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33:酒場でトラブルを起こすな

「どうするイオナ? またどこかで野宿でもするか?」


「あたしは、野宿大賛成よ!」

「私も、野宿の方が逆に文化的な気がします」


 サスカイアの町で出遅れた俺たちは、宿を取り損なった。

 と言うか、どこの宿も長期滞在者で溢れていて、俺たちのような団体が潜り込む部屋は無かったと言っても良い。


 他の冒険者たちのように一人だけとか二人組くらいなら、複数の宿に別れて大部屋にそれそれ宿泊するという手も使えるだろう。

 だけど、俺たち…… 特に女性陣のロリっ子たちがバラバラになるという事には、全員が難色を示したのだ。


 そんな贅沢が言えるのも、俺の野宿用にアレンジした魔法を当てにしているからだと思うけど、特別な理由が無い限りは確かに野宿の方が快適だろう。

 最悪の場合は野宿も選択肢に入れた上で、俺たちは冒険者ギルドのある場所へと向かった。


 もしかすると、郊外の方になら空いている宿があるかもしれないし、宿泊者の急増を受けて冒険者ギルドが一般の民家に部屋の提供を要請していると言う情報も、宿屋で得られた。

 その場合は、冒険者ギルドで宿の問い合わせをするしか無い。


 宿を探している内に暗くなってしまったけれど、町のあちこちには魔法灯らしき白い光を放つ街灯が曲がり角ごとにあって、ターナ村よりも文化の程度は良さそうだ。

 とは言え、太い通りから一歩裏道へ入ると街灯は無いから、家々から漏れる心細い灯りだけを頼りにするしかないようだ。


 冒険者ギルドは、俺たちが入って来た門から町の中心部へと向かう大きな通りと交差する通りを、4つ程過ぎた右側にあった。

 ターナ村と比べては悪いけれど、比較するとかなり大きな町のようだ。


 冒険者ギルドの建物も、比べものにならないくらいに大きい。

 まあ、田舎の村と町を比べる方が間違っているのかもしれないけれど…… 


 さっそくイオナが代表して、全員が三日ほどこの街に留まることを届け出る。

 その受付の女性は、たぶんエルフなんだと思う。


 独特の細長く尖った耳が特徴的で、やや薄い青色の長い髪の毛をしていた。

 俺がゲームで見知っているエルフはもっと背が高いイメージだったけど、受付の女性はせいぜいが160センチあるか無いかくらいだ。


 俺たち全員の冒険者プレートを渡すと、どうやってチェックしているのかは判らないけれど、そう長い時間も掛からずに戻ってきた。

 その扱いを見ていると、まるでICチップの組み込まれたクレジットカードとかプリペイドカードをイメージしてしまう。


「あなたがカズヤね。 ふーん、メルって子以外はみんな珍しい純色の毛髪色なのね。 それにしても、あなただけ黒髪とは珍しいわね…… 」


 割と、上から目線でそんな事を言われた。

 サクラは親切な口調だったけど、この人はなんだか他人を小馬鹿にしているような雰囲気を感じる。


「ああ、そうみたいだね。 俺も、同じ髪色とは会ったことが無いよ」


 それでも、ゲームから来るエルフのイメージ自体が高慢という設定が多かっただけに、それほど違和感を覚えなかった。

 俺のイメージの中では、エルフは人間族を馬鹿にしていると言う偏見があるのかもしれない。

 もっとも、そのイメージの中でエルフ族の女性は、もっと背が高くて貧乳で緑色の髪の毛をしていたりするんだけどね。


 なんだか彼女は、その特徴的な耳の形状と、カラーコンタクトを付けたような人間味の感じられない半透明で無機質な緑色の瞳以外は、普通の人間と同じに見えた。

 だから、ちょっとガッカリしていたというのが、正直な気持ちだったのかもしれない。


 彼女からは、ターナ村で未検査だった属性親和度の精密測定を勧められたけど、面倒だったので全員一致で断った。

 そして、ダメ元で聞いてみた宿の件は、やはり駄目だった。


 これで野宿確定だ。


 なぜかロリっ子たちが喜んでいるように見えるけれど、下準備をするのは俺なんだから、素直に喜べない。

 そのうちに、野宿で使用する一連の魔法をセットにして、一つの魔法名にパッケージングしようと、俺は誓った。


 受付の女エルフさんは、しきりに属性親和度と魔力値の精密検査を勧めてくるけど、義務では無いので丁寧にお断りをして、俺たちは冒険者ギルドの隣に併設されている食堂兼居酒屋へと足を踏み入れた。

 しかしどちらかと言えば、居酒屋兼食堂と言った方が正しいのかも知れない。


 それは、どうみても酒を飲んでいる人が全体の九割くらいに見えるからだ。

 なかには、俺よりも子供っぽい男の子が一人で食事をしている姿も見えるから、食堂と言っても間違いじゃないんだろう。


 あっちの世界でも、四人以上になると中々全員が一緒に座れる席を見つける事は難しいんだけど、こっちの世界でもそれは同じだ。

 つまり、イオナとレイナにヴォルコフとティグレノフで一つのテーブルに相席させてもらい、俺とチビロリ三人組は隣のテーブルに相席させてもらって座ることになった。


 その俺たちが座ることになった隣のテーブルとは、先程俺が見つけた少年が一人で食事をしているテーブルだった。

 年齢は、俺よりも下、メルよりも同じか少し上というところだろうか?


 つまり、十三歳~十四歳くらいって事だ。

 まあ見かけじゃ他人の事は判らないんだけど、俺にはそう見えた。


 その少年は、室内なのに首に布を巻いていた。

 季節が冬に向かっているはずだから不思議でも何でも無いんだけど、大勢いる大人たちの体温で室内は少し暖かいくらいだから、不自然と言えば不自然だ。


 でもまあ、あの年頃ってのは少し周りと違った格好とか言動をしたくなるものだしなと、俺はある意味納得もしていた。

 俺だって、反抗期真っ盛りの中二の頃は、意味も無く派手なベルトをしてみたり、大人の着るジャケットを欲しがったりしたものだ。


 空いている席の都合で、俺が少年の右隣に座る。

 俺の右側はテーブルの角になるけど、そこはバルがいち早く、そして当然のように座る。


 俺とバルの前は、俺の正面にメル、バルの前にアーニャと言う事になった。

 隣のテーブルでは、こちら側の角でアーニャと通路を挟んだ場所にレイナ、その隣にイオナだ。


 バルと通路を隔てて隣に位置するのはヴォルコフで、体の大きなティグレノフがその隣に座っていた。

 これで、通路を隔ててはいるけれど、全員が集まって座れたと見る事もできる。


 メニュー自体は、豆を煮た薄味の奴とか、何の肉なのか判らないけど、肉を塩味で焼いたり何かと煮たりした物しか無かった。

 まあ正直味が単純で、とびきり美味しくは無いけれど、こっちの世界の味として慣れるしか無いだろう。


 俺とチビロリたちは、豆のスープと焼いた肉とパンを頼んだ。

 イオナたちやヴォルコフさんたちも同じようなオーダーだけど、お酒を頼んでいるところが俺たちとは違う。


 なにしろ、注文出来るメニューの選択肢が少な過ぎた。

 これは見つからないように、スープにはコンソメの素を、肉には醤油をかけるしか無いだろう。


「なあ、あんたたちはどう言う関係なんだ? どうみても兄妹には見えないよなあ」


 料理が来て食べ始めると、隣の少年が俺の顔をマジマジと見てから、チビロリ三人を順番に見て、それから俺に声を掛けてきた。

 そりゃあゴリラ顔とあっちの世界で呼ばれた俺と、超絶美少女三人とじゃあ…… おっと、うち一人は少女じゃなくて幼女だったけど、誰がどうみても兄妹には見えないだろうさ。


「みんな、俺の嫁だって言ったらどうする?」


 俺はちょっと年下の少年をからかってみたくなって、少年の方を見ながらそんな事を言ってみる。

 案の定、それを聞いた少年は目を丸くして食べるのを止め、俺の方をジッと見たかと思えばチビロリたちを一人ずつ順に見ていた。


「ねえカズヤ、あたしはいつ、あなたにプロポーズされたのかしらね?」


 アーニャが、すごく冷静な声で俺に問いかけてきた。

 それも凄く満面の笑顔なんだけど、超絶美少女が笑顔になっているのに全然笑っているように見えないのは、何でだろう。


 それどころか、背筋にゾクッとするものを感じるんだけど、これは『危険感知』が発動しているのだろうか?

 まだ『見切り』が発動していないから、殺意は無いようだけど、なんだか怖いのは気のせいだろうか?


「わたしも、まだ和也兄ちゃんにプロポーズなんてされてませんよ」


 メルが眩しい物を見るような目で、ニッコリと微笑んで俺を見ている。

 でも目が全然笑っていない、そんな気がするのは気のせいだろうか?


 まだ、というメルの表現も妙に気になるところではあるけど、今はそれを気にするよりも、この場をどうやって切り抜けるのかの方が大事だ。


 どうやら俺は、自ら踏まなくても良い地雷を踏んでしまったようだ。

 俺は助けを求めるような気持ちで、隣で平然と食事をしているバルの方へ視線をやった。


「自分で蒔いた種は、自分で拾うことじゃな。 鈍感すぎるのも考え物じゃぞ、カズヤ」


 何だか判らないけど、バルも今回は味方をしてくれないようだ。

 俺は、早々に白旗を揚げた。


「すまん、今のは嘘だ。 みんな色々あって親を亡くして、あっちの夫婦に拾われたんだ」


 そう言って、俺はイオナとレイナの方を顔で指し示した。

 ここは、事前に想定していた問答の中から、無難な言い訳を選んで言うしかない。


「へえ、親無しは珍しくないけど、そいう事情か。 でも血が繋がっていないんなら、兄ちゃんはハーレム状態だな」


 その少年は、そう言うと俺の脇腹を肘でドンと突いてきた。

 あまりのおっさん臭い仕草に俺は意表を突かれて、突かれる瞬間に『見切り』が発動している事に気付いていたけど、反応が出来なかった。


「俺はサイガ、これでも冒険者なんだぜ」


 そう言って、少年は俺に右の拳を差し出してきた。

 俺は戸惑いながらも、その右拳に自分の右拳をチョコンと会わせる。


 たぶん話の流れ的に、意味合いはあっちの世界と同じなんだろう。

 うっかり拳を合わせてしまったけど、違う意味だったりするとヤバいことになりかねない。

 うかつな行動には気をつけなくてはと、俺はやった後で思った。


「俺はカズヤ、ここにいるのは俺の仲間のバルとメルとアーニャだ。 向こうにいるのが親代わりのイオナにレイナ、そして俺と同じ境遇のヴォルコフとティグレノフだ」


 そんな自己紹介と仲間の紹介をしている俺の声を遮るように、やや呂律の回らない声がして、酒臭い息を間近で感じた。

 胡散臭い物を見るような仕草で、イオナとレイナが顔を上げ、ヴォルコフとティグレノフが左側から後ろを振り返る。


「よおよお銀髪の格好いい兄ちゃんよぉ、綺麗な姉ちゃんを独り占めしようなんて、そんなセコい事しないでよお、俺たちにもちょいと貸してくれよ」


 その時、それまで笑顔だったレイナの左の眉がピクリと動いたのを、俺は見逃さなかった。

 振り返って見れば、酔っ払った冒険者らしき男が酒の器を持って一人で立っている。


 俺たちの後ろのテーブルにいたゴツイ冒険者の酔っ払い連中が、ニヤニヤしながらこちらを見て下品な笑い顔を見せていた。

 どうみても、自分たちはその男の仲間だというアピールにしか見えない。


 つまり、その酔っ払いに逆らうと言う事は、後ろの席の酔っ払い冒険者全員を相手にすることになると、脅しているのも同じ事だ。

 ここはバインド系の魔法で乱闘になる前に動きを止めるか、それとも酔っているのを幸いに『睡眠ヒプノ』で昏倒させるか…… 


 だけど、その前にイオナが黙っていないだろうと俺は思って、再びイオナの方を見た。

 このような場合も想定して、俺たちは事前に対応を打ち合わせをしていた。


 それは、トラブルを極力起こさないようにして目立つことをしない、と言う申し合わせだ。

 魔法なんて使ったら、あまりに目立ち過ぎてしまう。


 イオナは立ち上がろうとする処を、レイナに止められていた。

 って、おいおい! 目立つ事をするなと言ったのは、イオナだぜ!?


「何だよ、女に止められて実はホッとしてんじゃねーのか? 銀髪の優男さんよお!」


 余りに痛すぎる挑発を耳にして、俺は右手を自分の顔に当てて少し目を閉じる。

 なんとも、絵に描いたようなベタ展開じゃないか…… 


 これは、どう考えてもトラブルが避けられそうに無いでしょ。


 その時、ダン!と大きな音を立てて、叩きつけるように酒の注がれた木製のジョッキがテーブルに置かれた。

 騒がしかった居酒屋の中が、一瞬静まりかえる。


 いったい何事? と言うかのように、メルとアーニャがヴォルコフの方を見る。

 イオナも、何か毒気を抜かれたような様子で戸惑っていた。


 ティグレノフは何事も無かったかのように酒を呑んでいた。

 そう言えば、この二人はターナ村でも美味しそうに酒をたくさん呑んでいた事を、俺は思い出した。


 しかし、いくら何でも、まだそんなに呑んでない筈だ。

 俺には良く判らないけど、空きっ腹だとアルコールが良く回るとか言うけど、もしかしてそれ?


 ゆっくりと後ろを振り向いたティグレノフの目は、半目でトローンとしていた。

 やだこの人、完璧に酔ってる!


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