るようだ。


 俺はその光景に一安心して、走っていた速度を僅かに落とす。

 それを見て、一旦俺を追い越しそうになったバルとイストが急減速すると、俺に並んで小走りになる。


「カズヤ! サイガの様子が変よ。 なんか怯えているように見えるわ」


 バルが、前方を凝視しながらそう言った。

 常人であるイストには、離れた位置にある薄暗い室内の様子は判断が付かない様子で、バルの声に反応して彼女の方を向いた俺の目に首を傾げて前方を凝視しているイストが見えた。


 俺は前方の様子を確認する為に、『鷹の目』スキルを使って視界をズームアップさせる。

 視界の一部分が急拡大されるイメージだけど、それでいて全体の視野が狭くなる訳でも無く、あくまで俺の意識の中で集中している部分の視覚情報が増大すると言った方が正確かもしれない。


 確かに、バルの言う通りサイガは室内で何かに脅かされているかのように、ジリジリと背後、つまり俺たちの方へと後ずさっていた。

 俺は、その背中に向かって叫ぶ。


「サイガ! どうしたんだ、何か居るのか?!」


 その声に反応を見せたサイガは、一瞬だけ後ろを振り向いて再び前を向く。

 そして意を決したように前方を見据えると、奥へと飛び込んでいった。


「待て!サイガ」


 俺たちが到着するまで待っているように叫ぶけれど、サイガは部屋の奥へと消えていった。

 一瞬の戸惑いの後に、俺たちもサイガを追って廊下に転がる無数の死体を飛び越えて部屋に飛び込んだ。


「待て、その部屋は…… 」


 イストの制止を無視して部屋に足を踏み入れた俺とバルに、室内に居た冒険者の視線が数多く集まる。

 俺は、その雰囲気に呑まれて足を止めた。


 天井が高く二十畳程の広い室内には、部屋を埋め尽くす程の冒険者たちが居た。

 俺はその数の多さを見て、今まで他の冒険者達と出会わなかった事を納得する。


 広い室内には、見たところ正面に扉が見える。

 天井から幾つものパイプや線が垂れ下がり、あちこちに置かれた大きな箱形の設備らしき物に繋がっていた。


 上の階でバルの言っていた『研究施設』という言葉が、まさにピッタリな雰囲気だ。

 天井が高いのは、上の階からこのフロアを監視するための窓のようなものがあるからだと判った。


 辺りを見渡してみると、室内を埋め尽くすように立っている無数の冒険者たちの集団が、一部だけ乱れていた。

 それは、まるで何か小動物を捕まえようと右往左往しているようにも見える。


 俺は、サイガをそこに見つけた。

 無造作に冒険者達の中へと入って行こうとした俺の左肩を、バルが引き止める。


「待って、この部屋は臭いが強すぎる」


 そう言われてみれば、廊下に倒れて居る死体から感じる物よりも腐臭が強い。

 あまりに同種の臭いを嗅ぎすぎて鼻が鈍感になっているはずなのに、それでも腐臭がする。


 見た限りでは、床に転がっている死体などは見えない。

 これだけの冒険者が揃っているのだから、男臭かったり体温で熱気がこもっていても不思議じゃ無いのに、逆に腐臭と冷え冷えとしたものを感じるのだ。


「うわぁああ! 許してくれえっ」


 後ろから、イストの悲鳴が聞こえた。

 思わず反射的に振り返ると、イストが後ずさりするようにジリジリとこちらに近付いて来ていた。


 いったい何が彼にプレッシャーを与えているのかと、イストの視線の先に目を遣る俺は、信じ難いものを見た。

 先程まで廊下に倒れて居た冒険者たちの死体が、次々と不自然な動きで起き上がって迫ってきていたのだ。


「カズヤ このひとたちを見て! 体が腐ってるわ」


 バルの言葉に反応して部屋の中へと振り返ると、先程から感じていた腐臭の原因がわかった。

 この部屋にいる冒険者達は、大半の者が身体の何処かを欠損していたり傷口から骨が見えているのだ。


 デジャヴの様に、俺の記憶に類似した光景が思い浮かぶ。

 こいつらは、ゲームの中で何度も戦ったアンデッドたちと似ていると…… 


 聖職者や魔法使いになってソロで活動できるようになると、効率の良い狩り場として不死者や悪魔種族のいる地下ダンジョンは格好の場所だった。

 何故ならば、彼らは一体当たりの取得経験値が比較的高く、聖属性魔法や火属性魔法と相性の良いモンスターだったからに他ならない。


 そして、悪魔種族は別として不死者は動きも遅くソロで対処しやすいという事も大きい。

 だから俺はゲーム中盤での経験値稼ぎの為に、良く地下墓地や古城系のアンダーグラウンドなダンジョンに良く通った想い出があったのだ。


 まさか、こっちの世界に来てまでも不死者と相対する事になるとは思わなかったけれど、腐った傷口から見える骨や肉、そして滴り落ちる腐汁に加えて、己の意思を持たないかのような虚ろな目は、まさしく不死者のものだった。

 思い返せば、この町へ向かう途中の野営地で出会った蘇る魔獣の死体も、この事を暗示していたのかと思える。


 それならば、ものは試しだ。

 俺は目の前の冒険者に向かって『治癒魔法ヒール』を飛ばした。


 万一間違っていたとしても、相手が生者であれば実害は無い。

 しかし、『ヒール』を浴びた途端、崩壊するように崩れ落ちる冒険者を見て俺は確信した。


「バル! 理由は判らないけど、こいつらは不死者だ」


 バルは俺の言葉に驚きもせず、若干険しい表情を見せて俺の方を見る。

 感情が顔に出ないのはいつもの事だけど、ちょっといつもの有り余る余裕とか他人対する無関心とは、異質なものを俺は感じた。


「お前、何か知ってるのか?」


 俺は視線を不死者たちから離さず、バルに訊ねる。

 直感的なものだけど、俺は彼女が何かを知っているのでは無いかと感じていた。


「ここは上の階に比べて魔素が薄い…… こいつら、たぶん魔素をエネルギー源として動いているわ」


 俺の問いには答えず、バルはスルスルと幼女の姿に戻る。

 まるで俺の問いかけを、はぐらかすようなタイミングでの幼女化だった。


 左から近付いてくる奴に『ヒール』を飛ばし、そいつが崩れ落ちるタイミングで不死者たちは一斉に襲いかかってきた。

 特に腐敗の度合いが進んでいる冒険者に『ヒール』を飛ばすと、肉体の結合が途切れたかのようにボロボロ崩れ落ちる。


 彼らの細胞と細胞を繋ぎ止めていた何かが、俺の『ヒール』によって結合を維持できなくなったかのような崩壊のしかただ。

 それはまるで、乾燥した泥人形が崩れ落ちるようにも見える。


 これがゲームの時ならば、魔力切れにならないように比較的高価なブルーポーションを連打しながらMPの枯渇を避けて『ヒール』を打ち続けなければならないけれど、今の俺にその心配は無い。

 それにしても、あまりに不死者の数が多過ぎた。


「ひいああっ!」


 後ろから、イストの悲鳴が再び聞こえた。

 俺は振り向きざまに、イストに迫っている冒険者に『ヒール』を放つ。


「こいつら、俺を狙ってるんだ、 剣で切っても平気で襲ってきやがるから、始末に負えねえ」


 尻餅をついたイストが、荒い息でそう吐き捨てるように言った。

 俺は連発で『ヒール』を放ち一旦間を開けようとするが、あまりに相手の数が多過ぎて追い付かない。


「なにやら、狙われる理由があるような言い草じゃな」


 チビバルのいつもの口調が隣から聞こえて、俺は妙に安心するというか残念というか、何というか複雑な気持ちになった。

 バルは両手から火炎弾を水平発射しているようで、上の階で聞いた覚えのある発射音と破裂音が連続して聞こえた。


 対ダンジョン用のスキルである『光球』と『暗視』のおかげで視界に苦労はしていなかったけれど、明滅する炎の明かりに照らし出されるのは紛れも無く冒険者の姿形をした不死者たちだった。

 爆発音の中に、ギャン!というような鳴き声がした方を見れば、長い角の生えた犬型の魔獣も混じっていた。


 こいつらも、きっとアンデッドモンスターなのだろう。

 ならば、遠慮する事は無い。


 俺は『ファイアーウォール』を周囲に張り、同時に広範囲治癒魔法の『サンクチュアリ』を展開する。

 炎の壁に突っ込んで燃え上がる者、そして『サンクチュアリ』によってボロボロと泥人形のように崩れ落ちる不死者たちの姿が、エンドレスに続く。


「まさしく、こいつらはゲームと同じ不死者だな」


 不死者という言葉から、俺はふと頭の隅に気になる事が過ぎった。

 似た言葉を、つい最近聞いた気がする。


 不死者……ふししゃ。

 バルは西にウィルスを研究していた施設があったと呟いていた。


 うまく聞き取れなかった言葉を俺は『はしか』と解釈したけれど、そんなウィルスの名前は話の流れから考えると、何処か場違いで違和感を払拭できない。


 ふと唐突に、上の階でバルが言った『はしかウィルス』とは、もしや『不死化ウィルス』の聞き間違えだったのでは無いかと言う疑念が俺の頭に浮かんでいた。

 それは、何と言ったのか明瞭に聞き取れなかっただけに、自分の記憶のデータベースから語呂の似ている言葉に置き換えて勝手に納得していたのでは無いか、という疑念だ。


「カズヤ! 中に回復している奴がおるぞ」


 バルの指差す方向を見れば、ボロボロと崩れてゆく不死者の中に、見る見るうちに傷口が修復されて起き上がろうとする者の姿が見える。

 俺は、そのうちの一体に見覚えがあった。


「ここにも、黒マヴィラか?」


 いや、似ているけれどどこか違う!

 俺は、その考えを直ぐに否定した。


 そのうちの一体は、全身が黒くて人型な部分では黒マヴィラに似ているけれど、その容貌は元いた世界で言うところの悪魔と呼ばれる類型的な姿に似ていた。

 人型ではあるけれど、獣のような足の形状と黒くコウモリに似た薄膜の張られた翼が見える。


「まさか魔族……?! いや、こいつは成りそこないとは違うようじゃな」


 そいつは、バルの火炎弾で被弾した体を見る見るうちに修復させて、ついに立ち上がった。

 そして、ギロリとした赤い目を光らせて俺を一瞥した後にバルを凝視した。


「おまえ、まさか同族か? いや、違うな。 貴様は…… その姿、成りそこないとも違う。 魔族ならば、何故に神の計画を邪魔するのだ?」


 言うが早いか、そいつは翼を広げると5メートル程の距離を一気に飛び越えてバルに迫る。

 いつものバルならば、軽く躱して真っ二つにするはずが、その時は違っていた。


「しまっ…… !!」


 ほんの少しの間、何か考え事をしていたような素振りを見せて、バルの反応がいつもより僅かに遅れた。

 一瞬の攻防の中では、僅かな反応の遅れは致命的になる。


 それは、俺が過去に『見切り』スキルを使いこなせずに、何度か痛い目に遭って得た結論だ。

 特に、相手の攻撃速度が速いほど、その差をひっくり返す事は難しい。


『アース・スパイク!』


 鋭い爪がバルの顔に届く寸前で、床から突き出した複数の鋭い先端を持つ突起物によって、そいつの胸や腹が串刺しにされて僅かに届かない。

 そいつは、苦痛に歪む口元から真っ黒い血のようなものを、ゴボリと吐き出した。


 体中に大穴が開いていると言うのに、そいつは再び右腕をバルに向かって振り上げようとしていた。

 俺は、すかさず『瞬間凍結フリーズ』スキルを飛ばす。


 しかし、そいつが俺のスキルで凍り付くのと同時に、バルの小さな両腕から放たれた火炎弾が至近距離から悪魔じみたそいつに直撃した。

 激しい閃光と共に、そいつの上半身は消し飛んで霧消する。


「おい、そいつ何か知ってた風だったから、生かしておけば何か判ったかもしれないだろ」


「すまぬな。 つい、我を忘れてしもうた」


 諫めるように言った俺の言葉に、意外なほど素直にバルが答える。

 駄目でしょ、チビバルはもっと生意気じゃなくちゃ。


「おい、どういう事なんだ? さっきまで居た女が、そこのチビなのか? どういう事なんだ、お前は人間じゃ無いのか?」


 後ろで、イストの叫び声が聞こえる。

 俺は後ろを振り向いて、奴に一言だけ言った。


「魔法だよ」


 そんな魔法があるのかどうかも知らないけれど、とりあえず魔法って言っておけば何とかなるだろう。

 俺は何か言いたげなイストを無視して、『サンクチュアリ』で崩壊せずに回復した、他の二名に目をやった。


 まだ『サンクチュアリ』の効果時間は続いているけれど、回復が止まったのを見て俺はそいつらに近付く。

 その男達は体の傷が回復したというのに、一旦立ち上がろうとしても立ち上がる事が出来ず、力無く床に伏せっていた。


「カズヤ! サイガがおらぬぞ」


 その声を聞いて、俺は部屋の中を見回す。

 確かに、部屋の中にサイガの姿は無かった。


「しまった! サイガを見失った」

「奥の通路へ向かったのじゃろう。 わしらも行くぞ、遅れるな!」

「おう!」


 バルの合図に呼応して、俺は飛び出す。

 金髪のチビロリ幼女はそれよりも先に、俺の隣から飛び出していた。


 とりあえず無害そうな二人は置いたままにして、俺は正面に見える出口から急いで外に出る。

 通路の外にいた不死者を『ブレス』で攪乱しつつ『ヒール』で崩壊させて、俺たちはサイガを追う事にした。


「まて、待ってくれ! 俺を置いて行くな!」


 イストの情けない声が聞こえて、必死で俺を追ってくる足音が聞こえた。

 遺跡に入る前に見せた、偉そうな態度は何処にも無い。


 そんな俺の前に、一体の巨体を有する不死者が立ち塞がった。

 全身から醜く肉が崩れて骨が所々覗いている。


 俺はそいつの巨体を見上げ、半ば条件反射的に対アンデッド用の必殺スキルを放つ。

 こんな場所で、雑魚を相手に時間を掛ける気は無い。


冥界強制送還イクスペル・アンデッド!』


 巨体の背後の空間に出現した黒い点が急拡大して全身を包み込む程に広がると、吸い込まれるようにその不死者は黒い穴の中に消える。

 そして、何事も無かったかのように空間に開いた黒い大きな穴も、出現した時の様子を巻き戻すように見る見る小さくなって掻き消すように消えた。


「サイガの親父さんが行方不明になったのは、この先なのか?」


 振り向いて問いかける俺の言葉に、イストが震えながら首を縦に振って肯定する。

 余程、今の光景に度肝を抜かれたようだ。


「いったい、カズヤはどれほどの引き出しを持っておるのじゃ」


 前を走るバルが、呆れたような声で言う。

 その言葉、そっくり返しますよ、バルさん。



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