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32:動き出す魔獣の死体

 それは言い換えれば、俺が好むと好まざるとにかかわらずターゲットとして芋虫の化け物にロックオンされたって事だ。

 『見切り』の発動から間髪入れずに、芋虫の化け物からスルスルと触手の一本が俺に向かってゆっくりと伸びて来るのが判った。


複合防御結界コンポジット・アーマー!』


 俺は無詠唱で物理防御と魔法防御の結界を、一つの魔法名だけをイメージして同時に発動させる。

 イオナ流の魔法オブジェクト指向理論に倣って、この魔法イメージを俺は『コンポジット・アーマー』と名付けていた。


 だから、その一つの魔法名を思い浮かべるだけで、魔法防御と物理防御と言う二つの結界スキルを同時発動したのと同じ事になる。

 無詠唱の防御魔法を二種類同時にイメージするのに比べると、思考を切り替える分だけほんの僅かに『コンポジット・アーマー』の方が発動は速い。


 そこに意味があるのかと問われれば、俺はその方が楽だからとだけ答えるだろう。

 限界領域でコンマ一秒でも惜しんで、数種の魔法を同時多発するような状況にでもならない限り、それ以上の意味は今のところ無いだろう。


 次に俺は、自分自身に『ブレス』を掛けてから『加速』を重ねて掛けた。

 残念ながら、まだ複合魔法はあれこれ試している途中だから、それほど実戦投入できるレベルの新しい魔法がある訳では無い。


 次の目標は、『コンポジット・アーマー』に『ブレス』と『加速』の二つを加えた新しい名前を付ける事で、それをイメージする事が出来るようになれば、一気に四つ分の魔法を一つの名前で使えるようになる。

 あるいは、『コンポジット・アーマー』という言葉に、別の意味を持たせて上書きしても良いかもしれない。


 何にしても、今はまだそこまでは出来ない。

 魔力コントロールを修行中の身としては、次の課題って奴だ。


 そこまで続けて魔法を発動させても、触手はまだ俺と芋虫の化け物の中間くらいの位置にある。

 これが魔法名だけは最低限唱える必要がある詠唱破棄と、それをイメージするだけで唱える必要すら無い無詠唱の違いでありメリットだ。

 まだまだ避ける時間は充分だと思った次の瞬間、俺は後ろにアーニャがいる事を思いだした。


 俺はアーニャに『ブレス』と『加速』からではなく、先に『コンポジット・アーマー』を掛ける。

 俺には、あっちの世界でも何度か助けられた、パッシブに発動する『超再生』スキルがあるから、無茶な加速で脳や内蔵が受けたダメージは即時に回復できるけれど、アーニャはそうでは無い。


 死にさえしなければ、後で『ヒール』を掛ければ良いだけの話ではあるけれど、俺は少しでも彼女の肉体にダメージを与える事を避けたかった。

 つまりその結論は、俺が彼女の盾になると言う事だ。


 地面設置型の防御結界を張ってしまえば、二人共にダメージは無いだろう。

 だけど今回は衆人環視の中だから、あまりに派手に俺の力を見せつけるような不自然な防御は出来ない。


 俺は触手の先端を目の前で掴んでから、アーニャを避けるように軌道を少し変えて、伸びる触手と一緒に後方へ突き飛ばされる事を選択した。

 それなら俺が無傷だとしても、有り得ない程の運の良さと神業のような反射神経だとは思われるだろうけど、見えない壁に俺たちが守られているのを周囲の関係者たちに目撃されるのだけは、防ぐ事ができる。


 それに、アーニャが俺の巻き添えになって吹っ飛ばされる事も、恐らく防げるだろう。

 最悪の場合は、巻き込まれたアーニャに『ヒール』を掛けながら一緒に後方へ飛ぶしかない。


 そう覚悟を決めて、目前に迫る触手の先端を凝視していると、右から迫る凄い威圧と風圧のような気配を強く感じる。

 スローになったままの俺の視界を、特徴のある波打った形状の剣先が上から下へと振り抜かれていた。


 その剣先の形状は、フランベルジュ!

 視線を僅かに動かして右方向を見れば、俺に迫る触手をヴォルコフが飛び込みざまに真上から断ちきっていた。


 スッパリと綺麗に断ちきられて、勢い余った触手の鋭い先端が俺に迫る。

 俺は、それを左手の甲で地面に叩き落とした。


 そこで、先ほど迄発動していた『見切り』の効果が消えた。

 急激に通常の速度に戻った俺の視界に、ヴォルコフから少し後れてティグレノフが飛び込んでくるのが見えた。


 俺が眼前にまで迫った触手の先端を叩き落として、周囲の人達から少し後れて驚きの声が上がる中、ティグレノフが切断された反動で戻ろうとする触手を、左手を伸ばしてガッチリと掴んだ。

 その場で腰を落としながら触手に右手を添えてグイッと引き寄せるティグレノフの背中が、グッと大きく膨らんだように見える。


 俺はその意図を察して、『ブレス』をティグレノフに掛ける。

 続いて、『コンポジット・アーマー』をティグレノフ、ヴォルコフの順に掛けた。


 順番は最後になったけど、ヴォルコフにも『ブレス』を掛ける。

 『加速』を二人に掛けないのは、周りの人達の目に二人の動きが不自然に見える事を懸念したからだ。

 それに『ブレス』だけでも、身体能力の増強効果で行動速度や反応速度は、充分に速くなる。


 ググッと筋肉のバンプアップで体が大きく膨れあがったティグレノフは、捕まえた触手を更にグイと引っ張る。

 捕まえた触手は一本だけだから、それが千切れそうな程に伸びていた。


 身動きの取れなくなった芋虫の化け物は、苦し紛れなのか他の触手を次々とティグレノフに向かって高速で伸ばしてきた。

 それを前に躍り出たヴォルコフが、高速の剣捌きで次々と切り落としてゆく。


 あの日、森の中の特訓でレイナに言われて、自分の使いたかった大きな剣から細くて軽いフランベルジュに切り替えた事が、ヴォルコフの素早い攻撃速度として効果を現していた。

 仲間を守る為に夢よりも実利を取ったヴォルコフの動きは、鮮やかで速かった。


 あらかた触手を切り落としてはいたけれど、さすがに同時に迫る二十本を超える触手すべてを切り落とすのは無理だったようだ。

 切り漏らした触手が、ティグレノフに迫る。


 ヴォルコフが焦った顔で触手を視線で追いながら、ティグレノフをチラリと見た。

 ヴォルコフと同様に、ティグレノフにも『コンポジット・アーマー』が掛けてあるから、打突の衝撃はあるだろうけど表面的なダメージは無いはずだ。


 だけど、まともに鋭い先端を持つ触手の直撃を喰らって怪我一つ無いってのも不自然だよなと、俺はふと考えた。

 俺がエフェクトは派手だけど、ここは一度に多数を攻撃出来る念属性の『ソウルバースト』で残りの触手を弾き落とそうかと考えた瞬間、ティグレノフに迫る触手の先端がバチン!と不自然に弾けて地面に落ちた。


 イオナだ!

 俺は理由も無く、ただそう思った。


〈なまじスキルが有りすぎると、選択に迷うようじゃのお。 戦況を変える攻撃は、小さく速くが基本じゃよ〉


 思った通り、イオナから自慢気な念話が飛んで来た。

 小さな雷撃を素早く飛ばして、触手を焼き落としたんだろう。


 たとえ俺のように無詠唱が出来なくたって、詠唱短縮と詠唱破棄の出来るイオナなら、それも可能だ。

 より短い時間で発動できる低レベルの魔法を選択しても、それを効果的に的確な場所にピンポイントで使えるイオナならばこそ出来る、神業のような魔法制御なんだろう。


 ティグレノフは、焼き切られて地面の上でのたうち回る触手を素早く数本まとめて掴むと、一気に芋虫の化け物の体を引き寄せる。

 ヴォルコフが切った触手の先端から、濁った濃緑色の体液がティグレノフの体に降りかかるのを、俺は『クレンリネス』で残らず浄化した。


 雷撃で焼き落とされた触手の先端からは、体液が漏れていないようだ。

 体液を浄化したことに深い意味は無いけれど、もしこいつがゾンビモンスターだとしたら、確証は無いけれど体液の付着だって不味い事になりかねないだろう。


 この『クレンリネス』と言うスキル、ゲームの中ではかなり微妙な位置づけだったけれど、こっちの世界では意外と使える。

 ザウルが元に戻ったのだって、もしかしたら『クレンリネス』の効果が大きいのかもしれないと、俺はちょっと思っていた。


 グイッと引っ張るティグレノフの力で、ズルリと芋虫の化け物の巨体は引き寄せられる。

 そこから更に腰を落として一気に引き寄せると、ハンマー投げのように体を回転させて芋虫の巨体をブン!と唸るほどの速度で一回転させて投げ捨てた。


 俺は、振り回された芋虫の体液が周りの人達に付着しないように、必死で『クレンリネス』を掛け続ける。

 このスキル、エフェクトが地味な事がこれほど嬉しいと思った事は無かった。

 て言うか、かなり裏方としては地味に忙しい。


 足下が揺れるような大きな地響きを立てて、芋虫の化け物は少し離れた地面に投げ捨てられる。

 周囲から大きなどよめきが起きる中、ティグレノフが自らの筋肉を見せつけるような、どこか緑色のアメコミ風筋肉超人を思わせるようなポージングで、投げ捨てられた芋虫の化け物を威嚇していた。


 って言うか迷彩服を着ているから、ティグレノフの凄い筋肉は周りから見えないんだけどね。

 ティグレノフは、まだ興奮してアドレナリンがドバドバ出てるみたいだ。

 良く見れば、ちょっと犬歯が伸びているような気もする。


 ちょっと直接戦闘に関われない俺は、意外と冷めていた。

 まあ、支援職が興奮していたら的確な支援なんて出来ないからそれで良いんだけど、力が有るのに最前線で戦えないのは少しだけ寂しいかもしれない。


 周囲の反応を伺っていた俺は、魔法使いのシエラが何かを詠唱している事に気付いた。

 ゴツゴツとした木製のロッドを振り上げているところから、もうすぐ術の発動なのだと察した。


 だけど、修練場で見た彼女の火炎弾程度じゃ、何発撃っても芋虫の化け物の巨体を焼き尽くすのは難しいだろう。

 彼女にもとっておきの術があるのかもしれないけれど、ここらで俺の不始末のケリをつけておきたかった。


 俺は彼女の術を見極めようと、その動きを追う。

 シエラがロッドを振り下ろすと、修練場で見たのよりも一際大きな…… と言っても、バスケットボールサイズの火炎球が一つだけ、芋虫に向かって飛んでいった。


 他の場所からも、バレーボールサイズの火炎球が発射されていた。

 ようやく、数少ない魔法使いたちの詠唱が終わったらしい。


 ここぞとばかりに、念に入りに強い魔法の詠唱をしていたのだろうけれど、あまりに時間がかかり過ぎる。

 それに火力が、どう見ても足りていない様子だ。


 俺は、シエラの火炎球が着弾するのと同時に、芋虫の化け物の直下に『ファイアーピラー』を設置した。

 着弾と同時に轟音を上げて激しく燃え上がる芋虫の化け物は、ファイアーピラーの高熱の火炎に焼かれて、やがて跡形無く燃え尽きていた。


 シエラは、信じられないというような顔をして口元に手を当てている。

 カインが何か興奮したようにシエラに話しかけているけれど、俺は知らない。


 周りの冒険者達も、シエラの前に集まって騒ぎ始めた。

 それを見て、俺はちょっとやり過ぎたのかもしれないと、少しだけ反省をした。


 騒ぎが終わって、俺たちはようやく出発をする事になる。


 シエラは色んな冒険者からパーティに誘われているようだったけど、俺は何も知らないから何があっても関係は無い。

 カインが、それを見てヤキモキしているように見えたけど、それも俺の関知しない話だ。


「あれは、たぶんアンデッドモンスターだよな?」


 俺は歩き始めて直ぐ、イオナにそう訊ねてみた。

 イオナは頷いて、それを肯定する。


「うむ、わしらは蘇る死体を不死者とか亡者とか呼んでおったが、それは相手が人間の場合だけにしか該当せぬな。 あのような魔獣は、アンデッドモンスターと呼ぶのが相応しいじゃろう」


「イオナも、実物を見た事は無いのか?」


 俺はイオナがアンデッドを見た事が無い事に、驚いた。

 いや、何でも知っていると思っていたからってだけで、深い意味は無いけど。


「ああ、あれは出る場所が特定の場所に限られておってな。 わしもまだ噂でしか、聞いたことが無いのじゃよ」


「そうなのか…… 何処にでも出る訳じゃないんだな」


 墓地や戦場跡など、死体のある場所ならどこにでも出現するのかと思っていた俺は、ちょっとガッカリした。

 いや、ガッカリする話じゃなくて、良かったと喜ぶべき事なのは判っているんだけどね。


「噂が聞こえてくるのは、ほとんどが神話の発祥地でもある六つの国じゃのお。 それもダンジョン、いや遺跡と言った方が良いかもしれぬが、そういう処で見つかってから飛び火するように各地に被害が広がるようじゃ。 戦争の後などは、敵味方関係無く死体を早めに集めて燃やす習慣もある程じゃ」


「アンデッドには火属性が効くって訳か…… ゲームの設定通りだな」


 俺はそう言って、その馬鹿馬鹿しさに苦笑を漏らした。

 それは話が出来すぎていると馬鹿にした訳じゃなくて、逆に聖職者無双が出来るよなって思っての事だ。


 そこまで思って、俺は気が付いた。

 何に気が付いたのかって言えば、この世界の治癒魔法は俺の使う『ヒール』のように離れた位置から相手に飛ばせないという事にだ。


 もし他の聖職者がアンデッド相手に無双ができないのなら、聖職者クラスを選択した俺が表だって『ヒール』を飛ばす訳にもいかなそうだ。

 それに、普通の魔力量で『ヒール』を連発するなんて、ゲームでも現実的では無い。


 道中そんなやりとりをしながらも、その後は何事も無く旅は進んで、日暮れ前に俺たちは次の町に到着した。

 高い城壁で取り囲まれた中心部を広く取り囲むように、周囲のかなり広大な範囲は木材を組み合わせたような粗末な垣根で囲まれている。

 そしてその農業地区と思われるエリアには、一面に無数の畑と住居らしい小さな小屋が設置されていた。


 街道に沿って農業地区と思われる場所を過ぎると、俺たちの警護する商隊は高い城壁に囲まれた町の中心部へと到着する。

 この町の名はサスカイア、他の冒険者たちの噂では、久しぶりの遺跡発見で賑わっている町だそうだ。


 商隊はこの町でしばらく商売をするらしく、仕入れも含めて三日間ほどの休暇が俺たち警護を受け持つ冒険者に言い渡された。

 もちろん、荷物の護衛として商隊に残る数名を除けば、その間の警護報酬はゼロだ。

 だから出発する四日後の朝までは、自分で何かやって稼ぐ必要はある。


 俺たちは、とりあえず宿の確保を先にしてから、活動本拠地移動の申告をするために冒険者ギルドへと向かうことにした。

 ついでに受けられる初級向けのクエストがあれば、見ておこうという算段だ。


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