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46:スキルの名は『見切り』

 一瞬の暗転から切り替わり再び視覚が戻った時、俺は『見切り』が発動している事に気付いた。

 全身に負荷が掛かっているような体の重さと動きの不自由さは、間違い無く何度となく経験している、あの感覚だった。


 反射的に横っ飛びしようと体重を右足に移し、無為意識に『火炎防壁』を張ろうとするが、何も発動しない。

 バルたちはどうなったのかと視線を左に動かして見れば、視界の隅にサイガを庇うように胸に抱いたバルが、奥の壁に向かって宙を飛んでいる姿が映る。


 転移魔法陣上に残っているイストは、体が状況の変化に追い付いていないようで、体は棒立ちのまま、その顔だけが目を見開き驚愕の表情になっていた。

 次にバルを吹っ飛ばした奴を探して、俺は右に視線を移動させる。


 そこには、大きな赤い何かが居た。

 距離が近いだけでなく、体が大き過ぎて全体像を掴みにくいけれど、そいつがバルを吹っ飛ばして、その次に俺を狙った事だけは判った。


 イストは俺とバルを盾にするような位置取りで、壁際に設置された転移魔法陣の壁側に、いつの間にか立っていた。

 記憶を遡ってみれば、一番最後に転移魔法陣へと乗ったイストは、俺とバルの前――つまり、入り口側に居たはずだった。


 奴が俺たちの後ろに移動したとすれば、ブンという音がして一瞬視界が暗転したタイミングしか考えられない。

 だが、足を怪我しているイストに、そんな事が出来るのだろうか?


 或いは、主観的には一瞬に感じられるけれど、あの視界が暗転している時間が実は思っているよりも長いという事も考えられる。

 まだ、転移の開始から終了までの間に自分が第三者からどう見えているのかすら、当事者の俺は知らないのだ。


 気が付いた時には、バルがサイガを抱いたまま吹っ飛んでいた事から、俺たちが転移した瞬間に待ち伏せ攻撃を受けたとしか考えられなかった。

 そして、攻撃を受けたバルがサイガを庇うだけの時間的余裕があったと考えれば、俺の暗転時間だけがバルよりも長いとも考えられる。


 とは言え、待ち伏せに気付いてサイガを庇ったバルが自分の身を守る余裕が無かったと考えれば、それはほんの僅かな違いなのかもしれない。

 とにかく、今は俺の身に迫る攻撃を避ける事に専念すべきなのは、間違いが無かった。


 右脚に移した体重を受け止めて曲げた右膝を思い切り伸ばす事で、俺は右方向に飛ぼうとしていた。

 肉体的には、ギリギリの動作時間で回避をしているけれど、精神的には『見切り』スキルのおかげで襲撃者を観察する充分な時間的余裕がある。


 バルを壁に向かって吹っ飛ばし、次に俺を狙って攻撃を仕掛けて来た襲撃者は、赤い防具を身に着けた、あのシルバーだった。

 なまじ腕力に自信があるからなのか、シルバーは剣や槍などの武器を使わずに素手で俺を殴りに来ていた。


 しかし、素手とは言っても生身の拳じゃなかった。

 シルバーは二の腕に装着するタイプの、金属製らしい武具を使っていた。


 一見、『ガントレット』とか呼ばれる指先から前腕部までをカバーする金属製の防具に似た武器のようだ。

 防具では無くて武器だと言ったのは、その拳をカバーする部分が特別に厚く作られているからで、まるで雑誌の巻末広告で見かける『メリケンサック』とか『カイザーナックル』言う、拳に装着する武器のような突起が見えた。


 いわゆる『ナックルダスター』とか言うジャンルの武器が着いた前腕防具だと考えれば良いだろう。

 ティグレノフに軽く捻られたとは言え、人間離れした巨躯のシルバーが本気で殴ってきたら普通の人間は一発で即死だ。


(何故、こいつがここに?)


 俺の頭に真っ先に浮かんだ疑問が、それだった。

 そして、どうして俺たちに攻撃を仕掛けてくるのかという疑問が次に浮かぶ。


 シルバーが俺たちよりも先行している事は、遺跡に至る森の中でシルバーを含む冒険者の一行を見かけた事で、そうだろうと納得は出来る。

 しかし、同じ冒険者である俺たちに攻撃を仕掛けてくるとは、どういう事なんだ?


 そんな事を考えている中、俺に攻撃を仕掛けてくるシルバーの大きな前腕越しに、バルがサイガを抱えたままで器用にクルリと身を翻して、体の側面から壁に激突するのを避けたのが見えた。

 両足から器用に壁に着地する様子は、まるで猫のような身のこなしだ。


 いや、実際猫でもあるんだけど…… 


 スローモーション映像のようなその様子を確認して、俺は心の中で一息ついた。

 後は、俺の身の心配だけだ。


 実際のところ、『ブレス』も『アクセル』も使えない現状では、いくら相手の攻撃速度に合わせて時間がスローになる度合いが変わるとは言え、俺の肉体的な動作速度には限界がある。

 気が付いて直ぐに動いたつもりでも、視覚が暗転している間の時間的ロスは馬鹿にならない。


 遅遅とした動作時間とは別に、余裕のある心理的時間の中で魔導ハンドガンを使ってシルバーの拳を打ち抜く事も考えたけれど、どう考えても狙いを付けるまでの動作時間は無さそうだった。

 既に、シルバーの凶悪な拳は俺の間近まで迫っている。


 俺は避ける事を諦めて、前腕を顔の前に持って来てガードする事を選んだ。

 まともに喰らえば、前腕の骨や肋骨は砕けてしまうかもしれないけれど、それでも横っ飛びしている最中で宙に浮いている状態の今なら、致命傷にはならないだろうと考えたのだ。


 あとは、『超回復』スキルの力を信じるしか無い。

 俺は空中で胎児のような格好になって、左右の前腕と両膝で体をガードしようとした。


 なんとか、打撃を喰らう前に体勢が間に合い、俺の前腕部にシルバーの拳が激突する。

 実時間では一瞬、しかし『見切り』の発動による体感時間では、ゆっくりと時間を掛けて俺の腕が徐々に破壊されていた。


 ユックリとしている癖に確実に強まる拳の圧力により、押し潰され破壊される俺の筋肉と腱、そして軋み歪んでたわむ俺の骨。

 精神的にも肉体的にも耐えがたい苦痛を伴う拷問が、永遠とも言えるような長い体感時間の中で、いつ終わるとも知れず俺を責め続けていた。


 破壊された俺の生身の両腕ごと、シルバーの拳は胸元へと迫る。

 体感時間だけはタップリとあるから、俺はそれを少しでも回避しようと身を捻った。


 まともにぶち当たらなければ、どうと言う事は――あった…… 

 正面から当たる角度が僅かに斜めからに変わっただけで、俺の肋骨は無慈悲にバキバキと異音を上げて、へし折れた。


 折れてネジ切れそうに折れ曲がった両腕が、まるで自分の物では無いような錯覚に陥る。

 喉の奥から急速にせり上がってくる熱い物が口一杯に広がり、僅かな塩気と生臭さと鉄の臭いから、それが自分の血だと判った。


 口一杯になった俺の血は、出口を求めて鼻に殺到したようだ。

 息苦しさに、口の中の血を俺は吐き出す。


 深紅の飛沫が糸を引くように空中に伸びて、俺はまだ自分が空中を移動している事に気付く。

 すでに、アドレナリンが大量分泌されているようで、痛みは麻痺して感じられなくなっていた。


 移動と言えば何と言うこともないけれど、実際は殴られて吹っ飛ばされているだけの事だ。

 このままでは、壁に後頭部から激突してしまうと考えた俺は、こんな状況でも意外と客観的で冷静なんだなと思う。


 しかし、それは思っただけで、実際は与えられた体感時間が長いから、余計な事を考える余裕があっただけのようだった。

 なぜなら、俺は後頭部をカバーしようとして、自分の肘から先が滅茶苦茶に破壊されている事を、やっと思いだしたからだ。


 不思議な事に、俺の右手は魔導ハンドガンを握ったままだし、左手はLEDスティックライトを握ったままだった。

 筋肉が硬直でもしているのかもしれないけれど、それはラッキーだなと、なんだか危機感の無い場違いな事を俺は考えていた。


 それは、核ミサイルが自分の住んでいる土地の真上に飛んでくると判り、残された時間が僅かしか無いと知った後でも、現実逃避のために掃除洗濯を始めるようなものかもしれない。

 あるいは、明日がテスト当日だと言うのに、夜中に今夜の勉強の計画を綿密に時間を掛けて立てたくなるようなものだろう。


 壁に激突して頭が砕け、例えば脳みそが周囲に飛び散ったとしても、『超再生』スキルは機能するんだろうかと、俺はそんな事まで空中にいる間に考えていた。

 何で、こんな大事な時に俺は魔法が使えないのかと、自分で自分の使え無さに呆れて全てを諦めようとした時に、俺の後頭部と背中を温かく柔らかな物が包み込んだ。


 続いて、激しい衝撃が俺の背中を襲う。

 しかし、背中に柔らかで温かなクッションがあったお陰で、俺の頭は割れず脳みそも飛び散る事は無かった。


 俺は、弾力のあるそのクッションが何だったのかを確認する為に、後ろを振り向く。

 まだ『見切り』が発動しているせいか、体の動きがとても鈍い。


 本来は、すぐにこの場を動くべきだったけれど、それは出来なかった。

 俺がこの場を逃れてしまえば、俺のクッションになったものがシルバーに破壊されてしまうかもしれないのだ。


 俺は、ようやく後ろを振り向いて、それを確認した。

 予想通り、そこに居たのはバルだった。


 俺は、バルの豊かな胸に頭を抱きかかえられて、壁への直撃を避けられたのだった。

 バルが僅かに瞼を開けて、金と銀のオッドアイで俺を見る。


「カズヤ、無事で良かった…… 」


 それだけ言うと、バルはガクリと力が抜けたように下を向き、後ろを向いた俺の右肩にその頭を預けた。

 どうやら、俺を庇って代わりに自分の頭を壁にぶつける事になり、そのまま意識を失ったようだ。


 俺は、意識を失ってもなお、俺の頭を抱えるように自分の胸に抱こうとするバルの腕をゆっくりと解き、シルバーの方を振り向いた。

 既に『超再生』スキルの力によって、俺の両腕も胸の傷も元通りに回復していた。


 それというのも、身を挺して俺の頭を守ってくれたバルのお陰だ。

 傷の痛みを抑えようと分泌された大量のアドレナリンの副作用なのか、俺は異様に昂ぶっていた。


「てめえ、ぶっ殺す!」


「フン! やってみろ、小僧!」


 頭の血管がブチ切れそうな程に、俺は攻撃的になっていた。

 それに対して、シルバーは小馬鹿にしたような顔で、何の躊躇も無く拳を思い切り振り降ろす。


「くっ!」


 俺は反射的に、バルを庇うような体勢になる。

 例え無意味で馬鹿な行為だと言われても、ここでバルを置いて自分だけ避ける事は出来なかった。


 頭さえ守れば、『超再生』でなんとかなるという考えもあったのは、否めないけれど、そういう計算で今の俺は動いていなかった。

 損得抜きに、気を失ったバルを守りたい一心で動いていたのだ。


 バルの頭を、こんどは俺が抱きしめて守る姿勢になる。

 迫るシルバーの拳を見て、俺は反射的に右手を突き出した。


 軽い爆発音にも似た聞き慣れた効果音と共に、シルバーの足下に炎の壁が立ち上がり、シルバーはノックバック効果によって後方へ吹っ飛んだ。

 そのナックル装備を装着した右腕は、『ファイアーウォール』の火炎に焼かれて炎に包まれている。


 魔法が再び使えるようになった事を、俺はその時確信した。

 あっちの世界で黒いワンボックスカーに拉致されかけた時にも、意識せず無意識に出していた『火炎防壁』スキルが、俺とシルバーの間を遮るように目の前で展開している。


 ゲームの世界ではピンチになる度に使っていた定番のスキルだからだろうか、このスキルは敢えて頭でイメージせずとも『自動防御』のように、今度も俺を救ってくれたようだ。

 恐らく、ピンチになった時に無意識で発動させてしまうこのスキルに関しては、無詠唱よりも俺は速く使えているのかもしれない。


 俺は、バルを壁際に預けると、『治癒魔法』を掛けた。

 俺の頭にだけ聞こえるらしい聞き慣れた効果音と共に、バルが僅かに身じろぎをした。


 彼女の無事を確信して俺はゆっくりと立ち上がり、そしてシルバーの方を振り向いた。

 その間に、身体強化魔法の『ブレス』と『アクセル』、そして防御魔法の『コンポジット・アーマー』をバルと俺に、向こうの壁際に居たサイガとイストに『コンポジット・アーマー』を掛ける。


 長すぎるペナルティ時間がようやく終わったのか、それともアドレナリンの過剰分泌による異常な興奮状態によって魔力が呼び起こされたのか、それは判らない。

 とにかく、俺は魔法が再び使えるようになっていた。


 俺は、シルバーを倒すのに邪魔となるファイアーウォールを、スキルキャンセルして消した。

 上の階で炎を使い過ぎたせいなのか、サイガが少し息苦しそうに見えたというのも理由の一つだ。


 シルバーは床に伏して、右腕の炎を自分の腹で覆い隠すようにして床に押しつける事で、無理矢理それを消していた。

 その右腕は普通なら大火傷をしている筈だけど、武具に隠されてそれは判らない。


 ゆっくりとシルバーが上半身を起こして、こちらを向いた。

 その目は憎々しげに俺を睨んでいるけれど、どう考えても攻撃を先に仕掛けてきたのはシルバーの方だ。


「シルバーって言ったっけ? 不死身だって噂らしいな、あんた」


 俺の言葉を聞いて、シルバーはニヤリと笑みを漏らす。

 そして、自慢気に語り出した。


「ああ、俺の体は特別でな。 どんな傷も一晩あればケロリと直っちまう。 人呼んで不死身のシルバー様とは俺の事だ」


 俺を警戒しながら、ゆっくりと立ち上がるシルバー。

 人の枠を越えるギリギリのパワーレベリングで手に入れたのだろうか、相当に自分の回復力に自信があるらしい。


「お前は火魔法使いらしいが、上の階から詠唱を始めていたと見えて、中々素早い魔法の展開だったな。 正直驚いたぜ」


 奴は、右腕を試すように振りながら、そんな事をドヤ顔で言う。

 どうだ、自分にはすべてお見通しだぜというような、自慢気な顔が滑稽で笑える。


 魔法には詠唱が必要だという、シルバーの知る狭い世界の常識を俺がひっくり返してやるさと、俺は心の中でそう思った。

 俺は、あえてシルバーの誤解を解かずに訊ねる。


「ほう、何故そう思う?」


 俺の問いかけに対して、シルバーはニヤリと笑って答えた。

 いかにも、してやったりという表情だ。


「馬鹿め! 魔法使い相手に会話へ誘い込むのは、詠唱をさせないための常套手段だ。 見事に引っかかりやがって。 今から詠唱を始めても間に合わないぜ」


 そう言って、シルバーは拳を振り上げる。

 なるほどと心の中で多少は感心をしながらも、俺はその策の無意味さをどう判らせるべきか考えていた。


「さっき自分の事を不死身って言ってたけど、こんな傷を負っても平気なのか一つ試してみようぜ」


 ゴトリと重い音がして、シルバーの振り上げた右腕が肘の上から切断されて、床に落ちた。

 奴の傷口から血が吹き出ないのは、俺が『ヒール』を掛けたからだ。


 何がどうなったのか、状況を理解できないシルバーは断ちきられた自分の右腕を、信じられない物を見るような視線で見つめていた。

 そして、傷口から血が出ない事を確かめるように、腕を持ち上げて切断面を顔の近くまで持ってくる。


 奴にヒールを掛けたのは、まだ生かしておく必要があるからだ。

 何故俺たちを襲ったのか、その理由を聞かなければならないだろう。


 ついでに言うと、奴の腕を切断したのは風魔法の『エアリー・ブレード』って奴だ。

 エフェクト皆無で地味魔法だけど、鋭い切れ味を持っている。


 無詠唱の俺に、詠唱を中断させるような作戦は無意味だって事が、奴にも実感できたんじゃないかな?

 いや、例え実感していなくても俺はこいつを許さない。


 一歩間違えていれば、俺もバルも死んでいたかもしれないのだから。

 チラリと、俺はバルの方に視線をやった。


 何度か頭を振りながら、意識は取り戻しているようだ。

 俺は安堵に、胸を撫で下ろした。


 絶対に! 何があっても、俺は二度と家族や仲間を失うような事はゴメンだ。

 それは、あっちの世界で俺の持つ力を狙う奴等のせいで殺される事になった、妹の美緒と親父に対する罪滅ぼしのためにも、そして石にしてしまった紫織の事を含むあんな想いを二度と繰り返したくないためにも、シルバーのやった事は俺にとって許されざる行為だった。


「うわああぁあ、誰だ! 何処に隠れている! お前か!」


 ようやく、自分の腕が無いという事を理解して叫び声を上げたシルバーは、どこかに伏兵が隠れて居るのでは無いかと疑っているようで、周囲をキョロキョロと見回した後にサイガを睨んだ。

 頭から、俺がやったとは考えていないようだ。


「シルバー! 見る相手が違うだろ」


 次にゴトリと音を立てて、シルバーの左腕も床に落ちた。

 奴は驚愕の表情を浮かべて自分の左腕を見ると、ギョッとした顔になり俺を見た。


 ようやく、それをやったのが俺しか居ないと思い至ったようだ。

 俺はイオナのやった魔法を真似て、シルバーの膝裏の筋肉に微弱な電流を流す。


 ガクリと膝を落として跪くように腰を落とすシルバーは、信じられないようなものを見る顔で、俺の顔をマジマジと見る。

 その顔に浮かぶ恐怖の色を見て、なんだか先程までの溜飲が少し下がったような気がした。


 怒りが持続しないのが、俺の悪い癖だ。

 いや、あっちの世界で、紫織はそれを俺の良いところだと言ってくれたっけ…… 


「カズヤ! 敵を前に気を抜いちゃ駄目!」


 俺がそんな事を考えてシルバーから視線を外した時に、バルの声が俺の耳に突き刺さる。

 視線を戻してみると、突然跳ね起きたシルバーが奥の壁際に居たサイガに向かって走り、彼を蹴り飛ばそうとしていた。


「甘いな小僧! 只ではやられんぞ」


 シルバーの蹴り足が、俺の放った氷魔法『フリーズ』によって右足の根元から氷の塊に包まれるのと、奴の胸から血しぶきと共にバルの抜き手が飛び出すのは、ほぼ同時だった。

 シルバーの胸から吹き出す血しぶきを浴びたサイガの眼前で、不死身のシルバーはその巨躯を床に投げ出すように、ドサリと倒れ込んだ。


「不死身のシルバーを殺っちまったよ。 こいつら…… 」


 サイガとバルに『クレンリネス』の魔法を掛けて、浴びた血しぶきを取り去っている時に、イストが茫然とした表情で呟いた。

 そう言えば、こいつだけ何故狙われなかったんだろう?


 それは、単に順番の問題だと言われれば、それまでだ。

 しかし、シルバーの襲撃を知っていたかのように、俺とバルの後ろに回り込んだイストの動きは、偶然と言うには都合が良すぎる。


 いくら足を怪我しているとは言え、一緒に居る俺たちが襲われているのを見ていながら、奴は逃げる事もせずに転移魔法陣から移動しただけだった。

 それは、上の階層で奴が仲間を盾にしても、自分だけは助かろうとした行為と矛盾している。


 奴がシルバーと無関係だとすれば、この場に留まってシルバーにやられるのは、どう考えても避けられないだろう。

 一人だけでこの階層を逃げるという事が、もっと別の危険を呼び寄せる事になるのかもしれないけれど、やはりこの場に留まる理由が解せない。


 イストは壁の隅で茫然としたまま、床に倒れたシルバーの死体を見つめていた。

 俺は、イストに向き直って問いかける。


「なあイスト。 あんた、シルバーとグルなのか?」



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